北奥法律事務所

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後遺障害認定

自転車の保険義務化条例と後遺障害認定

先日、兵庫県議会で、自転車の使用者に保険加入を義務づける趣旨の条例が可決されたとの報道がなされていました。

私自身は、自転車が加害者となる事故(以下「自転車事故」といいます。)の処理を受任したことはありませんが、10年ほど前、岩手県民生活センターの交通事故相談員を務めていた際、自転車同士の衝突事故について相談を受けたことがあります。

その事故では、相談者である被害者の方に一定の後遺障害が残る事故でしたが、加害者は事故の賠償責任を対象とする任意保険に加入しておらず、支払能力も無いと思われる方で、回収困難と見込まれました。

他方で、当事者間では事故態様や過失割合に争いがあり、被害者の方は訴訟などを行ってでも相手の責任を問いたいとの希望はあったのですが、被害者の方も、ご自身の被害を填補する保険(人身傷害補償特約付きの自動車保険契約など)に加入しておらず、まして、訴訟費用等の支給を受けることができる保険(弁護士費用特約付の保険契約)にも加入されていませんでした。

そのため、相談者の方は、それらの事情が難点になり加害者に訴訟等の手段で賠償請求をすることを断念したと記憶しており、その際、自転車にもせめて現在の自賠責(自動車)並みの責任保険を強制する法律又は条例(まずは購入時の上乗せから始めたり任意保険加入者は免除するなど、引用ニュースの条例と同じようなもの)を制定すべきではないかと強く感じたのですが、センターの専属相談員の方に考えを伝えた程度で、他に働きかける機会等もないまま終わってしまいました。

その後、ここ10年で自転車事故がクローズアップされるようになり、引用の条例をどこかが制定するのも時間の問題だと数年前から思っていました。

ただ、このニュースを見る限りでは、保険加入の義務付けしか記載がないのですが、適正な賠償を実現するための手続という点では、賠償実務に携わる者の目から見れば、それだけでは不十分です。

最大の問題は、自転車事故での後遺障害の認定制度の不存在です。

すなわち、自動車が加害者となる事故の場合、後遺障害の可能性があれば、自賠責保険(損害保険料率算出機構、自賠責損害調査事務所)を通じて後遺障害の有無や等級について審査を受け、認定を受けることができます。この審査は、所定の診断書の提出などを別とすれば、費用負担がありません。

民事訴訟(賠償請求訴訟)では、裁判所は特殊な例を除き原則として自賠責の後遺障害認定等級を尊重しますので、被害者にとっては自賠責の後遺障害認定を受けることは、立証の負担という点で強い力を発揮します。逆に言えば、自賠責の認定制度がなければ、被害者は後遺障害の有無や程度について重い立証負担を負い、適正な認定を受けることができないリスクが高くなると言えます。

そのため、自動車以外の被害でも、自賠責の後遺障害認定制度を利用できる仕組みの整備が急務だと考えます。この点は、上記の算出機構を動かす必要がありますので、自治体の条例だけでは対応が困難で、法律改正が望ましいのですが、迅速な導入が困難ということであれば、例えば、熱意のある自治体が損保会社などの支援を得て機構と協定を結ぶような仕組みがあれば良いのではと考えます。

後遺障害認定の問題は、自転車事故に限らず、他の事故や暴力事件など後遺障害が生じる被害一般に当てはまる問題であり、訴訟外の方法で簡易に認定を受けることができる仕組みが広く求められていると考えます。

また、被害救済(賠償)の確保という点では、自転車では加害者・被害者とも保険加入していない人が多いでしょうから、加害者が任意保険に加入していない事案でも、重大な後遺障害が生じた場合などの被害者の最低限の救済として、自賠責に準ずる一定額の保険金が支出される仕組みを作るべきだと思います。

ネットで検索したところ、東京都が自転車にナンバープレート(登録制)の導入を検討しているとの記事を見ましたが、登録時に一定の金額を徴収すれば、そうした保険金の原資となるでしょうし、また、ナンバー制度を設けることで、警察が事故証明書を作成する際に人違い(や虚偽申告等による責任逃れ)を防止でき、また、車両の所有者を特定し事故ないし賠償責任の当事者を特定することが容易になりますので、私自身は導入に賛成です。

また、自転車事故は、事故態様(過失割合)を巡って当事者間で事実関係の説明が強く争われ易く、事故直後に第三者(端的に言えば、警察官)の協力を得て実況見分を行い、調書を作成しておく必要があります。この点は、私自身が自転車事故についてさほど相談等を受けたことがないため実務の実情を存じませんが、自転車事故が原則として過失致傷罪(罰金のみ)に止まることを理由に実況見分がほとんど行われていないのだとすれば、改める必要があると思われ、まずは警察実務の実情を把握したいところです。

余談ながら、最近は弁護士費用保険の普及で、少額事案を含め、物損のみの事故に関する賠償請求訴訟が増えていますが、この種の事案では事故態様や過失割合に関する紛争が生じるものの、物損事故では実況見分が行われないため、正確な事実関係の把握に難儀することが少なくありません。

そういう意味では、物損事故でも、警察が当事者の希望で有料で実況見分を行うものとし、その料金は任意保険加入者であれば保険で賄うことができるという仕組みを作っても良いのではないかと思います。

ちなみに、物損事故では損保会社の依頼で調査会社が実況見分調書に類する図面を作成することがありますが、事故から大幅に期間を経過した後に一方当事者の主張のみに基づき作成されることが通例なので、誰が作るにせよ、なるべく事故直後に双方立会の上で作成されるのが望ましいと考えます。

ともあれ、私自身も自転車は日常的に使用していますし、いざという場合に備えてご自身やご家族が自転車を使用できるようにするためにも、加害者向けの賠償責任保険はもちろん、被害者向けの人身傷害補償特約や弁護士費用特約が付された保険契約には、ぜひ加入していただきたいところです。

また、それと共に、自転車が少しでも歩行者や車両との事故のリスクを軽減し、当たり前の運転方法で安心して走行できるための道路づくりや交通法規のルールを整備していただきたいところです。