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日記2011


12月
2011年12月31日(土)
平成23年の総括

 平成23年は、昨年から町弁業界に吹き始めた試練の風がますますその勢いを増しただけでなく、被災県の弁護士にとっては震災により数ヶ月間、社会経済の動きが停滞したことによる影響も大きく、当事務所もその余波を強烈に受けることになりました。
 数年前は、債務整理を巡る膨大な需要とそれを手がける地元弁護士の不足があり、事務所の主要職員の産休等による人手不足も相まって、ごく自然に、職員数とスペースの拡張へと進んできました。が、ここに来て債務整理特需の消滅と弁護士の激増という完全な逆風状態になり、現在の体制を維持することについて、当事務所も大きな試練に直面しています。

 これに立ち向かうには、受任業務への懸命な対応と地道な研鑽は言うに及ばず、需要拡大が見込まれる分野への積極的な進出や広報、現在の経営環境に合わせた事務所の体制構築など、多様な努力が必要となると思われます。
 前者に関しては、震災に伴う様々な事象を見極めながら、盛岡の弁護士として事務所経営と両立しうる支援業務のあり方を模索する段階に入っているほか、当サイトでも幾つか告知しているように、合理的な事件受任のあり方(報酬等)について、模索を続けています。
 後者については、事務局の補助業務の質の向上(債務整理や管財事件以外の類型での役割強化)を図るべく、様々な試みをしているほか、数年内には弁護士の増員も図るつもりです。
 上記の経緯から、最終的には、私と同等ないしそれ以上の受任や解決の力を備えたパートナーが必要ではありますが、まずは、新人等を勤務者として受け入れ、鍛錬していくほかないのだろうと思っています。

 幸い、現在も私自身は様々な受任業務の履行のため多忙と言うべき状態にあり、「受注=必要とする方がある限り、弁護士業はやっていけるはずだ」と信じて努力するのみだとは思っていますが、町弁業界が様々な点で、激変を余儀なくされることは間違いありません。
 来年は、「変えてはいけないもの(受任弁護士による真摯で適切なリーガルサービスの提供とそれを通じた地域社会への貢献)を守るため、変えるべきを変える」ということを、より徹底して参りたいと思っています。

2011年12月30日(金)
平成23年の業務実績の概要

 先般より、顧問先には、契約更新(毎年1回)の際に、ご挨拶を兼ねて、当事務所が1年間に従事した業務の実績等に関する概要(守秘義務の関係で、事案等は抽象化しています)をご報告することにしました。
 広報を兼ねて、その概略版をここにも示してみようと思います。
 なお、分類の仕方は、事務所サイトの「取扱業務」欄のコンセプトに従っています。

1 中小企業・団体の経営等に関する業務
 平成20年から受任していた「ある団体で、金銭管理を独占的に行っていた理事長による多額の不明金問題が生じたため、団体が理事長に対し金銭返還等を求めた事件」で判決があり、一部の論点を除いて、概ね請求を認容する趣旨の判決を3月に得ました。双方とも控訴しており、年末現在も控訴審が続いています。
 また、「県外から岩手に進出した著名企業が、現地子会社を設立する際に、地元でスカウトした経営者に子会社を任せたものの、後日その経営者と企業との間で紛争が生じ、企業が経営者に巨額の損害賠償等を請求した事件」で、地元の経営者の方から受任したところ、年末に判決言渡があり、全面勝訴し確定して解決しました。
 その他、取引先の背信行為に対する損害賠償請求訴訟(相当額の和解金の支払を受けて解決)、下請取引を巡る売掛金請求訴訟(一次下請の倒産に伴い、二次下請会社が元請会社に対し売掛金の保証をしたとして請求した事件。勝訴確実とみられたものの、残念ながら訴訟中に元請会社が破産してしまい、回収不能で終了)などを手掛けています。

2 債務整理と再建支援
 今年も、これまで同様、高利金融業者に対する過払金請求や引直残高が生じる場合の和解交渉、多重債務の方の自己破産、個人再生などを多数手がけました。ただ、グレーゾーン金利問題の沈静化に加え、若手弁護士の激増や東京の弁護士等の宣伝活動による受任競争の影響を強く受ける分野のため、前年までに比べ、この分野の受任は大幅に減少しつつあります。
 法人の自己破産等(申立代理人、管財人等)も、幾つかの事件の取扱いがあったものの、件数は前年度までと比し大きく減少しました。中小企業向けの返済猶予法(金融円滑化法)の施行後、企業倒産が大幅に減少していると言われており、その点が影響していると思われます。
 反面、破産手続を終えた企業で後日に残務処理の必要が生じたため、清算人として残務に従事するなど、これまで取扱いの少ない特殊な企業倒産処理に携わる機会が幾つかありました。

 倒産分野は大きな需要が生じるのではとの観測も震災直後にはありましたが、被災地ではむしろ大幅に減少しているようです。これは、震災に伴う各種支援措置(銀行等の支払猶予措置や義支援金など)の影響が大きいようで、そうしたものの効力が途切れる来年以後は、余談を許さない面があります。
 当事務所では、「津波で生活の基盤を根こそぎ奪われ、巨額の住宅ローンが残存したものの、共済金等の支払により数百万円の現預金が残存した方」について、自己破産を申し立てると共に、共済金等について、震災の特殊性等を考慮し、大幅な自由財産拡張(本人の保持)が認められるべきと主張し、ご夫婦合計で1000万円を超える(差押禁止財産を含む)金額を、ご自身の手許に残すことを実現しました。
 こうした取扱が一般化すれば、多くの被災者の方が、相当額の財産を生活再建の資金として手許に残しつつ、被災住居のローンなどを解消することができるため、再建支援として重要な役割を果たすと言えます。

3 事故被害や消費生活上のトラブルに関する業務
 この分野では、交通事故に関する受任が非常に増えました。前年末に、某損保会社さんから事件(主に加害者側)をお引き受けする機会が増えたのですが、被害者側でも、弁護士費用保険を活用した被害者サイドの事件を受任する機会が増えています。中には、法的に議論の余地が大きい論点に加え、自賠責への対応(被害者請求や後遺症等級認定の異議申立)、仮払仮処分などを含む、総合的な対処を必要とする事件も受任しています。
 その他、一風変わった事件としては、「数十年前に土地の売買をしたものの、移転登記手続を失念し、売主が死去して相続人が数十名になってしまった例」で、買主から依頼を受け、相続人の方々に事情を説明し、買主への登記手続を命ずる判決(手続のため必要なもの)を申し立て、無事に認容判決をいただいたという例もあります。

4 家庭生活上のトラブル等に関する業務
 今年は、離婚や男女関係を巡るトラブルに関する訴訟のご依頼を受ける機会が多くなりました。既に結審し判決予定(勝訴が確実視されています)のものもあります。男女間のトラブル(特に不貞行為を理由とする慰謝料請求)に関するご依頼が増えており、慰謝料を巡る判例や法理論について、調査、検討する機会が増えています。
 成年後見については、申立代理人を手がけたほか、裁判所から後見人就任の依頼があり、財産管理等のほか、選任申立の直前に生じた契約トラブルを巡る訴訟の対応を行いました(係属中)。
 相続分野については、遺留分減殺請求訴訟を1件、遺言の有効性が問題となる訴訟を1件手がけており、いずれも当方の主張をベースとした勝訴的な和解で終了しています。

5 その他(行政関係事件、刑事事件、公益業務ほか)
 行政が当事者となる事件については、税法上の処分の違法性を理由とする民事訴訟を納税者側で1件、国賠請求訴訟を行政側で1件、受任しており、いずれも年末に結審して年明けに判決予定となっています。
 刑事事件については、被疑者国選制度の導入に伴い、否認事件を含む多数の事件に対応しています。
 その他の業務としては、東日本大震災(平成三陸大津波)の発生に伴い、4月から概ね月1~2回の頻度で沿岸被災地の相談業務(避難所や弁護士会等が開設した相談センターの担当)に従事してきました(詳細は、日記欄等に表示したとおりです)。反面、今年は自治体や各種団体等から講師のご依頼を受ける機会がなく、その点は残念に思っています。

2011年12月29日(木)
死刑不執行により壊死するもの

 先日、この年の死刑執行が1件もなかったとの報道がありました。
 ご家族が凄惨な被害を受けた遺族の方々からは、抗議の声と共に、死刑の執行権を法務大臣から検事総長に移すべきだとの声が上がっているそうです。
 
 多くの法律家が説明しているように、法が死刑執行の決定権が法務大臣に委ねている趣旨は、国家による殺人である死刑執行の是非を、相当性、国民や遺族の意識、冤罪リスクなど様々な要素を総合的に考慮して決させる点にあり、そうした意味(死刑は官僚ではなく民主主義国家の責任において行うもの)で、高度の政治的判断に委ねているものです。
 ですので、検事総長への移管という選択肢は、民主主義国家の自殺というべきもので、およそ賛成できませんし、現在のところ現実的な議論にもならないかとは思います。

 しかし、遺族の立場からすれば、本来ならば家族の敵討ちをしなければならないのに、それを法が禁圧し、法に従った犯罪者の処断を定めているのだから、裁判で決した刑を、国民の意思=立法或いはそれに準ずる国民多数の意思もないのに大臣が執行しない状態を続けているというのは、およそ納得のいく話ではありません。
 少なくとも、裁判官や裁判員が、個々の事件を真剣に検討し、悩み苦しんだ末に死刑を選択したのであれば、特段の事由がない限り、大臣が「法の下の殺人者」という重荷を引き受け、速やかに執行すべきが本則だと思います。
 裁判官や裁判員(専門家や国民一般)が担った重い判断を受け止めずに、大臣個人の信条或いは何某かの政治勢力の反発のみを理由に執行を回避したのであれば、法が大臣(民主政治に基づき選ばれた者)に権限と責任を託した趣旨に反し、国家が私刑(敵討ち)を禁圧する資格自体が問われるというべきでしょう。

 民主党政権については、「理想を安易に語るが実行力がなく責任がとれない」などと批判される向きが多いと思いますが、こと死刑問題に関しては、理念を語る=死刑廃止論のキャンペーン等すらもしていません(一定数の国民の反発を恐れてのことでしょうか)。
 それにもかかわらず、単純に執行がなされない状態ばかりを継続させたのでは、「政治家=国民の代表者だけが、職責に見合う責任から逃げている」という印象ばかりを国民に与えて、民主主義を壊死させることに繋がるのではないかと危惧します。
 個人的には、義務づけ訴訟も視野に入れてもよいのではないかとすら思いますが、そのような重い判断を当事者に委ねること自体、不幸であり無責任なことというべきでしょう。

 民主主義を平たく言えば、「素人による多数決による意思決定」ということになるでしょうが、ここ最近の政治は、「素人ゆえの、しがらみに囚われない思い切った判断」よりも「悪しき素人感覚による幼稚さ、無責任さ」、「多数決による迅速な意思決定」よりも「多数派内の主導権争いによる時間の浪費」ばかりが目立つように感じる人は、少なくないと思われます。
 民主政に対する国民の信頼を喪失させる事態ばかりが続いていると評するのは、言い過ぎでしょうか。

2011年12月28日(水)
最高裁が産業界に与えるピンチとチャンス

 昨年に出版された、野口祐子「デジタル時代の著作権」(ちくま新書)を読みました。
 著者は著名な法律事務所のパートナー弁護士の方で、現在の著作権を巡る実務が置かれた状況等を網羅的に把握できる教科書として参照価値が高いとの評判があり(確か日経の記事)、実際、その期待を裏切らない内容になっています。
 裁判実務を巡るトピックも多く取り上げられているものの、そこに主眼があるのではなく、様々なデジタルコンテンツを巡って現在生じている事象を広く取り上げ、そこで生じている諸問題の解決のあり方を模索・提言する内容になっており、立法論や社会のあり方などの提言も広く含まれています。
 そのため、裁判実務には関心がなくとも、ブログやツイッター、facebook程度ならやっているという方なら、自身が作成し又は接しているコンテンツの活用のあり方に関する考えを深めることができる内容であり、一読の価値の高い本だと思います。

 ところで、この本の中で、「ソニーが米国で家庭用ビデオデッキを販売した際、一般家庭がテレビ放送された映画を録画し視聴することで満足し映画館の来客が減少することを危惧した映画会社がソニーを著作権法違反で訴えたが、最高裁がこれを退けた例」が取り上げられ、映画業界(ハリウッド)は、その敗戦を機に発想を逆転させてレンタルビデオ産業を新たに展開し、従前を大きく上回る巨額の利益を得たという逸話が紹介されています。
 このケースでは、家庭用ビデオ録画機を合法(著作権法違反を認めない)とした米国の最高裁が、レンタルビデオという産業を地上に出現させる生みの親(の1人)になったと言えます。
 翻って、我が国の最高裁が新たな産業を作り出す画期的判例を打ち立てたことがあるかと言えば、明確にこれにあたると思われる例はちょっと思いつきません。その点は、司法の地位や役割に関する日米の差に由来するのかもしれません。

 敢えて言えば、平成15~20年頃に多数なされた過払金請求(グレーゾーン金利問題)を巡る一連の最高裁判例は、バブル崩壊以後に大躍進を遂げた高利の貸金業界(特に最大手以外の中小業者)に壊滅に近い打撃を与えると共に、大きな社会問題となっていた、膨大な数の多重債務者の出現に収束の目処を付けたという点で、社会経済に与えた影響は甚大なものがあったと思います(米国のソニー事件判決が特定の営業活動の自由を認めたものであるのに対し、日本のグレーゾーン金利判決は特定の営業活動に対する規制を確立したものであるという点で、ベクトルの方向は逆ではありますが)。
 ただ、現在のところ、それら最高裁判例が「高利の貸金業者」という一種の既得権を破壊したことは間違いないものの、上記の例えで言えばレンタルビデオ産業に匹敵するような、国民大衆のニーズに応える(深める)新たな業態・産業をもたらした(関係者が時代の要請に応える新たなサービスやビジネスを開発した)とまでは言えないと思われます。

 貸金業界も、「高利で食べる」ことができなくなったことに伴って、新たな環境に適合する適法かつ有益なサービス(例えば、お金を貸すだけでなく、賢明な使い方をコンサルするとか?)を展開することで、国民の理解を得て業界の生き残りを図る知恵が求められていると思います。
 もちろん、にわか特需で一時的に活気づいた町弁(や司法書士の)業界も、借金問題から解放された人々に、新たな価値あるサービスを提供すべく研鑽を重ねていかなければ、各人が生き残れないことは当然です。
 
 ただ、著作権などの知財・経済分野に係る業務に限って言えば、私自身はというと、岩手に戻ってからというもの、情けなくなるほどその種の仕事のご依頼を受けることがなく(7年間で本格的な事件は1件のみ、あとは単発的な相談や通知、交渉等が僅かにあった程度)、町弁業界にこの分野について相当な実需が生じる萌芽も見出せず、過去の蓄積や事務所の蔵書を腐らせるばかりで不遇を託っている有様です。
 それでも、こうした本をたまには読んで、チャンスがあればという気持ちだけは失わないようにしたいと思っています。

2011年12月22日(木)
判例データベースと町弁の研鑽

 数年前から、事務所で購読している判例雑誌(判例時報、判例タイムズ。最近では判例地方自治も)や弁護士会から配布される委員会報などをもとに、最高裁判例や気になった裁判例などをデータベース(DB)にまとめる地道な作業を繰り返しています。
 これまでは、多忙にかまけて、判例雑誌に付箋を貼って積み重ねるだけという体たらくが続いていたのですが、今年は、兼業主夫業で夜間に事務所で執務できない(家庭に滞在せざるを得ない)時間が増えたことから、結果的に、DBの作業が随分と進みました。

 DBの編集の仕方については試行錯誤を繰り返してきましたが、現在は、ファイルをⅠ公法編、Ⅱ民法関連、Ⅲ企業・消費者関係法、Ⅳ民事手続法の4つに分け、それぞれのファイルに10前後のシートを作成して、各テーマごとに関連する裁判例をまとめています。
 例えば、民法関連なら、①総則、②物権法、③金融関連法(担保物権、債権総論のうち金融債権の管理、回収等に関わる部分など)、④契約法、⑤不当利得関連法、⑥不法行為一般、⑦人格権関連法(名誉毀損、プライバシー権等)、⑧交通事故関連、⑨医療事故関連、⑩親族・相続といった分類をしています。最初から上記10類型に区分していたのではなく、様々な判例を入力していくうちに、そのように分節したという経過を辿っており、今後も、件数の増加に応じてさらに細分化しなければと思っています。
 入力する内容は、①事案(請求の趣旨や法律構成の概要、下級審の経過等)、②判旨(主文と理由の概要)、③裁判所と裁判日、④出典、⑤特筆事項の4点としています。入力件数をカウントすることが困難のため正確な入力件数は不明ですが、恐らく500~1000件程度は入力したと思います(なお、過去に50~100件程度のデータを消失する憂き目に遭ったことがあります)

 最初は、自分なりに考えた順序でまとめていたのですが、公法系などの判例数が増えていくうちに、自己流では太刀打ちできなくなり、今年からは、六法全書の編纂順序になるべく即して法律毎に分類し、「その判例が最も関係している条文」の箇所に入力するようになりました。
 この方式を取り入れた副産物として、判例を入力するだけでなく、個々の法律の条文構成(制度の概要)を確認しながら入力するようになり、普段の仕事で滅多に関わることのない法律について知見を深めやすくなったように思います。また、その判例がどの法律のいかなる条文(文言)に関する論点なのかを強く意識しないと入力が難しくなったため、条文を原点とする法律実務家の仕事の基本に立ち返って考える訓練にもなっています。
 なお、複数の条文・制度に論点が跨っている場合には、メイン論点に事案や判旨等を入力し、他の関連条文でも「○○の例→□□を参照」といった形でまとめています。
 
 冒頭記載のように、長い間、判例雑誌に付箋を貼付するペースに到底入力が追いつかない状態が続いていたのですが、先日から、「下級審の全部のフォローは到底無理」と割り切って、最高裁判例を優先的に入力するようにしており、これまでよりは作業が進みつつあるように思います。
 また、件数が溜まっていくと、沢山入力(一応の勉強)をしている分野とそうでない分野の違いが見えてくることから、その点も、自分がどのような勉強をしているのか(どの分野への勉強が足りないのか)を把握する意味で、役に立っている感じがします。
 現在のところ、過去に入力した裁判例(への知識)が、実際の仕事で威力を発揮したという経験は滅多にしていませんが、受任中の仕事の作業に追われる以外には独自に勉強する機会の乏しい町弁にとっては、こうした地道な努力が、地力(法律家の基礎体力)を養うため必要なことだと思っています。

(本格的にDBを作成するのであれば、ExcelよりAccessの方が良いかと思います。 by事務局長)

2011年12月21日(水)
盛岡の法律雑誌事情

 当事務所では、現在、主要誌である判例時報(判時)と判例タイムズ(判タ)のほか、地方自治を巡る裁判例などが掲載されている「判例地方自治」を定期購読しています。
 判時と判タは、私の東京時代の勤務先も定期購読しており、およそ事務所を開業する弁護士でこれを購読していない人は、ほとんどいないのではないかと思われます(判タについてはデジタル化したツールのみを利用している方もおられるかもしれませんが)。
 他にも、弁護士が度々お世話になる法律雑誌が幾つかありますが、大半は、著名な判例検索システム「判例秘書」で賄っている上、盛岡では、盛岡地裁の資料室を利用することができ、最新の雑誌の記事を入手したい場合には、こちらで対応しています。

 ただ、「判例秘書に収録されず、盛岡地裁が定期購読していない法律雑誌」が無いわけではなく、それについては、入手が必要であれば自腹で購入しなければならないのが実情です。
 冒頭に挙げた「判例地方自治」がまさにそれに該当し、個人的にも、1年前にある自治体から国賠訴訟の被告代理人のご依頼を受けたほか、地方自治体を巡る法務には従前から関心が強いため(いつかは岩手県の「包括外部監査人」になりたいというのが、田舎の町弁としての私のささやかな夢です)、しばらく前から定期購読しています。

 ちなみに、岩手県議会図書室でも判例地方自治を購読していますが、そちらは閲覧のみ(コピーも不可)となっていますので、業務で裁判例の調査や引用がしたい場合には不十分と言わざるを得ないでしょう。
 本音を言えば、岩手弁護士会に定期購読していただければ買わずに済んでベストなのですが、窓際族の末端会員には何の発言力もありませんので、夢のまた夢です。

 残念ながら、現在のところ、自治体の顧問などをしているわけではなく、自治体の業務に関する法的問題について、ご相談や事件依頼を受けることも滅多にありませんが、判例地方自治を揃えている弁護士は岩手では希少価値があると思いますので、「(現時点での経験等はさておき)自治体を巡る法律問題に熱心に取り組む弁護士」ということで、自治体側であれ対立する住民側であれ、需要のある方がおられれば、お声をかけていただければと思っています。

 私の見るところ、以上で主たる判例雑誌はすべてフォローができる体制になっているとは思いますが、敢えて泣き所を挙げるとすれば、交通事故の裁判例に関する重要な情報源である「自保ジャーナル」が、盛岡地裁では1620号以前が存在せず、この点が悩みの種です。
 というわけで、自保ジャーナルの1620号以前を盛岡で閲覧等できる施設等があれば、ご教示いただければ幸いです。

2011年12月20日(火)
最大限の納得と最小限の不測損害

 私は、商家の次男ではありますが、子供の頃から「自分には商才がない、何よりお客様を呼び込むカリスマ性がなさ過ぎるので、商売に手を染めない方がよい」と思っていたので、そうした強迫観念(或いは家族の教唆)に導かれるように、手堅い(とされてきた)資格商売の道に進みました。
 残念ながら、町弁業界は、新人の大激増と受け皿となる需要の不足に伴い、突如「手堅い」業界ではなくなってしまいましたが、それでも、他の業種に比べれば、まだまだ本人の努力次第で生き残り(事業継続)の可否について大凡の見通しが可能な面が強く、恵まれていると思います。

 そんなわけで、私はイソ弁時代までは、およそ「経営」というものに関心がなかったのですが、ここ数年は、我が業界の生き残り競争の激化に伴い、広義の経営学(流行言葉で言えば、マネジメントやマーケティング)を意識するようになっています。
 といっても、本業と兼業主夫業で余力が乏しいため、日経新聞で興味を引いた記事を読むとか、「カンブリア宮殿」を録画して深夜に一人で視ながら、「ウチの業界の次のサービスのあり方は…」などとブツブツ呟く(怪しい…)といった超低空飛行に止まっているのが実情です。
 
 で、先日のカンブリア宮殿では、一度は民事再生の憂き目にあったものの、世界レベルの高品質な商品を環境保護と絡めた壮大な経営戦略のもとに売り込むことで立て直した、今治の池内タオルさんという会社が取り上げられていました。
 企業の民事再生については申立代理人や監督委員の立場で関わったことがあり、再生の困難さも多少は存じていましたので、興味深く拝見しましたが、出演した社長さんが「最大限の安心と最小限の環境負荷」というスローガンを強調されていたのは、特に印象に残りました。

 最近は、法律事務所(弁護士)のHPを見ると、様々な宣伝文句(事務所のスローガン)を掲げているものが多く、事務所の方針や特色などを強調して、町弁業界の生存競争に勝ち抜こうとしているように見えます。
 ただ、「依頼者の利益のために闘う」とか「良質なリーガルサービス」などといった話は、弁護士としては当たり前のことで、ここでいうスローガンとして使うのには若干違和感を覚えます(まあ、それすら十分でない弁護士が一定数いると見られているのかもしれませんが)。
 敢えて言えば、同じ利益・価値(依頼者の利益やそれを前提とした法的正義)を実現していくにしても、「手法」については各人で分かれるのが当然のことであり、その点を「当職(当事務所)は、職務遂行の過程で、この点を重視しているので、こうした手法に共感いただける方は、ぜひご依頼下さい」という形でPRしていくのなら、間違ってはいないように感じます。

 そのように考えると、私の場合、依頼者との面談時には、事件の全体像の分析や各論点などの見通しを詳細に説明し、方針について納得いただいた上で受任するのが特徴となっているように思います。
 そのため、訴状や準備書面などでも、勝訴判決が得られるか(請求の当否を裁判所が決するため必要な主張立証が尽くされたか)だけでなく、「(訴訟の当否に関する法律上のルールを前提としつつ)この点を、当方の主張として特に強調して欲しい」という依頼者の期待に応えているかを強く意識した文章を作成することが多いです。
 また、依頼者にとって必ずしも自明ではない論点について触れる場合には、どうしてその論点について触れる必要があるか、裁判官にとっては多少自明であっても、敢えて丁寧に説明することがあります。
 そうした作業を通じて、依頼者に「どうして、このような主張や立証活動をしているのか(すべきなのか)」を理解いただき、依頼者からも「そうした主張立証をするなら、このような主張立証も追完したい(して欲しい)」などと、依頼者からも紛争解決のための健全な働きかけが生じてくるような関係(要するに、大きく叩き大きく響き合う関係)を依頼者との間で築くことを、1つの理想にしています。

 もちろん、事件によっては、前例の乏しい争いのある論点を扱わなければならないなど、私の力量では勝敗(裁判所の判断)に関する決定的な見通しを立てることが難しいケースも無いわけではありません。
 その場合には、その論点に関わる法令や実務の伝統的な考え方の枠組みや想定される解釈などをご説明し、リスクの程度をご理解いただくように努めているつもりです。
 これまで、当初からリスクの高さが見込まれていた重要な争点で、可能な限りの主張等を尽くしたものの、裁判所がその主張を採用してくれなかった経験は幾つかありますが、ほとんどは裁判所の和解案(解決金的な手法など)を理解いただいて和解で決着することが通例で、敗訴判決で終了することは滅多にありません。
 手前味噌ながら、受任時に依頼者にその可能性を説明し、それでもなお、依頼者のご希望に応じて当職なりに考えつく主張立証を尽くして上記の結果に至ったことから、「リスクを承知の上で、やれるだけのことはやった」と、それなりにご納得いただいた(お気持ちを成仏させることができた)のではないかと認識しています。
 
 そのように考えれば、当職(当事務所)の手法を上記のようにスローガン化すれば、「最大限の納得と、最小限の不測損害」ということになるかもしれません。
 依頼者に説明を尽くすことで、個々の作業(過程)や結果に関する納得をいただくと共に、無事に依頼者が希望される成果が出た際には、「神懸かりでも単なる幸運でもなく、勝つべき事案で必要・適切な努力を尽くした結果に過ぎない」と受け止めていただき、それに見合った対価をお支払いいただくことで、「顧客満足度では、北東北(北奥)で№1の事務所」を目指すのが、当事務所の基本路線ではないかと思っています。
 また、勝敗等のリスクが高い事案では、予めリスクを十分に説明することには、特に神経を注ぐことにしています。その上で、リスクへの挑戦を依頼者が選択されたときには最大限の努力を尽くすことで、期待した結果が得られなかった場合でも、依頼者に「こんな展開は予想しなかった、弁護士に裏切られた」という怨念を生じさせることなく、上記のように「できるだけのことはしたのだ」と紛争の背景にあるものを成仏させ、依頼者が次のステップに進むことができる方向に、物事を導いていければと思います。

