北奥法律事務所

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刑事事件

京アニ放火事件の被疑者の意識が戻らなかった場合(植物状態)の対処に関する法の不備?

先日の京都アニメーション社を巡る大惨事は、私も同社制作の某作品を拝見したこともあり、大変残念な思いを禁じ得ません。

この件では、犯人とされる人物が現在も重体とのことで「可能な状態になり次第逮捕」との報道もありますので、今後は回復等するのかもしれませんが、最初の報道の時点では、どうなるか分からないということでしたので、それを見たときは、仮に、この人物の意識が戻らず植物状態で生命のみが延命治療で保持できた場合、この御仁への処断はどのようになるのだろう?と思わざるを得ませんでした。

前提として、結果のあまりの重大さから、心神喪失認定などという展開でもない限り(裁判の際は被告人側は争点として提示するかもしれませんが、容易には認められないでしょう)、判決の結果は目に見えています。

しかし、意識不明のままでは公判(刑事裁判)を開くことはできませんので、意識が戻らない限り、延命治療を延々と(極論、数十年間も)という展開になる可能性もありますが、それでは被害者・遺族はもちろん国民一般の理解も得られないでしょう。

他方、不勉強で存じませんが、そのような場合に、いわば「死刑(絞首刑)の代替手段」として、この御仁について国が延命治療の中止を命じる(それによって死亡の結果を生じさせる)制度は現行法上、設けられていないのでは?と思われます。

さらに言えば、仮に今回を機に強制的な延命治療の中止の制度を設けたとして、この御仁にそれを適用できるかという論点(遡及処罰の可否)もあるのではと思われます。

第三者の身として、今、この御仁をどうして欲しいと言える立場ではありませんが、上記の点について適切な説明や解決のあり方などに見識をお持ちの方は、ご教示いただければ幸いです。

また、以前に「延命治療の中止と法律家の関与」に関してブログに載せたことがあったのを思い出したので、亡くなられた方々のご冥福などをお祈りしつつ、ご参考までに再掲します。

余談ながら、この事件の発生日(朝)の岩手日報に大釜保育園の49歳の園長さんが病気で急逝されたとの訃報広告が掲載されていたのを見つけ、この方はガンライザーに何度も出演していたオオガマックスの方なのだろうかと、そちらもご冥福を祈らずにはいられませんでした。

因果なドン・ファンより最高裁のドンパン節

先月に不審死を遂げた和歌山県田辺市の実業家の方については、他殺が強く疑われる一方で犯人の特定・立件が困難ではとの報道もあり、ワイドショーの格好のネタとして世間の注目を集めています。私は、さほどこのニュースに関心はなく、

紀州のドン・ファンより秋田のドンパン
富豪のカサノバより肴町のモリノバ
美女へのバラマキより花巻バラ園
そして、迷走の年の差婚より名将・島左近

といった感じではありますが、誰が逮捕等されるにせよ、否認事件になる可能性は強いでしょうから、殺害行為と直接に結びつく証拠が見つからず情況証拠のみで立件せざるを得なくなった場合、平成22年の最高裁判決の要件にあてはまる事実(証拠)を突き止めることができるかで結論が決まるのかなと思って眺めています。

この判決は、情況証拠のみで犯人だと認定するためには、「Aが犯人でないとしたら、合理的に説明できない(少なくとも説明が極めて困難な)事実関係が含まれていることを要する」と述べているのですが、否定の否定が肯定の要件という感じで、何度読んでも分かりにくく、混乱しやすい文章だなぁと思ってしまいます。

「Aが犯人だと考えないと説明のつかない事実が含まれていることを要する」と書いてくれた方がよほど分かりやすいと思うのですが、要件的に何がどう違うのでしょうね。

それで結論が決まるような難事件が配点されることがあれば、判決の解説文などを読んで双方の違いを考えたりしなければならないのでしょうが、零細事務所の経営者としては、そんな日が来ないことを願うばかりです。

現在は、ドン氏の愛犬が掘り出されて死因の調査がなされているとのことで、本件で「犬が服薬死と判明し投与者も特定された」場合、殺犬だ→殺犬犯が殺人犯じゃないかと感じる人が益々増えるとは思います。

