北奥法律事務所

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雑談・戯言など

名もなき家事の詩

数年前、兼業主夫業に疲れ果てた暮らしの末に?Mr.Childrenの「名もなき詩」の替え歌を作ってfacebookに掲載したことがあります。

が、どういうわけか、ブログには載せておらず、せっかく作って勿体ないし、まあ、私なりの判断基準では、これも許容範囲でしょうということで、遅まきながら掲載することにしました。

**********

ちょっとぐらいの汚れ物ならば
何も言わずさっと洗っとく
Oh darlin 僕は何?
現実を握りしめる

君があれこれ やれと言うのなら
この腕を切ってくれてやる
Oh darlin 僕は手が足りん
仕事の時間が 消える oh

苛立つだけの事件で一杯になっちゃって
感情なんてとっくに
壊れかかっていそうだけど

こんな深刻な紛争の渦で
情緒不安定な人達に揉まれ
でも darlin 共に悩んだり
解決を夢に見てる

あるがままの心で生きられぬ家庭を
誰かのせいにして過ごしている
知らぬ間に築いていた
罵声ばかりの檻の中で
もがいているなら
僕だってそうなんだ

過ごした日々が増えていくほど
孤独な夜は深まっていくんだよ
Oh darlin このわだかまり
きっと消せはしないだろう oh

いろんな男女の破綻を目にしてきたから
見失っちゃいけないことが
多少は分かった気がする

荒んだ光景ばかり見てるから
優しい気持ちに飢えているのかも
Oh darlin 夢物語
帰る際に聞かせてくれ

「勝つ」はきっと奪うでも叶えるでもなくて
気が付けばそこにあるもの
弱い自分を見つめて
すべきこと考え一つずつ積み上げていけばいい
そこからはじまるさ

家事 民事 通教 説教
いつも疲れてんだ
夜、妻 朝、夫
ソファ見てごらんよきっと寝そべってるさ

成り行きまかせで泥沼となり
救いもとめて来たのだとしても
その度心乱せる様な仕事じゃない
仏心が仇になり
徹夜起案に明け暮れる だけど

あるがままの家族と生きようと願うから
今朝も洗濯物 干してる
知らぬ間に築いていた
自分達だけの檻の中で
もがいているなら 
誰だってそう 僕だってそうなんだ

愛情は法の根底にあるのに
伝えるのはいつも困難だね
だから darlin この「名もなき家事」を
いつまでも君に捧ぐ

******

Web上で替え歌について検索すると、お世辞にも品があるとは言い難いものが散見され、がっかりしてしまいます。

本物の香気を損なうことなく、その価値を活かしつつ新たな思想や社会風刺をセンス良く盛り込んだ、良質な替え歌に光が当てられてくれればと願っています。

 

松茸の呼吸で、すっぽかしの術に立ち向かう

昨年秋の話で恐縮ですが、とある事件で、関係者(通常の依頼者とは異なる立場の方)のご自宅に伺うことになりました。

自動車で目的地到着

第一の型「すっぽかし(無断不在)の術」炸裂!

帰路の運転は怒りの全集中。水の呼吸で窒息しそう(今ココ)

それはさておき、その前日、とある依頼者の方から「山で採った」と仰る松茸数本を頂戴したことから、職員と山分けし、当方は自宅で土瓶蒸し風のお吸い物として美味しくいただきました。

その後に何も起きていませんので「実はヤバいタケだった」というオチはないと思いますし、それどころか、香りの凄さは過去最高レベルだったような気がします。

当方は毎年松茸を摂取できる身分ではありませんので、私の記憶では、松茸との再会は(永谷園のお吸い物の類を別とすれば)十年以上前に実家で「どなたかから頂戴した松茸」のお裾分けを1~2本、受け取り帰宅して以来かも、というのが実情です。

苦節20年以上の町弁人生ですが、恥ずかしながら?過去に依頼者の方から松茸を頂戴した記憶がなく、これが初めての経験と思われます(別に、皆さんにねだっているわけではありませんが・・)。

余談ながら、町弁をしていると来客の方(依頼者やご家族など)から焼き菓子などを有り難く頂戴することは珍しくありませんが、開業以来=盛岡では「オラの畑で採ったど~」的な生鮮品(野菜、魚など)を頂戴する機会は多くはなく、東京時代の方が、(ボスが山形出身で、上京して相談等される方が少なからずいたせいかもですが)佐藤錦やだだちゃ豆を筆頭に、生ものを頂戴する機会が多かったような気もします。