 もちろん、私もまだまだ研鑽中の身であり、相手方の指摘で初めて重要な争点の存在に気づくような冷や汗の経験をすることがないとまでは言えず、看板倒れにならぬよう、地道な努力を積み重ねていきたいと思います。
 ただ、事案(或いは依頼者の個性等)によっては、依頼者に方針決定の判断を委ねず、敢えて弁護士に任せていただくように説得、誘導する方が賢明な場合があることは否定できません。
 依頼者の中にも(或いは事案次第では)、方針決定に関する弁護士のリードを強く期待される方もおられますので、微妙な事案ではそうしたバランスは常に気を遣います。
 その他にも、丁寧に説明を尽くす手間が増えていくと、それだけ作業量が増大し、最終的には価格に転嫁せざるを得ない(廉価で受任することが困難になる)面が生じることから、この点はいつも悩ましいと思っているところです。

 そのように考えていくと、結局は話が振り出しに戻ってしまいそうですが、カンブリア宮殿に限らず、異業種の経営者の悪戦苦闘の努力を拝見しながらこうした思索を重ねることも、自分の業務のあり方を見つめ直す機会になる面はあると思います。
 判例や法律書など法律業界のツールばかり見ていたのでは、そうした姿勢は身に付きにくいと思われ、今後も、様々な形で先達の方々から学んでいきたいと思っています。

(当事務所の広告も「上質なリーガルサービス~」を全面に出していますが…。 by事務局長)

2011年12月19日(月)
フェイスブックと誕生日

 フェイスブック(以下「FB」)では、誕生日になると「友達」として登録されている方から祝意のメッセージをいただくことがあります。
 FBでは、「友達」の誕生日になると、その旨が画面に表示等されるため、画面上で、「友達」の方々(私の場合、盛岡JCの関係者の方が圧倒的多数を占めています)が互いに誕生日メッセージを交わし合う光景を垣間見ることがあります。
 当然ながら、そうした光景は人気投票の論理で展開されるため、カリスマ性のある人気者の方の誕生日には多くの方から大量のメッセージが送信され、そうでない方にはそれなりに、となるのが自然の成り行きで、ひねくれ者の身には、なんだかなぁと思いながら拝見しています。

 で、当然、私は自他共に認める後者の典型なのですが、予想外に、誕生日に少なからぬ方からメッセージを頂戴しましたので、せめてもの誠意として、お一人ずつ、御礼のコメント(返礼)を書いて送信しました。
 誕生日という概念ないし習俗に対しては、色々な考え方があろうとは思いますが、私の場合、下記の理由から誕生日なるものを非常に苦手にしている一面があり、FBでは、自分からは他人様に積極的に誕生日のメッセージを送ることは差し控えてきました。
 今後は、メッセージを頂戴した方には当方もメッセージをお送りしないと不義理とは思っていますが、もともとそうした習慣がないこともあり、失念の可能性が大きく、その点は予めご容赦いただければと思っています。

 恥ずかしながら、私は、子供の頃、誕生日等を祝う(祝って貰う)という経験をした記憶がほとんどありません。
 両親とも朝から深夜まで働きずくめの零細企業(酒類卸売等)の子として育ち、私自身、子供の頃から自宅の小売店の店番や自宅の広間で開催される取引先との宴会の用意や片付け等に駆り出されるのが当たり前という生活をしていました。
 そのため、小学生の頃の私にとって、誕生日は親に玩具代をせびるだけの日であり、中学くらいまではケーキを食べる習慣もなかったような記憶です。

 ちなみに、子供の頃は、盆もクリスマスも大晦日も商売の日で、紅白の終了後に、元朝参りの通行人向けに深夜3時まで店を開ける(店番は家族の交替制)といった記憶しかなく、親子全員揃っての旅行は年に1回、二戸ロータリークラブの家族会のときだけ(しかも父はほとんど別行動)、それ以外の遠出は母子のみで母の実家や八戸に遊びに行く程度でした。
 中学生になると、実家の商売が斜陽になり始めたせいか、良くも悪くも昔よりは両親が多忙でなくなり、我が家への他人様の出入りも少なくなって、誕生日に家族でケーキを摂取する程度の「普通の家」になってきました。
 が、それと入れ替わるように、私自身が高校から親元を離れて暮らすようになり、それ以後、誕生日に家族(親元)と一緒に過ごしたことも、特別な出来事を持った記憶もありません(母からは電話か手紙を頂戴したような気はしますが)。

 私は、そうした生い立ちのせいか、自分の誕生日を誰かに祝って欲しいとか他人様の誕生日をお祝いしたい(すべきである)という感覚が、平均水準と比べて極端に劣っているようです。
 私の妻は、この点で私と真逆の育ち方をしてきたため、誕生日にイベントをしたくて仕方のないようで、一種の異文化交流になっているのですが、私にその習慣や意欲が著しく欠けていることから、妻の誕生日には毎年のように深刻な紛争が生じたりします。

 現在も、受任業務の納期や事務所の運転資金に日々頭を抱える零細自営業者ということもあり、盆も正月も誕生日もクリスマスも要らないから仕事をさせて欲しいなどと、貧困の極みのような精神状態に陥りがちなのですが、妻をはじめ、異なる感性を育んだ方との接点を大切にすることで、バランス感覚を養っていきたいと思っています。

2011年12月16日(金)
相談結果(説明)の要旨作成について

 当事務所の新たなサービスとして、ご希望に応じて、ご相談に対する当職の説明の要旨を作成することにしました。

 弁護士の法律相談は、ご相談者から聴取した内容を踏まえて、口頭で事案解決の手法や見通しなどをご説明するのが通常です。
 そのため、単純に結論や理由の骨子をご説明すれば足りる場合はともかく、ご相談の内容が複雑なケースでは、メモを取るなどして当職の説明を聞いていただきたいのですが、実際には容易ではありません。
 常に必要とまでは言えないにせよ、弁護士の説明内容の骨子を文書化し、今後の検討の資料とするのが、相談結果を理解し、ご自身の対応をより賢明なものとしていく上で、望ましい場合も多いのではないかと思われます。

 そこで、試験的に、ご相談者のご希望により説明(相談結果)の要旨を相談時に作成しお渡しするサービスを実施することにしました。
 相談業務の一環として作成するものですので、簡易な作成に止まるなど、相談時間を含めたトータルの時間が30分以内に収まるときには、通常料金(5250円)で対応させていただきますが、30分を超える場合には、所要時間を踏まえた相当な追加料金をお支払いただくことになります。

 例えば、ご相談の内容が複雑で、複数の論点を整理し、論点ごとの見通しを検討し説明しなければならない場合や、お一人で相談にお見えになった方が、帰宅後にご家族に報告し、今後の対応などを相談することを要する場合などに、活用の価値が大きいのではないかと思います。
 同様の必要は、会社のご担当の方が相談された際に、帰社後に上司の方に報告等する場合にも生じるでしょう。
 さらに言えば、今後は、複数の弁護士に事前に相談し事件の見通し等に関する説明を比較検討した上で依頼先を決定したいという方も相応に生じるのではないかと思われ、そのようなケースでは、特に事前に弁護士の見通しを書面で徴求しておく必要性が高いのではないかと思われます。

 こうした試みは、直接的にご要望を受けることがほとんどなかったため、従前には行っていませんでしたが、潜在的なニーズは一定程度あるのではないかと思われ、試験的に実施することにした次第です。
 口頭のみの説明よりも若干の追加料金が生じることが多いとは思いますが、必要に応じて賢明にご利用いただければ幸いです。

2011年12月11日(日)
第三者委員会と情報の配当

 釜石市が、今回の震災(大津波)時に市の防災センターに避難した多数の住民が犠牲になった件など、市の防災対応を自主検証する趣旨の委員会が設置され会合が持たれたとのニュースがありました。
 釜石市鵜住居地区の防災センターを巡る惨事については、世間の耳目を大きく集めた面もあり、これに関する行政対応を検証するのであれば、弁護士が参加し、関連する事実の調査・認定や関係者等の責任(賠償責任に至らないレベルのものも含め)について、一定の検討がされ、成果が開示されればよいのではと期待していました。
 が、残念ながら、記事によれば、弁護士が委員として参加していないようです(副市長が委員長で、警察や海保などの行政機関や仮設住宅の代表者、民生委員らで構成とのこと)。

 事柄の性質上、市の賠償責任の存否といったテーマを正面から論ずることは困難かもしれません(特に、実際に国賠請求訴訟が提起された場合などは、現在の実務感覚では実施は困難でしょう)。
 ですが、この種の「被害の大きさなど諸般の点から、住民が行政に事件に関する説明責任を求める惨事」では、その惨事が生じた自治体の住民一般の立場からすれば、「惨事発生までの行政の対応が、過去に要求されていた一般的な水準を満たしていたか、同種前例はないのか」といったことについて、行政サイドから、相当な検討と一定の説明がなされることを期待しているのではないかと考えます。
 そして、その説明により住民が防災意識を深め、行政・立法(議会)への働きかけや様々な自主的取組等に繋げていく正の連鎖が期待できることから、住民の期待に一定程度、応えていく責任を、現代の行政は負っているのではないかと考えます。
 もちろん、こうしたニーズに内実を持って応えようとするなら、法律実務家(弁護士)の参画は必須ではないかと思われます。

 もちろん、被害関係者(遺族)にとっては、それでも不十分(訴訟で賠償責任を明らかにしたい)というべきかもしれませんが、現実問題として、すべての惨事で訴訟が可能或いは相当とまでは言えないと思われ、訴訟による検証等がなされない場合には、とりわけ上記の必要性が高いと思われます。
 また、「惨事の発生前後の各段階における行政対応の検証」は、賠償責任等を明らかにするという観点からのみなされるべきではなく、上記のとおり、住民の意識や行政の質を向上させることを目的としてもなされるべきですが、前者は司法部門、後者は政治部門(立法・行政)に属する作業ではないかと思われます。
 とすれば、後者(行政対応の検証やそれに基づく立法・行政の改善)は、前者(訴訟)に依らずとも内発的になされるべきであり、訴訟という外圧を受けて初めてなされるというのでは、それ自体、不幸な(不健全な)ことではないかとすら思います。

 企業の破産等の手続では、「十分な配当を実施できない場合でも、どのような経過で企業が倒産し、どうして配当が困難であるのか」について債権者に十分な説明を果たして欲しいと裁判所から求められることがあります。
 いわば「情報の配当」とでも言うべきものですが、そうしたニーズは、自治体経営で失敗や損失が生じ、結果として住民=納税者に負担が転嫁される場合にも、強く当てはまるのではないかと思います。
 それは、司法の論理というよりも、民主的政治過程が機能するために必要な論理だと言うべきでしょう。

 昨今、「第三者委員会は機能していない」との批判が全国中に渦巻いており、私自身、ネット等で県庁が作成した報告書を拝見し物足りなさを感じたこともあります。
 ただ、この種の事柄は、外側から批判するだけでは改善に繋がりませんので、熱意ある弁護士等が委員となり、外からの批判に耐えつつ、中では事務局や他の委員と格闘し、一歩一歩、できる限りの作業を進め、個々の成果を次に引き継いでいくのが、最も基本的な改善のあり方だと思います。
 そうしたチャンスを、私を含む若い世代の弁護士に、もっと与えていただければと思っています。

2011年12月9日(金)
ハチマンタイラーは被災地を救えるか

 昨日は、珍しく午前中に八幡平市の出張仕事があり、道の駅にしねのレストランで昼食をとりました。
 座った席の真っ正面に、ご当地ヒーロー「岩鷲護神ハチマンタイラー」のポスターが貼っており、他に話相手もなく、タイラー(?)をまじまじと見ながら、東南アジア風の「ほうれんそうカレー」を食べました。
 タイラーの顔を見ながら、次のことを考えました。
*
①最近の戦隊ヒーローや仮面ライダーは、ネタが尽きたのか、引退ヒーローを引きずり出して、無理矢理?対決などをさせているらしい。
 それくらいなら、ご当地戦士とのコラボ企画でもやれば、「大河で町おこし」のように、地元から喜ばれるし、東映?にとっても新たなネタの開拓になり、双方にとってメリットがあるのではないか。

②タイラーなど、岩手のご当地戦士を取り上げるのなら、震災復興と絡めてはどうか。
 例えば、デルザー軍団(笑)のように原点回帰し、「悪の軍団が日本列島を沈没させようとしており、それを被災県のご当地戦士とライダー等が協力して阻止する」といった類のストーリーなら、復興企画?として共感を呼べるのでは。

③その場合、アンパンマン映画のように、ご当地戦士をゲスト役、ライダー等をホスト役にした構成の方がよい。
 また、映画の売上の数%を義援金にするとか、全国・世界で子供向けミニ上映会+ライダー等とのコラボショー(予告或いは番外編のような)+被災県等のB級グルメ大会+即売会の抱き合わせ企画でもやれば、さらに良い。

④関係ないが、Gファイブ(群馬戦士)の悪役の人はトークがナイスなので、出番が欲しい。名古屋のオレパンダーは見た目があんまりなので不要。

 この企画を実現いただける方を切望します。
 なお、「ほうれんそうカレー」は、和風テイストに変えていただきたいです。

(先日、岩手法律事務員会の忘年会でガンライザーの話題で盛り上がりました。 by事務局長)

2011年12月3日(土)
盛岡市長の白熱教室

 昨日、盛岡JCの行事で、盛岡市の谷藤市長さんと懇談する企画(盛岡市が不定期に行っている「市長お出かけトーク」)があり、参加してきました。
 4年前も盛岡JCで同じ企画を行ったことがあり、その際にも参加したのですが、4年前は、市役所とJCが互いの活動状況を報告しJCメンバー数名が政策案を発表しただけで、特定の政策テーマ等に関し市長とディスカッションすることも、市長がJC側の提案について論評等することもありませんでした。
 そのため、「こんなのトーク=対話」とは言えないだろう、看板に偽りありじゃないかと内心憤慨し、二度と参加するものかと思ったのですが、当時の参加者の多くがJCを卒業(40歳定年制)し、僅かな生き残りの一人として、今回の企画の内容を見届ける必要があるかもとの自己満足的義侠心?により、急遽、参加することにしました。

 なお、今回は、盛岡JC(で私が所属する担当委員会)が行ってきた企画「盛岡白熱教室」(市内の大学・専門学校生を募り、JCメンバーとの対話や市役所や学者さんの講義を踏まえ、4つの政策テーマ(後記参照)について学生が政策案を立案し、識者等の審査を受け、市の施策に反映していただく企画)のまとめという趣旨で行ったものでした。
 そのため、学生と市長との対話の場をJCが裏方で設定するという内容の企画になり、それ自体の意義はともかく、私が行っても何だかなぁという面もないわけではありませんでした。
 また、「学生vs市長」では、よほどのタマを用意しなければ勝負になるはずもなく、予想どおり、テーマ毎の冒頭質問に模範回答的な説明をして、それ以上の議論等もなく次のテーマへ、というやりとりだけで終わっていました。

 が、それでも、市長が挨拶しかしなかった前回とは異なり、学生の質問に市長ご自身が、それなりに丁寧に市の施策などを説明されており、そうしたものを垣間見られただけでも、よかったのかなと思っています。
 以下、テーマとなった項目に関する質疑応答(各テーマごとにチームを組んだ学生達からの質問と市長の説明)について、個人的な感想を書いてみます(質疑応答はごく一部しかメモしておらず、実際のやりとりと趣旨やニュアンスが異なる可能性がありますので、ご容赦願います)。

1 教育改革
 教育チームからは、市内の一部の学校で行われている、地域ボランティアによる登下校時の安全監視、本の読み聞かせやテスト?の採点、課外活動の補助などが紹介され、こうした地域住民による学校教育の補充機能の拡充のため、学校ごとにコーディネーターを配置して補助者に関する情報を管理し、必要に応じて人材の逐次投入を図る等のシステムを構築すべきだとの意見が示されました。
 また、盛岡市の子供の学力に関し、小学生は全国平均を上回るのに、中学生は平均並みになっているとの統計データが紹介され、学力向上の取り組みが強化されるべきだとの意見もありました。

 市長からのコメントは覚えていませんが(ぼけっとしてました)、以前から市内で草の根的に取り組まれている「オヤジの会」なる父親交流サークルの活動が紹介され、そうした民間レベルの活動に市もサポートしていきたいとの説明があったように思います。
 学校教育の分野は、①生徒、②親、③地域社会、④一般の教職員、⑤役所等(学校の経営サイド)、⑥子供に関わる諸産業、といった様々な関連当事者(ステークホルダー)が存在すると思いますが、①~⑤については、昔に比べ脆弱になったとか連携が希薄だとか一杯一杯で余裕がないとか、あれこれ批判が言われるようになって久しく、どのような立場であれ将来を見据えた様々な改革が、すべての当事者にとって必要ではないかと感じます。
 各当事者が、家族や地域が変容したとされる現代社会で教育に関わるにあたり、それぞれの立場で当事者(顧客)としての満足を得ると共に、享受する利益に見合う責務を誰もが適正に果たすことができるサイクルが確立できればと思います。

2 震災復興支援
 震災チームからは、今後の盛岡市の支援策について質問があり、市長からは、従前の取組内容(発生直後の盛岡広域圏内の対応や数日後からの沿岸への支援活動、川井村ベースなど)を踏まえ、今後については、水産加工工場の無償貸与、販売イベント(盛岡市が遠方で開催するものも含む)への出店協力などを今後も強化したいとの説明がありました。
 私個人は、「工場(生産場所)や出店(販売場所)のタダ貸し業」に止まるのでは、あまり芸がないと思われ、被災企業と盛岡側がタッグを組んで、既存のものに付加価値を高めるなどして、新たな商品・サービスを生み出し、広く世に問う方向での支援活動こそが、最も必要ではないかと感じます。
 とりわけ、盛岡は製造業(下請産業)よりもサービス業や本社機能、教育産業等に力を入れてきた知識集約型都市だそうですので、その点でも、付加価値支援こそ盛岡が果たしうる役割と位置づけていく必要があるのではないでしょうか。

3 若年者雇用対策
 雇用チームからは、新卒者の雇用対策について質問がありました。
 市長からは特に印象に残る具体案の説明はなかったように感じましたが、地域産業に関する盛岡市の特殊性(第三次産業の就労人口が80%を超えていること、その一因として、県などの方針で、岩手県の産業集積地のエリア分けをしたため、製造業=モノ作り産業は県南に集中し、盛岡はIT等を受け持つことになったこと、古くから学園都市構想を進め、教育産業等の人材育成に力を入れてきたが、育成した人材を受け入れる企業の確保等にはあまり力を入れてこなかったことなど)が、丁寧に説明され、そうした環境の長短を踏まえた対策を講じたいとのコメントがありました。

 「学園都市かつ三次産業中心」である盛岡には、頭脳労働に力量を発揮しうる人材を吸収し融合させる、知識集約型の経済の形成・発展が求められているのだと思います。
 それにもかかわらず、地元の学生=知的産業の供給源から「盛岡に就職先がなく、県外に出て行かざるを得ない友人がいる」などと言われるのは不幸である以上に不合理に思われます。
 地域内でどのような類型の人材が育成されているのかを踏まえて、供給される人材の特性に見合った企業の誘致や育成などに、もっと力を入れていただきたいところです。
 と同時に、学生(生徒)にも「盛岡は(一次・二次産業を含め)、知的創造に携わる人間をこそ歓迎する都市である。この街の一員であり続けたいなら、頑張って勉強して下さい。」といったメッセージを送り続ける必要もあるのだろうと思います。

4 地域経済活性化
 地域経済チームからは、盛岡の将来像や今後に注力したい経済政策について質問があり、市長からは、上記の経済構造などの認識を踏まえ、IT産業や観光産業などを強化したいとのコメントがあったように思います。

 ただ、IT産業を活性化させるには、カリスマ的な成功者が誕生する必要があると感じていますが、そうした話を盛岡で聞いたことがありません。
 IT産業が歴史を変えたと言われるのは、製品自体の価値もさることながら、徒手空拳で社会経済に変革を促し巨大な富を築いた若いカリスマ経営者が次々に現れて、その存在感が社会に大きなインパクトを与え続けたことも大きかったのではないかと思います。
 よって、盛岡がIT産業で名を上げたいのであれば、一刻も早く、そうした若い成功者を生み出す(理想は地元産ですが、いっそ他から引き抜いてもいいと思います)と共に、成功者には大きな栄誉を付与し、それに見合った地域貢献を求める(栄誉と貢献のサイクルを作る)ことが求められると思います。
 仮に、そうしたサイクルが生まれれば、IT聖地として名を博した土地のように、「盛岡に行けば知的産業で成功者になれる」といった認知(ブランド化)を世間から受けることができるのではないでしょうか。

 また、観光については、「地域に豊富な資源がある」と誰もが口にする割には、それを十分に生かしているとは今も思えず、資源に胡座をかいた一部の資源供給国のような印象を受けてしまいます。
 例えば、盛岡の偉人・原敬の物語を一言で言えば、「敗戦国の重臣の子弟が、敗亡の辛酸を乗り越えて征服国の宰相に上り詰めた(が、頂点で悲運に見舞われた)物語」ということになると思いますが、世界のどこかに同じような指導者を持った歴史を有する都市・地域があれば、非常に共感しあえる面が大きいのではないかと思います(私は世界史に詳しくありませんが、例えば、耶律楚材が近い例と言えるかもしれません)。
 そうした都市を探し出し、交流を深めると共に、互いにそうした歴史的価値を世界に訴えていけば、それに惹かれた世界市民からのコンタクト=新たな顧客の創造に繋がるのではないかと思います。

 盛岡のように「世界遺産級の観光資産」を有するとまでは言えない土地は、そうした地域の歴史に裏打ちされた社会のストーリーを練り上げ、そうした物語を売る(ここに来れば物語を体感できる)ものとしての観光産業を作り上げていく必要があるのではないかと感じています。
 風光明媚な景勝等を見て下さいというだけの観光は、高級素材を加工せずに販売するようなものであり、高級素材だけで勝負できない土地は、加工による付加価値で勝負する道に精進すべきだと思います。

 ところで、学生から市長に、「盛岡は宿泊客が少なく日帰りが多いとのデータがあり、改善が必要では」との意見があり、市長からは「現在は、他地域と連携した周遊型観光に力を入れている(ので宿泊客が少なくとも問題ない?)」とのコメントがありました。
 周遊型なら、他地域を観光した客の宿泊地として盛岡に誘導するよう努力すべきでは?といった疑問はさておき、盛岡駅前にせよ大通や肴町エリアにせよ、多数の観光客を捌くことができる「地元(盛岡・岩手・北東北)を体感できる類型の、相当規模の店舗」は盛岡にはほとんどないように感じます。温泉地はさておき、市内のホテルに観光客を宿泊させたいのであれば、そうした点に改善(仕掛け)が色々と求められるのではと感じました。

 JCの設営担当の方(委員長)からは、「民主政治の質を高めるには、結果だけでなくプロセスの質の向上が求められるべきだ」とのコメントがありましたが、住民の代表者と個々の住民が、政策の質の向上に資する対話を続けていくことは、非常に大切なことだと思います。
 様々な制約はあるかと思いますが、こうしたイベントは、今後も続けると共に、より実りの多い設営を頑張っていただければと思います。
 私も、JCメンバーの一人として、市長さんをはじめ市役所関係者の方々、学生さん方に、御礼申し上げたいと思います。

(盛岡駅から観光名所光原社のある材木町へ行く途中にある大きな交差点は、横断歩道が無く地下道がありますが、階段だけでエレベーターはもちろんスロープも無いため、階段の使用が困難な人は、横断歩道まで遠回りをしないといけません。大きな荷物(キャリーバッグ)を持った観光客やベビーカー、車いす利用の地元住民にも優しくないので改善されると良いのですが。 by事務局長 )

2011年12月2日(金)
胡蝶の夢とTPP

 この日は弁護士会の相談担当日でしたが、午前中は来客が少なく、相談室でウトウトしていましたが、その際、「胡蝶の夢」の話(荘子)が気になり、老荘思想などをwikiで見ていました。
 中学2年のとき、自分の中で「第1次思想ブーム(笑)」が起きて、母親の書棚から、誰の手垢もついていない「世界の名著シリーズ」の諸子百家系の本を取って読み漁ったことがあり(読破したのは短編の老子と孫子だけで、あとは挫折)、その頃を懐かしく感じました。

 ただ、「無為自然」(目的意識に縛られない自由な境地で、あるがままに物事を受け入れる)、「小国寡民」(相互に干渉しない自給自足的な小規模コミュニティを中心とする社会を理想とする)、「知(人の意思が生み出した価値基準や物質文明による進歩主義的社会観)の否定或いは知(への固執)からの解放」といった記載(文脈)を見ていると、別な議論の話を聞いているような気がしてきます。
 どことなく、いわゆるTPP慎重派の方の主張(「伝統的な日本文化を形作ってきた農村的・牧歌的なコミュニティが、大競争で崩壊を強いられ、民族固有の精神性にも悪影響を及ぼすのではないか」といったもの)に親和性を持っているように感じませんか。

 実際、TPP推進派の一般的なイメージは、「公正かつ統一されたルールのもとでグローバルに競争し、もって人類・文明を進化させる社会」なので、まさに老荘思想が排撃の対象としている世界観という気がします。
 ちなみに、老荘思想は儒家思想と対立しているとされますが、儒家(孔子)の思想を正しく理解すれば、朱子学でイメージされているような「反動的・権威主義的・体制迎合的な思想」ではなく、合理主義かつ文明(進歩主義)的な思想だと聞いたことがあり、TPP推進派と親和性があると感じます。

 そうした意味では、老荘思想こそが、TPP慎重派の思想的源流の1つなのかもしれません(私は論語等を読んだことがないため自信がありませんが、儒家思想もまた、推進派の源流の1つなのかもしれません)。

 以前にも、「TPP論争が、実務的には一部の人にしか関わらないらしいと言われている割に、国民の心の琴線に触れる(議論として盛り上がっている)のは、経済のあり方に関する路線対立(自由・競争経済vs保護・規制経済)に関わるからではないか」という趣旨の文章を書きましたが(11/11付日記)、思想や精神性などを含めた、より深い視点から掘り下げる必要があるように思います。
 中国でも、儒家思想(合理主義)と老荘思想(神秘主義)が共存しながら互いに民族の精神性に深く根付いており、双方は対立しながら各論では調和や矛盾の克服(弁証法的止揚)を辿るべき性格のものです。
 TPP論争も、一部の産業に関するルールの議論だけに止めることなく、思想や民族の精神性などといったレベルまで深め、その議論を新しい社会やルールの策定に生かしていただければと感じます。

 余談ながら、中学2年の私は、授業中に「孫子」を読んでいるのが先生にバレた等の事情により、社会と数学はテストで90点台で成績は3でした。本のせいにしてはいけませんが…。

11月
2011年11月17日(木)
フェイスブックはじめました

 震災直前の2月末頃から、フェイスブック(FB)に加入しています。
 ちょうど、チュニジアやエジプトで政変が勃発し、その原動力としてFBが注目された時期で、盛岡JCのIT超人の方に誘われての加入でした。
 奇しくも、加入直後に震災が発生し、盛岡の電気が復活した直後にJCメンバーによる被災地向けの救援物資の呼びかけがあり、私もささやかながら拠出に協力するなど、コミュニケーションツールとしての有用性を実感させられました。
 また、何年もコンタクトの無かった若い頃の友人と再会?できたり、何らかの縁のある同窓・同郷・同業の方などと接点を持つ機会に恵まれるなど、思いもよらぬ成果を生んでいます。
 反面、個人情報の拡散を不安視する方には、FBはリスクのあるツールと言えます。私も職業柄、開示情報の設定や活用の方法について悩む面があります。

