北奥法律事務所

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新天皇陛下のご即位と万歳三唱の現在

先日皇居で行われた即位礼正殿の儀は、私もTV中継を拝見していましたが、ある方が「万歳三唱に少し違和感がある。それよりは君が代を歌った方がまだよいのでは」と仰ったのを機に、あれこれ考えが頭をよぎりました。

私の場合、儀式内容そのものに特段意見があるというわけではないのですが、TVのコメント等で「高御座は古代から用いられていた」とか「平安絵巻云々の装束等」の説明ばかりが繰り返されているのを見ると、「おことばも総理の寿詩も万歳三唱も、幾ら何でも当時は無いでしょ(明治以前に太政大臣が祝辞を述べたなんて話があるのでしょうか?)、そちらの方(大日本帝国が始めたことや個々の行為の由来や意義など)や平安朝~明治までの話には、どうして触れないんですか(TVで扱えない理由でもあるんですか)」と、その点ばかり気になって、後で少し調べていました。

恥ずかしながら、万歳三唱の由来も存じなかったのですが、wikiによれば、もともと中華皇帝の寿命を「万歳(1万年)」と称したのが言葉の発祥で、日本では大日本帝国の草創期に練兵場で軍人が明治天皇に向かって歓呼したのがきっかけとなり、それまで天皇に対し群衆が歓呼する言葉(様式)がなかったため、明治政府の検討を経て定着したのだそうです。

で、万歳(三唱の歓呼)とは「天皇陛下の健康と長寿を(臣下が)祈念すること」とのことですので、括弧内の部分はさておき、(本質的には古代から中世、現代に至るまで)日本国統合の象徴的権威であり続けた天皇の役割に照らし、国民が万歳三唱をする(弥栄を言祝ぐ)こと自体が、直ちに間違っているという印象はありません(但し、天皇と中華皇帝は役割・本質が全く異なるため、その点はどうかとは思いますが)。

ただ、それでも「天皇陛下を人民(の代表たる総理)が仰いで万歳三唱する光景」に一定の違和感が生じざるを得ない(複雑な気持ちを抱く人がいる)のは、やはり15年戦争(大東亜戦争=日中・太平洋戦争)の出征風景やバンザイ突撃に象徴される、全体主義的な(「みんなの都合」で個人や他者に理不尽な犠牲を強いた挙げ句に敗亡した)悲惨で暗い時代の記憶が、今も国民に共有されているからなのだと思います。

言い換えれば、万歳三唱という言葉・儀式ないし意味自体に罪はないものの、あまりにも残念な使われ方をされてしまったため、「ケチがついた」と言わざるを得ない面があるのではと感じています。

万歳三唱は、平成(上皇)の即位式でも行われましたが、昭和は戦前も戦後も(たぶん右も左も)、良くも悪くも集団主義(悪く言えば全体主義)の時代ですから、その総括がなされていない状況で、海部首相が万歳三唱をすることに違和感を呈する人は、(反政府ないし反自民など、一定の立場のある方を別とすれば)あまりいなかった(そのような声は、戦争の記憶がまだ色濃く残っていた割に、ほとんど出なかった)のではと思います。

これに対し、平成は(個人主義とまで言うかは別として)良くも悪くも集団主義が解体されていった時代なので、それなのにまだ万歳三唱なのか(今もそれしかないのか)、と違和感(時代遅れ感?)を感じた国民は、少なくとも平成元年よりは多くいたのではないか、というのが私の印象でした。

私は万歳三唱の間の今上陛下の表情をずっと拝見していましたが、その際の表情は、TV解説者がしきりに強調していた「自然体」というよりは、ある種のぎこちなさというか、硬いものであった(少なくとも、万歳三唱されて喜んでいるという様子ではなかった)ように感じましたし、それが「重責を担う緊張感によるものだ(に過ぎない)」という理解だけで良いのか、「国民一人一人の喜怒哀楽に寄り添う」ことを象徴のつとめとして掲げた平成・令和の両天皇の姿勢などを踏まえて色々と考えさせられる面があったように思います。

そうであればこそ、昭和の時代はまだしも、平成の30年間(或いはこの1年間)に「次も万歳のままでいいのか、天皇制を言祝ぐ、ケチのつかない別な言葉(儀式)を考えるべきでは」という議論があって良かったのかもしれません。

それこそ、現在の即位式のあり方に批判的な左派勢力などから即位式のスタイルに関する新たな提案があっても(そうした形で議論の先鞭を付けても)良かったと思いますが、政治関係者がこのテーマで世論喚起するのは難しいでしょうから、いっそ社会派志向のあるお笑い芸人とか文化人の方々などが、万歳三唱に代わる現代の=新天皇に相応しい別な言葉(儀式)を考える試みなどがあってよいのではと思ったりもしました。

また、本当は、こうしたこともTVでは議論されるべきでしょうから、一局くらいは、せめて儀式の直後にでもそうした朝生的な討論番組を行ってもよいのでは、とも思ったりしました。

ともあれ、こうした儀式を拝見すると、改めて、天皇は現在もなお神の依代としての役割を期待されている(国家・国民により担わされている)のだろうと、その重責に対し、ある意味、気の毒に感じます。

見方によっては、天皇もまた、万歳のかけ声と共に、理不尽な役割を強いられている存在なのかもしれませんし、陛下の表情は「今も(社会統合のため)現人神(依代)を必要とし続けることに、皆さんは本当にいいのですか?」と語っていると解釈する余地もあるのかもしれません。