その点は、開業間もない頃は少し不思議に感じていたのですが、客層の所得水準(当然ながら法テラス利用者が多い)のせいか、東京よりも産地に近い場所(盛岡)の方がご自身にとって「商材(自身が生きるための糧=他者に贈答するものではない)」との意識になりやすいのか、それとも、単に、当方の客層に農業等に従事される方が多くはない、というだけのことなのか、今もよく分かりません。

ともあれ、前日にそうした「とてつもなく良い出来事」があったので、その代償として、翌日の不幸が生じたのかもしれません。

なお、繰り返しになりますが、皆さんねだっているわけではありませんので念のため・・(たぶん)

 

悪いことは重なるの巻~法廷のすっぽかされ被害と駐車料金~

先日、11時の法廷に自動車で盛岡地裁(石割桜)に向かったところ、珍しく駐車場が満車になっていて、やむなく桜山そばの県営内丸駐車場(噂では、盛岡で一番料金が高いそうです)に駐めて、法廷に向かいました。

で、そんな日に限って相手方代理人(若いイソ弁さん)が期日をすっぽかし、のんびり屋さんオーラ漂う担当書記官が、15分位過ぎてようやく先方の事務所に電話したところ、11時半と勘違いしていたとのことでした。

30分経ってようやく出廷したイソ弁さんは、ドアを開けたときに、小声ですいませんと言っているのが後ろ(背中)から聞こえましたが、着席時には私に謝りもせず平然と相対していました。

この種の話は5年~10年に1度は経験しており私も1回位は身に覚えもありますので、自分から騒ぎ立てることはありませんが、私が逆の立場なら関係者全員に顔を合わせるたびに平謝りという感じになるでしょうから(それが人に迷惑をかけて反省している人の態度だと思います)、なんだかなぁと残念に感じました。

よりによって駐車料金の負担を余儀なくされた日に限ってこんな目に遭い、貴方のせいで増額された料金分を賠償してくれよと言いたくもなりましたが、若い弁護士さんが作法に欠ける点があるという類の話は、すればするほど自分自身に跳ね返ってくる話でしかありません。

また、引き籠もりがちで若い弁護士さん達と交流もなく、聞く耳があるのか分からない人に苦言を呈するエネルギーもありませんので、このイソ弁さんも、いずれ強面の事件関係者にこっぴどくどやされ・・もとい、有益な経験を積み重ねていただければと加持祈祷する程度のことしかできませんでした。

ともあれ、私自身は岩手を代表するベテランの先生方のように、

実るほど頭を垂れる稲穂かな

の路線を目指したいものです。

まあ、こんなことを書いていると「だったらお前も会合に時間どおり来い(日頃の行いが招いたことだろ)」と言われるだけなのでしょうけど・・

 

おら南郷スキー場さ行ぐだ

福島県の南会津町にある南郷スキー場のポスターが、「つぶれそう」などと自虐的なフレーズで話題になっている、との記事に接しました。

すると、最初のフレーズが、どこかで聞いたことがある曲に似ているということで、突如、作った応援ソングこと替え歌です。タイトルは「おら南郷スキー場さ行ぐだ」でしょうか。

******

バスもねぇ 電車もねぇ 
高速道路も超遠い

ゴンドラねぇ クワッドねぇ 
3つのリフトを乗り継ぎ

名山に囲まれた 
頂上絶景ただひとり

連れもねぇ さびしぐねぇ
異性の「いいね」もたまに来る!

あぁ南郷スキー場 あぁ南郷スキー場
今季は保つかい?

今季保ったなら 貯めだ銭で
新幹線延伸させるだぇ

*****

東京時代、友人やお世話になった方に那須や長野のスキー場に連れて行ってもらったことはありますが、南東北のスキー場にはまだ行ったことがなく、行ける方が羨ましい限りです。

こちらのスキー場も、在りし日の八幡平スキー場をスケールアップさせたような印象で、いつの日かお邪魔したいものです。

最初、記事の表題を見たとき「八戸の南(南郷村)にスキー場があったのか?」と一瞬だけ勘違いしたのですが、この両者がどうして同じ地名になっているのか(双方の由来など)は調べておらず、いつか調べてみたいものです。

 