 私の場合、特に、事務所サイト(特に日記)の補完的な役割として、FBを活用できればと思っています。
 本日記については、他の弁護士の方がなさっているように、ブログ形式とするか悩んだのですが、もともと当事務所のサイトにおける広告の一手法として始めたという経緯の上、匿名の方から非生産的なコメントを受けるのは避けたい等の理由で、ブログ形式にはしませんでした。
 ただ、日記の内容(特に、意見等に亘るもの)について、肯否問わず紳士的なご感想や生産的なご意見等をいただければという思いがあり、そうした場があればと思っていました。

 FBは原則実名の空間であり、面識のある方は言うに及ばず、ない方も、ある程度、人となりが分かるものになっているため、ちょっとした意見交換をする場としては非常に有用と感じており、最近は、日記に掲載する文章を、FBにも投稿するようにしています。
 しかし、もともと人あたりが良くない(友達を作れない?)キャラクターの上(反面、昔から街角ではよく道を聞かれます)、相当な長文になったり癖の強い内容であったりするせいか、FBに投稿してもどなたからもコメントをいただけないことも多く、残念に思っています。
 ですので、もし、本日記をご覧になり、コメントを寄せてみたいとお考えになる奇特?な方がおられましたら、FBの方で遠慮なく投稿いただいたり、必要に応じて友達リクエストを頂ければ幸いです(現在のところ、相当な理由があれば、面識のない方でも応諾しています。職業柄、現在のスタイルでよいのか悩んではいますが)。

 当事務所も、町弁業界を巡る営業環境の激変等に伴い、現在の体制を維持していくためには一定の広報活動が必要と感じており、内心、私の投稿をご覧になって「こんな奴が盛岡にいるのか、何かあったら相談してみようかな」などと感じて頂ける方が少しでもおられればという気持ちはあります。
 ただ、私の場合、宣伝を意識して書いているというより、時折、特定の話題について様々な考えが自分の頭を駆けめぐり、それを文章化して形にしないと気が済まない(文章にまとめると、頭がすっきりして、その話題に区切りをつけることができる)という傾向があるため、いわば「憑きもの落とし」のために文章を書き、折角なので公開している、という面が強いように思われます。
 そのためか、最近では、事務局長からは、「こんな文章を載せても、気味悪がられて離れていくだけだ」と酷評されており、本末転倒かもと思いつつ、なかなか止められないという状態になっています。
 FBでは、アンケート風の投稿が送られてくることがあり、「小保内の投稿を読んで、この弁護士を利用したいと思うか、逆か」と質問を作ると、後者の方が多いかもしれません…。

2011年11月13日(日)
秋田沿岸で被災地復興を考えた

 先日、妻から「今年の年賀状用の写真はどうしようか?」と持ちかけられたので、写真撮影と久方ぶりの家族サービスを兼ねて、急遽、仙岩峠方面から男鹿半島に向かい、水族館と入道崎に立ち寄った後、北上し鹿角方面から帰宅しました。
 出発時には大雨でしたが、秋田道に入って以後は雨が止み、雲を挟んで日も差すほどの天気になり、まずまずの休日を過ごすことができました。

 途中、男鹿半島の手前にある潟上市(旧天王町)の「天王グリーンランド(道の駅てんのう及び隣接する公園等の施設)」に立ち寄りました。
 ここは、旧天王町にとってはシンボル的な施設らしく、道の駅に大きな池などを付した公園や子供の遊具広場、サッカー場などを配置し、飲食施設の規模なども通常の道の駅よりも大きく、多くの人手で賑わっていました。
 施設内にあるタワーの展望台に行くと、公園と日本海(海岸線)との間に巨大な防砂林(「夕日の松原」と呼ばれています)が設けられていることが分かり、松原の全容や男鹿半島から秋田港までの海岸線を見渡すことができるようになっています。

 ちょうど、前日は弁護士会の相談担当として陸前高田に行っていましたので、天王のタワーからの風景を見ていると、「陸前高田が松原を復旧させて街の復興を図ろうとするのであれば、この施設は1つのモデルになるのでは」と思わずにはいられませんでした。
 また、男鹿半島には過去に何度か来ているものの震災前は特に考えたこともありませんでしたが、潟上市(秋田道の昭和男鹿半島IC出口)から男鹿半島の中心部付近まで、海岸線と並行して真っ直ぐな片側2車線道路が続いており、多数の車両が往来している光景は、山だらけの三陸海岸と大違いというか、経済の活性化を伴う復興を実現するためには、都市からのアクセスのよい幹線道路の整備は欠かせないのかなぁと感じずにはいられないものがありました。

 以前、「秋田では30年ほど前に津波で大きな被害があった」と聞いたことがあったので、帰宅後にネット検索したところ、秋田県北部沿岸では、昭和58年に日本海中部地震に伴う津波により、多数の犠牲者をはじめとする大きな被害が生じていたことが分かりました。
 ちなみに、男鹿水族館の駐車場に西洋風の聖母像のような石像があるのに気づき、なんで?と思いながら石像の碑文も読まずに立ち去ってしまったのですが、ウィキペディアによれば、男鹿水族館を見学していた際に津波の犠牲となったスイス人女性の慰霊碑だそうで、岩手の人間としては、恥じ入るほかありませんでした。

 上記の津波被害の際には沿岸の松原(防砂林)には大きな被害はなかったようですが、物的にも様々な被害が生じたことは間違いないようで、当時の被災地であった秋田北部沿岸が、30年も経たとはいえ様々な形で復興を遂げた(ように見える)光景を眺めていると、とりあえず「岩手も頑張ろう」といった気持ちになる面はあると思います。
 残念ながら、復旧や復興に関し、当時の秋田の経験が今回の三陸に生かされているという話はほとんど目にしたことはありませんが、岩手の方々も、当時の秋田の記録などからヒントを学んだり、復興等に取り組んだ方に教えを請う機会があってもよいのではと感じました。

 ただ、男鹿半島を過ぎた後、高速・幹線道路の能代→二ツ井→大館→十和田ICまでの道では、遅めの時間(道の駅の営業終了後)に通過する観光客向けに、晩酌のお供に喜ばれる地元の名産品(例えば、比内鶏の薫製など)を販売しているお店を見かけることはできず、この点は岩手側と同様、地元の方々に考えていただきたいと思わずにはいられませんでした。
 中心市街地に立ち寄る余裕のない駆け足旅行者向けに、例えば、バイパス沿いのコンビニの一部にそうした品を置き、看板等で通行車両に告知するといった手法をとることはできないでしょうか。

2011年11月12日(土)
復興支援者の需要

 この日は、1ヶ月に1回のペースで通っている、岩手弁護士会が設置した陸前高田の法律相談センター(被災直後に陸前高田市役所の臨時役場が設けられていた高台の公園に設置されたスーパーハウス)の担当日でした。
 センターの拘束時間が10時から17時となっているため、移動時間を含め1日がかりの出張になりますが、事務所の運転資金で手一杯のタコ社長には涙が出る日当しかいただけませんので、経営悪化のせめてもの防御策として、若手の先生にお願いして担当日をチェンジしていただき、土曜中心のシフトにしています。
 そんなに愚痴を零すなら行かなければいいじゃないかとお叱りを受けそうですが、支援活動への関わりを止めるのは選択肢にありませんので、私なりのバランスとして、上記の程度でご容赦いただいている次第です。

 で、今回は、被災者支援とは少し違ったことを述べたいと思います。
 遠方に出張する際の最大(往々にして唯一)の楽しみは出張先での食楽ですが、「なるべく家族と一緒に夕食をとるように」と妻に言われており、この高田出張では、地元や街道の名店に立ち寄り夕食をとることができず、不遇を託っています。
 高田の飲食店(仮設店舗)のことはよく分からないのですが、旧宮守村の田瀬湖に面する中華料理店(「夢見るピノキオ」でも登場)など、街道沿いの幾つかの店舗は、以前から何度も行ってみたいと思いながら、夕食時に空腹状態にもかかわらず通過ばかり繰り返しており、痛恨の極みというほかありません。

 そこで、せめてもの慰めに、晩酌に重宝する良質な酒肴を購入し、もって被災地(や隣接自治体)の経済的支援に代えようと思うのですが、盛岡~陸前高田間(の街道沿い)には、そうした要望に応える商業施設がほとんどありません。
 日中なら道の駅などがありますが、6時までに閉店し夜間営業をしないのが通例のため、私が通りかかる頃には利用できません。
 スーパーと合体している道の駅みやもりは唯一の例外ですが、地域住民向けのスーパー側の営業が中心で、地元の食材を生かした加工品はあまり販売されていません。

 特に、一人さびしく被災地を往復した夜は、一人わびしく深夜に安物のワインで肉とチーズをつまみたくなることが多いので、安いワインに合う肉やチーズなどを夜間に販売してくれるお店が街道沿いにあればと思うのですが、そうしたお店があるのか分かりません(そんな日には盛岡で購入したいとは思いませんし)。
 夕方まで被災地で支援活動などに関わり夜に内陸に戻る人の買い物ニーズを満たす商業施設(夜7~9時頃の時間帯に営業しているもの)があれば、教えていただきたいところです。

 大迫のチーズをはじめ、安物どころか高級ワインにも合いそうな食材を生産している方は相応におられるでしょうし、「せっかく被災地支援に来たのだから、地元の名品があれば、ついでに奮発して買っていこう」と考える人は、それなりにいるのではないかと思われます。
 商品開発や既存店舗の活用も含め、そうしたニーズを捉える努力を、被災地や中継地で事業を営む(ことが可能な)方々には、もっと尽くして頂きたいと願っているところです。

2011年11月11日(金)
TPP問題が国論を二分してしまった理由

 国論を二分?する論争となっているTPP問題ですが、先日、大前研一氏が日経BPネットに投稿した論文「TPPは国論を二分するほどの論争ではない」が、個人的にはこれまで読んだ中では、最も腑に落ちる感じを受けています。
 すでにfaecbookで他の方の投稿があった際にコメントを少し書きましたが、色々なことが頭をよぎり、いささか考えをまとめたいと思いましたので、整理し再説することにしました。

 大前氏の主張は、大要、「TPPがホットな話題となった原因は米国の影響が大きいが、米国(オバマ大統領)の目的は選挙対策(米国民の有力な失業対策になるのではないかと選挙民に期待させること)であり、門戸を開放させた後で日本の特定の市場を席巻する具体的・実効的な企図があるようには見えない。米国が日本に門戸開放を強いた過去の例を見ても、日本をTPPに参加させたところで、米国の商品(農産物等)が日本国内を席巻する等の事態が生じるとは考えにくく、米側が期待した効果を発揮するに至らないのではないか」というものです。

 ただ、これを読むと、「(それほど影響がないというのなら)どうして日本国内は、TPPを巡ってこんなに騒いでいるのか」との疑問が生じますが、その疑問に直接に答える言葉は大前氏の文章には見あたりません。
 そこで、自分なりに考えましたが、TPP問題は、報道等によれば、単に関税を撤廃するだけでなく、国内の様々な取引慣行や経済活動に関わる規制等の変革を伴う(ように見える)ことから、単に貿易のあり様(外国からの商品・サービスの流通やその逆の問題及びそれに影響を受ける特定の産業の保護等の問題)だけでなく、国の社会経済のあり方、仕組みをどのように定めるか(内政問題)に深く関わり、TPPに伴って生じる制度改革が国内の社会・経済の仕組みを大きく変動させる可能性があるため、その変動を期待する側と忌避する側とで大きな対立が生じていると感じられます。

 日本では、昔から、(相応の国土と産業を持つ国がすべてそうであるように)自由経済重視派(主として貿易や国外を含む広域での事業展開を基盤とし、関税などの参入障壁=域内産業保護を目的とする規制の排除を求めると共に、自由競争の徹底が消費者の利益にも繋がるとPRする勢力)と、規制重視(保護主義)派(主として国内又は限られた地域内での事業展開を基盤とし、事業の基盤維持には一定の参入障壁が必要と考え、規制を通じた事業活動の制限や過当競争の回避が消費者保護にも繋がるとPRする勢力)との根深い対立(或いは棲み分けと相互不信)があるように思われます。

 実際、TPP絡みの論争を見ていると、産業(輸出産業やグローバル企業vs農業・医療など規制や保護の手厚いドメスティック産業)、官庁(外務・経産vs農水・厚労など)など、様々な分野の対立構図(業界内部の対立も含め)が、相当程度このパースペクティブで整理できるようになっており、当時の国家を代表していた様々な階層が互いに2派に分かれて抗争し合った保元・平治の乱や応仁の乱を見ているような印象を受けます。
 TPPを巡る抗争は、グローバル経済の進展により、これまで棲み分けができていた自由貿易派と保護主義派の不安定な共生が崩れてきたことに伴って生じたもので、どちらかというとTPP慎重派(反対派)の方に感情的な言説が目立つように見えるのも、事柄の性質上、主として前者が後者に攻勢をかけているような印象を与えるためではないかと思われます。議論が情緒的になることの背景には、もともと信頼関係のない者同士が対話を余儀なくされているという面もあるのかもしれません。
 また、小泉政権以前は「反対勢力」というと「いわゆる革新勢力≒現業部門の労働者(ブルーワーカー)」という印象が強かったですが、今回も、郵政民営化と同様に、既存秩序の変革を嫌悪する保守的傾向の強い方々の反対が目立つ(いわゆる革新勢力の方々も反対してますが)ように感じます。

 なお、新興国への環境保護規制など、グローバル経済の進展に伴い世界が共有する利益を保護するため世界的に規制を及ぼすべき事柄は増えていると思われ、「グローバル経済=TPP=自由経済=既存の制度や自分達の生活が破壊される」という物の見方は、一般論として正しくない(努力次第で違う構図を描きうる)と思います。
 そうした意味で、農業や医療などTPP慎重派の方々は「TPPを通じて、世界に日本のやり方に関する理解を広め、アメリカのやり方を駆逐し、世界に自分達のルールを浸透させるぞ」という位の気概を見せていただきたいと思わずにはいられません。
 余談ついでに言えば、日本の弁護士業界も、そうした言説に乗り、世界なかんずくアジアに日本の法制度を輸出し根付かせるべく、経済界と協力し、若手弁護士を大量に養成し輸出すべきではないかと思っているのですが。

 いささか脱線しましたが、要するに、TPPを巡る推進派=自由経済重視派と慎重派=規制重視(保護主義)派の対立は、我が国の社会経済における根深い対立に基づくもので、双方の議論(声高に叫ぶ論客の主張)が、具体的な各論よりも総論や抽象論或いは情緒的なスローガンなどに止まっているのも、総論レベルで大きな対立があることに原因の一端があるのではないかと思われます。
 賛否の判断をするために必要となる具体的な情報が流通せず、国民の多くに不満が生じているのも、各論の話がさっぱり進まないのも、上記のように考えれば説明がつくのではないでしょうか。

 もちろん、自由経済にも保護主義にも一長一短があり、それぞれの産業の性質や各時代で直面する状況に応じて考慮すべき要素も異なってくることは当然です。
 そのため、観念論や情緒的な主張のみで一方の立場に偏った議論をするのではなく、各論レベルで具体的な議論を積み上げて、最終的に総論に還元していくのが望ましく、そうした気運があまり生まれてこないことに私個人は不満や危惧を感じています。

 大雑把な印象としては、TPPの展開がどうなるにせよ、我が国の様々な経済・産業に相当な変革の波が押し寄せることは間違いないと思われます。
 ただ、我が国の歴史では、制度を大きく変えた際には、その結論の当否はともかく、大きな弊害が生じるのが通例です(そのことへの不安を捉えたという意味で、「与党内で慎重派の方が多かった」との民主党の集約結果は首肯できるものがあります)。
 だからこそ、国民個々が、弊害防止のための努力を現場で積み重ねることができるよう、結論ありきの主張ではなく、客観的、信頼性のあるデータを前提とした各論レベルの具体的かつ公正な議論をもっと深めていただきたいと思います。
 とりわけ慎重派の中で「まだ早い、拙速だ」という点を強調される方々は、何がどう早いのか(現時点で何が導入されるとどのような問題が生じるのか)を具体的に説明すると共に、「拙速だ」というからには、「外国に勝つための策としてこのような手段を検討し準備中だが、まだ仕込みが完了しておらず、現時点で戦を強いられると負けてしまう。あと何年、時間稼ぎをしてくれ」といったように、「やがては公正な競争に挑み、適切に勝ち残るための物語」をきちんと示していただきたいです。
 そうでなければ、口先だけなのでは(本音は、(個々の零細事業者等はともかく)慎重派の中枢をなす方々の利権保持が目的では)との国民一般の不信を拭い去ることはできないでしょう。

 もちろん推進派も、「TPPが導入されると、参加国間では関税がほとんど(すべて?)無くなる(輸入品が安くなる)以外に、どのような変化があるのか、それら変化に伴う弊害についての対処等」について、国民一般に分かりやすい説明がなく、拙速と言われても反論しようがないと思われます。
 各論を充実化させるための説明責任は、第一時的には推進派にあるはずで、推進派も努力不足ではないかと感じています。
 とりわけ、同一の主権に属しない(それどころか各種規制の立法事実たる文化や社会の土壌が大きく違う)国同士が、国情に応じた規制の違いを取り払っていくというのは並大抵の努力ではできない(そもそも取り払うべきではないものも多い)はずで、そうした事柄に関する説明(国家としての外交方針・戦略なども含め)が決定的に不足しているように感じます。
 単に私が勉強不足なだけのような気もしますので、いずれの派に対しても説明不足ということばかり強調するのは適切ではないとは思いますが。

 なお、こうした社会経済のあり方を巡る政治的対立は、民主党の政権交代劇に比べると、政治闘争としては、遥かに国民の共感が得られるのではないかと思います。
 先の政権交代は、政策論争(政策上の価値対立)の所産ではなく「国民にウンザリ感を生じさせた万年与党と、その転覆を夢見た野党勢力との単なる権力闘争」の域を出なかったようにも思われます。

 実際、民主党政権化で起きたトピックというと、普天間問題(権力獲得が自己目的と評されてもやむを得ない後先を考えない公約の提示)や沖縄密約問題(前政権のスキャンダルの暴露)、小沢幹事長時代の「自民党支持勢力への補助金のカット」など、政策論争よりも権力闘争の観点で捉えた方が理解しやすい物事が多かったように感じます(選手交代による風通しの確保という価値がありますので、権力闘争自体を否定するつもりはありませんが)。
 事業仕分けなど役所の事業運営を検証する試みも、「特定の政策理念に基づき社会システムを作り替え(ようとし)た」と評価できるだけのレベルには達していないと思われます(マスコミの取り上げ方のせいかもしれませんが、官に対する一種のクーデターを試みて、消化不良気味に終わったイベントと理解した方が腑に落ちる気がします)。
 もちろん、そうした性質の権力闘争に敗れた(国民の信頼をつなぎ止めることが出来なかった)自民党にも、色々と学んでいただきたいとは思いますが。

 それに比べれば、「自由貿易重視か、国内産業保護(や規制)を重視か」という闘争は、目新しさはありませんが、政策の対立軸としては分かりやすく、勝った方がどのようなことを推進しようとするのか、有権者にも予測可能性があるように思われます。
 米国の共和党と民主党の伝統的な対立軸の1つ(米国は宗教問題が絡むので単純ではないそうですが)でもあり、私個人は、この点を起点に政界再編が起きるのなら、それでもいいのではと感じています。

 また、大前氏は、これまでの日米の交渉で日本側が門戸開放(参入障壁の撤廃)をしたことで米国が日本の市場を席巻したことはなく、反面、中韓や豪州のように、新たな枠組みに便乗して漁夫の利を得る勢力が出現するのが通例と説いています。
 しかし、TPPに関する報道等を見る限り、米国に対する警戒感ばかりが先行し、それ以外の国との競争(とりわけ日本市場での競争)に敗れる恐れはないのか、そうした視点からの言説に接したことがありません。
 岩手でも、アジア等の国々と接点を持つ方々は多数おられるようであり、現場の方々からも各論の声を上げて頂ければと思います。

 私個人は、伝統的にある種の規制に守られてきた(と同時に、規制に伴う責任も一定程度は果たしてきた)町弁業界の一員ということもあり、業界立場的には慎重派か?と思いつつ、盛岡に地縁も血縁もなく、実力勝負の競争社会であれこれ藻掻いている身としては、自由競争を重視する勢力にシンパシーを抱く面も大きく、一体何が正しいのやらというのが正直なところです。

 とまあ、長々と書いた割には、ありふれたことしか書いておらず(考えを整理するためのもので、目新しいことを書こうとして始めたものではないとの言い訳もありますが、具体的なことを述べよと言う自分自身が抽象論に止まっているのは情けない限りです)、ここまで読んで下さった方がおられましたら、どうぞご容赦下さい。

2011年11月6日(日)
事業失敗の想定とリスク対策の必要性

 10月10日の日経新聞の記事に、自治体が誘致した工場が業績不振のため短期間で撤退した際、自治体が交付した補助金を巡って自治体と企業との間で紛争になる例が少なくないとの記載がありました。

 私も、勤務弁護士時代、これと似たような案件を経験しています。具体的には、顧問先の担当の方から、「上司が取引先の勧誘に乗り販売促進のキャンペーン事業をすることになったが、そのキャンペーンは失敗し、販促用のグッズが大量に余ると危惧される。それなのに、取引先から持ち込まれた契約書では、グッズの経費はすべて当方持ち(全部購入)となっており、改善できないか」という内容でした。
 そこで、一定の場合分けをし、大量に余った場合には買い取らないという類の修正案(文言)を提案したところ、取引先は、キャンペーンを勧誘した手前もあり、その条件に応諾しましたが、実際に事業を開始すると、当方のご担当の予想どおり大量の在庫が余剰し、顧問先は無事にその引取を免れたということがありました(当事務所サイト「取扱業務実績」欄でも紹介しています)。

 このように、リスク性のある事業を始める場合には、可能な限りリスクを想定し、それぞれの事態で誰がどのようにリスクを分担するかを前もって取り決めておかないと、後になって不合理な負担を強いられる恐れが高くなるのは必定で、冒頭の記事でも、そのような事態が生じている自治体もあるのではないかと仄めかされています。

 自治体の場合、補助金の返還が請求可能なのにこれを怠れば、住民訴訟による責任追及の対象になりますし、会社とて、代表訴訟のリスクと無縁とは言えません。
 こうした報道を目にする都度、こうした契約・取引の開始にあたっては、事業に想定されるリスクを徹底的に分析いただくと共に、各リスクに応じた合理的な損益分担のルールについて、弁護士の支援を得て、訴訟に至った場合の立証責任なども視野に入れた合理的かつ賢明な条項を契約書に明記する習慣を確立いただきたいと思わずにはいられません。

2011年11月5日(土)
温泉での転倒防止対策と裁判

 岩手県内の某温泉ホテルの大浴場内で、平成21年に日帰り客が転倒事故で怪我を負ったとしてホテルとの間で訴訟が起き、平成23年3月に盛岡地裁の判決がなされた事件があり、判例タイムズ1353号158頁で内容が紹介されています。
 結論として、ホテルに賠償責任を認めつつ、被害者(利用客)にも過失があった(過失相殺4割)とし、54万円強の支払義務を命じています。

 この判決の核心部分は、転倒が生じた階段部分が、大浴場の他の箇所より転倒し易い床材を用いていたのに、注意喚起や手すりなどの防止措置を講じなかったという点にあります(滑りにくい場所から滑りやすい場所に移動した際、滑る可能性を意識しづらい結果、予期せずして滑る可能性があるという点を重視した模様)。
 事故後の対応に関する問題なども含め、温泉施設を経営する方にとっては(温泉で転倒しそうな方にも?)、参照価値が大きい裁判例ではないかと思われます。

 昨年の今頃は、「奥入瀬渓流で起きた落枝事故を取り上げるシンポジウムで判決の解説をして欲しい」とのご依頼をいただき、簡単な報告をしたということがありましたが、今年はこうした講師等のご依頼を受ける機会に恵まれていません。
 講師等の仕事(料金)は事務所経営者にとってはペイする額にはならないのが通例ですが、様々な方と知り合うことができる良い機会になりますので、残念に思っています。
 例えば、県内の業界団体で「業界に関わる最近の法改正や裁判例などを幾つか解説して欲しい」などというお話があれば、自分の勉強がてら喜んでお引き受けしたいところです。
 それこそ、土日の温泉宿泊付きの会合にご招待いただけるのでしたら、講師料タダでも全然OKなのですが…。

10月
2011年10月28日(金)
被災瓦礫の火災等に伴う環境リスク

 先日、山田町の被災瓦礫仮置き場で数日間、火災が発生するという事件が起きました。
 震災以前にも、不法投棄現場や悪質中間処理業者の施設内などで自然発火による廃棄物の火災が生じることは珍しくありませんでしたが、そのような場合、ダイオキシンの発生が確認ないし指摘されることが少なくありません。
 山田町の火災はもちろん、震災当日に沿岸各地で発生した火災でも、火災に伴う有害物質の発生や漏出の問題が危惧されますが、そうした報道に接しないまま現在に至っています。
 発生していないというのならそれに越したことはありませんが、仮に確認された場合には、それまで相当な調査をしていたのとそうでないのとでは、風評被害等の有無にも影響を及ぼすと思われます。
 性質上、国から補助金等を受けるに相応しい事業だと思いますので、汚染調査作業の必要を住民等から働きかけてもいいのではと感じます。

2011年10月26日(水)
被災難民の自己破産に対する自由財産拡張の行方

 10月9日、個人版私的整理ガイドライン運営委員会の本部と岩手弁護士会との協議会があり、参加してきました。
 岩手会の会員は自由に参加してよいとのことでしたので、私もガイドラインに基づく「支援弁護士」(ガイドラインの利用を申請した被災者のため各種アドバイスや書類作成や債権者との交渉の支援を行うもの)に登録し、事件の配点も受けているため、「協議会といっても、半分は支援弁護士向けの講習会のようなものだろう」と勝手に解釈し、日曜の気楽さもあって平服で行きました。
 ところが、会議室に入ろうとすると、委員会本部から、高木新二郎委員長(日本の倒産処理実務の最高権威クラスの方)や小林信明弁護士(我が国の「倒産専門弁護士」ではトップ級とされている方)、中堅世代で著名な先生方など高名なお歴々が出席されてドーンと鎮座しており、岩手会も、対策本部長の先生をはじめ震災対策やガイドライン実務に関する中心メンバーの数名の方のみ参加するに止まっていました。
 そのため、スーツでないのが私1人だけという情けなさも相俟って、そそくさと逃げようとしたのですが、某先生に帰るなと言われ、仕方なく参加してきました。

 で、せっかく参加したので、先日、陸前高田の出張相談の際に、「住宅を購入しローン返済をしていたが、津波で自宅を喪失した案件で、ご家族の生命保険金など相当の被災給付(金融資産)がある(但し、残ローン全額を返済するには至らない額)ことから、被災者向けの自由財産拡張の有無・程度が議論の対象となりうる例」について相談を受けていたため、当該論点における運営委員会の議論の現状などを質問してみました。
 しかし、残念ながら、この論点(従前から、自己破産において事実上広く認められてきた「99万円までの金融資産及び差押禁止財産は手元に置くことができ、それ以上の資産は原則換価」というルールを超えて、「99万円を上回る金融資産(但し、義援金・支援金など法定の差押禁止財産を除く)につき、どこまで自由財産拡張が認められるか=自己破産等の債務免除手続をとった被災者が再建資金として手元に残しておくことが出来るか」という論点)については、ほとんど議論が深まっておらず、「債権者=金融界の立場からは、裁判所の倒産実務(個人向け倒産処理)で当該拡張が認められた前例が出現するのでなければ、ガイドライン実務でも普及・浸透する(債権者から承認を得る)のは難しいだろう」という趣旨のご返事をいただくに止まりました。
 その上、そうした論点を伴う自己破産事案が申し立てられ裁判所の判断がなされたという話も、現時点では報告されていないとの説明もありました。