ただ、それだけでは最高裁判決が示す「決め手の事実」にはならないと評価されそうな気もしますので、検察は色々と事実を積み上げて「Aが犯人でないとしたら合理的に説明できない事実が(総合的に)存在している」と主張することになるのかもしれません。

報道などによれば、ドン氏はこの犬を法定相続人より優先する受益者とする信託契約などをしていたか判明していないとのことですが、本件では、犯人がドン氏の愛犬を先に殺したいと考えるだけの明確な事情であるとか、犯人と被害者の関係破綻などの(明確な)事実がなくとも、何らかの思い込みや衝動などで犯行に突き進んだのでは、というストーリーを、全国の皆さんが推測しているのかもしれません。

私がこの事件にあまり関心を持てないのも、そうした「軽率・短絡の匂い」がプンプンして、被害者を含めた登場人物に、人の心の深淵や善悪の彼岸に迫る深みのある世界を感じ取れないから、という点にあるのかもしれません。

誰が犯人かはともかく、過ぎたるは及ばざるが如しの連鎖という印象の否めない事件であり、子供向けの昔話の素材にでもなりそうな気もしますが、ともあれ、真相究明に向けて、関係者のご尽力を期待したいところです。

余談ながら、某先生によれば、銭形平次シリーズにも、これと似たような話(先に犬が殺されるもの)があるのだそうで、「素人の粗探しより紫波のあらえびす」といったところかもしれません。

ケージ監禁死事件と「里ジジババ」が子供達を救う日

私は購読中の判例雑誌に掲載された判例等の要旨を法令ごとに分類しエクセルに入力する作業を10年近く続けているのですが、判例タイムズにこの事件(幼児をペット用ケージに閉じ込めて死亡させた監禁致死等で起訴)の判決が載っているのを見つけました
http://www.sankei.com/affairs/news/160225/afr1602250029-n1.html

要旨ですが、両親A1とA2が次男Vを疎んじて外出時等にラビットケージに閉じ込めるなどしていたところ、Vが夜間に叫んだためA1がVにタオルを咥えさせて両端を後頭部で結び窒息死させ、荒川(or富士樹海。発見できず)に遺棄した監禁致死・死体遺棄で起訴された事案であり、AらはVの死亡を装って保険金・生活保護費を詐取したとして、懲役2年が確定済みとなっています。

Aらは監禁と死亡との因果関係や共謀を争いましたが(監禁とタオル結束を分け、A1は監禁+傷害致死、A2は監禁のみと主張)、裁判所はケージへの監禁とタオル結束が相まってVが死亡したと認定し、結束行為はAらの共謀による監禁の一環と評価して両名とも監禁致死が成立するとし、A1を懲役9年・A2を同4年としています(殺害行為の関与の有無などで差が出たもの)。

このような「親(保護者)の資質や生活環境に照らし子の養育などを健全に行うのが難しいと予測される家庭」については親権剥奪(子の保護)などの強制的な措置がありますが、当然ながら滅多に行われるものではなく、結局、悲劇の未然防止としても十分に機能しているとは言いがたい面はあるかと思います。

そこで、日常的な方策として、地域の行政機関の委託により地域の良識ある第三者に対し、当該家庭(幼児等を養育している家庭)に一定の関わりを持たせる制度・慣行(平時はカウンセリング等の支援、緊急時には監視や通報など)を構築してもよいのではと思っていますが、そのような議論が盛り上がらないことを残念に感じています。

この件では加害両親は被害児に生活上の問題行動(奇行)があったと主張しており、量刑上の考慮はともかく、彼らには対処できないような発達障害があったのかもしれませんので、そうした点でも「親だけで育てることができない子を地域が健全な態様で引き取る」仕組みが必要だと思います。

このような極端な事例ではないにせよ、日々、残念な相談を多く受けているしながい田舎の町弁の一人として、かつては多少は存在したはずなのに今はほとんど見かけない地域の共助(弱者保護等を目的とするソフトな相互扶助と相互監視)の再構築が、社会の喫緊の課題の一つではないかと感じています。