そして、そうした感想と共に、この制度(いわゆる国体)の数十年、数百年後の姿について色々と考えさせられたという点で、TV特番を拝見したこと自体は大いに意義があったと思います。

殺傷事件から考える、ひきこもり問題の解決のあり方

川崎市の無差別殺傷事件で、犯行中に自殺したとみられる被疑者(犯人)が長期のひきこもり状態だったとのニュースが取り上げられていますが、私も以前、長期間のひきこもり問題を抱えていた方に関する傷害事件に携わったことがあります。

詳細は差し控えますが(無差別系の事件ではありません)、他者と社会生活上の関係を築くことができない状態が長く続くと、家族など周囲の方を含め、残念な悪循環が様々な形で生まれる一方、破局的な事件が生じるまで第三者が解決に関与しない展開になりがちであることは確かだと思われます。

それだけに、早い段階で本人を「陽の当たる場所、暖かいと感じることができる場所」に連れ出し、その人なりの居場所や生きがいを社会内に見出すことができる程度に心を温める営みが、公的機関など第三者の関与のもとで行われるのが望ましいでしょうが、私の知る限り、そのような制度や営みなどというのは、ほぼ聞いたことがありません。

私が関与した事件でも、行政その他が自宅訪問その他の関与を行ったという話は全くなく、私が関わった後も、第三者の関与・支援という話は、限定的なものに止まりました。

また、私の関与(の原因となった件)を機にご本人を心療内科などの医師に診て貰った方がよいのではとご家族にお願いしましたが、医師からは治療対象ではなく来る必要はないと言われたとのことで、ひきこもり問題には、医療以外のアプローチが必要となる方も多いのかもしれません。

少なくとも私が関与した事件では、就労や人間関係の構築のトレーニングができる通所施設(サービス)のようなものを本人が早期に利用できれば、その後に深刻な対人トラブルを生じさせることもなかったのでは(簡単ではないにせよ、ご本人は、社会適応が全くできないタイプの人ではない)と感じる面はありました。

いわゆる池田小事件を契機に心神喪失者等医療観察法が制定された(と言われる)ように、あまりにも犠牲の大きい今回の件を機に「支援法」に止まらない一定の強制措置も伴う「ひきこもり対策法」制定の動きが生じるかもしれないと感じていますが、幾つかのネット記事などで言及されているように、当事者にとって北風ではなく太陽となりうる施策を図っていただければと思っています。

この仕事の性質上、「その後」に全く関わっていませんので、あの方々は、今、どうなっているのか、どのような思いでこのニュースを眺めているのか、ふと思ったりしました。

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と、FBに書いて投稿したところ、他の方から、秋田県藤里町の取組みをご紹介いただきました。
http://fujisato-shakyo.jp/hikikomori

今回の事件のように暴力性向が進んでしまったように見受けられる方だと、若い頃に適切なフォローができないと現時点での対処に難しい面が伴うとは思いますが、ご本人に社会復帰の意思が十分あるケース(大半はそうだと思いますが)なら、藤里町が行っているような取組で、一定の成果を上げることができそうな気がします。

藤里町の現在も含め、健全な方向で議論や取組が深められることを願っています。

また、問題を抱えた方とのコミュニケーションに奮闘した経験をお持ちの方から、厳しいご意見もいただきましたが、すでに社会現象化して久しい状態を放置してよいのかという問題はあり、とりあえず、ちょっとだけでも太陽のもとに多少無理にでも引っ張り出してくる制度(担い手)は、あってよいのではと思っています。

少なくとも、限られた人間との不自然なコミュニケーションだけが続くのは望ましいことではなく、子供についてしばしば言われるように「家族以外の良識ある多くの他者と接触する機会」を持たせることが望ましいと思います。

言動が不安定で暴力リスクを感じる方をどこかに長期隔離するようなものは、昔に保安処分制度という形で散々議論されたように賛成できるものではありませんが、通所的なものなら、精神科の保護入院制度のように、親族などの希望に応じて、ある程度の(緩やかな?)義務づけはあってもよいのではと思ったりもします。

もちろん、そのためには、なるべく平穏に家から連れ出す必要があり、暴力リスクのある方だと最後は警察云々の出番になるかもしれませんが、可能であれば、民間(地元)の屈強かつ良識ある有志による説得、といったような営みがあれば有り難いのでは、と感じています。

ひきこもり支援(就労対策など)を民間の「善意」に丸投げするようなことになってしまうと、良心的な支援者が本人の職場放棄や社内トラブルなどを抱えて疲弊したり、中には搾取などの問題が生じることもあるでしょうから、担い手支援や公的関与など透明性の確保を図る工夫が必要かとは思いますが、そうしたことも視野に入れて、取り組みや制度が深化するのを願っています。

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余談ながら、川崎市の事件では、被疑者が家庭環境に恵まれず養育先となった家庭で自身が公立小学校、養育先の同世代のお子さんが標的となった小学校に進学したとのことで、そのことが犯行動機に影響している(要は、不遇な少年時代の代償を求める趣旨で、その小学校の通学児童を標的に選んだ)のではないかと推測されるものとなっています。