 実は、その会合の少し前に、上記の例とは別に、「津波で自宅を喪失し多額のローンが残存したため自己破産相当であるが、以前に契約した生命保険に関し少なからぬ返戻金があったり、被災に伴って漁業関係で共済金の支払を受けるなど、99万円を大きく上回る(もちろんローン全額には到底及ばない)金融資産がある方」について、自己破産の申立の依頼を受けていました。
 この事案の当事者(依頼者)は、ご高齢で病気もあり、震災で自宅も就労の基盤もコミュニティもすべて奪われ、先行きのないまま山間地の仮設住宅での不安定な生活を強いられるなど、「本件震災における津波の被害者の典型(いわば「被災難民」)として、様々な配慮がなされるべき方」でしたので、まさに、従前基準(99万円)を超える拡張がどこまで認められるか正面から問われる事案でした。
 そのため、申立の本格準備に取りかかる前に、上記会合で何某かの知見をいただけないかと期待する気持ちもあったのですが、上記のとおり、前例や議論の集積のない中で正面突破をせざるを得ない恐怖を感じずにはいられませんでした。
 正直、ガイドライン実務の展開如何では、自己破産そのものを回避できる余地もあるのではないかと考え、少し時間を置くべきか悩んでいました。
 が、上記の議論なども含め、待っていても制度・実務が大きく改善される期待は持てず、それくらいなら、一刻も早く問題を解決したいとの依頼者の希望を優先すべきと考え(そもそも、倒産案件では必要な準備が整ったら速やかに申立すべきが原則で、徒に時間稼ぎをすべきでないとの本則もありますし)、依頼者にもそうした悩みを一通り説明の上、申立に踏み切ることにしました。

 かくして、本件の事情や従前からの拡張に関する議論を整理すると共に、漁業関係の共済金は差押禁止規定の直接又は類推適用が認められるべきこと等も論じた自由財産拡張申立書を添付した上で、「この事案は、被災者の倒産処理に関するリーディングケースになる可能性があるから、これを判断するに相応しい方を管財人に選任されたい」と付記して、先般、盛岡地裁に申し立てました。
 すると、ほどなくして、裁判所から手続開始の連絡があり、上記の要請に応えたと言うべき大物の先生が管財人に選任されました(さすがにお名前は伏せますが)。

 これから、しばらくの時間をかけて、管財人と裁判所による自由財産拡張の是非を巡る判断がなされると思いますが、その結果如何では、今後の被災者向け倒産実務に少なからぬ影響を与えることもあるかもしれません。
 この文章をご覧になった方で、「過去、災害やそれに類する被害に直面した方が自己破産申立をした際、99万円枠を大幅に超えて自由財産が認められたことがある」とか、本件と同時期に申し立てられた事件で、そのような処理が認められた例などをご存知の方がおられれば、ぜひともご教示いただければ幸いに思っています。

2011年10月10日(月)
小沢氏記者会見と弁護士就職難の解決策

 社会の耳目を集めている小沢一郎氏の刑事裁判ですが、先日、小沢氏が期日後に記者会見をした際、記者が国会での釈明を要求したところ、小沢氏が「そのような要求は三権分立に反するのではないか」と反駁し、記者がそれに反論できずに押し黙ってしまうという一幕がありました。

 仮に、私がその記者で、「小沢氏は国会で釈明をすべきだ」という強い信念を持って質問に及んだとすれば、次の考えを要約する形で、小沢氏に反論したと思います。
 すなわち、刑事法廷と国会(証人喚問や参考人招致)とは三権分立のもとでの役割がまったく違い、そこで質問されるべき事柄や回答されるべき事柄は、基本的に異なる内容のものであるべきで、証人喚問等(の根底にある国政調査権)の趣旨に即して質問され回答されるべき事柄があれば、刑事被告人であっても国会が喚問等をするのは何ら間違いとは言えません。

 まず、刑事法廷は、当該被告人(小沢氏)が、検察官が主張する公訴事実に該当する事実があるか(起訴対象とされた犯罪が成立するだけの事実があるか)を、徹底的に究明すべき場であり、検察官の捜査を踏まえ、裁判官が判断する上で重きを置かれる事項について、こと細かい質問等がされ、被告人たる小沢氏は、黙秘権など防御権とのバランスを考えながら、これに答えていく(べき)ことになります。
 当然ながら、その中では、検察官が犯罪立証のため必要な事実を明らかにする適法な訴訟活動と、刑事訴訟の制度や趣旨に添った小沢氏の被告人としての防御権行使の双方が保障されなければなりません。

 これに対し、証人喚問や参考人招致(国政調査権)は、犯罪の成否を明らかにすることを目的とする制度ではなく、議院に与えられた権能(立法権や予算審議権等)を実効的に行使するため必要な調査をすることを目的とした制度とされています(補助的権能説。通説)。
 このような観点からすれば、「政治資金規正法の法改正に必要な立法事実を調査、究明する趣旨の調査」をする目的で、同法違反の刑事被告人たる国会議員の証人喚問を求め、その目的に見合った質問等をすることは、三権分立に何ら違反するものではありません。むしろ、刑事手続とは違った観点から、規正法のあり方について国民の理解や議論を深めるような議論がなされるのであば、刑事手続と国会の双方で事件の検討がなされることは、三権分立の理念に沿うものとすら言えるでしょう。

 とりわけ、小沢氏は、国民の信託を受けた代表者(国会議員)であるだけでなく、強制捜査の開始当時、次期選挙で政権奪取が予測された有力政党の実力政治家であり、多数の議員(しかも現在の与党)に影響力を有する存在であることは議論の余地がありません。
 そのような立場にある方が政治資金を巡って捜査対象となったこと自体、政治資金を巡る統治システムのあり方を問い直す立法事実となるのではないかと国民一般が感じるのは当然とも思われ、その事件を踏まえた現在の政治家の政治資金を巡る諸問題(規制のあり方なども含め)について、当事者である小沢氏の出席を得て、規正法改正などの必要性を基礎付ける立法事実の有無に関する事実の究明や、それに関する国会議員同士の議論が国会の場で尽くされることは、国民の期待するところではないかとも思われます。

 よって、このような場が実現した場合、質問者(国会議員)からなされるべき質問の内容も、刑事訴訟の尋問の真似事になるのではなく、国政調査権の趣旨に添った内容でなければなりません。
 例えば、事件の争点(本件なら共謀の成否など)に関する裁判所の判断の当否に関わる細部的な事実を尋ねる質問は不可とすべき(刑事手続に委ねられるべき)で、ある程度争いのない事実関係をもとに、規正法の改正の有無についての議論を深める端緒となるような事実を尋ねる質問などが、相応しい質問と言えるのではないかと思われます。
 上記の観点から、政治資金に関する政治家としての見識を問うような質疑応答(質問者との議論)もあってよいのではないかと思います(訴訟でも、一定の場合には議論に亘る質問が許容されるように、小沢氏の上記立場に則せば、国民は小沢氏と他の国会議員が、政治資金等のあり方を巡り国会の場で論戦を交わすことを期待していると言えるのではないでしょうか)。

 要するに、犯罪を構成する事実の有無の究明(立証)を目的とする刑事訴訟と、民主制の過程の質を高めることを目的とする国政調査権とでは、明らかにされるべき事柄も斟酌されるべき理念・利益もまったく異なりますので、国政を巡って国民の注目を集める立場にある小沢氏が、「刑事訴訟中なので証人喚問等がなされるべきでない」との主張を、三権分立を理由に述べることは間違いと言わなければならないと思います。
 もちろん、小沢氏が、三権分立などという言葉を持ち出さずに、「どうせ、国会(野党)の連中は、そのことを理解しないままレベルの低い質問しかできないから、時間の無駄だ」とか「本件は、そもそも政治資金規正法の改正などの議論の素材として取り上げられるべき事案ではない(献金等ではなく個人の預金で不動産を買っただけの話だ)」「他の政策課題の方を優先すべきだ」などとと主張するのであれば、法論理的な意味で間違いとは言えないと思われますので、あとは、どちらの見解が採用されるべきか国民が価値判断すべきことになるのだと思います。
 なお、以上に対し、刑事訴訟中に刑事被告人を証人喚問等するのは当然に憲法違反との見解もあるようですが、少数派(この見解は異端説である独立権能説=国会万能説に立脚する模様)というのが、ざっと文献を見た限りでの私の印象です。

 で、どうしてこんな話を、無党派(権力闘争への無関心)層の私が延々と書いたのかというと、小沢氏の国会招致云々以前に、「三権分立だから国会での説明を要求するのは誤り」などという主張は、憲法を真面目に勉強した人間なら直ちに一定の反論が可能のはずで、国民からすれば、その程度のことでダンマリになるレベルの記者に、小沢氏ほどの人物に質問をさせる役割を与えないで欲しいと思うのです。
 憲法や統治の制度に関わる事柄が質問のテーマになるのなら、マスコミも、その点に関する適正な素養をもった人間に質問を担当させ、反論すべき回答があれば即座に反論できる(そのことで、国民の認識を深め良質の議論を誘発させる)ようでないと、国民の付託に応えるメディア活動を行っているとは到底言えないでしょう。

 最近も、記者がおかしな質問や不穏当な態度を見せて送り手(記者会見の当事者)も受け手(国民一般)も互いに失望するという事態は多数生じています。
 現在、国民は政治だけでなくマスコミにも不信や失望を少なからず抱いていると思いますが、そうした事象の蓄積の上に生じているということが銘記されるべきだと思います。

 と同時に、現在、弁護士業界は若手の大激増に伴う人余り(ペイする仕事を真面目に働く弁護士全員に行き渡らせることができない)の状態が生じているため、上記の程度なら、マスコミ各社が若い弁護士を採用し、社員弁護士兼記者として質問に立たせるべきと感じずにはいられません。
 日弁連も、人(合格者)減らしに執心するだけでなく、そうした現象を巧みに利用し、「だからこそ弁護士を、法的パフォーマンスが要求される様々な場面に活用すべきだ」といったキャンペーン(営業努力)を行って欲しいものです。

2011年10月5日(水)
新人弁護士過剰問題と弁護士費用保険

 この日、クローズアップ現代で、司法試験合格者(新人弁護士)の急増に伴う諸問題が取り上げられていました。
 しかし、ブログ著名人の弁護士の方々が投稿されていたように、焦点の定まらない、何を求めているのか訳の分からない(国谷さんの咳き込みしか記憶に残らない)番組になってしまっていました。

 合格者数激増問題で業界で多数派を形成している(と思われる)考え方を私なりに要約すると、次の諸点から、年間合格者を(1000~)1500名程度に絞るべきとのものかと思います。
 ①500人程度しか合格者がいなかった時代(10年以上前)はともかく、1500人程度の合格者数を確保した数年前から、弁護士の一般的な量的ニーズはほぼ満たしたと言える
 ②ここ十年前後に社会の耳目を集めた「グレーゾーン金利問題に伴う債務整理特需」は法改正等により終焉に向かっており、現在はそれ以外に弁護士に対する大きな社会的ニーズは生じていない。
 ③よって、新人の大半が一般的な弁護士事務所に就職するのは困難な状況になっており(経営サイドが勤務弁護士の報酬に見合う収益や受注を得られていない)、企業等の弁護士の従業員採用ニーズも依然として低い。

 私も、上記の考えに特段反対するものではないのですが、他方で、「低負担で弁護士のサービスを受けたいニーズ」は社会内にそれなりにあり、これと、「弁護士業務は基本的にオーダーメードで、高度に知的作業を伴う(事務所や業務水準維持等の負担も軽くない上に、資格を得るまでの労苦や投下費用から、一定の待遇=売上を確保したい)」との弁護士側の言い分を両立させるための工夫や試みが、もっと必要ではないかと思っています。
 とりあえずの結論として、私が推進を期待しているのは、弁護士費用保険(委任費用保険)の普及です。

 現在、一定の事故などに関する保険に、メインである賠償責任保険の特約として、弁護士費用保険が付されており、私も、少し前から、物損のみの比較的軽微な交通事故などで、弁護士費用保険を利用する方からの事件受任を数件ほどしています。
 物損のみなど軽微な交通事故では、被害額(ないし加害者への請求可能額)が数万円~数十万円に止まることが少なくありませんが、加害者から適正な対応が得られない場合、これを弁護士に依頼すると、経済的利益(請求額)が軽微でも、その実現のためには長時間の作業を必要とするため、弁護士が、依頼者が満足可能な水準と採算の双方を確保する仕事をするには、10万円を優に超えるレベルの費用をご負担いただく必要があることが通例です(ですので、こうした事案は、弁護士費用保険が導入されるまでは、社会の片隅に埋もれ、加害者から不当な対応を受けた被害者は憤懣やるかたない気持ちを抱えていたのが通例であったはずです)。
 これまでの経験では、弁護士費用保険は、まさに被害者(契約者)と弁護士双方のニーズをほぼ満たすものとなっており、もっと普及・活用されなければならないと思っています。

 なお、現在の弁護士費用保険は、未整備で要改善の点が多いと感じており、例えば、モラルリスク(無理筋の事件を無理に依頼・受任しようとすることの防止など)の観点から、一定の審査を行ったり、事件の性質等に応じて、一定額の自己負担を求めるなど(保険会社から委嘱された弁護士が第三者的な立場で審査する方式)、合理的な利用を確保するための仕組みを取り入れていく必要性は高いと思います。
 そして、弁護士費用保険は、交通事故などに止まらず、「自分の意思・行動では回避が困難である権利侵害リスク(近隣紛争や企業取引を巡る紛争などにも、そうしたものは幾らでもあると思います)」一般について、普及させることができれば(加入に対する社会一般の理解を得られれば)、かなりの需要を集めることができるのではないかと思っています。

 過去10年ほど町弁業界に特需をもたらしたグレーゾーン金利問題は、「①法の不備(特異な仕組み)を利用し社会内で栄華を極めた特定業界による国民所得の収奪、②その是正・救済を求めた一部の弁護士らの尽力、③業界側の所得の返還(過払金請求)を広く認めた最高裁判例」の3つが揃ったことで発生したものでした。
 このような特定分野に関する特需はしばらくは期待できませんので、今後は、「多用な潜在ニーズを有する需要者が低負担で適正なサービスを得つつ、真面目に仕事をする弁護士が経済的に正当に報われる仕組み」を自ら提案・構築し広めていく努力が、弁護士業界には求められるのではないかと思っています。

 もちろん、そうした仕組みは保険に限りませんので、様々な試みが需要と供給の双方のサイドから行われるべきで、当事務所でも、様々な分野に積極的に取り組んだり、町弁業界では普及していないタイムチャージ方式を事案に応じて修正しながら取り入れるなど、幾つかの模索をしているつもりです。
 クローズアップ現代でも、現在の問題を紹介して「困ったね、おしまい。」とするのではなく、そうした「業界をまっとうに活性化させるための新たな試み」をこそ、もっと取り上げていただければと思います。

2011年10月4日(火)
義援金等を世帯ごとに支給することは適切か

 9月から、岩手弁護士会が、陸前高田市の高台の住宅地(以前に仮設市役所等があった場所)に仮設相談所を設け、7月から同市内の小学校で行っていた被災者向け相談を改変する形で、継続的に無料相談を実施することになりました。
 岩手弁護士会では、同様の事業を大槌町や山田町でも行っており(但し、大槌は準備中で現在も公共施設で実施)、その他の沿岸自治体でも若手を中心に弁護士を動員して無料相談事業を行っており、少なくとも沿岸住民の方の無料相談ニーズにお応えするという点では、非常に充実した体制がとられています。
 私は、陸前高田の担当の1人として、原則月1回、同市に通うことになっており、この日はセンターが開設されてからは初めての担当日でした。
 
 私に限らず、ここ数ヶ月の被災地相談では、相続関係にご相談が集中しているのですが、この日も同様でした。
 大概は、既存の制度を踏まえて事案なりの道筋を示せば足りるものですが、既存の制度では救済できないケースや、救済の制度に弾力性が足りないことで、かえって不満や紛争を誘発しているケースの相談を受けることがあり、色々と考えさせられます。
 その典型が、世帯ごとに支給する扱いとなっている(世帯を代表する個人に支給され、その後の分配等については何らの定めもない)現行の公的給付(災害弔慰金、再建支援金、各種義援金)の分配を巡る親族間の諍いです。

 一例として、「津波で死亡(認定)された方(例えば夫)について、ご家族(妻子)に義援金等が支給されたが、生前に妻子と不和になっており、妻子は遺体の引取や葬儀などを行わず、生前から犠牲者と親交があり生活の面倒も見ていた親族(夫の兄弟など)が不憫に思って無償で肩代わりを余儀なくされるケース」について相談を受けることが複数ありました。
 そうした事例では、実質論だけで言えば、親族側に一定の手当(義援金等の一部の引渡等)が認められるべきではないかと思われますが、仮に紛争になったとしてそれを適正に処理しようとすれば、現行法の限界(いわば不備)や立証の問題も含め、相当のハードル、労力を要すると思われます。

 可能であれば、現行法の支給総額(弔慰金等の額)はとりあえず固定した上で、その支給や分配の方法に関し、家庭の様々な事情に応じて調整をするような制度を構築し、上記のケースでは、妻子への支給前に親族側の申立により一定の金員を親族側にも分配できるようにすべきではないかと思います。
 この場合、個別の紛争に大きなマンパワーを用いることは困難ですので、一定の基準(ガイドライン)を策定した上で、それでも当事者の合意が得られない等の場合にはADR(仲裁)等の形で分配を決する手法が取られるべきではないかと思います。
 いずれにせよ、弁護士など支援者サイドと当事者サイドが、現状の問題点について、もっと声を上げていくことから始めるべきかと思います。

9月
2011年9月29日(木)
東京都が岩手県の災害廃棄物を受け入れる意義

 この日のニュースで、東京都が、岩手県の災害廃棄物を受入を表明した(但し、費用は全面的に岩手県の負担)こと、これを巡って一部の都民が苦情を申し入れているという報道がありました。
 通常であれば、受入を了承いただいたことを感謝し、排出側が費用負担をするのが当然ですが、東京(首都圏)と岩手との間には、廃棄物を巡って過去に因縁があることも知っておくべきです。

 すなわち、かつて、首都圏など全国各地から膨大な廃棄物が青森県境経由で勝手に岩手の山中に持ち込まれたという事件(岩手青森県境不法投棄事件)が平成11年に発覚しています。そして、同事件では、岩手県はさしたる落ち度も受益もないのに、80億円超の県税負担(他、120億円超の国税)を背負って原状回復を行う一方で、廃棄前の主たる受益者である首都圏側には原状回復の負担がないという理不尽が生じました。当時の増田知事は、東京などに費用負担を呼びかけましたが、石原知事らに一蹴されたことは、当時悔しい思いをした岩手人なら今も覚えていると思います。

 県境事件では、法的には困難であるにせよ、少なくとも道義的には首都圏側も原状回復の負担に応じるべきことは間違いありません。
 そのことを考えれば、首都圏はその引き換えに、無償で災害廃棄物の受入に応じるべきだという意見もありうるところです。
 謙虚?な岩手人には、そうした発想は馴染まないのかもしれませんが、少なくとも、廃棄物受入に苦情を言い立てる一部の都民に対しては、そうした過去の出来事も勉強して欲しいと思わずにはいられません。

2011年9月26日(月)
県議の役割と選挙のあり方

 9月11日の日記(知事選・県議選について)を、フェイスブックの方にも投稿してみたところ、ある県議さんの選挙支援に携わっていたJC仲間の方から、「ある県議の選挙戦を支援していたが、後援会の幹部である長老からは、余計なことを言わず黙って頭を下げろと怒られ、選挙カーで名前を連呼するような活動が中心になってしまい、政策を展開する選挙活動をしたくとも、ほとんどできなかった」とのコメントをいただきました。
 選挙の現場で、見返りを求めず候補者への信頼だけで頑張っている方が、ご自身が理想と考えている支援活動ができず、悔しい思いをされた結果のコメントとして、私のように蚊帳の外の安全圏で傍観しているだけの人間よりも、遥かに言葉に重みがあると思いました。

 政治家に限った話ではありませんが、熱心な支援者やそれに近いところにいる方々にとっては、候補者の個別的な主張(政策)内容以前に、「とにかく、その御輿を懸命に担いでいくだけのインセンティブが持てるか(周囲に持たせられるか)」が関心事だったりするわけで、その中で、各人の考えや実体験などに即して、「政策云々よりもまずは握手、挨拶だ」という話が出てくるのは、やむを得ない面があるとは思っています。
 「選挙の神様」小沢一郎氏が、民主党の若い政治家に「メディアで格好良く政策の話ばかりしても票にならん、地元をくまなく足で稼げ」という趣旨のことを述べたとか、ご自身も地元で宴会をハシゴし、何度もアルコールを吐き出しながら選挙戦を勝ち抜いたなどという話に接したりすると、マニフェスト選挙云々などと青っちょろいことを言っている自分が情けなくなる面がないわけではありません。
 ただ、一方で、そうした候補者を取り囲む熱気とは縁のない世界にいる、私のような「ありふれた無党派の一般市民」は、やはり、その候補者が社会のため何の役に立つのか=社会の役に立つだけの政策等を掲げているか否かを投票行動の最大の基準にしたいと思う方が、少なくとも現在では多数派になってきているのではないかとも思っています(願望を込めて)。

 なお、政策云々でなく、握手や挨拶の有無など候補者との個人的な接点の有無のみを投票判断の基準にしている人は、今も相当割合いることは確かだと思いますし、そうした方から投票を得るためには、政策を練るよりも選挙区内を練り歩く方が大事、となるのはやむを得ないことなのだと思います。
 私自身、個人的にお会いした議員などの方と挨拶程度の話をしたことはありますし、その際、さすが選挙の世界で生きている方だけあって、語り口もさわやかで好印象、その方に投票しないと申し訳なく感じるなぁと思わないではありません。
 しかし、JCでマニフェスト選挙云々を吹聴する活動をした手前?、さすがにそれではイカンと思って、候補者のHPなどを見て、「なんだ、抽象的に取り組みたい政策課題を書いてはいるが、具体的に導入すべき制度等の説明も財源も工程表も記載がないじゃないか、簡単には票は入れないぞ」などと、ひねくれモードに戻ったりしています。

 また、「政策よりも個人的な接点の有無で投票する」タイプの有権者の方ばかりを向いて政治家が活動した場合、先にあるものは、公の税金から報酬を受けているのに立法活動も法の趣旨に即した行政の監視も行わず、支持者の便宜を図るための口利き行為や利権漁りに終始する、悪しき政治屋へ堕していく道なのだと思います。
 私も、候補者・当選者が支持者等の相談を受け、法の枠内で口利きなどを行うことが否定されるべきものとは微塵も思いませんが、議員の本来の仕事が立法活動や行政の監視監督にある以上は、あくまで「オマケ」という位置づけにならなければならないと思います。
 そうした主従が逆転しているような議員や首長は、我々の税金で養われる世界から駆逐されなければならないと心底思います。

 と、ここまで抽象論をあれこれ書きましたが、候補者(政治家)の間近で支援活動に精を出している方々にも、伝統的な戦い方と並行して、候補者の政策を研ぎ澄まし、それをPRすることにも、もっと力を入れて頂きたいと思います。
 候補者が、抽象的に政策課題(一例として、「クリーンエネルギーを軸にした持続可能な社会作りと雇用の創出」といったもの)を挙げる場合にも、それを具体化する内容を、もっと有権者に説明いただきたいものです。
 例えば、(岩手での)クリーンエネルギーとは沿岸の海岸線上の風力発電か、今話題の海上風力発電か、地熱発電か、バイオマス発電か、それ以外なのか、それらは火力・原子力に比べ、コスト等で様々な難点が指摘されてきたが、それを克服する打開策は具体的に示されているのか、それらに関する雇用とは具体的にどのようなものか、単に発電所の建設作業員という意味か、発電等の事業の立案計画段階から事業全体まで県民が関与する=そのために必要な知的過程に県民・企業等を関与させるための実効性のある方策があるのか、財源や工程表(実施スケジュール)はどうなっているのかなど、論点(突っ込み所?)は色々とあるかと思います。
 残念ながら、地方選挙のレベルでは、選挙戦等の際に、そうした具体的な話を議員から新聞等でお聞きした記憶がありません。

 また、地方政治家のWebサイトを拝見しても、推進したい政策の具体的な内容などを明記していないものも少なくないと思われます。
 地元で地道な活動をされている方々に光を当て、支援されていることや、被災者支援などボランティア活動に邁進されていることなど、活動報告的な記載はよく見かけますが、それだけでは、地方政治家の活動としては十分ではないと思います。

 例えば、県議会議員で言えば、その存在意義(活動目的)は、立法(条例)や行政の監視監督にあるのですから、上記の事実の拾い出し・積み重ねを通じて、「○○という条例を作りたい、国に法律制定を働きかけたい」とか「県庁の○○部門に○○の政策を推進させるべく、予算確保のための活動を所属政党などを通じて推進したい」という結語(メッセージ)が明確に打ち出されるのでなければ、有権者が、「県議にふさわしい仕事を(しようと)しているんだ」と得心するまでには至らないと思います。
 そうした活動を繰り広げていただくと共に、県民から広くレスポンスを集め、「政策に支持・共感できるので、次は(も)ぜひ投票したい」という声を沢山集めていただければ、伝統的なやり方こそが当選の道だと信じている御大の方々にも、胸を張って相対できるのではないでしょうか。
 何もしていない人間が偉そうなことを言うのは恥さらしでしかありませんが、ご参考になれば幸いです。

2011年9月25日(日)
仮設住宅街が孤立コロニー化する危険はないか

 お盆休み以後、まったく家族サービスをしていなかったので、被災地の視察も兼ねて、浄土ヶ浜に連れて行きました。
 すると、日頃の行いのせいか、遊覧船ではウミネコに運を授かってしまいました。
 5ヶ月ぶりくらいの宮古でしたが、4月の鍬ヶ崎地区に散乱していた瓦礫はほとんど片付けられており、市街地には新築中の建物も散見されるなど、時の変化を感じさせました。
 
 帰路は岩泉(岩洞湖)ルートをとることにしたので、田老の中心部(津波で壊滅したエリア)を通りましたが、陸前高田の中心部と同じく、瓦礫が片付けられただけで、復興の芽も生じていない状態でした。
 ところで、その日のニュースで、グリーンピアの仮設住宅街に仮設商店街を開設したという話がありました。
 しかし、私が通りかかった際には、グリーンピアの入口(国道からの入り口)には、そうした表示はなく、この道の先に、多数の住民と商店街があることは、一般の通りがかりの人(国道を通過中のドライバー)にはまったく分からない状況になっていました。

 8月下旬に、かつて避難所があった陸前高田のキャンプ場(モビリア)に行き、敷地内に設けられた大量の仮設住宅群と仮設のスーパーを見た際にも感じたのですが、津波を免れ復興の中心となっている新たな市街地と遠く離れた場所に仮設の街が形成される場合、周囲から孤立するリスクを強く負っているような印象を受けました。
 そうした人里離れた場所に設けられた「仮設の街」が、被災を免れた地域の人々・社会と接点を失ったり、幹線道路を通行するような一般の人々と接点を持つことができる仕組みを欠く状態が続くと、仮設街に住む方々は、先の見えない閉塞感を抱いたまま生活するのを余儀なくされ、孤独死など個人レベルの問題から、仮設街を作ることで維持されていたコミュニティの崩壊など、様々な弊害を生じさせる恐れが高まるように感じます。