近時、児童虐待の対策として、里親制度の構築が取り上げられているようですが、里親(第三者)のもとで生活させる=実親の養育を全面否定せざるを得ないのは極めて例外的な場合でしょうから、そうした極端な例だけでなく、実親が様々なハンディを負っている場合に地域内に良質な里ジジ・里ババ・里オジ・里オバが登場して色々とフォローできるような仕組み・慣行があればと思います。

本件や大阪の2児放置餓死事件に限らず、「自分達だけでは子を育てる力がない残念な環境・境遇或いは能力・資質のもとにある親たち」は多く存在するでしょうから、子供達がそうした親などの犠牲にならないよう、公的な介入や第三者の関与・支援の機会を拡大することが急務ではと強く感じます。

法廷でご乱行に及ぶ被告人と駆け出し町弁が見た「その瞬間」

仙台地裁で、保釈中であった被告人がナイフを隠し持って凶行に及ぶという残念なニュースがありました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170616/k10011019891000.html

ここ数年の刑事裁判実務では、私の駆け出し時代と違って保釈が非常に認められやすくなっているそうですが、こうした事案が生じてしまうと、保釈の運用にもマイナスの影響が生じないか危惧されます。

昔、薬物の単純自己使用で全面自白し、しっかりした配偶者もいて保釈中に問題を起こすとは到底思えない普通の一般人の方について、「(行為直後に本人が渡航していたため)物証がなく証拠が関係者の供述のみだから」というだけの理由で若い裁判官に保釈が却下され、準抗告も却下、おまけに公判で検察官や裁判官に嫌味まで言われて納得できない思いを余儀なくされたことがあり、時計の針が逆戻りしないよう願うばかりです。

以下、知ったかぶりの町弁Aと、妻Bの会話から。

A 先日は、公判で弁護士か裁判官を殺そうと思ったと述べた被告人もいたそうだよ。
B えっ・・順番が違うんじゃない、どうして検察官に対しては思わないの?
A 根底に甘えの感情があり、その裏返しだから、甘えの対象ではない検察官に怒りの矛先が向かわなかったんじゃないかな。

と、戯言はさておき、私も15年ほど前、東京高裁で「無罪を主張し1審で負けた被告人の控訴事件」について国選弁護を担当した際、残念ながら棄却の判決が言い渡された直後、被告人が裁判長の名を絶叫しながら法壇に飛びかかっていったのを間近で見た経験があります。

もちろん、係官に取り押さえられて大事には至りませんでしたが(勾留中ですので凶器もありません)、それ以前からのご本人とのやりとりも含め、あの興奮した様子では接見は無理だろうと思い、こちらからの接触は断念することにしました。

当時の東京地・高裁では判決の直後に地下で容易に接見できたので、当時は多くの方と言渡後の最後のやりとり(反省会)を行っており、無罪主張が退けられた事案では言渡後に接見室で何らかの説明等をするのが望ましいのですが、その件では私にはその勇気がありませんでした。

すると、数日後、ご本人から、諸々の不満のほか「釈放後にお前のところに行くぞ」と書かれた書面が、私ではなく勤務先のボス宛てに届きました(ちなみに国選なので収支も含めてボスは関係ありません)。以前に長文の手紙をいただいた際は、非常に綺麗な字で作成されていたのですが、今回は残念なまでに殴り書きでした。

あれから15年。その後にお会いする機会はなく、ネットでご本人の名前を検索してもお見かけすることもありません。

1審の弁護人が非常に尽力されており、2審で結論を覆すような特段の反証を見出すことは難しい事案だったとの記憶でしたが、長文の控訴趣旨書で1審判決への批判はそれなりに尽くしたつもりです。高裁判決はそれらに逐一反論した内容となっているものの、一読して、あまり当を得てないと感じる箇所も若干ありました。

その事件の証拠関係から裁判所の結論は(当否はさておき)当時の実務では一般的なものだろうとは思いますが、それでも、その事件でまだ何かできたこと、すべきことがあったのだろうかと、今も考えてしまう面はあります。