この仕事をしていると、犯罪行為に及ぶ人の中には、長期に亘り不遇な日々を余儀なくされた方が、まるでその日常ないし人生の代償(いわば、その人にとっての「ハレの日」)を求めるような形で、たまたま社会の隙を見つけたときに犯罪に流されてしまうという光景を垣間見ることがあります(私が刑事弁護人として関わったのは、主として、凶悪な殺傷ではなく窃盗絡みの事件ですが)。

ですので、社会が許容・容認或いは(可能なら)歓迎できる形で、不遇感を余儀なくされる日々を過ごした(過ごしている)方に、人々に迷惑を掛けないまっとうな形での「ハレの日」(一部の成人式のように、人によっては多少の違和感や見苦しさなどがあったとしても、そうしたものへの寛容さを含めて)を提供できるように、社会側に様々な工夫や努力が求められるのではと思っています。

新宿のシン・ゴジラと「リアル脱出ゲーム~僕のまちの破産からの脱出~」

今年の夏休みは「群馬の保渡田古墳群と埼玉の忍城と吉見百穴に行きたい」との私の提案が無慈悲に却下され、家族の専断的決定により新宿で行われている「東京ミステリーサーカス」の「シン・ゴジラからの脱出」に行くことになりました。
https://mysterycircus.jp/shin-godzilla/

私は「脱出ゲーム」が取り上げられたTV番組は見たことがないためよく分かりませんが、要するに、特定のテーマを素材にして2~4人で一組となり会場内で主催者から様々な課題(謎解き)を与えられ、答えを出して最終問題の解答に辿り着けばゴール、という仕組み(ルール)になっているもののようです。

で、家族が「シン・ゴジラ」を観て過剰に気に入ったため、これをテーマとした脱出ゲームをやってみたいとのことで、私も同行を余儀なくされたものです。

「ネタバレ禁止」なので込み入ったことは書けませんが、要するに、参加者は「巨災対」の一員となってゴジラを停止させる方策を立案するための謎解きゲームを60分の制限時間の中で繰り返し(計6~7個)行うというもので、映画をご覧になった方であれば、概ね問題なく楽しむことができ、大人でも相応に難しいと感じるように思われます(私がその種のものが不得手なだけかもしれませんが)。

そして、進行役となるスタッフの方々は「局長」役の方をはじめ相応に話芸などの訓練をして臨んでおり、終盤のシナリオを含め最後まで飽きさせずに拝見できたように思います(値段も相応のようですが)。

ところで、「何人かが集まって紙を広げてああでもない、こうでもないなどと話をしながら何某かの成果物を作って伝達する」という作業は、JC在籍時に、いわゆる「ワークショップ」で何度か経験しています。

ただ、私が経験した「ワークショップ」なるものは、各人が好き勝手に発言した内容を付箋にペタペタ貼り担当者が何となく内容をまとめて発表して、主催者が「皆さん頑張りましたね~」などと予定調和的にお褒めの言葉を述べるものの、それを起点として社会が何か実際に変わるわけでもなく、私にとっては面白くもなく、あまり有意義とも思えない営みだったというのが正直なところでした。

ですので、どうせ「ごっこ」の類に過ぎないのなら「夢中になって取り組むことができ、最後まで飽きさせない創意工夫が散りばめられている」こちらの脱出ゲームの方が遥かにマシではないか(だからこそ、安くない料金を払ってでも満席盛況の日々となっているのではないか)、言い換えれば、巷に溢れる「ワークショップ」なるものも脱出ゲームを参考にして参加者に様々な共同作業をさせたり謎解きのような娯楽性を備えた手法を開発した方が、結果として参加者にテーマに対し関心をもって取り組む動機付けを持たせることができるのではないか、などと思ったりもしました。

というわけで、「リアル脱出ゲーム~僕のまちの破産からの脱出~」の企画案(導入部)を考えてみました。

それこそ、山崎亮氏や木下斉氏などが脱出ゲームのライターの方と組んで、参加者を熱狂させる「あっと驚く、問題解決のシナリオ案」を擁して、全国の人々に「まちの様々な問題に取り組むマインド」を伝道していただければと思っています。

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君が住むA県B市は、20年前に当時の市長が推進した大規模リゾート構想の失敗などで巨額の債務を抱え、破綻の危機に瀕している。

役所内に飛び交う噂では、今日にもデフォルト(支払不能)宣言をして市内で行われているライフラインの供給や各種行政機能が停止し、多くの市民や企業がこのまちの未来を諦め遠方の大都市に転居・移転することになるかもしれない。

そんな中、若い市長の呼びかけにより、優秀だが地元では有数のはぐれ者、一匹狼、変わり者、オタク、問題児・・(以下略)の面々が秘密裏に集められた。

破綻必至の巨額累積債務対策本部。通称「巨債対」。

君達は、副市長から委嘱された特別チームとして、巨額負債の原因となった市内の様々な問題に解決し、行政、議会、経済そして人々の意識を改革する作業を通じて、市内の社会経済全体の機能停止と破綻を防げ。

制限時間は60分。間に合わなければ、この街は倒産する。」

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余談ながら、新宿では、牡蠣狂いでありながら数年ほど生牡蠣がご無沙汰になっていた同行家族の恫喝と強要により、いわゆるオイスターバーで食事をとりました。

すると、店内入口のガラスケースに「赤崎」などと書いてあったので、大船渡の赤崎かと思ってメニューを見ると、大槌産、米崎産、釜石産などと岩手のオンパレードになっていましたが、それ以上に、夏なのに岩手の牡蠣=真牡蠣が生で食べられる(そうした技術が創出されている)ことに大いに驚かされました。