 仮設はあくまで暫定施設でしかなく、速やかに本来あるべき街に住宅や商店街などを再生していくのが本筋だろうとは思いますが、市街地等の再建の道筋が定まるまでは、現に形成された「仮設の街」と本来の市街地や新たな市街地を繋いでいくための工夫や構想も、強く求められていると思います。
 現状でも、幹線道路の入口に表示をすると共に一般の通行者を引き寄せる仕掛け(例えば、応援消費をしたくなるような、特産品の販売や地産地消レストランの仮設店舗等)をするなど、地道な取り組みがもっと必要ではないかと感じました。

2011年9月16日(金)
弁護士列伝

 先日、弁護士の検索・紹介サイト「弁護士ドットコム」が企画する「弁護士列伝」から取材要請を受け、本日、記事が掲載されました。
http://blog.livedoor.jp/bengoshiretsuden/archives/51288455.html

 他の先生に比べ、相当に癖のある内容になっているとは思いますが、以前から、自分が何のため、誰のために弁護士になり、馬車馬のごとく働き続けなければならないのか、考えたことを文章にまとめておきたいと考えていた矢先、取材要請を受け、質問事項をお盆前に提供されていたため、お盆休みを利用して一気にまとめ、そのまま記者の学生さんに文書でお渡ししたものです。
 「どうして弁護士になったのか」との問いに、安土桃山時代の戦争の話をするなどという途方もない阿呆は私くらいでしょうが、せっかく全国の方が目にするかも知れない?メディアに登場することになったので、九戸戦役の物語を世間に伝えたいという二戸人としての野望(笑)も兼ねたつもりです。
 息抜きの際にでも、ご覧いただければ幸いです。

2011年9月11日(日)
岩手県政界は有権者に価値ある選択肢を与えているか

 この日、岩手県知事選挙と岩手県議会選挙等が実施され、知事や議会勢力など主要な選挙結果については大方の予想通りとなった一方、投票率については、明確な争点がなかったことなどが起因して史上最低であったとの報道がなされました。
 私も、新聞をざっと見た程度のレベルですが、現職(達増知事)が県庁を動員して作らせた県庁の復興計画案を凌駕するとか、そこで描かれているストーリー(作成責任者の人柄を表しているのか、よく言えば堅実、悪く言えば面白味がない)とは異なる、オールタナティブの復興の物語(岩手の未来像やその設計図)を語っているようには感じられませんでした。
 まして、県議選に至っては、(これも、新聞や選挙公報レベルの情報しか接していませんが、)ご自身の立場(党派、出身地、年齢等)に即した抽象的なスローガンを掲げる程度に止まっており、各党・候補者が、「岩手の未来像に関する価値ある選択肢を提示する」という意味での具体的な施策を語っているとは感じられませんでした。

 今回の県議選は、主要党派のいずれもが勢力を伸長できず、低投票率と相まって勝者なき選挙と言われ、特に、地域政党いわての議席減が指摘されているようです。
 私個人も、多数派(かつての自民や現在の民主)より第三勢力にシンパシーを感じるヒネクレ?者のため、同党の政策などにそれなりに関心を向けていましたが、正直、彼らが新しい地方政府(統治)の形を示しているのか(示そうとしているのか)、今回の選挙では伝わってきませんでした。

 このように政策選択の面で閉塞感が生じる展開になると、平成22年の参院選で民主党が負けた(過半数割れ)一方で、事業仕分けで脚光を浴びた蓮舫議員が史上最多得票を得たように、政策選択というより個人の人気投票的(カリスマ選択選挙)な様相を帯びてくることになります。
 地域政党いわてが議席減となりつつ、同党所属の吉田けい子議員が盛岡選挙区で最多得票を得たというのも、この文脈で理解するのが賢明のように思われます。

 個人的には、同党のような第三勢力には、地方分権・地域主権などと、中央の存在を前提としたり、他政党と代わり映えのしないようなことを言うのではなく、河井継之助(by「峠」)などを見習って独立国構想でも提言し、日本政府をアテ(窓口)にせず、世界の表舞台に直接、支援やビジネスを訴えて打って出るような方法論を全面展開して県民にPRしてはどうですかと言いたくなります。
 (岩手の)民主党政権を見れば明らかなように、政権党になれば堅実な選択肢に行動が制約されますし、堅実なことだけを言うのであれば(堅実な選択肢しか執りうる手段がないと有権者に思われてしまうのであれば)与党で十分ということになってしまいます。

 「オールタナティヴな選択肢を提示することが無党派層に期待されている野党」は、もっと大胆な政策を提示すると共に、政権党になった場合に混乱を回避しつつその理念を現実に浸透させていく戦略戦術を練ることに励んでいただきたいと思います。
 少なくとも、意図的に過激な提言をして問題提起し、(善解すれば)落としどころを探しつつ、現時点でどこまで改革できるかを模索している(ように見える)大阪府知事が、府民からコンスタントに支持を受け続けていることに、岩手の政治関係者も学ぶ必要があるのではないかと思います。

 そんなわけで、このような政策的に閉塞感が漂う状況下で、投票だけは行くようにと言われても、「お前も団体の一員なんだから、どんなにつまらないものであっても団体が開催するイベントにはとにかく参加しろよ」と言われているようにしか感じられません。
 投票率の向上を呼びかけたり、その低下を嘆く方々は、県民に呼びかけるよりも、イベントの質の向上という点から、参加意欲をかき立てる方法を考え、実践すべきです。
 例えば、有志で政策分析チームを作り、岩手日報などと協力して候補者間で方針が鋭く対立するような争点を調査・設定したり、それに対する各人の主張などを闘わせる場を設けるとか、候補者同士が激論を交わすような本当の意味での公開討論会(JCがやっているような単なる政見発表会ではなく、朝生や日曜討論のようなガチンコ対決もの)を開催してTV等で中継させるとか、色々なやり方があるのではないかと思います。

 また、そうしたものを充実化させるためには、候補者らがより政策提言を深化せざるを得ないような仕組みを構築する努力も必要だと思います。
 私は、国政であれ地方自治であれ、公職選挙者たる者、自身の政策を練り上げるためのシンクタンクを持ち、日常的に国民・住民との政策的対話・討論を繰り広げていくべきだと思っています。

 ただ、一部の国会議員など恵まれた立場の方を除けば、個々の議員が専業の政策スタッフ集団を養うのは我が国の現状では無理な話ですので、当面は、ボランティアの勝手連シンクタンクを作るしかありません。
 そのためには、個々の議員や支援者がシンクタンクのスタッフ(政策参謀)たりうる人間を探し、社会・地域の実情に即した具体的な提言やそれを実現するためのロビー活動などを随時行い、それが有権者からの得票につながるような仕組みを構築すべきでしょう。
 少なくとも、私が数年間、JCなどで岩手の方々と関わりを持った限りでは、そうした仕組みの担い手となる有為の人材は、在野に幾らでも埋もれているように思われます。

 野田首相は膨大な数の辻立ち演説で名を上げましたが、私が沿線住民として首相の姿を垣間見ていた人間であったなら、労いの言葉だけでなく、逸材が路傍でスピーカーまがいのことをしなければ代表者に選出されないシステムは改められるべきなどと、余計な言葉もかけてしまいそうな気がします(辻立ちが政治家を鍛える、という面はあるとは思いますが)。
 肉体労働の量や握手の数ではなく器量・実行力も含めた政策の質で、政治権力を行使する代表者が選出されるシステムが構築されること、それを許容・必要とするだけの民度の向上が図られることを願ってやみません。

2011年9月5日(月)
日本再安値?の顧問弁護士

 今年になって行っていたWebサイト改訂作業の一環として、顧問契約(顧問弁護士料)に関する新機軸を打ち出すことにしました。
 個人・法人問わず、月額3150円で顧問契約(顧問弁護士)を導入できるというもので、弁護士会の報酬会規の法人顧問料が月額5万円(岩手では月額3万円が多いとも聞いています)であることから、相場よりも大幅に値引きした価格ということになります。
 どのような意図でこのような価格を設定したのか、「ご案内」欄で詳細にご説明したいところですが、かねてより事務局長から「文面が長くなると誰も読まなくなるから不可」と厳しいお達しを受けているため、ここで述べることにします。

1 新コース設定の経緯
 私は零細企業経営者の子弟のはしくれであると共に、真っ当なビジネスをする企業が盛んに活動することが社会を成り立たせる基本と考えていますので、中小・零細企業の経営をサポートする類の仕事には相応の意欲を持って取り組んでいます。
 東京時代には、勤務先事務所に様々な顧問先企業がありましたので、そうした意欲を充足できる多くの仕事に巡り会いましたが、岩手に戻った後は、私が盛岡に地縁・血縁がないに等しく、依頼される事件の大半は、弁護士会や行政機関主催の相談会などでお会いする方の多重債務や家族関係の紛争など、個人的なものばかりで、企業活動をサポートする類の仕事をご依頼いただく機会はめっきり減ってしまいました。

 幸い、まったくご依頼がなかったわけではありませんが、その多くは、他の先生(弁護士)などからご紹介いただいたり、弁護士会の相談センター等でたまたまお会いしたというのが通例で、依頼者たる企業の方が直接に私(当事務所)にアクセスされてきたということは、この7年間、滅多になかったと感じています。
 現在、当事務所と顧問契約を結んでいただいている企業さんの数も、恐らくは私と同程度の実務経験(10年超)を有する弁護士の一般平均を遥かに下回る数と言わざるを得ないでしょう(人脈云々以前に、顧問先の獲得に最も必要と思われる「カリスマ性」の欠如が最大の要因というべきかもしれませんが)。
 JCなどで多少とも垣間見る限りの印象ですが、盛岡(岩手)でも、少なからぬ企業さんが、県内又は仙台・東京の弁護士と何らかの繋がりを持っていたり、容易に弁護士の紹介を受けることができるルート・人脈等をお持ちのようで、インターネット(Webサイトを掲げている事務所)を弁護士探しの主たるツールとして活用しようという方は、あまり多くはないようです(意思決定を司っている社長さんなどが、ご高齢という面もあるかもしれませんが)。

 そうしたことから、企業(とりわけ、地元に広範な人脈を持ち、従前から弁護士を利用してきた企業)の方々から依頼を獲得していくことは、岩手に戻って7年を経た今でも、容易ならざるという印象を受けています。
 また、私のように地縁・血縁のない人間が、異業種の方々との人脈を作るには、例えば、JCのような様々な業界の方が集まる夜の会合などに参加していかなければならないとは思いますが、極度の残業体質の上、あと数年は家庭の事情で夜間に身体を空けるのが難しいのが実情です。

 もちろん、企業活動と関係のない純然たる個人・消費者向けの仕事が嫌だというわけではまったくなく、個人向けの仕事であればこそ実現できた法的正義・利益・充足感などは沢山ありましたし、今後も個人向けの仕事に多くの力を注いでいくことは間違いありません。
 ただ、弁護士活動を通じて地域社会の全体に貢献するという初志からは、個人向けの仕事ばかりに比重が強くなるのは望ましくなく、個人向け・企業団体向け双方の業務を一定のバランスを保って受注できる事務所であるべきだと思っています(また、一方の仕事を経験することが、他方の業務にも大いに生きてくることは当然です)。

 というわけで、「夜の会合による人脈づくり」以外の方法で企業関連の人脈を作ったり、ご依頼をいただく機会を作ることができないか模索しているのですが、名案も浮かびませんので、さしあたり、「この弁護士は色々な仕事を手がけてきたようだから、話だけでも聞いてみようか」と関心を持って頂けるような内容にしようと、事務所サイトで「取扱実績」欄を増設するなどしていました。
 そんな中、先日たまたま手にしたビジネス雑誌で、東京の若い弁護士さん達が経営している事務所(ベリーベスト法律事務所)が、「月額3980円の顧問契約を導入した」として、大きく取り上げられていたのを目にしました。
 私自身、以前から、「実際のご利用があまり多くはない企業から月額で数万円の顧問料をいただくのは、弁護士の不労所得に等しく、合理的ではないし、そのような契約は長続きしない。ただ、来所相談をする必要が生じることは滅多にないという企業でも、ちょっとした相談を気軽にできる顧問弁護士は欲しいというニーズはあるだろうから、そのようなニーズに応えるサービスを提供できないだろうか」との思いがありましたので、その記事に得心するところが大でした。

 というわけで、今回、従前から設定していた顧問契約(プラン)とは別に、「月額3150円+受任時の1割引」というプランを新設した次第です。
 ネットでざっと調べた限りでは、ベリーベスト法律事務所の「3980円」よりも低い単価で顧問契約を謳っている事務所はないようですから、私(当事務所)は、現在のところ、「日本で一番安い値段で顧問契約を引き受ける弁護士」ということになるかもしれません(ちなみに、「神田のカメさん」というユニークな弁護士さんが顧問料ゼロ円と告知されているのも拝見しましたが、値段がついていないので、「最安」という概念には当てはまらないでしょう)。

2 新コースの目的
 この新コースの主たる目的は、サイトにも表示しているように、たまには弁護士に電話やメールでちょっとした相談をしたいことがあるという方が、従前よりも安価な値段(顧問料)で気軽に問い合わせ等ができるようにしたいとのニーズにお応えする点にあります。
 また、そうした簡易なやりとりの中で、法的観点からささやかなアドバイスをして紛争予防・アドバンテージ獲得につなげていただいたり、ご自身が気づいていない大きな問題を指摘し、実際にはすぐにでも本格的な事件として動き出すべきだ、とお伝えすべきこともあると思います。
 早期のご相談→合理的タイミングでの事件依頼→手遅れの防止というサイクルを中心に考えており、「事件依頼の場合の1割引」という定めも、そうしたサイクルを機能させたいという観点(インセンティブ)から設定しているものです。
 ですので、事件依頼・来所相談の必要がある場合に支障なくご来所いただける方(岩手の方や盛岡へのアクセスに難がない隣県等の方)を顧客層として想定しており、「全国展開」するようなサービスではないと考えています。

 なお、これまでの経験等から、「個人事務所を構える町弁のタイムチャージの採算に関する一般的なデッドライン(最低単価)は時給2万1000円」と考えておりますので、月額3150円(年額3万7800円)という価格は、「年間2時間弱(月に平均1回、1回あたり電話・メール等で10分程度)の相談等のご利用」に相当するものと位置づけています。そのため、それ以上のご利用がある場合は、原則として追加料金をお願いするか、他の契約類型への切替をお勧めすることになると思います。
 この程度のご利用なら、普段なかなか弁護士に相談することはないという中小・零細企業或いは個人の方でも、一定の実需はあるのではないかと考えての設定です。

3 伝統的な顧問契約との異同など
 伝統的な顧問契約の相場よりも遥かに低い値段ですが、従前の顧問契約の価格破壊を目的とするものではありません。
 むしろ、来所相談等は割引をしているとはいえ有料とさせていただきますので、「顧問先の相談は無料」といった契約類型とは、異種のものと言えます(当事務所でも、従来型の顧問契約もタイムチャージと組み合わせる方式でお引き受けしています)。
 敢えて言えば、「毎月数万円の顧問契約をしているが、実際にはさして利用がなく、このような形態で顧問契約を続けることに疑問を抱いている企業」にとっては、「いざというときに弁護士への迅速なアクセス等を確保するため、顧問契約だけはしておきたい」とのニーズを、よりリーズナブルなコストで確保しうるという点で、価格破壊的要素はあるかもしれません。
 ただ、それは、従前の顧問契約(弁護士)に、実働を伴わない顧問により不労所得を得ている面があったこと自体が間違っているというだけのことであって、「あるべき価格を不当にダンピングする」という意味での安値競争とは異なるものです。

 念のため補足しておきますが、顧問契約を締結している多くの弁護士が、不労所得を貪っているというわけではありません。ネット上で検索いただければすぐにお分かりのとおり、伝統的に、一般的な弁護士の顧問契約が「月数万円の顧問料を支払えば、相談等は原則時間無制限」となっているため、相当量のご利用があれば、十二分に元が取れるようになっており、そうした利用をされている方も沢山おられると思います。
 しかし、このような仕組みだと、盛んに利用(相談等)をした方とそうでない方とで実質的に大きな不公平が生じてしまいます。さりとて、伝統的にドンブリ勘定体質を持つ弁護士業界で、「利用実績のない顧問先には顧問料を返金」などといった手法が普及するとも思えません。
 毎月、帳簿類のチェックという明確な実働が伴う税理士さんの顧問業務と異なり、弁護士の顧問業務は、相談等の実需がないと機能しにくい面があることは否定できません。そのため、「利用の有無に関係なく頂戴する顧問料」の部分はなるべく減額し、他方で、多くのご利用のある顧問先には、顧問契約をせずに利用される依頼者よりもメリットがある(割引サービス)という形で顧問契約を再構成していくのが、これからの顧問弁護士に関する一つの望ましい姿ではないかという印象を受けています。

 なお、「定期的に顧問先企業を訪問して相談等を行う」など、顧問税理士のような定期的な実働を伴うケースであれば、低額の顧問契約を導入しなくとも、実働に応じた相当の顧問料を設定すればよいと思います。しかし、法務部門が各部門のリーガルリスク等を定期的にチェックして顧問弁護士に定期的に相談する仕組みを作りやすい大企業ならともかく、現在の我が国の中小・零細企業には、そのような実需はなかなかない(掘り起こしも難しい)のではという印象です。

 また、このような顧問契約については、学校の同級生など個人的に親しい関係の弁護士がいるという方にとっては、「ちょっとした相談程度なら、その弁護士に電話等でサクッと聞けばいいから、敢えて顧問契約なんてする必要はない」ということになるかもしれません。
 ただ、そうしたツール(人脈)を持たない方や、たとえあったとしても、一種のフリーライダーにはなりたくないという方にとっては、ちょっとした相談を遠慮なく受け付けること自体を目的とした低額の顧問契約は、相応に利用価値があるのではないかと思われます。
 私自身、今は概ね(至って?)健康のため必要はないものの、いずれ病気がちになった場合には、町医者の方に、低料金で自分の身体に関する些細なことについて遠慮なく電話などで相談できる顧問契約のようなものがあればいいのにと思わないではありません。
 個人的に、仕事上お世話になっている医師の先生や遠方の病院で活躍している高校の親友もいないわけではありませんが、逆に、おいそれとは相談できない、よほどの事情がなければと腰が引けてしまう面があり、料金のやりとりをするビジネスライク?な関わりの方が、案外、料金等の範囲内で遠慮無く物事を聞きやすいような気もします。

4 料金
 ちなみに、「月額3150円」の設定の根拠は、「3980円」のベリーベスト法律事務所(の方々)に比べて、経験年数では上回るものの、規模では遥かに見劣りすることから、同事務所より若干低めの値段を考えたものです。
 また、あまりにもドラスティックに低くするのもどうかと思いましたので、「今どきの顧問弁護士=高額なランチ一食分」くらいに考えて、「高級食材を扱うが、リーズナブルな価格で提供しているレストランで、ランチを月1回利用すればディナーが1割引になる」といったイメージで考えてみました。
 ちなみに、「無料」というのは、他の顧客等へのしわ寄せを不可避とするものですので、震災のように臨時的な場面以外は多用すべきでないと思っています。そのような理由で、私は巷で流行している「債務整理等の無料相談」はしていませんが、反面、直ちにお引き受けする場合などは、相談料は頂戴しない(又は相談料分を定額料金から差し引く)などの方法でバランスをとっています。

 昔、ある大物弁護士の方が「社長さんに顧問弁護士(月5万円)を勧める際には、社長さんが月1回、高級料亭かクラブで飲食するのを控えれば済む値段ですよ、それで会社が守れるのだから安いものではありませんかと説明している」と仰っている文章を読んだことがあります。
 しかし、このご時世や現在の私の身分では、高級料亭やクラブに入り浸るような社長さん方と接点を持つことは到底期待できません(東京のイソ弁時代には少々お会いする機会もありましたが、今となっては昔のことです)。
 他方、「頑張った自分へのご褒美で、月に1回くらいは贅沢なランチを食べたい」という方なら、幾らでも知り合う機会はありそうですし、コストパフォーマンスを真剣に考えて選んでいただく方が、実りあるお付き合いになるのではないかという期待もあります。
 月3150円という価格も、実需のない方にとっては十分に高額ですので(少なくとも私のような一般人から見れば)、「顧問弁護士」という一種のブランド価値をダンピングしているということも言えないでしょう。

5 見通し
 ただ、そうした「このコースが対象として想定している潜在顧客層(セグメント)」が、このような金額・コンセプトでの顧問契約に対する実需(利用価値があるとの理解を含め)がなければ、実際に申込みを受けることもないでしょう。
 私自身は、「弁護士が希少種である時代には、「顧問弁護士」は金持ち企業のステイタスのようなものだったが、その時代は終わった。タイムチャージ的要素と組み合わせたリーズナブルな料金での顧問契約が、新しい時代に求められる町弁的な顧問契約ではないか」と考えているのですが、皆さんのご意見をお尋ねしてみたいところです。
 現在のところ、事務所サイトで小さく表示しているだけの扱いですので、残念ながら、まだお問い合わせをいただいたこともありません。
 私自身が宣伝に向いているキャラでもありませんので、サイトをご覧いただく方を別とすれば、個人的に聞かれた際、「ウチではこういうこともやっています」とご説明する程度のことしかできないのだろうと思います。
 もし、数年経っても申込み等をいただくことがまったくない状態が続けば、実需のないサービスを売り込む徒労をしただけ、ということになるでしょう(そのときは、「日本(岩手)ではまだ早かったのだ」と、遠吠えをかくのかもしれませんが)。

 というわけで、このような顧問契約の新しいプラン(類型)を作って宣伝することが、果たして吉と出るか凶と出るか、他の弁護士が真似をして私ではなくその人が成功を収めるか、はたまた誰からも見向きもされずに片隅に消えていくか、しばらくは様子を見てみたいと思います。

2011年9月1日(木)
大物に仕えるということ

 石川知裕「悪党 小沢一郎に仕えて」を読みました。
 著者は陸山会事件で一躍時の人となった若い衆議院議員の方ですが、この本は、陸山会事件での著者の主張を記載したものではありません。
 学生時代から小沢氏に傾倒し選挙に志を持っていた著者が、他の政治家の選挙の手伝いをしながら巡り合わせの妙により小沢事務所の秘書として採用して貰えることになり、それ以後、独力で自身の国政選挙に打って出るまでの十数年間の下積み時代を描いた物語になっており、その中で著者が接した小沢氏を始めとする多くの政治家等の等身大の姿を描いています。

 私は、ごく一般的な無党派(やや保守寄り)の人間のため、岩手県民といっても小沢氏とは何の関わりもありませんが、小沢氏のように「とてつもなく恐そうな、オーラの塊のような年の離れたボス」に4年半、イソ弁としてお仕えしました。そのため、「大物に仕える者」のあるべき流儀などを著者が実体験をもとに語った部分や、そうした環境下で束の間に味わうことができる、ささやかながら貴重な体験などは、共感できる部分が相当にありましたので、そうした意味で、味わい深く拝見しました。
 個人的には、この本のハイライトというか、著者の思い入れが一番伝わってくる箇所は、不遇時代の小沢氏と筆者が2人だけで行動したり街角の普通の飲食店で親子のように食事をしている姿を描いた場面ではないかと感じます。私自身が、ごく稀に、ボスと2人だけで近所のお店で食事をしたことがあり、その際のことと重なる面があるからなのかもしれませんが。

 政治家になりたい方や小沢氏個人に関心がある方だけでなく、権力闘争の縁の下で地味に頑張っている方々の世界を垣間見たい方、カリスマ性のあるボスのもとで下積みに精を出している(又はカリスマに飛び込んで下積みをしたい)方にとっては、一読の価値が大きい本だと思います。

8月
2011年8月28日(日)
リニアコライダーは事故リスクがあるか

 岩手県では、復興対策の一環として、かねてから候補地とされていた国際リニアコライダー(ILC。電子・陽電子の衝突実験を行うための加速器に関する大型施設)の誘致運動を行っており、実現する可能性が相当程度あります。
 聞くところでは、これが実現すれば数千人規模?の研究者が長期間、移住することになるそうで、そのご家族なども含めれば、地域に影響する経済的・文化的効果は大きなものがあるため、県民としては、基本的に賛成というスタンスになるのではないかと思います。
 ただ、私が新聞レベルで接する限りではILCのリスク面に関する情報がほとんど報道等されたことがありません。

 単純に考えれば、費用(損失)負担リスクと安全(事故等)リスクの2点が思いつきますが、先日、後者について少し気になり、「加速器、事故」で検索してみました。
 すると、フランス・スイス国境に設置された加速器のwiki記事が出てきて、電気系統の欠陥に伴うヘリウム漏出事故で運転停止したとか、極小ブラックホールの危険があるとして仏で裁判になっているといった記事がありました(ILCと同一視できるかは全く分かりませんが)。
 「重大事故の危険がある施設を巡る訴訟」といえば、我が国では原発くらいしか思い当たりませんが、我が国でも、裁判になる可能性があるのでしょうか。いずれにせよ、地元弁護士の手に負えるテーマとは思えず、関わらずに済ませたいものです。
 ただ、賛否はともかくとして、県民にリスク面の説明もなされるべきかとは思います。

2011年8月27日(土)
東北弁連公害環境委員会・委員長

 この日、東北弁連の夏期研修に伴い、弁連の各委員会が開催されたため、私も公害対策環境保全委員会の委員として、参加してきました。
 今回、前任の委員長の先生が退任・交替されたのですが、「順番だから」とのことで、私に委員長のお鉢が回ってきてしまいました。
 私は公害・環境関係に特別の実務経験を有する人間ではなく、岩手青森県境不法投棄事件に少しばかり関わったため、岩手弁護士会からポストがあてがわれたというだけの身ですので、およそ任に堪えうるものではありません。 過去数年、東北弁連の公害環境委員会は、半年に1回だけ集まり、東北6県の各単位会の公害・環境絡みの活動を少しばかりお話しして解散、という程度の活動に止まるのが通例のため、何ということはないかもしれませんが、震災と原発事故を機に、特別の対応が求められることもないとは言い切れず、どうなることやらです。

2011年8月26日(金)
出荷規制と「いわて4分の計」

 長期間続いた岩手県の肉牛出荷規制も、ようやく終わりました。この間、新聞の投書などで度々「県土は広いのだから、全域規制は不当ではないか」という類の意見を見受けました。
 「県を特定地域ごとに区別して取り扱うべき」といった意見を聞いてすぐに思い出したのは、達増知事が掲げていた「いわて4分の計」(県央・県南・県北・沿岸の4広域に区分した県行政の再構築)です。
 そのため、今回の騒動でも、これを生かして、県・県民団体・業界団体・特定畜産家のいずれかが、「規制は県南等だけにせよ」と主張するという選択肢はありえたと思います。が、知事以下、こうした声はほとんど上がりませんでした。
 これは、①県南等を見殺しにするなという友愛?(バッシングの危惧?)によるのか、②常識的に影響のなさそうなエリアも含めて規制対象とすることで、かえって影響のありそうなエリアに関するマイナスイメージの中和を図ったのか、③他の理由か、いずれなのでしょうか。

 そもそも、「全県停止の必要」を科学的?見地のみで判断するのであれば、当該放射性物質(セシウム?)の拡散力の程度をもって、判断の基準とすることになると思います。仮に、本件で「県南の一部地域で飼育されていた牛について検出された量に匹敵する量が盛岡や県北などで飼育されている牛にも検出される相当の可能性がある」といえるのであれば、全県停止はやむをえないでしょう。
 これに対し、例えば、そこまでの拡散力がなく、拡散はほぼあり得ないと7月段階で断定できたのであれば、規制は県南のみという選択こそが、科学的には合理的なものと言えるはずです。