本年最初のご挨拶と「いいね」の嵐

正月をかなり過ぎてしまいましたが、本年もよろしくお願いいたします。

早速ですが、正月から実話をもとに全開で行ぐべの一首。

年賀状 ようやく見つけた手書き付き
めくると 破産者・転送郵便

(日弁連年賀状あるある狂歌集・令和3年度応募作品)

それはさておき、かくいう私自身が年賀状の衰退容認派で、数年前から手書きをする気力(精力)も失われてしまい、今年も「ほぼ全員、シール貼っただけ」という体たらくでしたので、他人様のことを申せる身分ではありません。

そんなわけで、約10~15年前から、顧問先・仕事関係など一部の例外を除き、新たに知り合った方には親しくなっても自分からは年賀状を全く送っていません。

で、昨年(当方から送らなくても)頂戴した方のみ投函し、想定外の来書の返信用に若干の予備を残し、足りなければゴメンナサイで済ませ、今年来なかった方は、(生身の世界で良好な関係を続ける意思があっても)来年は出さないという、「徐々に減らすべ作戦」を続けています。

それでも、15~20年以上何の音信もなく、当時から関係も希薄で、きっと二度と接点を持つこともないだろう東京等の先生や一度も会ったことも話をしたこともない県内の同業の先生などから沢山の印刷だけの年賀状をいただくと、「お互い、もうやめませんか・・別に、年賀状交わさなくとも、万一にも仕事等の機会があれば話はできるでしょうし・・まあ、文章つきのものは色々と参考にさせていただいてはいますが・・」と、複雑な思いにかられてしまいます。

ともあれ、(事務局任せの流れ作業でなく)ご自身の意思で当方に年賀状を下さった皆様は、誠にありがとうございました。

と、新年早々からネガティブな投稿はさておき。

昨年暮れに、当事務所のWEBサイトについて、技術的な修正(http→httpsへの変更。といっても何のことやら私にはよく分かりません)を行い、併せて私自身が主要ページの文面を訂正できるようにしたので、年末に、主立った記載のうち内容が古くなっていたものを微修正しました。

が。

これに伴い、これまでトップページから各ブログ記事まで、作業前に付いていたfacebookの全ての「いいね」が消え、ゼロカウントに戻ってしまいました・・・

ブログ記事の中には、皆さんに数十の「いいね」を付けていただいたお気に入りの作品や、たった一つだけ、某著名人に紹介いただいたおかげで数百の「いいね」が付いていた投稿もあり、公私あれこれで傷ついたとき密かに読み返しては我が身を慰めていたので、これから先、何を楽しみに生きていけばいいんだと、ますますネガティブなことばかり考えてしまいます。

消滅前にトップページに頂戴した「いいね」は、記憶では、41個でした。

そこで。

本年の目標その1。

トップページに42個以上の「いいね」をいただく。

記念すべき42番目の方には、お年玉ならぬ豪華「無料相談山ほど可能券」付き!

っていうか、誰が押したのか検証できないので、10人くらいから「俺が押した!」と言われたらどうしよう・・

いや、それ以前に、10年かかっても42個以上付かなかったらどうしよう・・(たぶん、そうなりそう・・)

仕方ないから、明日以降も、あの手この手でトップページの引用投稿を延々と続けるほかなさそうな気が・・

というわけで、不憫に思って下さる方は「もう、新年挨拶投稿への『いいね』ボタンは押し飽きたよ」などと仰らず、愛の手をポチッといただければ幸いです。

・・・という投稿を正月にfacebook上で行ったところ、大変ありがたいことに、沢山の方からご温情を賜り、HP(トップページ)には、本日現在、83個もの「いいね」を頂戴しています。

なんと昨年の2倍以上ということで、押していただいた皆様には改めて御礼申し上げます。

これに味をしめて?今後も何と理由をつけて、HPへの「いいね」をお願いしたい誘惑にかられますが、しつこい奴は嫌われるでしょうから、今後も、皆さんのご理解をいただけるのに相応しい投稿のネタがあるとき、こっそり励んでみたいと思います。

ともあれ、本年もご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。

 

闇金や過払などを巡る、町弁たちの過去と現在

1~2年前、十数年ぶりに「幾つかのヤミ金からお金を借りた方」からの債務整理事件を受任したことがありました(他にも負債があり、現在は、それも含めて対応を完了しました)。