メニューには岩牡蠣と真牡蠣が数個ずつ掲載され、岩牡蠣は九州などのもの、真牡蠣が岩手と宮城のものと表示されていましたが、真牡蠣も岩牡蠣に負けず十分に美味しくいただくことができたように思います。なお、店内で提供している日本酒も岩手のものでした。

ともあれ、久しぶりに贅沢な食事をしたせいか、お店を出る頃には、

牡蠣喰えばカネが無くなり放心し

というのが正直なところで、幸い当家は現在のところ「巨額債務で破綻必至」にならずに済んでいますが、収益力に見合わない出費が続くことのないよう、財政健全化に努めたいものです。

バンカラ応援歌練習とナチス体験を近づけるもの、遠ざけるもの

日本の大学で「ナチス体験」なる講義(それを通じて、ファシズムのメカニズムや克服法などを学ぶ趣旨のもの)が行われているとの記事を拝見しました。スタンフォード大学で監獄実験があったという話は学生時代にも聞いたことがありますが、それに近い(ものの、そこまでハードではない)授業のように見受けられます。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56393

この記事を拝見して真っ先に思い浮かんだのは、中学校の入学直後に行われていた応援歌練習(1年次だけか、他の年もあったかは覚えていません)の光景でした。

他県(或いは二戸市立福岡中以外)の学校(公立中)にも同じようなものがあるのか存じませんが、当時の福中では、入学直後に1~2週間ほど、毎朝、各クラスに応援団員(上級生。確か2年の男子生徒が6~7名ほど)が現れて「お前ら立てェ~」の怒号から始まり、延々と「大声だせェ~」と怒鳴りながら全員で応援歌の練習(絶叫の強要)を行う、という風習がありました。

毎朝30分程度だったと思いますが、クラスの朝礼の直後?に先生(担任)が姿を消し、ほどなく応援団員らが猛ダッシュで教室内に乱入して延々と怒号に終始するので、リアルなまはげというか、小学校を卒業したばかりの面々には結構な衝撃(異世界感)を受けます。

また、毎回、何人かが「声が小さい、手振りが弱い」などと文句(難癖?)を付けられて団員に廊下に連行されて2~3分ほど怒号説教をされるという光景もあり、トラウマというか嫌な記憶だという方も相応にいるのだと思います。

ただ、正直なところ私は大声を出すのが全く苦にならず、そのせいか団員に連行(説教)された経験もほとんどなく、むしろ、絶叫できる爽快感と、連行の恐怖から逃げ切るドキドキ感、或いは、自分だけが連行から免れたある種の優越感?といった、さほど否定的ではない記憶しか残っていません(何度も連行された方にとっては、嫌な記憶しかないのでしょうけど)。

応援歌練習の目的(建前上の?)は、初夏の時期に行われる二戸地区の野球大会に全校生徒を動員し、応援団の指揮のもと全校生徒が応援歌やエール等を行う(絶叫する)ためであり、そうした練習の甲斐もあって?1年生は従順に絶叫(熱唱)し、その光景は相応に壮観ですし、試合が好調な展開で応援にも一体感があった場合などは、鳥肌が立つような感覚を抱いたこともあります。

尤も、3年生になると、応援団の恫喝を受けないせいか?ほとんど誰も応援(熱唱)をしなくなり全学年丸ごと単なる観客状態になるのですが、私自身は「隠れ絶叫好き」のため、みんな真面目にやればいいのに(一人だけだと絶叫できなくてつまらないじゃないか)と感じた記憶があります。

で、引用の文章に話を戻しますが、当然ながら、応援歌練習には「総統(団長やクラスに配置される団員など)に個人的な忠誠を誓わせる」などというものは存在せず、(団員による連行説教を一応別とすれば)集団で誰かを理不尽に攻撃・糾弾したり、まして何らかの悪行に向かわせるような行為も一切ありませんので、当然ながら「ファシズムだ」などと非難すべきものではありません。

しかし、この「装置(風習)」を悪用すればどうなのだろう、と思わないでもありません。

例えば、応援歌(エール)に、「何トカ中はゴキブリだ、ぶっ殺せ~」などとヘイトスピーチが入れば、完全に「ナチスの入口」になりそうですし、声や手振りが小さいなどと叱られた人を教室の壇上に上げて皆で糾弾するようなことをし始めたら、その後どのような展開がクラス内で生じるか、誰でも想像がつきそうな気もします。

常識的に考えられない前者はまだしも、後者については、例えば応援団の誰かがそうしたことをやりたいと言い出した場合に、果たして皆がそれに抵抗できるのか、どのような光景が出現するのか、空恐ろしくも興味深く感じてしまいます。

中学時代は誰もが何らかの不安や不満・鬱屈を抱えていますので、そうした方向に集団を誘導することは、一定の条件が揃えばさほど困難ではない(だからこそ、いじめ云々が後を絶たない)のだと思われ、余計に「悪用しようと思えばできないこともない風習」が中学校の最初の入口で設けられていたことに、ある種の薄気味悪さを感じないこともありません。

少なくとも、この風習(装置)にはそうした「怖さ」もあるのだとか、そうであればこそ、この「集団の力」が誤った方向に用いられることなく社会にプラスになるように生かしていかなければならない、などということを誰かに教わった記憶は私にはありません。