 ただ、仮にそう(県南等以外は拡散していない)だったとしても、自然科学以外の観点から、全県規制せざるを得ない(全県規制に合理性を認めざるを得ない)場合もあると思います。
 例えば、①上記の点を科学者等を動員して全国に訴えても、全国民の理解が得られそうにない(感情的な面も含め)と言える場合に、やむなく「世間向け」に全県規制の形をとるとか、②検出地域のみの規制にすると、かえってその地域が汚染地域?として有名になってしまい、規制解除後も風評被害等に晒されるおそれがあるので、あえて全県規制の形をとって風評を中和させるとか、③一部地域のみの規制とすることで、当該地域から受ける反発を回避する、といった判断です。
 もちろん、上記判断が行政等の裁量を逸脱するものと言えれば、賠償等の問題に発展するわけですが、本件に関してはそこまで言えるのか、コメントはしかねます。

 少なくとも、「一部地域(広域圏など)に限定して規制をすることで、実際の影響(汚染等)がないはずの他の地域にマイナスが生じるのを避ける」という施策を実施するためには、平時から広域圏ごとに知名度・認知度を得る努力をすべきで、そうでなければ、全国の理解を得る(風評被害等の防止という区分規制の内実を挙げる)ことは困難でしょう。

 ところで、本年1月にJCが実施した県民アンケートで最も印象的だったのは、「県央・県南」と「県北・沿岸」の心理的距離の大きさ(前者住民が後者の振興に関心が低いことなど)でした。
 あるいは、県民が考えている以上に、岩手県の一体性には危うさがあり、そのことを為政者も知っていて、県の特定地域だけの規制を積み重ねにより、県の一体性の喪失ひいては県政そのものの維持が困難になると感じて、そのような手段を避けたのかも?というのは考えすぎでしょうか。

2011年8月23日(火)
陸前高田の被災地出張相談

 この日は、弁護士会が主催する被災地での出張無料相談の一環として、陸前高田市の米崎中学校に行ってきました。
 岩手弁護士会では、他県の弁護士会の協力のもと、7月頃まで避難所での出張相談を行っていましたが、避難所の多くが閉鎖され、仮設住宅等での生活が中心となったことから、7月頃から沿岸各地の被災自治体に相談会場を設置し、定期的に無料相談会を実施しています。私は陸前高田市の会場の担当者の一人として、月1回のペースで相談を担当することになり、本日が初めての担当日でした。

 5月15日以来、3ヶ月ぶりに訪れた陸前高田の中心部は、相変わらず壮絶な光景ではありましたが、瓦礫等は幾つかの箇所に整理されるようになっており、避難所も閉鎖され仮設住宅等が中心になり、時間の経過を感じさせました。
 ただ、以前に訪れたオートキャンプ場の敷地内に仮設住宅が密集している様子を見ていると、故郷を奪われ流浪するユダヤ民族を思い浮かべ、改めて、意義のある支援活動については今後も行っていかなければならないという思いは強くなりました。

2011年8月16日(火)
ようやく更新

 毎年恒例ですが、妻の実家でまとまった空き時間ができ、ようやく日記の更新となりました。
 何人かの先生から聞くところでは、震災から3ヶ月ほど、被災県の弁護士業界も、震災の影響などで新規のご依頼が極端に少なくなり、非常に厳しい状態が続いたようであり、当事務所もその例外ではありませんでした。
 幸い、少しずつ停滞期を脱しつつあるように感じていますが、現在もなお、先の見通せない難しい状態が続いています。
 受任中の事件に全力を注ぎつつ、さらに研鑽を重ねて参りたいと思います。

2011年8月11日(木)
清流とオオムラサキ

 今年の夏休みは、諸般の事情により長い日数を確保できず、山梨県北社市にある「オオムラサキセンター」などを巡り、日帰り温泉を利用した程度で終わりました。
 私は、子供の頃たった一度、オオムラサキを捕獲したものの、すぐに逃げられてしまったことがあり、それ以後、オオムラサキを見かける機会に恵まれなかったため、私にとっては憧れの蝶で、また本物に巡り会えればと、ガイドブックの記載だけで何も調べずに漫然と訪ねてしまいました。

 幸い、飛翔する沢山のオオムラサキを見ることができましたが、オオムラサキは、7月末には生涯を終えるのが通例で、8月は僅かな数だけが生き残っているのだそうで、運が良かったのかもしれません。
 その後、名水の里として名高い旧・白州町にある日帰り温泉に立ち寄って帰りました。温泉内に飲用として設置されていた湧き水は、水道水とは比較の対象にならないほど喉越しがよく、美味しく感じました。ただ、「塩サイダー」は、私の口には合いませんでしたが…

2011年8月10日(水)
ディスインテリと法律家

 岸宣仁「財務官僚と出世と人事」(文春新書)を読みました。
 財務省のエリート官僚の出世競争に関する幾つかのエピソードをまとめた本ですが、修習中などに伝え聞いた検察官や裁判官の逸話等にも通じる面があるほか、「知的能力と人間的魅力の双方を兼ね備えた、インテリっぽくない雰囲気の人間(ディスインテリ=宮沢首相の造語)が、人望を集め、リーダーとして取り立てられていく」といった下りは、研修所の私のクラスで人望を集めていた何人かの方にも通じるところがあり、今の私には縁のない世界の話とはいえ、興味深く読みました。

 大物官僚の豪遊に象徴される過去のエピソードが、今では考えられないなどと強調されており、弁護士だけでなく、官僚も恵まれた時代が確実に終焉を迎え、社会の構造が様々な分野・地平で大きく変化しつつあるのだろうと感じます。
 今後、新しい時代で、「恵まれた」地位を獲得するのはどのような立場の人であるのか、それとも、近未来の日本では誰も恵まれず社会全体がジリ貧に喘ぐことになるのか、慎重に観察していきたいと思います。

2011年8月8日(月)
多士業なんでも相談会と政策災害

 この日、釜石市内で行われた、被災者向けの専門家合同相談会に参加してきました。
 これは、被災者支援の一環として、県内の各士業や金融、FPなどの業界団体が連携し、複数業種に跨る相談に対応する「ワンストップ相談事業」として7月頃から開始した相談会です。
 私は、東京時代(8年ほど前)に、東京の士業が連携して行っていた「10士業よろず相談会」に参加したことがあり、そうしたワンストップ型相談の有意性を感じていましたので、ぜひ参加してみたいということで、行ってきたものです。

 例えば、相続関連の相談の方に関し、最初に担当した私が、対象となるご家族の相続スキームや各種留意事項などを説明し、その後、司法書士の方が相続登記の手続等を説明し受任態勢を整え、最後に税理士の方が相続税などについて説明等するという流れを辿ったケースがありました(紛争性のないご相談だったので、残念ながら?私の出番はさしてありませんでしたが)。
 ただ、東京の10士業相談の際は、一人の相談者に相談内容に応じて複数の士業が相対して相談に応じる形をとり、相談事項に応じて各士業がそれぞれ質問・説明などを適宜行っていたのに対し、今回は、別々に相談に応じる形になっているので、相談者の方にとっては二度手間になったものもあるかもしれません。
 反面、直ちに受任を前提とした相談になる場合などは、受任をする士業者が一人で対応した方が賢明になることもあり、その辺は、設営者等に工夫が求められるところかとは思います。

 結局、これまでの例と同様、周知不足か供給過多か、最初の3組ほど(1時間)程度で相談者は打ち止めになり、あとは時間を持て余して他の先生と雑談するなどしているうちに終わってしまいました。
 岩手に戻った頃は、どの相談会に参加しても定員一杯というのが当たり前でしたが、現在は、完全にその逆になっています。今年は震災の影響もあり、相談会の種類も量も飛躍的に増えているように感じますが、いずれの企画も効果的な集客の工夫をしていると感じたことはなく、このまま漫然と参加し続けて良いのか、疑問を感じないわけではありません。

 相談会の場所が被災を免れた釜石駅付近であったため、帰りの際は、釜石市の中心部から警察署まで行き、若干ながら被災状況を視察しました。4月3日以来、4ヶ月ぶりの釜石でしたが、中心商店街が多少片づいてきたほかは、現在も復旧という言葉にはほど遠く、瓦礫やスクラップ状態の車両などが多く散乱していました。

 往路で国道396号ルートを通ったので、帰路は東和から高速道路で盛岡に戻ることにしましたが、恐れていたとおり、盛岡南IC出口で「被災証明書渋滞」の長蛇の列に遭いました。
 その上、私の前方で渋滞待ちの車両が追突事故を起こし、当事者が車外に出て警察官らとやりとりしていました。
 ETCを活用せずに人力の書類確認を強いるなどという、大渋滞の発生が容易に見込まれる無料化政策さえ採られなければ、この人達も追突事故を起こしたり被害に遭うこともなかったんだろうな…と思わずにはいられませんでした。

2011年8月5日(金)
盛岡白熱教室

 この日、盛岡JCが学生向けに企画した「盛岡白熱教室」に参加してきました。
 これは、盛岡JC内で公開討論会などを担当している委員会が立案した行事で、岩手大学の丸山教授の講演を拝聴した上で、雇用・教育・被災地支援など幾つかのテーマに参加者(学生)を班分けして、盛岡(市)の取るべき政策・事業を検討するという内容になっています。
 私自身は、「復興支援」の班に参加し、オブザーバーの市役所の方と盛岡市の活動や海外展開などに関する雑談ばかりしていましたが、学生さん達は、支援事業などについて懸命に考えているようでした。

 市役所の方のお話では、先般、盛岡市が開設した旧・川井村のボランティア宿泊施設が、互いに面識のなかったボランティアの方々の交流施設としての力を発揮しており、そこで夜通し語らった人達が、東京などに戻った後も同窓会などと銘打って交流を続けているとのことでした。
 盛岡・岩手・三陸も、そうした場を提供するだけでなく、「帰りに盛岡にも寄ってね」「今度は観光でも来てね」「いっそIターンしませんか」などと、あの手この手で、岩手に関わりを持った方々を、上手に岩手ファンとして繋ぎ止めていく、ディテールの工夫・努力が必要ではないかと思いました。
 と同時に、遠野という強力な中継基地を要する南岩手と異なり、県央(盛岡・宮古間)や県北(内陸・北部陸中間)には中継拠点となる市街地がなく、これを機に、川井や岩泉・葛巻と盛岡広域圏などとのコミュニケーションを盛んにしていく努力もまた、求められているのではないかと思います。

2011年8月4日(木)
被災地の街づくり支援に関する懇談会

 この日、阪神淡路大震災の際に街づくり支援に携わった専門家(各種士業)の方々と、岩手県で震災支援に関わる同業者の方々との懇談会があり、私も参加(傍聴)してきました。
 生粋の岩手人として、復旧・復興支援にもっと関わりたいという気持ちは強いのですが、諸般の事情から身動きが取りにくい状況が続き、最近は震災支援と疎遠になりがちになっていたため、在野の第一人者の方々のオーラで顔を洗って出直したいということで、恐る恐る?参加したものです。
 神戸の方々の熱いトークを逐一メモにしたわけではありませんが、阪神と東北との比較論については、考えさせられるものがありました。

 例えば、「関西人は行政に対する不信感が強く、復興を民力で勝ち取ろうとする自立心が旺盛である反面、一定の経済活動等を規制しようとする行政との軋轢が生じやすく、行政との対決場面(訴訟その他の事件)が、そのような素地から生じるものが多い。これに対し、東北人は行政(特に地元自治体)に対する信頼感が厚く、そうした紛争は生じにくいが、反面、行政に対する依存心が関西よりも見られ、行政に期待する事柄(給付等)を行政がしてくれないことに対する不満という形で行政との軋轢が生じる傾向があるのではないか」というコメントがありました。
 そのとおりかもしれませんが、そのままでは東北人は自立できない子供のまま、ということになってしまいますので、東北の民力が行政に依存せずに自立できるような仕組みづくりに、関わっていければと思いました。

 また、「阪神は、都市災害で被災者も企業やその従業員が中心であり、経済も当時はまだ強固だったから、経済復興に深刻な心配はなく、それよりも、震災を機に借地・借家などの住居基盤を失う恐れが顕著に見られた。実際、罹災都市借地借家臨時処理法が急いで適用され、借地借家紛争が多発したほか、区画整理が活発に行われ、それに絡む紛争も多発したが、その背景には、企業活動(生産)の再開が容易という面があった。これに対し、三陸の被災者・企業は、農水業や関連業種の自営業者が中心の上、経済不況や過疎問題を抱えており、事業者単位の生業支援が急務である上、生産再開ができるのか自体が問われている。」という趣旨のコメントもありました。
 現在も、被災地支援のあり方について百家争鳴の状況が続いていますが、過去の事例と比較した被災地の経済・文化などの特質の分析は効果的な支援のあり方を考える上でも重要なことかと思われます。

2011年8月2日(火)
武富士の更生計画案

 先日、武富士の更生計画案が公表され、何人かの過払金債権者の方々から依頼を受けている当事務所にも送付されてきました。
 報道されているように、弁済は2回に分け、1回目が3.3%とされ、更生計画が認可されれば年末頃から支払開始となる一方、2回目は配当資産の形成内容次第とされ、弁済の有無も含めて後日に定められるものとされ、回答期限は8月末とされています。
 この計画案に対しては、批判的意見も色々なされているようですが、当事務所では、依頼者の方々の関心の度合いに応じて、次のような点をご説明し、計画案への賛否をなるべくご自身で判断いただくようお願いしています。

 まず、この計画案は、債権額ベースで50%以上の債権者が反対し否決されれば、基本的に破産手続に移行することになります。
 この場合の配当率・配当時期は不明ですが、少なくとも配当には数年以上を要する可能性が高いと思われます。
 次に、この案は、武富士が「破産した場合に想定される配当率」を独自に試算し(1.2~2%弱)、これを若干上回る弁済率を設定したもので、弁済原資の調達は、主に韓国の金融業者への事業譲渡代金に依っているようです。計算根拠の詳細は各債権者への配付資料では説明がなく不明ですが、裁判所が選任した調査委員(弁護士)は、その算定内容について特に問題にはしていません。

 これに対し、一部の債権者の中には、想定配当率(財産評価)が適切ではない(破産配当率はもっと上回るのではないか)と主張するものがありますが、真偽は不明です。
 長年、武富士と闘ってきた「被害者の会」の方々は、武富士の創業者一家への責任追及が十分になさずに更生計画が定められたことや、今後も武富士が存続して厳しい取立を受ける借主が生じることなどを理由に、会社更生に反対し、仮に、弁済率が下回ったとしても、武富士は破産させるべきと主張しています。
 その他、今回の会社更生には、他にも問題があると言われています(申立代理人が更生管財人に就任した点など)が、そのことにより弁済率が不当に低くなっている(会社資産が違法不当な毀損を受けている)とまで言えるかは不明です。

 私見ですが、純粋に配当額の損得勘定だけで考えれば、計画を否決し破産手続に移行させるよりは、更生計画による配当(弁済)を受ける方が、若干なりとも有利ではないかと思われます。
 他方、過去に武富士から厳しい取立を受けたことがあるなど、損得抜きに武富士に潰れて欲しいという思いがある方は、反対=破産希望でよいと思われます。

2011年8月1日(月)
岩手の町弁は放射線問題とどう向き合うべきか

 先日、日弁連廃棄物部会の企画で、原発問題に携わる我が国有数の弁護士の一人である、小島延夫先生から、放射性廃棄物の処理の理念や現在の状況などに関する講義があり、参加(傍聴)してきました。
 例えば、①廃棄物処理法は、放射性廃棄物を取扱対象から除外しており、他方、原発や放射性物質の管理等に関する法令にも、原発事故等により施設外に大量の放射性物質が放出され、大量の放射性廃棄物が生じることを想定し対策を講じたものがまったくないため、法の不備による問題が多々生じていること、②現在の放射性廃棄物に関する国の通知や放射性物質の拡散状況に関する検査等に色々と問題があること(例えば、国は福島県の結果のみ公表しているが、事故発生直後の大量拡散の流れにより、那須地方や宮城北部、埼玉東部などにもスポット的に線量の高い場所があるはずである等)、③避難等の指示は、各地域・スポットにおける線量を調査して行うべきで、公表された国の調査結果では、南相馬の一部地域は風向きなどの関係で福島市よりも線量が低いことが判明しているのに、国の主導で南相馬の人々を福島市に避難させる措置が講じられており、明らかに不合理であることなど、放射性廃棄物を巡る法の不備や国の迷走などについて、詳細なご説明がありました。

 私自身は、それまで、岩手県が比較的、放射線の問題に直面するのを免れていた面があり、岩手県民としては、放射性物質の問題を伴わないであろう膨大な災害廃棄物の処理等の問題にエネルギーを注いだ方がよいのではないかと考え、放射性廃棄物問題については、余力がなく、ほとんど勉強もできない状態が続いていました。
 ただ、近時、牛肉の出荷停止や謂われなき風評被害など、いよいよ岩手県も放射線問題に本格的に直面しつつあり、いざというときに役立てるよう、勉強を進めていければと思っています。

7月
2011年7月30日(土)
加害者家族へのクレーマーと縁座制

 鈴木伸元「加害者家族」(幻冬舎新書)を読みました。
 著者が指摘している最大の問題は、凶悪事件などで加害者の家族に匿名による過剰な攻撃が繰り返されるという点ですが、現在も、これを防止・抑制する有効な制度・システムは確立されていないと思われます。
 「監視社会」云々との関係で難しい問題はあるでしょうが、匿名で他者を攻撃する行為については、なるべく迅速・容易に探知し抑止するための制度の整備が必要と考えます。私見ですが、ネットなどを通じた攻撃行為については、行政権からも一定の独立性を確保した情報管理機構がアクセス情報等を管理し、被害者側が相当の手続により加害者側の情報を入手できるようにするための制度が設けられるべきだと考えます。
 それにしても、家庭であれ企業であれ、問題を起こした本人以外の関係者に対する加害・攻撃が少なくない上、それを抑止しようとする気運があまり盛り上がらない現在の日本社会は、一種の縁座制が蔓延しているように感じます。
 もちろん、犯罪等が生じる背景には、その者が属する社会に何某かの問題があり、それが究明・克服されなければならないことは当然ですが、周辺者を攻撃する者は、そうした究明等をすることが目的ではなく、攻撃者自身の精神的な問題に起因する不満のはけ口として利用しているように感じられることが少なくありません。
 そして、メディアなどがそれに便乗する程度の表層的な報道等しか行わず、背景の問題が何ら究明等されずに先送りされる例が少なくないと
 そういう意味で、そうした攻撃者は、近時、よく指摘される「人格障害等に基づく悪質なクレーマー」と同根の存在のように感じます。

 現代日本が、無関係の他人に理不尽な攻撃をせずにいられない人間を多数生み出していることに目を向け、それにどう立ち向かっていくか、社会全体で取り組む姿勢が問われているのではないかと思います。

2011年7月20日(水)
花巻空港は生き残れるか

 森功「血税空港」(幻冬舎新書)を読みました。
 2年前に刊行された本なので話題は若干古いですが、地方空港の巨額赤字(疑惑)問題や、それに足を引っ張られて仁川空港などとの競争に敗れつつある成田・羽田空港の状況などは、現在もほとんど事態が改善されていないと思われ、空港行政に関する入口本として、参考になります(元凶の一つと思われる空港利権に関してほとんど言及がないため、この方の著作として物足りなさが大きいですが)。

 この中で、「欧州有数の貨物取扱空港であるルクセンブルク空港は、トラック等の陸上輸送に関する地の利を生かし、貨物に特化した営業政策を駆使して発展した」という下りがあるのですが、我が花巻空港も、北東北のヘソに位置しており、高速道路と事実上接続しているため、北東北内の貨物輸送に関しては、三県の空港の中では最も優位性があると思います。
 また、岩手県内の被災地とのアクセスという面でも、国内空港で最も優位性があることは言うまでもないところです。
 さらに言えば、東北自動車道の本線に短時間で接続する空港はほとんどなく、その点でも活路を見出す余地はあるかも知れません。

 岩手県庁の空港政策を調査したり意見を言うだけの余力はありませんが、好転が難しそうな旅客運送ばかりに目を向けるのでなく、貨物輸送の整備にも力を入れた方がよいのではないかと思いました。

2011年7月2日(土)
岩手弁護士会の署名要請活動(被災ローン問題)

 この日、盛岡市の中心部(サンビル前)で、弁護士会の被災者支援の一環として、いわゆる二重ローン問題(滅失した家屋・商品等に残存するローンにより被災者が破産等を余儀なくされる問題)の解決のため救済立法を求める趣旨の署名要請活動(兼ビラ撒き)を行ってきました。
 1時から3時までしか参加できませんでしたが、炎天下で2時間立ちっぱなし、喋りっぱなしで、老骨にはいささか応えました。
 現在も、署名の受付はしているそうで、岩手以外の方々も含め、ご協力をよろしくお願いいたします。

6月
2011年6月30日(木)
Webサイト更新と情報開示

 半年以上持ち越してきた当事務所Webサイトの更新を、ようやく本格的に進めることができました。
 今回の更新の一番の目玉は、私が過去に取り組んだ幾つかの事件に関する取り組みの紹介です。
 もちろん、守秘義務との両立の問題がありますので、相当に抑制した書き方にはしていますが、私が過去に扱ってきた仕事のうち、特筆すべきものを多く紹介していますので、「この弁護士が、どのような仕事をしてきた人なのか、知った上で頼みたい」とお考えの方にとっては、参考になる面が大きいのではないかと自負しています。

 現在も、様々な弁護士さんのWebサイトを見ていますが、業務の質・内容などに関する具体的な説明もなく、「債務整理がんばります」「お客様が安心できる業務体制を構築しています」「離婚・相続の専門です」などと抽象的に掲げているだけの、「評論家から酷評される政治家・政党の公約集」と大差ないような記載に止まっているものが多いように感じます。
 もちろん、一般大衆を顧客対象としない一部の大企業のCMのように、企業イメージの向上を目的として意図的に抽象的な表現をしているということであれば、それでもよいのかとは思います。
 しかし、現在、一般の方が飢えている「弁護士の情報」は、自分が抱えている問題を確実に解決してくれるのか否かという点であり、過去に同種事例を解決したとか、もっと難しい事件を解決してきたなどという具体的な情報を守秘義務と両立する範囲で開示していく工夫が、一定以上の経験を積んだ弁護士には求められてくるのではないかと思っています。

 弁護士に限らず、専門家の仕事については、「秘するが花」と言わんばかりの風潮があったように思いますが、開示すべきは開示し、顧客側にも内実のある検討や選択の機会が与えられることが、民度を高めていくために必要なことと考えます。
 ただ、私の原稿も、事務局長にあれこれ手を加えられてしまい、この種の情報公開の難しさを感じるところではあります。

2011年6月15日(水)
M&Aと田舎弁護士

 先日、ある企業間の合併に関する契約書類の審査業務をご依頼いただきました。といっても、同族企業間の小規模の合併で、コンサルタント会社さんが関係資料を全部揃えており、念のため会社法との整合性などを手短に確認して欲しいという程度のご依頼でしたので、少額の手数料のみ頂戴し、速やかに調査、回答して終了しました。
 ただ、残念ながら、これまではM&Aに関わることが稀でしたので(田舎弁護士の悲しい現実でしょうか)、会社法のM&A法制について若干なりとも勉強し直し、また、実務の実情を知りたいということで、淵邊善彦「企業買収の裏側」(新潮選書)を突貫で読んだりしました。
 同書にも書かれているように、これからは、全国・世界で通用する特別な技術などを持った地方の中小企業が、M&Aを上手に活用して大競争時代の中での生き残りや発展を図っていくべき時代になっており、当事務所も、そうした分野で、ささやかな法務デューデリジェンスなど、何らかの形でお役に立てることができればと願っています。

2011年6月7日(火)
増田健郎先生の訃報

 6月6日に、大阪弁護士会所属の増田健郎先生が逝去されたとの知らせに接しました。
 増田先生は、私が平成15年に日弁連公害対策環境保全委員会・廃棄物部会に参加した際に部会長を務めておられ、「県境不法投棄事件に関し、日弁連として何某か取り組んでいただけないか」との私の申し出を快諾され、現地視察や日弁連意見書等の発表など、熱心に取り組んでいただきました。

 廃棄物紛争は、往々にして、住民側か企業側のいずれか一方だけの立場の代理人として従事している方が多いようですが、増田先生は、適正な処理を確保しようとしている業者等から受任することもあれば、不法投棄等に困っている住民等から受任することもあり、いずれの立場でも廃棄物の適正処理や減量、原状回復などの理念を核に据えて代理人活動をされているとのことで、様々な廃棄物問題を巡る多様な関係者から信頼を受けておられました。
 私自身、せっかく県境事件を入口にして廃棄物関係の勉強をする機会を得たので、可能なら増田先生のようなスタンスで仕事が出来ればと思っていましたので、なおのこと残念でなりません。
 心からご冥福をお祈りすると共に、いずれ、何らかの形で増田先生の足跡を生かせるような仕事ができればと願っています。

5月
2011年5月22日(日)
ようやく日記の更新

 震災直後、新件のご依頼が激減し、暇になってしまうかもと一時は思ったのですが、弁護士会の震災対策やその他、諸々の業務や家庭上の負担などに追われ、あっという間に首の廻らない生活に逆戻りし、日記の更新も遅れに遅れました。
 あと一山、二山ほど仕事が残っており、これらに早急に決着をつけて、遅れに遅れているWebサイトの更新に着手したいです。
 もちろん、盛岡の弁護士として期待される被災者向けの対策にも、一層取り組んでいきたいと思っています。
 ただ、避難所に行っても、被災者というよりチラシ配りや他会の先生に相談希望者等を引き合わせるための接待ドライバーのようなことばかりやっているような感もあるので、もう少し合理的に仕事を配点していただければと対策本部の皆さんにはお願いしたい気持ちもありますが…。
 まあ、身軽な一等兵でご容赦いただいている私よりも、対策本部の先生方の方が遥かに苦労されているので、文句を言える立場ではないのですけどね。

2011年5月21日(土)
岩手弁護士会の震災電話相談

 岩手弁護士会では、3月下旬ころから震災被災者向けの電話相談会を実施しており(午後1時から午後4時まで)、現在のところ、9月末まで実施予定となっています。
 残念ながら?会員全員に強制力がないとのことで、盛岡、花巻、北上の弁護士有志約20数名が持ち回りで担当しており、平日には一日に前後半併せて6~8名も動員しているので、1週間に1、2回の頻度で担当を割り当てられることになり、毎日あくせく働かないと事務所を維持できない零細企業のタコ社長の身には、決して軽い負担ではありません。
 本日も、担当日になっていましたが、今回は、3名の担当者で2件の相談しかありませんでした。
 この電話相談企画も、開始当初から5月初旬ころは、受話器を置くとすぐに次の電話がかかってくるという有様だったのですが、最近はだいぶ落ち着いており、座って内職しているうちに時間終了という日も少なくない感じになってきました。

 数年前に多重債務問題が燎原の火のごとく拡がったときもそうでしたが、岩手弁護士会は、「一般市民が弁護士に期待している業務」に、比較的迅速に取り組む面はあるのですが、どうも、需要が一段落した段階になってもすぐには戦線を縮小せず、しばらくは供給過剰状態が続いてようやく撤退に取りかかるという感じになることが少なくないと感じています。
 この種の企画は、経営者にとっては雀の涙ほどの日当を「貰えればまし」ということが通例の上、普段は事務所で山のようにあれこれ仕事に追われていることもあり、拘束場所(相談会場)で半ばぼけっとしながら内職などしていると、なんだかなぁと感じてしまいます。
 昨年から依頼されているハローワークの債務整理相談も、閑古鳥状態が続いています…。