そういえば、その事件も、被告人が知人とトラブルを起こしたことが事件の発端となっており、何らかの意味で「知人への甘え」が関係していたような気もします。

そうしたことも含めて、今後も我が身を省みて襟を正していければと思います。

最後の福祉弁護人とドタバタ劇

先日受任した被疑者国選事件が、自宅に障害のあるお子さん(成人)が一人残されているとか、猫がいるものの面倒を見る人がいないとか、本題(被疑事実)とは関係のないところで色々と問題があり、保健所・医療施設・動物愛護団体など様々な関係先の方々と延々と電話でやりとりする等の作業に追われました。

幸い、猫やお子さんの保護に関する実働は関係機関に担っていただき、猫も残念な展開にならずに済んでおり、「猫の餌をやってきてくれ」などという国選の著名ジョークのような有様には至っていませんが、先日は迷路のような道路の先にあるご本人の自宅を訪ねて内部の残念な状況を五感で思い知るという出来事もありました。

最近は、後見絡みの受任が増えているほか、ご家族の障害などの問題を抱えた高齢の方からの財産管理などに関するご依頼(地域包括支援センターを介したもの)もあり、次第に「最後の福祉弁護人」といった感じになってきています。

10年以上前は、ヤミ金などの従事者と不毛な怒鳴り合いに勤しむ「最後のクレサラ弁護人」だったこともありますが、時代の流れを感じざるを得ません。

で、保健所のAさんや医療施設のBさんとのやりとりの一コマから。

A:お子さんが所持金がなく困っている。解決のため、被疑者に○○を聞いて貰えないか。
私:昨日も接見に行ったばかりなので、何とか他の方法で対応できませんかね・・
B:無理です。これがどうにかならないと、お子さんが食べていけません。
私:仕方ないですね・・今夜も行きますよ。

~で、接見して○○を聞いてきた次の日~

A:何とかなりました。○○の点が分からなくとも、大丈夫でした!
私:そうですか。昨日のうちに仰っていただきたかったですが、良かったですね・・
(こうした話の連続で急ぎの重い仕事が延々遅れており、内心ピギャー)

で、心の余裕がなくなるとロクなことが起きないというか、11時の法廷を勘違いして10時半に裁判所に行き、到着後に愕然としながら無為に30分を過ごす羽目になりましたとさ・・

どんとはれ。

ともあれ、この件では、当事者(特にお子さん)が悩ましい問題を抱えた状態が今も続いており、現在、関係者に検討・準備いただいているものを含め、様々な福祉的支援が必要であることは間違いありません。

現在生じている幾つかの看過すべきでない問題を解消するには一定の経費を要しますが、この件では特殊な手法を用いれば一定の費用回収ができることも間違いないと思われるものの、現在の法制度では簡単にできることではないことも確かです。

この場では具体的に書けなくてすいませんが、そうした問題について担保的な手法により最後に回収する目処を付けた上で、行政などが介入し問題の除去を図るという仕組みがあってもよいのではと残念に感じています。

弁護士を名乗る詐欺とホンモノの流儀、そしてオレオレ予防策の要諦

過払がほぼ終焉した後も未だに収束の様相を見せないオレオレ詐欺(電話詐欺、振り込め詐欺)ですが、昨日も岩手の高齢者の方が弁護士を詐称する者により巨額の被害に遭ったという残念なニュースが出ていました。
http://www3.nhk.or.jp/lnews/morioka/6045417041.html

「本物」である私は、こう見えて17年ほど弁護士をやっていますが、会ったことのない方に電話だけで高額な金員の支払を求めるとか事務所以外の場所に持参して欲しいなどと頼んだことは一度も記憶がありません。

オレオレでありがちな「子が捕まって被害弁償云々」という話なら、最初に弁護士ではなく警察から「お子さんが云々の事件で捕まりました」と連絡が行き、警察の説明や警察署での本人との面会などを通じて事案の内容を把握するというのが通例でしょうし、私から最初に連絡するときは「警察署に面会に行って下さい」などという簡易な伝言を除いてなるべく手紙で行っています。

まして、被害弁償であれ他の預かり金であれ、金銭の授受はすべて業務用の預かり金口座への送金をお願いしており、ご本人が事務所に現金を持参するとか管財事件の際に現場で現金を引き継ぐなどのケースはともかく、私自身が「どこそこに(高額な)現金を持ってきて下さい。そこで受け取ります」などと求めることはまず考えられません。