先生(教員)達は、この風習に対し表向き?はノータッチ(治外法権?無関心?)を貫いており、授業で応援歌練習の意義などについて、感銘を受けるような説明を受けた記憶も全くありません(初代応援団長をなさった方から、創設秘話などを伺ったことはあります)。

それでも、私が一応知る限り、応援歌練習(によって培われた何らかの集団無意識)が「暴走」することなく、誰かを攻撃するための装置として機能することがなかったのは、限られた期間のささやかな経験に過ぎなかったからなのか、我々が曲がりなりにも幸せな時代を送ることができた(ので、暴発を引き起こすガソリンそのものが無かった)からなのか、それとも、我々も知らず知らずのうちに人間の尊厳を大切にする教育をきちんと受けていたということなのか?その点は今もよく分かりません。

ともあれ、私は、子供の頃から「ひとりぼっち」で時間を過ごしすぎたせいか、人間の集団=暴力装置(の予備軍)というイメージ(不信感、不安感)が勝ちすぎ、どんな団体・集団に所属しても、「この人達は個人としては良い人ばかりなのに、群れるといずれは自分に悪意や敵意を向けてくるのだろう」という感覚を今も拭い去ることができません。

そんなメンタリティの中で「声量が大きいため応援歌練習に馴染んで絶叫を楽しんでいた自分(そうした時間も過ごしたこと)」はどのような意味を持ちうるのか考えさせられると共に、あの時間も「疑似ナチス体験」などと評したら怒られそうですが、各人が、引用記事や上記に述べたような価値とリスクを理解できるのであれば、それはそれで意義のある体験だったのかもしれない、と感じるところもあります。

少し検索したところ、そうした「バンカラ応援歌練習」は、岩手の高校にはそれなりに存在する(他県にはほとんどない)ようですが、私自身はそうした風習とは無縁の函館の私立高に進学したため、高校の光景については全く分かりません。

その種の経験をなさった「仲間」の方から、このような観点を踏まえたご自身のお考えを伺う機会もあれば有り難いなどと思ったりもします。

余談ながら、家庭持ちに成り果てた?現在はともかく、受験勉強と読書など(と山登り)で過ぎ去る大学時代を送った身としては、当時、リア充を弾劾する絶叫に心底加わってみたかったものです(笑)。

米朝首脳会談にふさわしい「日英の良心が遺したシンガポールの聖地」

6月12日に行われた米朝首脳会談の際、両国首脳がそれぞれ宿泊したホテルのすぐ近くに、世界遺産・シンガポール植物園があります。

かつて、大日本帝国軍がシンガポールを精強な英国軍から電撃的に占領した直後、突如、この島に二戸出身(旧制盛岡中学卒)の田中舘秀三・東北帝大教授が現れ、英国人の研究者らと協力して植物園や博物館などの貴重な学術資産を戦災の混乱から守ったという逸話を、1年半前にブログ等で紹介させていただきました。

植物園のシンボルであるバンドスタンドとその一帯は、今も、英国庭園の面影を残したまま、同国有数の「結婚記念写真スポット」として人気を博しています。

可能なら首脳会談はこのバンドスタンドで行っていただければ、戦争に依らずに物事を解決するとのメッセージを、より世界に伝えることができたかもしれません。

安倍首相の側近にもこのような演出を勧める人材がいればよいのになどと、余計なことを思ったりもします。

民族の誇りは覇道の愚ではなく 学を尊ぶ真心にこそ

と当時、戯れに一首作ってみましたが、世界中の国家指導者の中で今最もその言葉が向けられるべき2人がこの島で出会いの場を得たということに、少し不思議なものを感じてしまいます。

縄文と弥生の数奇で幸運な出逢いとしてのフラガール

今回(昨年)のいわき方面への旅行は、スパリゾート・ハワイアンズ(旧・常磐ハワイアンセンター)に家族を一度は連れて行こうと考えたのが発端になっており、「丸一日プールに入りたい」という同行者の強硬な要求もあって、2泊3日の旅の締めくくりに、この日は朝からハワイアンズに向かいました。

駐車場には、太陽光発電の装置が大規模に設置されていましたが、天候次第では発電以外の面でも有り難いように思われ、現在のコストのことは分かりませんが、もっと普及して良いのではと思いました。

DSC05574  DSC05573

施設の入口では、中毒性のあるメロディで「連れてって連れてって連れてって~」というテーマソングが延々と流れており、それに倣って、

連れてって連れてって、いわきの駐車場~
日除けと雨除け、発電も兼ねちゃってってって~
ハワイア~ンズ もとい、家族サービス部。

などと歌いたくなりました。
https://www.youtube.com/watch?v=cAvOmmH9Edc

それはさておき、私自身は、旅行では名所旧跡や各種施設を時間の限り訪ね尽くす弾丸志向型で、リゾートとかプールなどという過ごし方は性に合いませんので、ご家族の皆さんお好きにどうぞ状態で同行者に任せたというのが正直なところです。

ただ、以前に映画「フラガール」は観ていましたので、フラ・ミュージアムはきちんと見ておきたいと思って、そこだけは一人で見に行きました。
http://www.hawaiians.co.jp/show/hulamuseum.html