2011年5月16日(月)
大船渡の避難所出張相談

 この日は、大船渡市への出張相談を担当しました。
 今回は、青森・秋田・神戸からそれぞれ派遣された弁護士さんを私の車両に乗せ、4人で被災地に向かいました。
 配属先は、市の中心部に近く大船渡では規模の大きい避難所となっている「大船渡地区公民館」と、大船渡の観光名所(碁石海岸・穴通磯)にほど近い「末崎中学校」の2箇所でした。
 
1 指定避難所まで
 4月の本部会議で「他会の先生を自分の車に乗せるのはイヤ(事故等のリスクが怖い?)」との意見があったそうで、5月から、他会の先生については、タクシーに乗車していただくという制度?が導入されることになりました。
 しかし、他会の先生は岩手の弁護士から情報を得ながら現地に向かいたいと思うはずで、タクシーに分乗せよというのは止めた方がいい(事故リスクの問題はありますが)と思いましたので、集合場所で協議したところ、もう一人の岩手会の若い先生が、タクシー利用を希望されたので(或いは私に気を遣ったのかも…)、結局、私が3名を自車に乗車させ、もう一人の先生は、タクシー2台に他会の先生を乗せ、ご自身は一人(自車)で現地に向かうという、かなり変な感じになりました。

 これまでの経験や、この間の岩手会MLでの担当者レポートから、今回も、従前以上に相談者の来ない閑散とした展開が予測されたので、遠方からお越しになる先生方に、せめて観光地の外観だけでもと、今回は、遠野(千葉家)廻りのルートで行きました(あまり遠野に関心がなさそうな方々でしたが…)。
 1時間前に現地に着きましたが、大船渡地区公民館は高台にあるため、先に被災状況を視察していただいた方がよいと考え、盛駅~大船渡駅周辺を巡回した上で、公民館に向かいました。
 国道沿いは断片的な被害しか見られませんでしたが、高台を降りて海岸沿いに走行すると、宮古の鍬ヶ崎のスケールを大きくしたような惨憺たる光景が広がっていました。

2 指定会場での相談
 結論として、大船渡地区公民館(秋田と青森の先生が担当)が2名、末崎中(私と神戸の先生が担当)は0名という有様でした。
 貼り紙はありましたが、末崎では、担当の市職員の方?から「相談会は聞いてない」との発言があったり、やはり現場での広報等に至らない点はあるようです。
 どこでも同じことが言われているようですが、弁護士会が避難所での相談会を実施しても相談希望者が集まらない要因として関係者等から指摘されたのは、
 ①被災者再建支援法などの情報が広まり(既に申請受理も開始とのこと)、「行政支援等のアナウンス程度の相談」が激減したこと
 ②避難所の利用者がピーク時の半分以下(約1/3とのこと)まで減少していること
 ③同じ避難所で何度も相談会を行っており、現時点での需要を一応満たしたこと、などでした。

 同行の先生からは、
 「避難所相談の時期は過ぎた。これからは込み入った相談が増えるだろうから、プライバシーを確保できる市役所等に1本化すべき」
 「(相談者があまりないことが常態化しているため)行く意味があるのかと、自分の所属弁護士会で議論になっている。視察することに意味がある、と超熱心な某先生に説得されて渋々継続しているのが実情」
 「当会ではタクシー分乗は不評」などの話もありました。

3 その他の避難所等の巡回
 そんな次第で、前回以上に他の避難所を熱心に廻ることにしました。
 とりわけ、末崎を担当した神戸の先生に関しては、神戸から来て、避難所の体育館で1日中ぼけっとしただけでした、では「おもてなしの盛岡が聞いて呆れる」と言われそうなので、末崎では、12時半に「2時半に戻ります」と貼り紙をして、私と2人で、末崎地区の避難所巡りをすることにしました。
 が、6箇所の避難所を巡ったものの、同じような境遇に立たされた?他の先生がすでに制覇していたようで、岩手弁護士会ニュースは概ね具備されていました。

 なお、岩手会本部が末崎地区に神戸の先生と私を配転したのは、こうした展開になった場合に、碁石海岸・穴通磯にも案内してガス抜きをせよとの指示を含むものと勝手に解釈しましたので、計20分ほど、「今度は観光で神戸の皆さんを連れてきて下さいね」と観光タクシーあんちゃんに徹しました。
 予想通り、両者とも以前と何一つ変わらない光景で、「壊滅したのは人の作りしものだけで、自然は無傷だなぁ」と都知事のセリフを思い浮かべました。(今回は、ヨブ記を引用する方が適切だと思いますが)

 避難所巡りの最後に、避難所として使用(開放)されている某教団の道場に恐る恐る?行くことにしましたが、カーナビで山中を巡っても辿り着けず、ひなたぼっこ中のご老人に「ダーツの旅」風に尋ねたところ、「おれ、そこの避難者」と、同乗・案内いただけることになり、山奥に向かう凄い道を通って、辿り着きました。
 高齢者を中心に10名弱いらしたのみで、幸い?弁護士会ニュースも見たことがないとのことでしたので、前回同様の「ミニ説明会+雑談」をして退去しました。
 
 3時前に末崎中に戻りましたが、予想通り相談希望者はなく、その後も閑散としていました。公民館チームも同様の展開と見込んだので、そちらに移動することにしましたが、勝手に引き払うと本部の先生に怒られそうなので、神戸の先生を残し、私一人で公民館に向かいました。

 公民館では、1名を残し、1名を連れて近隣を廻るつもりでしたが、閑散としていたせいか、到着前の私の電話で撤収と誤解されたようで、やむなく、3名で近隣を廻ることにしました。
 毎度のパターンですが、公民館も不在者ばかりで、チラシ(弁護士会ニュース)配りをしても効果なく、「相談者が来なくて困ってます」とアナウンスをして貰っても効果なしだったので、撤収希望という面もあったようです。

 これまでのパターンから、公民館付近の人数の多い避難所(大船渡中やリアスホール)はどうせ弁護士会ニュースが山積みされているだろうと考え、少し離れた盛地区に進攻することにし、まずは、盛駅前のカメリアホール(中央公民館)に行きました。
 館長さんにお尋ねしたところ、「弁護士会ニュースは一枚だけある。貰えるなら世帯分だけ欲しい」とのことだったので、世帯数+?程度、置き、退去。
 他の先生は、役所の方と、雑談的に「悪徳商法被害(リフォーム系)が多発しているようだ」などと話していました。
 末崎に2名配置するくらいなら、こちらに1名配置した方がよいのでは?と思いました(盛地区なら、周知さえあれば近隣の方も来訪するでしょうし)

 次に、近くにある避難所として指定された老人福祉施設に行きました。
 こちらは、1号・2号も同様に1部だけあるというような説明だったので、補充して退去するだけかと思ったところ、相談希望の方がおられるとのことで、急遽、弁護士3名で、相談内容を伺いました(訴訟の可能性のある本格的な事件相談でした)。

 結局、その施設で時間切れになったので、5時半に末崎中に戻り、やはりゼロ件のままということで、そのまま退去しました。
 遠方からいらした先生方も、色々と思うところはあったかもしれませんが、盛楼閣で、それらもすべて吹き飛んだことでしょう。

2011年5月5日(木)
今年のGW

 今年のGWは、那須塩原方面に行きました。
 これは、震災以前(2月頃)に、宿を予約していたことによるものですが、妻が、テレビ東京系列の「空から日本を見てみよう」という番組を好んで見ており、那須が取り上げられた回を矢鱈に気に入っていたこと、高速の休日1000円制度が6月で終了すると報道されていたので、どうせなら遠方までと考えたことによるものです。
 震災で多くの観光地が影響を受けているとの報道がありましたが、私が行った限りでは、那須は相応に混んでおり、日中に渋滞に巻き込まれて散々な目に遭うこともありました。
 ただ、宿の方などに言わせれば、それでも例年よりは遥かに観光客が少ないとの話もあり、那須に限らず、メジャーな観光地にGWに行くのは(特に自動車で)回避するのが賢明かも・・と改めて思いました。

4月
2011年4月28日(木)
陸前高田の避難所出張相談

 この日は、25日の宮古に引き続き、岩手県では最も被害の大きい自治体である陸前高田市への出張相談を担当しました。
 今回は、函館・秋田・大阪からそれぞれ派遣された弁護士さんを私の車両に乗せ、4人で被災地に向かいました。
 配属先は、陸前高田の広田半島(牡蠣の養殖で有名)の真ん中にある「モビリア」というキャンプ場などに利用されている施設と、海岸から10㎞以上は離れているはずなのに、川沿いに押し寄せた津波の影響で、大きな被害が及んでいる竹駒地区にある公民館(定住促進センター)の2箇所でした。
 
1 指定避難所まで
 この日は、住田町から陸前高田市内(竹駒地区手前)に入ったところで大渋滞となりました。原因は、四十九日法要の日であったほか、竹駒地区から高田一中の国道沿いで電線の架線工事をしており、片側通行になっていたことによるものでした(高田市内の中心部や北部に渋滞はみられませんでした)。
 なお、私と共に、この日の陸前高田の相談(別の避難所)を担当された某先生の提案で、「旧宮守村にある某ドライブイン風店舗」をトイレ休憩場所にしましたが、肝心のトイレに紙が切れていて、泣きそうになりました(到着前に、被災地気分…)。
 
2 モビリア(私と青森の先生が担当)
 竹駒地区の渋滞と、陸前高田の中心部の壊滅等に伴うルートの不明(カーナビで指定された道路が、冠水その他で通行できず)のため、30分ほど到着が遅れました。途中で通過した陸前高田の中心部のあまりの壊滅ぶりには、本当に言葉を失うばかりでした。
 施設では、予め開催予定の告知はされていたとのことであり、他の避難所から相談に見えられた方もいましたが、相談にいらした方は、5名に止まりました。
 
3 竹駒その他(秋田と大阪の先生が担当)
 手前の渋滞に泣かされたものの、11時前には到着しましたが、到着した時点で相談希望の方はおらず、担当者も不在でした。
 結局、11時から5時までの相談会として設定していましたが、相談にいらした方は2名しかなく、施設の管理担当の方も、「そんな連絡もあったかも」程度の、低調な対応だったとのことです(住民から担当者に、弁護士に相談させてくれ的な突き上げがないことの裏返しかと思われました)。
 他の先生方のレポート(岩手弁護士会のMLに送信)でも、同様の指摘が多々なされていますが、事前に現場に周知がないなどの問題が多いようで、今回も、利用者?の方から「事前周知の徹底(工夫)」を求める声がありました。

 11時に竹駒で2人の先生を降ろした際、相談者が来なくて困った場合には連絡して下さいと述べていたところ、案の定、1時半頃、モビリアにいた私の元に、大阪の先生からSOSが入りました。
 そこで、急遽、青森の先生のみモビリアに残して竹駒に移動し、岩手会のMLで本部の先生が送信されていた「県内の避難所リスト」をもとに、大阪の先生と近所の避難所巡りをすることにしました。
 以下、巡回先では、次のようなやりとりがありました。

①西部デイサービスセンター竹の里
 高齢者のデイサービスの施設で、ちょうど、利用者向けのオリエンテーション的な集会をやっていたため、窓口対応をされた方に、「岩手弁護士会ニュース」数十部を説明・交付して退去。

②社会福祉協議会事務所
 上記のすぐ近所にあったので、ついでに立ち寄り、窓口対応をされた方に、「ニュース」の説明をし、数十部を交付して退去。特に、相談希望者が来所しているという感じでもありませんでした。

③仲の沢公民館
 高齢者3、4名のみ滞在されていたため、「ニュース」数十部を説明・交付して退去。
 
④上細根町内会館
 すでに夕食の準備を始めていたものの、十数名の利用者が滞在されていたため、「ニュース」の簡易な説明会をしたいと申し出、10分弱、「ニュース」の内容や補足(支援法の典型相談例など)を説明し、若干の懇談とフリーダイヤルの宣伝、「ニュース」数十部の交付をして退去。
 
4 その他の視察?先
 上記のとおり、指定場所の相談(特に竹駒)が低調であったため、他の関係先に「岩手会ニュース」を届けるのを優先した方が賢明と判断し、若干早めに竹駒を切り上げ、陸前高田市役所(臨時庁舎)に行きました。
 本来の庁舎は、津波が直撃したため現在は、高田一中の近くにある高台の団地付近に仮庁舎が設けられており、そこにある市の対策本部(広報担当)に伺ったところ、「岩手会ニュース」はこれまで見たことがないとのことでしたので、市内各所への配布等も含め、広報への活用を要請してきました。
 
 その後、高田一中にも行きましたが、こちらは、さすが「県内最大の避難所」と目されていることもあり、岩手会ニュースも山積みでした。
 宮古で伺った小学校は、体育館のみ避難所として使用されているのに対し、こちらは校舎の1階を広く避難施設として使用しており、別格の感がありました。
 校庭での仮設の建設も進んでいましたが、反面、ここの生徒さんはどうやって勉強・運動すればいいのやら…とも思いました。

 その後、壊滅した中心部と海岸沿い(道の駅)を経由してモビリアも撤収し、大船渡経由で戻りました。
 「大船渡・碁石海岸」インターで降り、大船渡署などを垣間見て住田町方面に向かいましたが、これまで拝見した宮古・釜石・大船渡とも、中心部が相当程度、生き残っており、中心部が完全に壊滅した陸前高田の惨状を改めて強く感じ、他市と比べた再建のため必要とする距離の違いが、強く印象に残りました。
 私個人は、4年ほど前に大船渡署の当番で高田松原に行って以来でしたので、高田松原のすぐ近くにある道の駅付近の変貌ぶりや、海面が国道のすぐそばまで来てしまっていることに、特にショックを受けました。
 
5 雑感・おまけ
 壊滅した旧中心部を走行することが何度かありましたが、国道を除けば、道路状態が非常に悪く、パンクの恐怖を感じました。
 岩手会で他の地域に派遣された先生から、パンクしたとの報告が複数あったので、パンクのリスクはかなり注意を払った方がよいと感じました。

 盛岡に20時過ぎに戻りましたが、遠方からお見えになった先生に何の労いもしないのは、私の「おもてなしの心(byどんと晴れ)」が許さない(或いは、ささやかながら外貨獲得)ので、反省会をやることにしました。
 その際、大阪の先生からは、次のような指摘がありました。

 ①関西と東北との心理的距離について。
 関西人にとって、沖縄は身近だが、東北は非常に疎遠。大阪弁護士会には、旅行などで沖縄を気に入って登録替えする人は多いが、東北には聞いたことがない。
 神戸・大阪には、「被災地しばり飲み会」を筆頭に、支援希望者が多いので、もっと、双方が交流する仕組み・仕掛けが必要。(私が、銀座のアンテナショップや「なまはげ居酒屋」の話をすると大阪にも「座敷わらし居酒屋」を作るべき、と強調されていました。岩手弁護士の協同組合も、他の弁護士会のように特産品販売でもやればいいと思うのですが。)

 ②仮設住宅について。
 仮設に早く行きたい、という声は多いが、奈良の大滝ダム(ダムの設計ミスで巨大地滑りの危険が生じ、集落の強制移転が行われた事件。近々に控訴審?判決とのこと)では、日当たりの悪い場所に仮設が作られたため、虫が大量発生して生活に多大な支障を来したり、防音能力がまったくなく、プライバシーがおよそ保護されず、問題が生じた例を沢山見てきている。
 「仮設の先(公営住宅の建設など?)」を見据えた対策を迅速に取るべき。

2011年4月24日(日)
宮古の避難所出張相談

 岩手弁護士会では、3月下旬から、順次、内陸部(主に盛岡)で執務する弁護士がローテーションを組み、沿岸部に点在する避難所への無料相談事業を行っています(幸い、法テラスから、申し訳程度ですが日当が出ます)。
 4月中旬頃からは、日弁連を通じ、他県(主に北海道・青森・秋田・大阪・兵庫)の先生が応援に参加し、岩手会1名+他県3名が、岩手の弁護士が運転する自家用車に乗り、現地2~4ヶ所に赴くという体制を取っており、5月末までこの体制が続くことになっています。
 私自身は、家庭の事情で、独身等の方々に比べて自由に身動きが取れない状況にあり、若い世代では恥ずかしながらワーストクラスの貢献度になっていますが、それでも、4月と5月で計5回、被災地への出張相談を担当しています。

 この日は、私にとって、4月3日の釜石以来、2回目の避難所相談となり、神戸の弁護士さん1名、青森の弁護士さん2名と一緒に宮古の避難所に行きました。
 終了後、岩手弁護士会のMLに相談結果を報告しましたが、相談内容以外は、守秘義務が問われる内容でもありませんので、ささやかながら、ここでもご紹介します。

1 指定避難所まで
 この日は午後1時からの開始でしたが、弁護士会のルールで、9時に盛岡駅前から出発となっていたため、11時過ぎに宮古市内に到着しました。
 派遣先の避難所が、被災の様子が分かりにくい内陸方面にありましたので、県外の先生方にも被災現場を見ていただくべきと考え、宮古でも被害の大きい鍬ヶ崎地区に行き、そこから浄土ヶ浜を垣間見て、宮古駅に戻って昼食を取り、避難所へ移動しました。
 鍬ヶ崎の光景は、1週間前に宮古振興局の相談に来た際にも見ていましたが、若干片付けが進んだように感じました。
 また、浄土ヶ浜と国道を結ぶ橋からは、右手に壊滅した鍬ヶ崎地区、左手にいつもと変わらない穏やかで美しい三陸の海と断崖の光景が広がり、非常に対照的でした。

2 シーアリーナ
 今回は、宮古市民総合体育館(シーアリーナ)と宮古小学校の2ヶ所を派遣先として指定されており、弁護士会の対策本部の指示に基づいて、シーアリーナで青森の先生お二人を下ろし、私と神戸の先生が、宮古小に移動しました。
 シーアリーナでは、相談者が計11名で、他に、雑談的に数名ほどの相談があったとのことでした。
 避難所相談は、現地で場所の選定をされている地元の弁護士さんや市役所等との協議で決まるのですが、一杯一杯とのことで、直前にならないと決まらず、現地でも、十分には周知されていないことが常態化しているようです。
 この日も、シーアリーナでは、開催予定の告知はされていたそうですが、あまり周知されていなかった様子で、相談者もまばらだったようです。

3 宮古小学校
 到着直後、避難所になっている体育館の入口で、利用者の顔役のような年配の方(配膳担当?)に、開口一番、「弁護士相談が事前に連絡されていなかった」「前夜までに言ってくれれば、利用者に周知したのに」「今日は温泉の通所サービスの日で、皆、3時過ぎまで出払っている」と言われ、実際、利用者の多くが外出中で、閑散としていました。
 宮古で執務している先生から、「そのような場合は、こちらへ」とメールでアドバイスを受けていたので、3時過ぎにまた戻る旨を伝え、車で5分ほどの距離にある、別の避難所(愛宕小学校)に移動し、3時頃、神戸の先生を残し、私一人で宮古小に戻りました。

 ところが、戻った後も、温泉から戻った方は高齢者が10名前後で、アナウンス等するも、「相談しようムード」にならず(風呂上がりのせいか、皆さん寝てました…)、形としては1件のみに止まりました。
 やむなく、岩手弁護士会で作成した、様々な制度やアドバイスの要点を記載したチラシ(岩手弁護士会ニュース)の戸別配布等をしながら気力のありそうな避難者の方に、被災者生活再建支援法(家屋が被災した方に行政の支援金が支給される制度で、今回は特に出番の多い法律)のアナウンスをしたところ、数名の方と、雑談的に、色々と質問を受けたりしました。
 結局、前出の顔役の方から、「4時過ぎに配膳開始になるので退去するように」と言われ、やむなく退散することにしました。
 退去した4時半の時点まで、宮古小では、壮年世代の方は、ほとんど外出して不在で、横になっている高齢者の方10~20名弱と、お子さん数名という構図で、終始閑散とした感じでした。
 避難所の入口には、札幌市の職員の方(受付用の応援要員とのこと)が待機しており、「一番不足しているのは、現地で人や物の配点のコーディネートができる人材なんですよね…」と互いにため息を付き合うばかりでした。
 
 岩手弁護士会の出張相談では、このように、せっかく現地に伺っても、事前の広報等が行き届かず、弁護士4名・避難所2箇所で相談者が合計で10名前後に止まる日も少なくないようです。
 言うなれば、我々自身が、「積み上がった支援物資」のような状態で、被災者だけでなく、遠方から来ていただく弁護士さん方にも申し訳ないと感じています。
 現地での広報等のコーディネートや適切な戦力投入のあり方などについて、弁護士会だけでなく、地元の方々にも、対処法を検討いただければと思っています。
 
4 愛宕小学校
 前記2の経緯から、1時半過ぎに、何のアポイントもなく愛宕小に押しかけましたが、こちらは宮古小とは打って変わって到着直後から相談希望者が多数あり、私と神戸の先生で、合計11名の相談がありました。
 再建法絡みがほとんどでしたが、生活・仕事の再建に絡んだ相談もあり、印象として、宮古小やシーアリーナの方よりも活気があるように感じました。
 宮古の先生のメールによれば、宮古小やシーアリーナが、宮古の中心部では特に被害が大きく、自宅その他を根こそぎ奪われた鍬ヶ崎近辺の方が入っているとのことで、これに対し、愛宕小の利用者が、多少は街並みが維持されている愛宕小周辺~市街地の方ということなら、その差が出たということかもしれません
 
 弁護士会のルールで7時まで待機するように言われていましたが、5時半頃から避難者の食事時間となり、それ以後は相談希望の方もなく、そのまま終了となりました。
 さすがに震災から1ヶ月半近くも経過したせいか、避難者・スタッフ向けの食事も大量に余っており、配膳場所のすぐ脇に開設したブースで空きっ腹で座っていたのを見かねたのか、「どうぞどうぞ」とスタッフ(ボランティア)の方に勧められ、遠慮無く頂戴しました。
 ただ、シーアリーナに着くと、こちらでは、別室に移動したせいか、青森の先生方はそのまま待機されていたとのことで、汗顔の至りでした・・

5 雑感
 3ヶ所とも、乳幼児(連れの家族)の姿はありませんでした。優先的に、仮設住宅等に移動したということなのでしょうか?
 要介護の方がいる家庭も同様でしょうが、そうした配慮がされたということであれば、望ましいことかと思います。反面、今後の支援等の問題はあるかとは思いますが。

 また、全般的に(特に、宮古小とシーアリーナ)、1ヶ月半も避難所生活が続き、疲労の蓄積が顕著という印象です。
 一般的には、「弁護士が対処を要する論点・紛争が顕在化するのは、これからだ」などと言われていますが、それ以前に、避難者の方々が精根尽き果ててしまわないか心配です。
 仮設であれ民間住宅等であれ、避難所生活の解消が、何より優先されるべきではないかと思われます(反面、避難所生活なのでコミュニティが維持できているという指摘もあり、悩ましい問題も含まれていると思いますが)。

 また、疲弊感の根本原因に、1ヶ月半も経過しているのに、生活再建=仕事等の目処が立っていないという点も、顕著に見られました(雑談等をしても、皆さん、被災前はそれなりに仕事を持っていました)
 弁護士も、困っている住民の支援だけでなく、地域に雇用と利潤(自立的な復興原資)をもたらしてくれる、産業・経済・企業等のサポートの方にも携わっていければと感じずにはいられませんでした。

2011年4月20日(水)
震災復興として行われる地元業者間の共同事業とリスク対応

 震災(津波)で多数の漁船が喪失されたため、漁業者が、共同で漁船等を購入し、共同経営で漁業を再開しようとしているとのニュースがありました。同じように「これまで単独経営していた方々が、復興のため共同で事業する」という例は、他にも色々と出てきているようです。
 ただ、震災に限った話ではありませんが、「複数の事業者が共同して事業を立ち上げ、損益を分配する場合」は、損益の帰属・分配について、ある程度しっかりした取り決めをしておかないと後々、損益の分担を巡って(特に、損失の押し付け合い)深刻な争いになるケースが少なくありません。
 この場合、相応の合意書を作成して、損益の帰属を明確化しておかないと、「協議で代表者になって欲しいと頼まれたので、自分の名義で設備の契約をした」というような方に、損失リスクが集中してしまうこともありがちです。(共同事業=リスク分配の合意の存在が立証できないため)
 
 今はまだ、それどころではないかもしれませんが、そうしたリスクが伴うケースでは、当事者間で損益分配等について協議し、ある程度、ご本人レベルで条項(箇条書き)を作っていただき、それを弁護士が精査して、リスクが顕在化した場合に訴訟等に耐えうる合意書に仕上げておく、という作業を予めしておくことが望ましいと思われます。
 
 欲を言えば、現地の方々は、そのようなことまで考えて費用負担等をすることは難しいので、業界団体(組合など)で、被災同業者の支援基金(予算)を設定し、その基金から弁護士等の費用負担をするようなスキームを作っていただければ、有り難いのではないかと思います。
 さらに言えば、中小企業庁などが無料相談や限度額つきのタイムチャージ制などの事業を行っていただければ、なおよいのですが…

2011年4月17日(日)
宮古振興局・被災者相談と書籍改訂作業

 この日は、岩手弁護士会が、震災を受けて急遽設定した、被災地の振興局(県庁の出先機関)で行っている被災者向け相談会の担当日として、宮古に行きました。
 ただ、どうも、広報等をほとんどしないまま、とりあえず相談会だけ強引に(安易に?)セッティングしたという感は否めず、結局、10時半から15時半までの時間帯で、相談に訪れる方はいませんでした。
 もっとも、私の場合、震災以前に受注していた「わかりやすい廃棄物処理法の手引」の平成22年法改正に伴う改訂作業が遅れに遅れていたため、この時間を活用して執筆作業に勤しんでおり、結果として、この時間を活用して、納期に間に合わせることができました(だからといって、往復4時間もかけて内職をしにいくというのは無茶苦茶な話だとは思いますが…)。
 個人的には、避難所にでも行って押しかけ相談会でもやればよいのではと思ったりもしましたが、建前として、飛び込みの相談者がいれば応じなければならない(不在だと責任問題にならないとは言えない)ので、何だかなぁと思いながら、内職に勤しんでいたというのが実情です。
 
 ただ、宮古の被災状況をきちんと見ておきたいと考え、拘束時間の終了後、シートビアなあど(海岸にあった宮古の道の駅)に向かったところ、テレビでもやっていたように、周辺の鍬ヶ崎地区全体が壊滅しており、夕暮れ時の寂寥感も相まって、暗澹たる気持ちにさせられました。
 以前、この近くで「ホヤの匂いが染みついたイカのにぎり寿司」を食べたことがあると日記でも書いたことがあるのですが、そのお店も被災し消滅しているように思われ、一刻も早い復興(と、その際にはホヤの匂いを付けずに握っていただくこと)を願わずにいられませんでした。

2011年4月9日(土)
被災県から東京へ

 震災以前から決まっていたことですが、この日、妻の妹の結婚式があり、何が何でも出席しなければならないとのことで、新幹線も止まっている被災県から、飛行機等で頑張って参加してきました。
 運の悪いことに、出発前夜に「最大の余震」が起きて停電となってしまい、可動式の車庫に入れた自動車を動かすことができなくなったため、やむなく高速バスで花巻空港に行かなければならなくなるという一幕もありましたが、とりあえず、無事に往復することはできました。
 