また、相手方(加害者など)に高額な金員を請求し代理人としてお預かりする(受任費用を控除し依頼者に送金します)ことはあっても、依頼者側に何百万円などという高額な金員の預託を求めることはまずありません。

あるとすれば、債務者代理人として受任し相手方への送金を対応することになった場合くらいでしょうが、滅多にありませんし、そんな大事な話を電話だけでやりとりするはずがありません。

以上は、別に私に限った話でなく、町弁にとってごく当たり前の話だと思います。

ですので、10年ほど前にオレオレで弁護士がネタとして使われ始めた頃から、日弁連などは「本物の弁護士は電話だけで多額の現金を送金しろとか事務所以外の場所に持ってこいなどとは言いません。そんなこと言われたら本物かどうか弁護士会に電話して」とキャンペーンを張る(前提として、全会員にアンケート等も実施する)程度のことをやるべきでは?と思っていました。

警察などとの交渉次第では、啓発のためのCMなどをお役所の費用で行っていただくこともできたのではと思いますし。

今さら何を言っても時機を失したというべきかもしれませんが、それでも、弁護士会であれ警察等であれ、そうしたことを考えていただければと残念に思います。

それと共に、相応の高齢の方については、後見等の審判を受けていなくとも、多額の現金の引き出し等は予め親族など本人が信頼できる者として指定した第三者の同意がないとできないようにするとか、自宅に高額なタンス預金をさせないなどの予防措置を促進していただきたいところです。

申すまでもなく、以上に述べた程度のことは「通常の判断能力のあるきちんとした人」なら、くどくど言わなくとも当たり前の感覚として理解できていることでしょうし、多くの高齢者が「どうしてそんな詐欺に引っかかるのか」という話に惑わされてしまうのは、加齢に伴う脳機能の低下などの影響で、以前は持ち合わせていた思考力や判断力を発揮できないことに起因するのでしょうから、なおのこと、そうした「後見などの必要まではないが判断能力等が低下しつつある高齢者等の財産管理等のサポート制度(と担い手)」を整備する姿勢が必要だと思います。

田舎のしがない町弁をしていると「認知症(後見等相当)とまでは言えないけれど、加齢などの影響でコミュニケーションが非常に難しく、法律相談などが成り立たない高齢の残念な相談者の方」とお会いすることが珍しくありませんが、そのことと、不合理な言辞に惑わされ詐欺の被害に遭うリスクの高齢者が相当数おられることは「加齢によるコミュニケーション能力の低下とリスクの増大」という点で、共通性があるように感じます。

そうした方々が高額かつ理不尽な被害を受けるのを防止できる仕組みを多重的に構築すべきでしょうし、多額の被害を受けるよりはマシという観点で、ご本人などに一定のコスト負担も考えていただければと思います。

さすがに「駅や車両、路上などの全部に防犯カメラを設置し犯人を調査する」といった超監視社会にするわけにもいかないでしょうし、渡した1万円札そのものを徹底追跡して犯人を捕捉できるほどIT技術が発達するのを期待するのも困難でしょうから・・

「難民高校生」は岩手にも他人事ではない

家庭にも学校にも居場所がなく、東京・渋谷などの繁華街をさまよう「難民高校生」の自立支援活動を行っている方の記事がネット上で流れていました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150323-00000525-san-soci

このような話は、岩手県民には遠い世界のように感じるかもしれませんが、決してそのようには言えない現実があります。

数年前、「女子高生が、ろくでなし男に言い寄られて交際開始し、ほどなく男に命じられるがまま、かなりの期間、学校にも家庭にも戻らない状態で売春を強いられ、仕舞いには、男の命令で売春相手に睡眠薬を盛って現金を持ち出し昏酔強盗として逮捕された」という、一体ここは日本なのか、岩手なのかと言いたくなるような、酷い事件の弁護人・付添人を担当したことがあります。