展示は、「フラガールのあらすじ=ハワイアンズ成立の基礎となった常磐炭鉱の閉山と生き残りを巡る人々の闘いの物語」と「フラの本場たるハワイやタヒチ(ポリネシア人)のフラ文化の紹介」の2本立てとなっており、後者ではフラが宗教的・祝祭的な儀式であることなどが説明されています。

このブログでは「縄文の継承者としての東北」という視点を繰り返し強調していますが、ポリネシア人(ハワイやタヒチなどの南方系)と縄文人(北方系)は人種的に同系(古モンゴロイド)とされているのだそうで、常磐炭鉱の人々が起死回生のシンボルとしてフラを選んだ背景には、指導者の知見だけでなく、「底に流れる人種の血」といった観点も考えてもよいのかもしれません。

ただ、常磐炭鉱は「一山一家」を標榜し、ハワイアンセンターの開設(フラガールの物語)も炭坑の人々がそうした一体感を守るために始めた営みとして描かれ、特定の個人の特異な力量ではなく関係者一人一人の役割意識や団結などが重視されているわけで、そうした光景は縄文文化(個人主義)よりも弥生文化(集団主義)に当てはまるもののように思われます。

弥生人は漢民族や朝鮮民族などと同じ新モンゴロイドという人種なのだそうで、縄文人の末裔の一つである蝦夷集団(各部族)が国家と呼べるだけの社会を形成できなかったように、日本という国(ヤマト国家とその前史)はクニという巨大組織を作る力に長けた彼らが大陸から渡ってきたときから始まったと言ってよいのではと思われますし、以前に沖縄に行った際も「琉球王国は土着の縄文人ではなく渡来の弥生人が土着の民を取り込む形で作ったのではないか」と書いたことがあります。

前回述べたとおり、かつて大和国家の最北端(最前線)の役割を担ったいわきの地には縄文と弥生の結合を図る文化があり、それがフラという縄文に似た文化を活かす方法で地域の存続を図る努力が人々により営まれた底流にあるのでは、という見方もできるように思います。

そのことは「フラの本場」であるハワイの民が米国(西欧人=コーカソイド)の侵略に抗しきれずに民族としての主権を失い米国に同化する道を辿った光景や、タヒチはもちろんインドネシアなど他のポリネシア系の民族を見ても、彼らが近世・近代に国家としての強靱さを持たない状況下で西欧の侵略などに晒され苦難の道を辿ったことなどにも視野を広げると、色々と考えさせられる面があります。

ハワイアンズの宣伝によれば「フラの博物館」は世界でここだけなのだそうですが、以上に述べた観点を踏まえれば、いわきの人々がフラ(ポリネシア人の文化)を継承ないし保護振興する姿は、我々が考える以上に意味や価値のあることなのかもしれません。

そんなわけで、激しいフラの踊りの先に、失われた人類の多様な過去、そして禍々しい要塞のような原発に依存することのない未来も垣間見ることができればなどと思って一首。

誇らしく一心不乱に舞う汗は 岩城も穿つ ひとしずくかな

ただ、私自身は同行者の「目当てはプール。ショーは興味なし」との専断的決定のせいで前夜も含めフラのショーをほとんど見ることができず、トホホ感を抱いたまま立ち去ることを余儀なくされましたので、またいつの日か再訪し、改めてフラのショーなどを拝見できればと思います。

宮崎監督(個の解放)と庵野監督(社会への収斂)という「平成の風景」

11月に「シン・ゴジラ」がテレビ放送していたので、1年3ヶ月前に映画館で拝見して以来、久しぶりにチラ見すると共に、映画の鑑賞時に書いた文章を読み返しましたが、今回感じたのは、こうした「大組織に属する人々が巨大な災禍を克服するため力を合わせて闘う物語」は、宮崎監督なら絶対に作らないだろうな、という点でした。

映画評論できるほどの力はありませんが、ジブリ作品は「個人が組織などの巨大な力からどれほど自由に生きることができるか」がテーマになっているとの印象を受ける作品が多いと感じますし、それは、宮崎監督が「あの戦争」に象徴される滅私奉公(全体主義)を嫌悪・敵視していることが背景にあるのだろうと思います。

これに対し、エヴァンゲリオンもシン・ゴジラも(「トップをねらえ」も?)、異端児たちが組織の中で「自分だけが発揮できる力」を生かして巨大な災厄を克服することが重視され、その過程の中で、「厄介な自我を抱えた個人」が内省を深める面はあるにせよ、「組織から個人が解放される」ことはテーマにはなっていないように思われます(「ナディア」は見たことがないので分かりません)。

陳腐な言い方をすれば、昭和=個性が組織にすり潰されていた右倣えの時代の終わりに個人の解放を説いたのが宮崎監督で、平成=組織から多少は自由になったけれど、「こんなに変な私」の価値が皆に理解されたわけでもなく、かえって身の置き場を無くした時代の中で「私だけが発揮できる力」を社会に還元して居場所を作る道を示したのが庵野監督、という見方もできるのかもしれません。

そういう意味では、庵野作品のテーマは、平成前期に「ニセ学生マニュアル」や小林よしのり氏との関わりなどで注目された浅羽通明氏の言説に近接するような気もします(当時は大学生でしたので、浅羽氏の本はよく読んでいました)。

