北奥法律事務所

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相続財産管理業務における原状回復債権~これも「空き家問題」の未整備論点か?~

相続財産管理業務における原状回復債権~これも「空き家問題」の未整備論点か?~


ここ数年、クレサラ問題と急速にご縁が無くなるのと反比例して、煩瑣な事務処理を必要とする厄介な相続財産管理業務に関するご依頼(弁護士会を経由して行われる裁判所からの選任)が多くなっています。

相続財産管理人の業務については、民法に幾つかの定めがありますが、同じような「財産の清算(と債権者への配当など)を目的とする手続」である破産手続と比べると、あまりにも不十分な面が多く、私自身は、破産法の諸規定を参照(類推)しながら業務を進め、悩んだものについては、適宜、自分の見解を整理して裁判所に照会することにしています。

ただ、破産法では、税金や労働債権・原状回復債権などをはじめ、様々な債権の優劣関係に関する規定が整備され、議論も相応になされているのに対し、相続財産管理業務では、そうした論点に触れた文献を全くと言ってよいほど見つけることができておらず、代表的な文献でもこの点は全くと言ってよいほど触れていません。

他方、いわゆる「空き家問題」に象徴されるように、居住者が相続人を欠く(放棄を含め)状態で死亡し、相続財産管理人を通じて権利関係の処理をしなければならない事案は、現在の我が国では潜在的なものを含め、膨大な数になっている(なりつつある)はずで、実務で頻出する論点を適正に処理するための法制度ないし法解釈が未整備の状態が続くのは、現場に様々な混乱、弊害を生じさせる危険を強く内包しています。

それだけに、相続財産管理業務で生じやすい諸債権の優劣関係などに関して、早急に実務のスタンダードを明示する相応の文献や論文が世に出るべきではと思いつつ(私が勉強不足で知らないだけでしょうか?)、それと共に、民法の当該分野(限定承認などを含む清算的な相続財産処理に関する全般)の大改正が必要ではないかと感じています。

ご参考までに、先般、裁判所に照会するため作成した文書の一部を抜粋しますので(他にも後から判明した継続的給付契約の料金などの論点を含んでいます)、そうした問題意識を共有していただける方のご参考になれば幸いです。

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被相続人は、生前、A氏から貸室αを賃借しており、貸主の提出資料によれば、残置品の廃棄等として●万円、蛍光管等の交換費用に●万円、クリーニング費●万円、室内の各種補修工事費●万円の計●万円を、原状回復費用として余儀なくされたとのことである。

そもそも、建物賃貸借の終了時における汚損などの補修義務については、いわゆる通常損耗は借主に補修義務がなく、それを超えた特別損耗のみ補修義務があるとされているところ、上記の各費用が特別損耗と言えるのか、必ずしも判然としない。但し、●●の事情から、本件では概ね特別損耗に属するものと認定してよいのではないかと考える。

その上で、次の論点として、それらの原状回復義務が優先債権となるのか一般債権として扱われるべきかという問題がある。

この点、民法には相続財産管理業務における優先債権に関する具体的な規定がなく、文献上も担保権付の債権について担保権が及ぶ範囲で優先権を有するとしか述べられていないが(片岡ほか「家庭裁判所における成年後見・財産管理の実務(第2版)」367、369頁)、これは制度上の不備というべきで、相続財産管理人の業務が債権者との関係では破産手続(清算・配当の手続)に類似する面が強いことから、債権の優先関係に関しては、性質上望ましくないものを除き、破産法の財団債権等に関する規定を類推すべきと考える。

その上で、破産法においては、債務者の賃借物件に対する原状回復債務は、破産開始前に契約が終了していた場合は一般破産債権となり(但し、残置物があれば、収去義務は財団債権となる)、開始後も契約が存続しており管財人が契約解除を行う場合などでは、原状回復費用は財団債権になるとされている(破産法148条1項4号、7号等。「新・裁判実務大系№28」214頁)。

但し、原状回復義務が財団債権となることについては、債権者全体の共同の利益たる費用という性質を認めることが困難だとして、債務者の用法違反行為(原状回復義務の原因となる行為)が破産開始前に生じていた場合には、貸主は契約終了(破産開始)を待たずして借主に対し賠償(修補)請求が可能であることを理由に、一般破産債権として扱うべきとの有力な見解が付記されている(上記文献216頁)。

以上を前提に本件について検討すると、少なくとも、残置品の廃棄費用については、これが放置されていれば、相続財産(管理人)の費用負担で行う義務があることとの均衡から、優先債権として取り扱うのが相当である。

他方、他の費目は、相続の開始時点で契約が終了しておらず、その後に申立人などを通じて事務管理的に契約の終了と明渡がなされており、破産法の類推にあたり破産手続開始時=相続開始時と捉えるのであれば、手続開始後に契約が終了しそれに伴い原状回復義務が発生しているとの理由で全て優先債権(財団債権類推)と扱われることになる。

他方、上記の「発生原因が手続(破産)開始前に生じていれば、その原因に基づき発生した債務は財団債権にならない」という見解に従った場合、これらの原因となった事象は被相続人の生前に生じたと見るべきであろうから(但し、クリーニング費については一概には言えないかもしれない)、基本的に一般債権の扱いになるはずである。

この点は、債権者間の利害が対立する問題という性格上、管理人において結論を出すことが相当とは思われず、貴庁において相当な判断を行っていただくよう求める次第である。

余談ながら、破産法上の原状回復の問題もさることながら、相続財産管理の制度において債権の優劣等に関する規定が整備されていないという問題は、早急な改善を要するのではないかと思われる。実際、本書面で述べたような論点を担当管理人が理解せず、性質上、優先債権として取り扱われるべきものを漫然と一般債権として取り扱ったり、その逆、或いは債権の調査等すら行われない事案は、非常に多く潜在しているのではないかとも危惧される。

実務の末端を担う一人として、ぜひ裁判所からも法務省などを通じて問題提起していただきたいと切望する次第である。

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