当然、家裁でも、本人(少年)が被害者でもあるという面に配慮した審判がなされていましたが、引用の記事を見て、その女の子も、家庭環境に恵まれない点があったことを思い出すと共に、こうした支援団体が岩手にもあれば、紹介して支援を受けて欲しかったと思っています。

もちろん、根本的な問題としては、子供さんが親の愛情を十分に受けることができない事情がある家庭(親子それぞれ)への支援など、様々な予防策を充実させることが必要だとは思いますが。

重大犯罪被害に関する支援費用と人身傷害補償保険

最近、殺人事件など痛ましい犯罪被害の報道がなされる際、被害者側(遺族など)が、代理人の弁護士を通じてコメントを公表する例が増えているように思います。

日弁連では、数年前から、犯罪被害者や遺族のための報道対応や刑事手続に関する支援活動という分野(業務)をPRしており、刑事手続に被害者等が参加するための法整備も一定程度はなされているため、賠償請求以外の場面でも弁護士の支援を受けることを希望する方が増えつつあるようです。

ただ、その「支援」も、相応の費用を要するとなれば尻込みする(或いは支払困難な)方も少なくないでしょうし、そもそも、犯罪被害に遭わなければ支援なるものも要しなかったわけで、できることなら加害者に支払って欲しいと思うのが人情ではないかと思います。

もちろん、弁護士側も、その種の活動に特殊な使命感等を持ってボランティア的に取り組んでいる方もおられるでしょうし、高額な賠償請求と回収が見込める事案であれば、賠償に関する受任費用で賄う(言うなればセット販売)という発想で、報道対応等については無償で対応するという例もあるのかもしれません。

ただ、基本的には弁護士も、業務(食い扶持)として仕事をしていますので、「支援」とか「寄り添う」などと美名?を称する場合でも、最終的には何らかの形で対価というものを考えざるを得ません。

私はその種の業務(重大犯罪被害者の報道対応や刑事手続参加等の支援業務)のご依頼を受けたことがないので詳細は存じませんが、聞くところでは、経営負担のない若手など一部の弁護士の方が、法テラスなどを通じ僅かな対価で取り組むことが多いようです。

この点に関し、「Y社が経営する学習塾内で塾講師Aが児童Bを殺害したため、両親XらがYに対し、使用者責任に基づき損害賠償請求し、その際に、賠償請求自体に伴う弁護士費用とは別に、遺族として報道や刑事裁判などの支援対応を受けたことによる弁護士費用として100万円を請求したところ、当該請求を裁判所が全面的に認めた例」があり(京都地判H22.3.31判時2091-69)、解説によれば、刑事支援費用の賠償を認めた(論点として扱った)例としては、唯一かもしれないとのことです。

判決によれば、受任した弁護士の方には相応に膨大な従事時間があったようで(但し、細かい立証がなされたわけでもないようですが)、そうしたことも考慮して上記の金額が認容された模様です。

ただ、このケースでは、Y社に十分な資力があるとか、Y社が加入している賠償責任保険が利用できるといった事情があるのであれば、Xや代理人弁護士としては問題ないものの、Y(加害者側)に支払能力がない場合であれば、本体的な損害賠償請求権と同じく、絵に描いた餅にしかなりません。

ここ数年も、ストーカー関連の殺人事件など理不尽で痛ましい重大犯罪被害が幾つも生じていますが、その多くが、加害者(賠償債務者)が無資力ゆえに賠償請求の回収が期待できない事案と目され、こうした問題は長年に亘り指摘されながらも、一向に改善の兆しが見えません。

この点、交通事故に関する自動車保険契約では、人身傷害補償特約が普及しており、加害者が無保険でも、被害者側で契約している任意保険から一定額の補償(保険金)を受けることができ、この特約は、犯罪被害にも対応する(或いは犯罪被害向けの特約も付して販売されている)例も少なくないようです。

そのため、こうした保険(特約)に加入している方であれば、加害者側が無視力でも民事上の被害回復を一定程度、図ることができることは確かだと思います。

ただ、人身傷害補償保険は実損ベースの算定とはされているものの、被害の全部を補償するわけではなく、約款により一定の限度額が設けられている上(私が関与した交通事故事件では、人傷保険金として給付された額が、総損害額の7割前後だったとの記憶です)、時には、「実損」の算定を巡っても保険会社と被害者(契約者)とで争いになることがあります。