それが時代の関心事だったなどと雑な括りをするのは愚かなのでしょうが、ともあれ「個人が社会に収斂される物語」へのニーズはまだ続くのか、また、次の時代に人々が必要とするテーマはどのようなものだろう(例えば「そんな私が社会の仕組みや人々の意識を現に変えていく物語」が、メジャー作品として取り上げられることもあるのだろうか)などという不毛な問いに縋ろうとするメンタリティが、まだ自分にも残っているのかもしれません。

考えないビジネスパーソンより考えるケムール人

最近、ビジネスパーソンとかオンブズパーソンとか、「パーソン」が日本語でも浸透していますが、どうしても長ったらしいというか、簡にして要を得た言葉を好む日本人の感覚からすれば、使い勝手が悪い感じがします。

特に「ビジネスマン(ビジネスパーソン)」については、昔は経営者などに限って用いられていたようですが、今や「サラリーマン」を含めた就業者の全体を指す言葉として使われるのが当たり前になっていると思いますので余計に目にする機会が多く、「長ったらしくて音が心地よくない」という感覚を抱く機会が増えているような気がします。

「マン」を使いたくないというコンセプト(男女の区別をしないこと)は理解できるのですが、そうであれば、いっそビジネス人とかオンブズ人などと、漢字化=短い音で言葉を表記する方法をとって欲しいと思います。

ビジネス人だとケムール人みたいで嫌だというなら、言葉の本質に適合する他の漢字を考えてもよいでしょうから、ビジネス家とかオンブズ民、或いは明治期に倣って「就業者(実務家)」とか「監察者(監察員)」などと新たな訳語を世に問うて普及させても良いはずです。

英語学習の必要性を否定する発想は微塵もありませんが「物事の意味を手短な音で一挙に表現する言葉」としての漢字文化ひいては概念の本質に即した言葉の創造を実践する知的訓練を大切にする文化を保持・再興すべきだと思います。

「パーソン」に限らず、ここ十数年の日本社会に氾濫する他のカタカナ言葉たちも含め、多くの外国語(新たな概念)を学ぶと共に、それを自分達の言葉で咀嚼すること=概念の本質を理解して会得する手段としての翻訳の試み、ひいてはその基盤としての外国語と日本語の両用的な言語文化が盛んになって欲しいと願っています。

米中の狭間で混迷する朝鮮半島と東アジアの近未来

最近の日韓関係と言えば、従軍慰安婦問題でようやく国家間の合意が生じたかと思えば、途端に朴槿恵大統領が失脚の憂き目に遭い、その勢いで、慰安婦像の乱立に見られる示威行動が続いたり、新大統領の有力候補がいずれも反日姿勢の強い方だと報道されるなど、残念な印象を拭えません。

が、その一方で、在韓米軍が北朝鮮向けに(その名目で?)配備した防衛ミサイルシステムについて、中国が自国のミサイル配備なども察知されるのではないかと強硬に反発し、国民に敷地を提供したロッテグループに不買運動をさせるなどのニュースもあるそうで、事態は混迷というか、複雑な様相を呈しているように見えます。
http://www.yomiuri.co.jp/world/20170302-OYT1T50116.html?from=ytop_main5

我が国では、いわゆるヘイトスピーチ問題のほか、最近世間を賑わせている小学校建設問題などでも、胡散臭い愛国心を標榜して韓国(朝鮮半島)嫌いを標榜する方が多く見られるところですが、せっかく?「中韓対立」という事態が生じているのですから、埋設廃棄物や不正取引の臭い(疑惑)がする商売に手を染める暇があれば、こうしたときに支援活動をして中韓の切り離しと対日友好の機運醸成に努める方が、真の愛国者とまで言うかはさておき、少なくともご自身の理念に沿うのでは・・・などと余計なことを思わないでもありませんが、どうなんでしょうね。

それはさておき、私が平成22年に日弁連の廃棄物法制調査として3泊4日でソウルにお邪魔した際、私は当然ながら庶民向けホテル泊でしたが、某大物の先生(大都市圏の産廃協会の顧問などをなさってました)がロッテホテル(当時は1泊3万円くらい)に宿泊されており、その関係で同ホテルが集合場所に指定され、行ったことがあります。

で、せめてものということで、集合時間前に1階のラウンジで一人で1杯1800円くらい?の朝鮮人参ジュースを飲んだのですが、味より健康のための飲料だとはいえ、二杯目は遠慮させていただきいたと強く感じたことを覚えています。

ともあれ、昨年末くらいから、軍人を矢鱈に登用しつつ対露接近を進めるトランプ政権の目的は、イラク戦争を北朝鮮で再現し、軍産複合体の利益を図りつつ戦後復興利権を米露の主導で決めること(日本はカネ担当、中国はなるべく排除)ではないかと感じる面がありますが、上記の事態も、その前哨戦ないし一貫と考えるべきなのかもしれません(ただ、トランプ政権の軍事行動の優先順位としては、朝鮮半島よりもISなどの方が高いかもしれませんが)。

正男氏暗殺事件を引き合いに出すまでもなく、北朝鮮の現体制が今のまま長期に亘り存続できるとは到底思えませんし、そう遠くないうちに、韓国への統合であれ他の形であれ民主的で人権保障の行き届いた政治体制が確立して欲しいと思わずにはいられませんが、戦争以外の形で平和的に物事が進むことを願いたいですし、そのために日本としてできることを模索する努力を、政府や政治関係者などにも強く求めたいものです。