 東京は、それなりに節電しているようではありましたが、被災地は言うに及ばず、物資不足に悩んでいた盛岡と比べても、平常と変わらない、いつもながらの東京を感じました。
 空いた時間で青山にある岡本太郎記念館に行きました。以前から、岡本太郎が北東北の文化に高い関心を持っていたという話を聞いて、興味を持っており、先日からのNHKドラマも見ていたので、その点は、なかなか有意義な時間を持つことができたと思っています。
 妻が、出発直前から高熱が引かず、ドーピング状態で無理を押して上京してきたなど、散々な面もありましたが、私個人は、それなりに非日常を楽しんだのではないかと思います。

2011年4月3日(日)
はじめての避難所

 岩手弁護士会では、3月下旬頃から避難所への出張法律相談を開始しましたが、この日、私もはじめての避難所相談を担当することになりました。
 派遣先は、釜石市の栗林小学校で、もう1名の盛岡のO先生が運転する車で、2人で一緒に行きました。
 釜石市に到着すると、先に釜石駅前の行政施設に立ち寄りましたが、釜石駅前周辺が、津波の到達の有無を分けた分水嶺になっており、神戸の警察官が交通整理をしていたり、大阪府のバスが駐車していたり、中東系の団体が炊き出し支援をしていたりと、被災地ムードで溢れていました。
 その後、被災した釜石市の中心部を横切って北上し、栗林地区に向かいました。釜石市の商店街(駅から海側のエリア)は、1階が津波で壊滅し、少なからぬ建物が倒壊等の被害を受けており、はじめて被災状況を目の当たりにしたこともあって、悲しいやら悔しいやら、無力感で一杯になりました。
 釜石は、3年ほど前、筆界調査委員の仕事で中心部のホテル(のレストラン)などに来たことがあり、自分が訪れたことのある、以前の状態を知っている場所が壊滅しているのを目の当たりにすると、本当に苦しい気持ちになりました。
 また、中心部から一山超えて北上すると、地区全体が丸ごと津波で壊滅したエリアが点在しており、さらに暗澹たる気持ちになりました。
 
 そうして、栗林小学校に到着し、2部屋を相談場所として提供していただき、O先生と二手に分かれて相談(13時から19時まで)を開始しました。
 この日は、弁護士が来訪したのが初めてということもあったと思いますが、その後の相談会(4/25、4/28、5/16を参照)と異なり、ひっきりなしに相談希望の方がいらっしゃいました。私の方は合計で13件ほど、O先生に至っては、5分程度で終わったものも含め、20件以上あったとのことでした。
 大半は、「自宅が流されたが行政の支援はないのか」などという類のものでしたので、阪神淡路大震災を機に制定された、被災者再建支援法のスキームを説明し、おって行政の受付開始を待って下さい(審査後に問題が生じた場合には、再度ご相談下さい)と述べる程度に止まるものも少なくありませんでした。
 ただ、債務関係の相談や相続、中にはご両親を亡くしたお子さんの問題(お母さんの姉妹の方が一緒にいらして、今後の養育などの話をされていきました)など、弁護士の力の及びにくい領域で難しい問題が多々生じていることを感じさせられることも少なくありませんでした。
 
 相談結果については、岩手弁護士会でデータ化して集計しており(先般、日弁連に提供し、整理・分析等を委託することになったようです)、現行法では救済しがたい問題も少なくないため、政策や立法などの資料として生かしていただければと思っています。

3月
2011年3月28日(月)
岩手弁護士会の支援体制と当事務所の方針

 既に報道されていますが、岩手弁護士会では、震災の被災者向けの無料の電話相談窓口を開設しました。被災者の方々が法的支援を受けるための相談などを受け付けるもので、盛岡市内の大半の弁護士が交替で対応し、私も月に2回程度、担当することとなっています。
 弁護士会の電話相談は、平日の午後1時から午後4時まで、受付の電話番号は019-604-7333と019-651-0351の2回線となっており、一般的な法律相談だけでなく、行政等の支援窓口のご紹介にも、相当程度、対応できるようになっていますので、上記の時間帯は、弁護士会の相談をご利用いただくのが賢明かと思われます。
 
 また、東京三会(東京弁護士会、第一東京弁護士会、第二東京弁護士会)でも、被災者向けの無料相談(午前10時~午後3時)を実施しており(これら弁護士会のWebサイトをご参照下さい)、岩手弁護士会とは実施時間が異なりますので、岩手会の実施時間にはご利用の困難な方は、ご利用をご検討下さい。
 当事務所でも、簡易なご相談であれば、電話によるお問い合わせにもなるべく対応していきたいと考えております。当方の受入れ容量の問題もあり、事務局にて要旨(ご質問の趣旨)を聴き取り、弁護士又は事務局よりご回答する形をとらせていただくことになると思いますので、必要に応じてご利用下さい。
 
 また、当事務所へのご来所による法律相談についても、法テラスの相談援助制度を活用いただくことで、大半のご相談を無料で実施することができるかと思います。相談に止まらず事件として受任する場合も、法テラスを活用し、費用のご負担を軽減して対応して参ります。
 おって、近日中に予定している当事務所サイトの更新で詳細を告知しますので、よろしくお願いいたします。

2011年3月27日(日)
ガソリン難民

 生活機能が復旧しつつある盛岡ですが、ガソリンの供給については、現在も正常化の目処が立っていないようです。
 私の場合、偶々、地震当日(金曜)の夜に給油をしようと考えて、あと1目盛り位の状況で地震を迎えてしまったため、途中のガス欠などを危惧して長蛇の列に並ぶことすらできず、供給の正常化までは、給油=自動車利用を差し控えざるを得ない状況になっています。
 この日(日曜)、行きつけのスタンドが朝から供給を開始するとの話を前日に聞いたので、そこそこの行列なら並ぼうと思って行ってみたのですが、予想以上の大行列となっており(おまけに並ぶ場所が分からず無用の苦労までする羽目になり)、やむなく退散しました。
 当面の生活水準は概ね維持できているのですが、遠方の警察署の被疑者等の弁護人を要請された際には、事実上、給油ができない限り弁護人としての活動ができないことになってしまうことなどから、どうしようか大いに悩んでいることろです。

2011年3月26日(土)
大震災が盛岡に落とす影と当事務所

 25日に盛岡JCの会合があり、救済・復興等に向けてJCに何ができるか・すべきかに関して若干の話をしてきましたが、沿岸には及ばないにしても、盛岡の中小企業の方々にも、震災の負の影響が大きく出始めているという話が、色々と出てきています。
 例えば、顧客構成が沿岸中心だった企業さんは、現在は取引先の安否確認に負われているが、程なく大量の顧客を失う恐れが濃厚であるとか、飲食店経営者の方は、歓送迎会シーズンに直撃され閑古鳥状態であるなど、沿岸だけでなく、盛岡の企業などにも深刻な連鎖が生じかねないことが危惧されています。
 
 かくいう当事務所も、これまで書いてきたとおり、震災直前の時点で事務所経営の中で大きなウェイトを占めていた個人の方の債務整理の需要が大幅に減退していたため、より一層、業務・顧客の開拓が求められていた最中であり、震災による経済の停滞により、その他のご依頼の停滞も危惧される中、今後、事務所を維持できるだけの売上を確保できるのか、不安を拭えないというのが正直なところです。
 もちろん、今後は、震災被害者の救済に関して法律相談等の需要は生じるかとは思いますが、少なからぬ部分が、ボランティア的なものにならざるを得ない、ペイしない業務になる可能性が高いのではないかと思っていますし、それでも地元の弁護士として、他の先生方に負けないように引き受けていかなければならないとは思っています。
 11年のキャリアと7年の事務所経営で培った一定のノウハウとささやかな経営体力を最大限に生かして、困難を乗り越えながら、地域社会に貢献して参りたいと思います。
 
 先日も、弁護士会から義援金の要請があり、まとまった額の寄付は自分が帰属意識を持っている団体を通じて行いたいと考えていましたので、事務所経営に不安を感じつつも、相当な額を思い切って送金しました。
 今後も、震災に負けずに懸命に働き、相当の収益を上げ、時期を見て相当の追加寄付ができるよう、努めて参りたいと思っています。

2011年3月13日(日)
東北地方・太平洋沖地震(東日本大震災)に伴う法律相談について

 平成23年3月11日に発生した東北地方・太平洋沖地震(東日本大震災)では、岩手県をはじめ東北各地(特に沿岸部)に甚大な人的・物的被害が生じました。
 当事務所では、犠牲者・被災者の皆様に心より哀悼及びお見舞いの意を表すると共に、被害県の県庁所在地で執務する弁護士の立場で、被災者・ご家族の皆様に最大限の法的支援を行って参りたいと考えております。

 おって、岩手弁護士会より正式に地元会としての支援方針が発表されると思いますので、その後にはその指針に従って支援活動を行って参りますが、発表までの当面の間は、震災被害に基づく法的トラブル・法的サポートに関するご相談は、極力、無料にて対応していきたいと思います(法テラスによる相談援助制度(無料相談)を活用して当事務所にご相談いただける方は、ご協力いただければ幸いです。詳細は当事務所までお問い合わせ下さい)。
 また、簡易なご相談であれば、電話によるお問い合わせにもなるべく対応していきたいと思いますので(当方の受入れ容量の問題もあり、事務局にて要旨(ご質問の趣旨)を聴き取り、私又は事務局よりご回答する形をとらせていただくことになると思います)、必要に応じてご利用下さい。

 同様に、事件受任を必要とする場合にも、法テラスを活用いただくなどの方法により、極力、ご負担の軽減を図っていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

2011年3月12日(土)
東北地方・太平洋沖地震(東日本大震災)の被災経験

 昨日に発生した表記の大震災については、当事務所の存する盛岡市でも、震度5強とされる大規模な地震に直面しました。
 幸い、激しい揺れは経験したものの、私に限って言えば、家族・実家とも人的被害はなく、物損もごく僅かに止まりました。しかし、岩手ないし東北・東日本の被害という点から言えば、沿岸部を中心に甚大な人的・物的被害が発生してしまいました。現在も救助等の活動が行われており、可能な限り人命の救助や被害の拡大阻止が図れることを願ってやみません。
 また、全国・全世界の皆さんには、犠牲者・被災者及びそのご家族のため、相当なご支援をお願いしたいと願っております。
 
 個人的にご心配をいただいた方もおられるので、取り急ぎ、土曜夜までの私個人の体験談のみ、簡潔に記載したいと思います。
 まず、地震が発生した午後2時50分には、出勤中の事務局2名と共に事務所で書類仕事をしており、3人とも机に隠れましたが、幸い一部の食器が破損した程度の被害しかありませんでした。ただ、激しい振動が続いた時間が非常に長く(実感として3~4分程度)事務局長に言わせれば、このままビルが倒壊してしまうかと思ったというほどのものでした。私も、机の下で、NZの映像が脳裏をよぎっていました。
 揺れが収まった後、一旦ビルの外に出て、近くの広場に行きましたが、街中が完全に停電し、信号機も完全に消灯していたので、修習中に旅行したインドネシアの町(交通量が多いのに信号機がなく、各人が勝手に渡っている)と同じような印象を受けました。
 何度か震度4、5クラスの余震がありましたが、それ以上の余震が見られなかった上、金曜の4時にある事件の口頭弁論期日が予定されており、その際に来週早々の期日の準備書面なども持参するつもりであったので、多分、行っても無駄だろうとは思いつつ、自転車を駆って裁判所に行きました。
 当事務所から裁判所までは自転車で10分程度ですが、歩道には普段の数倍の人が歩いており、完全停電も相まって、被災地そのものという印象でした。
 裁判所に着くと、予想通り、職員が次々と帰宅していたため、急いで4階の書記官室に行き、まだ残っていた書記官の方に、事情を説明して休廷を確認し、訴状や準備書面だけ受け取って下さいとお願いして、事務所に戻りました。裁判所も人的・物的被害はほとんどない様子ではありましたが、完全停電のため、階段などは真っ暗でした。
 余談ながら、4時の事件の相手方代理人は東京の弁護士の方で、電話会議とせずに出廷を予定していたため、恐らくは新幹線に乗車中に地震が発生したものと思われ、同情の念を禁じ得ませんでした。

 その後、事務所に荷物を置いて家族と合流しましたが、巨大な余震があると不安とのことで、少し事務所で待機した後、歩いて帰宅しました。その日は完全停電でしたが、幸い、私のマンションは帰宅後21時まで給水ができた上、ガスが止まっていなかったので、お湯を沸かして夕食を取ることができました。自宅にラジオと登山用のヘッドランプがあったので、最低限の対処ができましたが、何度も余震があり、不安を抱えながらの就寝でした。
 翌12日は、盛岡の街は平穏そのもので、行きつけのスーパーに自転車で買い出しに行きましたが、店頭で菓子類や果物、レトルトカレーなど若干の品物を販売していただけで、それでも購入まで1時間半くらい並ばなければなりませんでした。
 帰宅後、今夜も停電のままかと肩を落としながら家族で夕食をとって間もなく、電気が復旧しました。文明社会に復帰できたことを喜びつつも、テレビ画面で過去に何度も足を運んだことがある沿岸方面の惨状を目の当たりにし、愕然とさせられた次第です。
 沿岸部の皆さん、とりわけ沿岸部在住の知人・友人や当事務所に事件を依頼されていた皆様の安否が心配でなりません。自動車で2時間程度の距離に過ぎないのに、ガス欠その他の事情で現場に向かうこともできない自分が悔しく、情けない気持ちで一杯ですが、皆さんのご無事と一人でも多くの方の救出を心より祈っています。

 ちなみに、地震発生の直前に、11日付で「16日予定のJCの知事選公開討論会のPR」の日記までを書き終えて事務局に掲載要請をしましたが、もはや、それどころではなくなってしまいました(既に、延期が決定されています。知事選そのものも特例法で延期になるようです)。
 震災被害者の救済が最優先で図られるべきことは当然ですが、未曾有の震災により、沿岸部をはじめ県内全域で、数十年以上に亘り様々な負の影響が生じるであろうことも危惧されます。今後も様々なことに視野を向けながら、自分の立場でできること、すべきことに全力で取り組みたいと思っています。

2011年3月11日(金)
岩手県政アンケートの分析レポートと知事選公開討論会

 先日、本日記でも掲載した「盛岡JCによる県政アンケート」が集計され、盛岡JC(http://www.moriokajc.org/)のサイトに掲載されています。また、2年前に引き続き、アンケート(設問)の起案者である私に分析レポートを書けとの指示があったため、今回は、集大成(今回限り)との思いを込めて、長大なレポートを一気呵成で書き上げ、掲載してもらっています。
 「現代の民主政治(特に、地方政治)では、かつてよりも直接民主制的契機(住民の民意反映)を強化・充実させる必要に迫られている」と考えれば、県知事の任期満了や県知事選に伴い、県政に対する県民意識を調査し、その内容を詳細に分析し県民に公開して県政への還元を図っていく試みは、高い意義があるものと確信しています。
 こうした調査結果が、県政の担い手(権力者)に、様々な政策上の圧力を適切にかけていくツールとして有効に活用されればと願っており、地方政治のレベルアップを図る上で、そうしたサイクルが確立されてくれればと思っています。
 ですので、内容の巧拙はさておき、岩手県政に関心のある方はもちろん、地方自治に関心のある有識者等には、ざっとで構いませんので、見ていただきたいと思っています。
 アンケートにご協力いただいた皆様には、改めて御礼申し上げます。

2011年3月10日(木)
サイト更新が遅れています

 昨年末から本サイトの内容を大幅拡充すると宣言しており、大半の作業が終わっているものの、最後の詰めが遅れに遅れ、まだ出来ておらず、大恥をかいています。
 あともう少しで、急ぎの仕事に目処が立つので、何とか年度内には決着をつけたいと思ってはいるのですが、担当職員から、多忙なので後回しと通告されている上、「ホームページビルダーの更新も必要」と言われており、ますます先送りになってしまいそうです。

2月
2011年2月12日(土)
弁政連岩手支部結成式

 この日、日本弁護士政治連盟(弁政連)の岩手支部の発足に伴う結成式があり、「岩手弁護士会の窓際下っ端弁護士」に過ぎない私なんぞは何らお呼びではないと思いつつ、本部の役員をされている先生が、大学時代の受験サークルの先輩で、学生時代に何度かご挨拶したこともあったので、さすがにご挨拶すべきではないかということで、それだけのために参加してきました。
 
 で、私自身が取り立てて何かしたとかいうことは何もなく、会議等も特に特筆すべきことも見られませんでしたが、個人的には、最近ホットな話題であるはずの業務拡大のことが、支部の活動内容等に掲げられていないことに、いささかの違和感を抱かずにはいられませんでした。
 これまで何度も書いているとおり、債務整理特需の終焉と弁護士大増員という町弁にとって2つの大きな試練を伴う競争激化の冬の時代を迎え、私のように吹けば飛ぶような営業力のない弁護士にとっては、業務・顧客開拓にますます力を入れないと生き残れないと思っています。それだけに、「弁護士の政治連盟=政策実現のための圧力団体」を作ったというのに、そのような議論が出ないのは、境遇の違いというか、自分の営業力の至らなさに尽きるのかなと痛感させられました。
 
 ちなみに、活動内容に関して、「貧困問題を取り上げるべきだ」との意見があり、それ自体は、昨年の人権シンポのメインテーマでもあり、弁護士会の立場として至極当然ということで、採択されていました。が、私はその際、齋藤誠「競争の作法」(中公新書)で、「格差や貧困(の救済)ばかりを強調するのは、一部の国民にしわ寄せを強いた利権・組織に守られている人々に、それらの利権等にメスを入れ、競争と真正面から向き合わせることを阻害する弊害があるのではないか」と指摘する下りを読んでいたため、色々と余計なことを思わずにはいられませんでした。
 まあ、李徴のなりそこないの身の悪い癖だとは思っていますが。

2011年2月10日(木)
鳥なき里の蝙蝠

 浅羽通明「右翼と左翼」(幻冬舎新書)を読みました。
 浅羽氏は、私のように「大学に入ったら、『思想・哲学』を多少はかじりたい」と思う(思った)ような学生に、格好の入門書を提供する書き手としては、当代随一といってよい方で、私も学生時代に「ニセ学生マニュアルシリーズ」などを読み、「我が国の当時の知の世界」の入口だけを垣間見、そこで勧められた本を古本屋で買い漁るものの、積ん読の標高を上昇させただけで終わり・・という、懐かしくも愚かしい学生生活を送ったものでした。
 本書は、「右翼や左翼とは世界や日本においてどのように誕生し、どのように変遷して現在に至っているのか」を、膨大な知識をベースに非常に分かりやすく書いており、大学生・高校生向けの政治思想史・近現代史の副教材としても、秀逸な本ではないかと思います。
 とりわけ、憲法学をきちんと学びたい人にとっては、日本国憲法の理念(イデオロギー)等を理解する上でも、非常に約に立つと思われ、法学部・法科大学院生こそ入門書として読んでおくべき本ではないかと思います(なお、浅羽氏は司法試験に合格したものの、思想家として生きたいと考え法律実務家への道を進まなかったという経歴の方です)。
 
 ところで、浅羽氏は本書の末尾で「このような一般向けの入門書は、本来なら政治思想等の権威ある大家が執筆すべきであるが、書いていただけないので、仕方なく『鳥なき里の蝙蝠』の心境で本書を執筆した」と述べています。私も、身近に鳥はおろか同種の仲間もない孤独な蝙蝠かと自嘲的な気分に浸ることもありますが、末尾で筆者が語るメッセージは、そんな私も多少は現場で頑張ってみるかという気持ちにさせる面があるのではないかと思っています。

1月
2011年1月23日(日)
無縁社会はすぐそこに

 文藝春秋刊「無縁社会」を読みました。同じタイトルで昨年に放送されたNHKスペシャルの取材班の編著であり、私も9時のニュースの特集などを見て強い関心を持っていたので、買って読むことにしました。
 この中に、30代までは著名な銀行の営業マンとして昼夜の別なくバリバリ働いていた方が、家庭を顧みない生活を続けたため妻子に去られ、40代には鬱病に罹患して閑職に追いやられ、親族と関わることも難しくなって、孤独な老後を迎えるたという話が載せられていましたが、明日の我が身になりかねないとの思いを禁じ得ませんでした。
 
 私は盛岡に地縁・血縁の乏しい(妻に至っては微塵もない)身で、人付き合いのよい性格とも言い難いため、仕事以外の場面での地域などとの関わりを怠っていれば、やがては無縁社会の一員になりかねないという恐怖感は持っています。
 ただ、現実には仕事以外の事柄に本格的に関わる余裕がない生活が続き、弁護士業界が厳しい時代を迎えつつある今、私がそうした生活を続けるのでなければ当事務所の維持に必要な売上を確保できないのではないかとの不安感を抱えながらの毎日を繰り返していることも確かで、行き場のない焦燥感ばかりが空回りしているような思いです。
 
 それはさておき、本書でも述べられているように、かつては同居家族や地域社会が担っていた「終末期を迎えた方への死後及び直前期のサポート」を、NPO法人を含む事業者等が担っていく必要性は、大いに高まっているのではないかと思われます。
 そうしたことについても、当事務所として、お役に立てる途はないのか、模索していきたいと思っています。

2011年1月17日(月)
ようやく更新

 今年は、年明け早々に一日がかりの尋問を要する事件があったほか、細々とした事務に多数追われたことなどから、文章の大半は年末に妻の実家で書き上げていたにもかかわらず、ようやく更新となりました。
 遅れているWebサイトの大幅改訂も、概ね原文はできており1月末までには実施したいと思っています。

2011年1月6日(木)
岩手県政アンケートのお願い~盛岡JCからのお知らせ~

 4年前と2年前に引き続き、今年も盛岡JCの企画で、岩手県政に関するアンケートを担当することになりました。
 今回は、JC上層部?の判断で、4年前と2年前に実施したマニフェスト検証大会を行わず、3月に予定する知事選公開討論会の討議資料という形で活用するのだそうです(但し、1月中旬までの情勢を見る限り、達増知事の無投票再選の可能性もあり、その場合には、マニ検大会という形で実施することになるかもしれません)。
 
 で、今回も、盛岡JCのWebサイト(http://www.moriokajc.org/)でアンケート募集をしておりますので、このサイトをご覧になった方は、そのままJCのサイトにアクセスいただき、アンケートにご回答下さるようお願いいたします。
 なお、今回のWeb投票は、2年前と異なり、「回答時点での集計データが分かる内容」にはなっておらず、2月中旬頃に全体データが公表されることになっているとのことですので、改めて公表後に集計データをご確認いただくようお願いいたします。
 過去2回は、千通前後の回答をいただいてきたのですが、今回は現時点で200通ほどしか回答をいただいていないそうで、ご協力のほどお願い申し上げます。
 
 ちなみに、設問の体裁(選択問題3問、個別テーマ3問)は過去2回に実施したアンケートと同じですが、前者の選択肢については、従前よりも内容の密度を上げたと言って良いかと思います(反面、言葉数が多くて、見づらい面は否定できないでしょうが)。
 ただ、例えば「農業振興」と言っても、最近ホットなTPPに絶対反対の立場から投票する人もいれば、TPP賛成の立場から競争力ある農林水産業の体制整備を求めて投票する人もいると思われます。
 また、人口減少の問題について、今回は「減少防止の対策」と書きましたが、「過去100年間の日本人の人口が多すぎたのであって、適度に人口減少を受容し、ダウンサイジングした国家・自治体経営を図るべきだから、減少防止ありきの選択肢はおかしい」というご意見もあろうかと思います。
 このように、選択肢の文言の善し悪しに議論がありうることは、もとより承知しており、分量の制約と精緻さを確保する要請とのバランスをどこで取るべきか、悩みながら起案しているのが毎度ながらの実情です。
 以前にケチを付けられたこともありますが、アンケートの選択肢の表現などにご不満の点があっても、上記の観点などからご容赦いただきたくお願いしたいものです。
 
 ご参考までに、JCの上役の方が作成した「公式要請文」を、転載しておきます(対象者が「岩手県民」とありますが、県外在住の方でも、岩手県政に関わり・関心のある「岩手県人」にはご参加いただきたいというのが、原案作成者の希望です)。



 この度、社団法人盛岡青年会議所では、本年実施予定の岩手県知事選に向け、公開討論会の実施を企画・検討しています。
 これに伴い、過去4年間の県政を振り返り、今後の4年間、どういう岩手にしていけば良いのか、この機会に多くの県民の皆様と考えて参りたく、アンケートを企画致しました。
 是非、振るってご参加頂き、皆様の声をお聞かせ頂きたくお願い致します。
○実施期間  2011年1月1日(土)~2011年1月31日(月)
○対 象    岩手県民の皆様
○収集方法  WEB及び紙での収集
○WEBアンケート 盛岡青年会議所HP  http://www.moriokajc.org/ の
           「岩手県政に関するアンケート」をクリック
○紙アンケート  添付のアンケートをご利用ください。
○本アンケートの使用方法・結果公表について
 2011年3月に開催を予定しております岩手県知事立候補予定者による公開討論会におきまして、
 各候補者の意見を伺う際に使用させて頂きたいと考えております。
 又、結果の公表につきましては、2月中旬頃、集計が終わり次第、ホームページ等で行いたく考えております。
※ WEBアンケートですと簡単に回答できます。
※ 家族・従業員の方々・同級生等々幅広い方々に発信をお願いします。
 
皆様、ご協力宜しくお願い申し上げます。
社団法人盛岡青年会議所
http://www.moriokajc.org/
本件に対するお問合せ: survey@moroiokajc.org

2011年1月2日(日)
弁護士業務とクリエイティブ・ディレクション

 遅ればせながら、佐藤可士和「佐藤可士和のクリエイティブシンキング」を読みました。取り上げられている個別事例(幼稚園など)は、NHKの番組「プロフェッショナル」でも視てはいましたが、「対象者・対象物(広義の商品)の本質的な魅力・潜在的な訴求力を引き出し、商品の送り先(公衆等)から適正な認知を受けるためには、どのようなことを考え、実践すべきか」という点に関し、示唆に富む話が色々と記載されており、大いに学ぶところがあったと思います。
 弁護士の仕事も、「当事者の求めていることに法的な理由があること(及びそれらを裏付ける事実群・法律論)を弁護士が引き出し、その評価者(裁判所等)から適正な認知・判断(法的救済)を受ける」ことを目的とした仕事であり、真に価値のある仕事をしていこうと思えば、クリエイティブな感性が強く求められる面があります。そうした面からも、今後に生かすことができればと思いました。

 余談ながら、私も東京時代(平成14年頃)に、広告関係の仕事をされている方から、受注業務に関する紛争を勤務先が受注し、担当したことがあり、その際、「クリエイティブ・ディレクター」「クリエイティブ業務」などといった広告業界の?業界用語に初めて接し、クリエイティブとは一体何の仕事なんだと面食らったことがあります。
 佐藤氏のような人物が社会で広く活躍されている現時点では、そのようなことを口にすれば、かえって恥をかくのではないかと思われ、時代が動いているのだということを感じます。
 そう思えば、今の時点で「なんだそりゃ」と思うような事柄ほど、やがて強力な市民権を得ていくのかもしれません。
 生存競争に打ち勝っていかなければならない自営業者の一人として、アンテナを拡げておくことの重要性を改めて感じさせられます。

2011年1月1日(土)
謹賀新年

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 今年は、昨年の人権大会のような「弁護士会の大きなイベントに駆り出される」ことは、多分ありませんが、その分、これまで関与したくともできなかった様々な方面に関わっていくことができる、チャレンジの多い一年にできればと願っています。