そのため、そうした保険会社に請求する場合も含めて、かつ、賠償請求だけでなく上記のような報道対応等の支援に関する弁護士費用なども含む、被害者に生じた被害を全面的に填補する保険商品を販売する保険会社が現れるのを期待したいところです。

また、当然ながら、自動車を保有しない=自動車保険契約をしない世帯向けに、生命保険や損害保険などの特約として同種の保険商品を販売、購入する取り組みが広まって欲しいものです。

そして、究極的には、「掛け捨て」の特質として、保険事故=犯罪が減少すればするほど保険会社にとっては利益があるわけですから、保険会社が保険料を原資に相応の費用を投じて、行政が行き届かない犯罪予防のための様々な取り組みを行うようなことも、なされればよいのではと思います。

弁護士の立場では、「犯罪被害対応支援」は、現在のところ、労働に見合った十分な対価をいただくのが困難な分野と目されているようにも思われ、現状ではそのようにならざるを得ない構造的な制約もあります。

しかし、理不尽な重大犯罪被害のような問題は、追突などの交通事故と同じく、社会が存在する限りは誰かがババを引いてしまう面があるため、全員が広く薄く負担することで被害者に手厚くする仕組みが求められていると思われ、保険商品の設計のあり方なども含め、関係者の熟慮と行動を願うばかりです。

私自身は、この種の業務はタイムチャージとするのが適切と思いますが、事案によっては前記判決のように相当な額になるでしょうし、「過剰支援(要求)」などという問題も生じるでしょうから、保険給付のルールや類型ごとの上限、保険と自己負担の割合なども含めた費用のあり方についても、検討が深まればと思います。

逮捕された人が弁護人を選ぶ権利は強化されるべきか

先般、当番弁護士で某警察署に行ってきたのですが、担当した方から「半年前にも捕まったことがあるが、その際に私選で頼んだ若い弁護士は態度が横柄で、示談こそしてくれたが、釈放後に被害者からも「とても酷い弁護士だった」と言われたので、今回は、その人に連絡せず当番弁護士の出動要請をした」と聞かされました。

その際の私選費用も聞きましたが、私(私選弁護はLAC単価のタイムチャージ方式)よりも、かなり高い金額を請求しているかもと感じました(その件でお金を使い果たしたのか分かりませんが、現在は資産なしということで、今回はいわゆる私選ではなく、そうした方向けの制度を利用いただくことになりそうです。遠方の署なので赤字必至ですが・・)。

依頼者と受任弁護士とのマッチングは多分に相性の問題もありますので、他の弁護士さんをどうこう述べる趣旨ではないのですが、ネットが多少は発達した娑婆の世界はともかく、身柄を拘束された人にとっては、現在もなお、弁護士の実質的な選択権は整備されていないと感じる面はありました。

その後、思ったのですが、仮に、警察署に「その警察署の管内を対象として営業している、私選弁護人の選任を希望する弁護士のリスト(PR欄や費用等の受任条件欄付き)」を備え置き、捕まった方(で私選弁護人の選任を希望する人)が、それを見て希望する弁護士に当番弁護士として出動を求めることができるような制度があれば、「捕まった人が、自分が希望する(自分に合う)弁護人の選任を求めることができる可能性」が、少なくとも、現在(警察署の地理的云々を別とすれば、基本的には弁護士会や法テラスの登録名簿順でしょう)よりも高くなるというような気はします。

弁護士側の判断もありますので、出動要請の際に、認否その他、一定の属性や情報が記載された(或いは拘束者が任意提供できるような)ペーパーなどを作って送信することも併用すれば、マッチングという点では多少は機能するかもしれません。

もちろん、現在の弁護士会(供給者側)の感覚からすれば、幾らでも批判できそうな荒唐無稽な案だと思いますが、需用者側にとっての合理性(競争原理ないし選択権)はもちろん、供給者側にとっても、現在の町弁供給過多の流れが続き、営業面で困る弁護士が増えれば、そうしたリストへの登録をしてでも依頼獲得を希望する(せざるを得ない)人は、それなりに出てきそうな気がします。