金色がお好きな「日米の二人のトップ」に関する共通点と未来

トランプ大統領が就任と同時に行ったのは、TPP離脱宣言だけでなくホワイトハウスの執務室のカーテンを金色のものに取り替えたことだった・・という趣旨の記事が出ていました。
http://www.asahi.com/articles/ASK1Q4QN8K1QUHBI00W.html?iref=comtop_8_01

金色を身にまとうのがお好きな公権力の代表者という話を聞くと、現代日本人が連想するのは「いつも金色ネクタイ」のイメージが強い鳩山由紀夫首相でしょうか。それだけに、素直に考えれば「日本を代表する反トランプメディア」になりそうな朝日新聞の記事だけに、そのイメージを狙った報道かもしれないなどと思わないこともありません。

そういえば、このお二人ですが、キャラ(片や傲慢・豪腕、片や優しそうな異星人)や政治家としての出自(片や政治経験の全くない不動産王、片や首相の孫にして日本有数の政界のサラブレッド)は全く異なるように感じられるものの、共に「大金持ち」であるだけでなく、「公権力の代表者になった経緯」という点で見れば、看過すべきでない共通点もあるような気もします。

というのは、トランプ氏のような御仁を大統領に押し上げた原動力が、オバマ大統領の美しい言葉の影で広がる米国の格差社会で置き去りにされた貧困層や没落中間層の現状(米国経済)への不満や怒りの心情であることは、広く言われていることですが、鳩山政権誕生(民主党への政権交代)の原動力も、それに近い面がないわけではありません。

民主党の政権交代の原因については、第一次安倍内閣で閣僚不祥事が頻発して首相の対応が後手に回って信頼を失ったとか、当時の民主党の主要メンバー(陥落までの主要閣僚陣)がそれなりに政治家としての知名度やブランド力を得ていて、一度は政権を任せてみたいという機運があったこと、小泉政権の郵政解散の反動などなどが挙げられるかもしれませんが、現在との大きな違いとして、倒産が非常に多く、不況と呼ばれた時代だったことは軽視できないと思います(当時は我々「町弁」たちは、クレサラから企業倒産まで多くの債務整理事件に従事していましたが、今は見る影もありません)。

そういえば、鳩山内閣の実質的な意味での「前政権」というべき小泉内閣は、最後まで国民の高い人気を得ていた一方で、自由経済至上主義の印象の強い竹中平蔵経財相の重用など、見方によっては「華々しい光景の陰で、その後に顕在化した格差社会の素地を作った」という批判も当てはまる余地があるような気もします。

だからこそ前哨戦となった参院選で小沢代表(当時)が大勝した際のキャッチフレーズが「国民の生活が第一」だったわけで、小沢氏が西松建設事件や陸山会事件で失脚しなければ、その後も、小沢氏が同様の言葉を掲げて衆院選で大勝し首相となっていた可能性は極めて高いのではないでしょうか。

言い換えれば、「ワシントンのエリート達から政治を普通の国民に取り戻す」と叫ぶトランプ氏と、「自民党の一党支配(及びそれに寄生する官民の各種利権)から日本の政治を取り戻す」と叫んでいた当時の民主党(鳩山政権)は、その支持層も含めて、かなり似ている面があるように思います。

そういえば、民主党の支持層は中年の男性の方が多い(女性に人気が無い)と聞いたことがありますし、逆に、民主党=インテリの支持が多いというイメージがありますが(少なくとも、当時、自民党を引きずり下ろしたかった朝日新聞はじめ?左派色のあるメディアの支持を集めていました)、トランプ候補も意外にインテリ層の支持もそれなりにあったという趣旨の記事を目にした記憶があります。

また、双方(鳩山氏、トランプ氏)とも、親ロシアのスタンスであり(鳩山氏は祖父の鳩山一郎首相が日ソ共同宣言=国交回復を樹立し対米自立志向が強かったことなどに由来)、「米軍による沖縄の防衛(駐留)」を重視していない(ように見える)点も似ています(その政策の当否はさておき)。

決定的な違いは双方の政権発足時の支持率の差でしょうか(鳩山内閣の発足時の支持率は70%以上で、世間の大きな期待を集めていたことは覚えている方も多いでしょう)。

そんなわけで、トランプ政権が「反面教師として参考にすべき存在」があるとすれば、鳩山(由紀夫)政権ではないかと感じているのですが、だからこそ、IT革命とグローバリズムをはじめとする社会経済の大変動により没落を余儀なくされた中間層の健全な復活に寄与する政策を目に見える形で推進できれば、優れた政治家として支持を集めるでしょうし、民主党政権時代の日本のように社会内に不況や政争による閉塞の印象を与えたり、世界を不安と混乱に陥れ、既存中間層のさらなる没落を招くような行動に及べば、彼を相応しくない立場から追い出そうとする力が何らかの形で働くのではないかと思われます。

トランプ政権の閣僚のニュースを聞くと軍人関係者の話が多く、まるで戦争をしたいのか(そのための人材シフトなのか)と不安に感じざるを得ませんが、政治や社会に無用の混乱が蔓延しないよう、何より、暴力(他者の尊厳を蔑ろにする手法)による物事の解決を志向する勢力が跋扈することのないよう、強く願いたいものです。

と、ここまで書いた後、グーグルで両氏のお名前を入力したところ、ここまで延々と書くかどうかはさておき、同じようなことを感じる方が多くおられることがよく分かりました。