平成14~17年頃はヤミ金の嵐が吹き荒れており、当時はヤミ金のチンピラあんちゃん達とげんなりするだけの不毛な長電話のお付き合いを何度も余儀なくされました。

平成18年頃からはそうした相談が全く来なくなり安心していたのですが、まだこんな話に関わっている人もいるのかということで、あんちゃん達の脅迫的言辞にげんなりしつつ、とりあえず急性期のやりとりだけは終えました(なお、2~3年前は「給与ファクタリング」なる新型ヤミ金が流行しており、この案件もその一種だということを、ほどなく知りました)。

その2~3日後、当事務所のメール送信コーナーから、全く存じない方から、「北奥法律弁護士事務所の代表山田という方からメッセージが届いたのですがこちらの方ですか?」とのメールが届きました。

とりあえず、そのような者はおりません(事務所名もビミョーに違います)とだけ回答して、それ以上のやりとりはありませんでしたが、或いは、闇金の連中が、報復としてピザ注文等の代わりに当事務所の名前を騙って架空請求メールを世間に送りつけるようなことをしたのだろうか?と憶測せずにはいられませんでした。

そう思った矢先にTVを見ていたところ、震災前後から「過払回収の宣伝行脚」を延々続けていた東京ミネルヴァ法律事務所(今年、悪徳?広告会社による過払金の搾取=巨額の横領を理由に倒産して社会問題になりました。なお、この文章は1年ほど前に書いたものです)が30分もかけて特集番組を行っており、チラ見だけでげんなりして他局に替えると、今度は過払大手の代表格である某社の過払CMが出てきました。

そのため、うんざりしつつも、現在の状況で今もこの人達はそのやり方で商売をやっていけているのだろうか?と思わざるを得ませんでした(事実、東京ミネルヴァは上記の展開になりました)。

闇金の嵐が吹き荒れていた時代は、いわゆる過払特需(とバブル崩壊に伴うサラ金全盛時代の終焉)の初期ないし前半というべき時代でしたが、震災の前後から、当事務所ではその種の仕事(多数のサラ金等から膨大な約定債務を負った方から受任し、引直計算で多額の過払金を請求する類もの)が激減し、震災から5年ほどの時点で過払関係の仕事自体がほぼ無くなりました。

債務整理の受任が無くなったわけではありませんが、大体は、収入等がかなり低い方の自己破産(扶助事案)か、民事個人再生(住宅ローン返済中の方の大幅減額か一定の支払能力があり破産不相当の事案)に限られ、過払に特化した相談自体がほとんど来なくなりました(グレーゾーン金利撤廃後に借入を開始したのに過払金が請求できないかと尋ねてくる方はいましたが)。

その主因がグレーゾーン金利の撤廃により「過払そのものが今後は発生しなくなったこと」であることは間違いありませんが、震災前後から前出のような東京の弁護士達が巨額の?広告費用を投入し全国津々浦々の田舎(地方都市)まで「過払は俺たちにやらせろ」とやってくるようになったことも、少なからぬ影響を及ぼしているのでしょう。

いわば、小型漁船漁業者たちが「去年は一杯獲れたけど、今年は魚群が少なくなってきたなぁ」と感じていた海に、トロール(底曳網)船が大挙押しかけた光景に近いものがあります。

ただ、小型漁船漁業者たち=債務整理に力を入れていた地方の若い世代の弁護士は、弁護士会でさしたる力もなかったせいか?(或いは、当方と異なり過払に頼らなくても十分な収入のあった人も多かったのか?)私の知る限り「トロール船をウチの海に来させないよう、或いは来ても跳ね返せるよう、皆で団結して圧力を掛けよう」などと運動する光景は、私の知る限りでは、ほぼ全く見られませんでした(まあ、弁護士業界の性質という面も大きいでしょうが・・)。

ちなみに、ここ3~4年に当事務所が従事した過払案件は実質2件、うち1件は「若い弁護士さんがポカをし後始末のため私が物凄い苦労を余儀なくされ、辛うじて一定の成果を得た案件」、もう1件は「昔はすんなり決着した中堅サラ金に『もはや支払能力がない』と延々ゴネられ、最後は、依頼者がリスク回避のため相手の提示額で諦めた案件」です。

時給換算では事務所が維持できないレベルの依頼しか来ていませんし、今後は、もう過払とは縁はないだろうと基本的には思っています(今年は、東京ミネルヴァの元顧客案件を含め、若干のご縁がありましたが)。