また、弁護士ドットコムの運営者などが(会内で)天下を取れば、弁護士会から警察署等に申し入れるなどという展開も、あり得ない話ではないように思います(ま、その前提自体があり得ない話と言われるのかもしれませんけど)。

ただ、捕まった方々が、地域の弁護士の顔写真入りリストのようなものを眺めている光景を想像すると、さすがに当事者としては目眩を感じないこともありませんので、そんな案は夢想が過ぎるということになりましょうか。

上記の案はさておき、刑事手続を受けた方(弁護人、とりわけ私選弁護人に関わった方)に向けて、上記のような観点からの当事者の意識調査などを大規模に行った統計資料のようなものがあれば(犯罪学の学者さんとマーケティング学者さんなどに手がけていただければ)と思わないでもありません。

事件の当事者を人前で呼び捨てにする人々

この仕事をしていると、事件の当事者について、敬称(さん、氏など)を付して呼ぶ方もいれば、それらを付さずに呼び捨てにする人もいて、特に、刑事被告人等について、人によって分かれることが多いことは皆さんもご存知のとおりです。

そして、そのような光景(発言)に出くわすと、そのいずれ(敬称を付すかどうか)が正しいかというよりも、発言者が、その当事者ないし事件とどのように向き合っているかが何となく感じられるところがあります。

刑事事件で、威厳あふれる刑事事件の裁判長や老練なベテラン弁護士さん、糾弾すべき立場にある検察官が呼び捨てにするのであれば、私自身は、違和感を持つことはほとんどありません。まして、深刻な被害を受けた被害者ご本人等であれば、被害感情を表現する趣旨で呼び捨てにするのは当然と言ってもよいのだろうと思います。

これに対し、若い修習生や弁護士、記者などが、横柄な態度で当事者を呼び捨てにしているのを聞かされると、そうした姿勢は、あなた自身への刃となって返ってくるのではありませんか、と感じるところが往々にしてあります。

先日、ある事件で、裁判所の門前で記者さん達に囲まれ、事件の進行状況等についてコメントしたことがあり、その際、私が終始一貫、関係当事者らを「●●氏」と呼んでいるのに対し、事件の当事者から何某かの迷惑行為を受けたわけでもないのであろう若い記者さん達の何人かが、そうでない呼び方(や態度)を示しているのを聞いていると、そんなことを感じたりします。

少なくとも、相対的に第三者性が強い立場の方が、事件の当事者に表立って乱暴な言葉遣いをしているのを見ると、どうしても、「威を借る」的な臭いがして、何だかなぁと思ってしまいます。

上記のケースでは、若い記者の何人かが、刑事手続を受けていない方も含め、事件の関係者を当たり前のように呼び捨てにしていたのですが、この記者さん達がそのような話し方をしているのには、どのような背景(マスメディアの社内・業界内の環境=取材対象者への向き合い方に関する文化)あるのだろうと考えずにはいられないものあがります。

もとより、記者の方が取材対象者に怒りを持ったのなら、乱暴な言葉遣いや態度で虚勢を張るのではなく、自らの努力で取材対象者を糾弾できる根拠となる事実を発掘する姿勢を身につけていただきたいと思いますが、私が記者の方と接点を持った数少ない経験の範囲では、そうしたものを感じたことはほとんどありません。

そのような姿勢を学ぶ機会を持たないまま社内で影響力を持ってしまう人もそれなりにいるのだろうかと思うと、残念に感じてしまいます。

私もそうでしたが、若い業界人(修習生や駆け出し期)だと、検察修習等の影響が残っているのかな(或いは、未熟さ・自信のなさが、かえって虚勢的なものにすがらせやすいのかな)と思いますし、そうしたものは、弁護士として叩き上げの経験を持てば、ほどなく解消されるのが通常ではないかと思っています。

記者さんも、個人差があるのでしょうが、中堅の方の方が、そうした(対外的な)言葉遣いが丁寧かなと感じたりしますので、法律家と同様?に、経験を積んで、事件や人に対し、相応の謙虚さを持っていただければと思います。