まあ、それでも何とかこなすことで、辛うじて事務所を維持できているというのが当方の偽らざる実情ですので、今も有り難く多数の不採算案件に邁進しているわけですが・・

ともあれ、そうした光景に接してきた身としては、債務整理は「顧問などを沢山抱えて潤っている弁護士達に心底敬遠され、儲からない?(良心的な?)弁護士だけが手がけていた」という、昔々(私がなりたての頃)の光景に逆戻りした印象が強くあります。

ただ、受任しても昔ほどは感謝してくださらない方が増えたような気がしないこともない、というのが時代というか弁護士業界の現実かもしれませんが。

そんなわけで前述の番組やCMに対しては、色々な意味で、複雑な印象を受けながらチラ見していたのですが、積読状態の日経の橋田壽賀子氏の私の履歴書(昨年5月分)の「おしん」の下りを今更読んで胸のつかえもとれたということで、駄文はこの辺にして仕事に戻ろうと思います。

(この文章は、1年ほど?前に作成したものの掲載を失念して放置し、今、気づいて掲載した次第です)。

 

啄木新婚の家前バス停のベンチに、板一枚の愛の手を

1週間ほど前、岩手日報にも掲載されていましたが、当事務所の目と鼻の先にある「啄木新婚の家前バス停」にかつて設置されていた木製?ベンチは、数年前に破損し、着座困難な状態で長期間放置された挙げ句、昨年頃に撤去され、現在は無残な赤コーン姿を晒しています。

このバス停、例年なら「新婚の家」に来た全国の修学旅行生が押し寄せるほか、ご年配の方の利用も多く、赤コーンのため待機スペースが狭くなり歩行者と自転車の接触リスクも増えるなど、このような状態が続くのは、地域住民としては残念というほかありません。

いっそ、市内の有閑オヤズの皆さんが、平らな板に赤コーンにピタリ嵌まるように穴を二つ空けて人知れず「板一枚で可能なお手軽ベンチ」を設置し、「けっこう仮面(又はパンクシー)参上」などと書いた張り紙を付していただければ、ワイドショーのネタにもなって良いかもしれません。

或いは、市内のRCクラブがベンチを寄贈していただければ・・・と思わないでもありませんが、関係者の皆さんの迷惑そうな顔が浮かんできそうなので、余計なことを言うのはやめておきます。

以下、余談の令和こちょこちょ話。

2ヶ月ほど前、同居家族が突如、鬼切りアニメの視聴を開始

当方は「数年前から某ピースも深夜に見てるのに、これ以上ノルマを増やせるか」と無視

毎度の「お前も一緒に見ろ」のお達し

やむなく深夜閲覧の日々

なんだ、これってジョジョとディオじゃないか、ウリィ~(今ココ)

(R02.11.27追記)
いつの間にか(11月上旬頃?)、ベンチが復旧していました。岩手日報の記事によれば、先代のベンチを設置された業者さんが対応なさったのだそうです。

それ自体は有り難いのですが、もともと狭い通路の真ん中近くにベンチがあるため設置箇所だけ通路がかなり狭くなっており、復旧の際には、ベンチをもっと道路側に寄せて作っていただければ、なお有り難かったなと思いました。

放言議員たちと鈍(なま)る国民のうた

この数年間も年に数回ないしそれ以上の頻度で、国会議員の「放言」のニュースを目にしており、先ほども、その種の記事を見て残念に思ったところです。

昔は「政治家の放言」というと自民党の高齢の大物政治家というイメージがあったように思いますが、最近は、当選1~2回程度(比例を含む)の若い政治家の方による、極端な立場であるとか、あまりにも不見識と感じるものを見かけることが多いような気がしています。

ともあれ、そうしたニュースを見ているうちに、突如、ラップ曲の歌詞?が思い浮かんできたため、折角なので投稿することにしました。

***

今年も議員は 男女問わず
放言ばかりで 君なまる

なまくら国民 選ぶのは
ハラスメントや 悪口や
カネで堕ちてく 人ばかり

自ら汗を かかぬから
馬鹿にするしか やることなし

反面教師を日替わりに
税で養う むなしさよ

それでも選挙を止めぬなら
出るべき人を 立てること
出た人たちを 活かすこと

なまくら国民 いつまでも
他人まかせで 済ますなよ

君が明日を 築くのを
未来圏から 待っている

***

私には珍しく?替え歌ではなくオリジナルの歌詞ですので、どなたか曲を付けて、ユーチューブなどで歌っていただければ有り難いかも・・と思わないでもありません。

なお、オリジナル(FB版)の冒頭は、割とストレートな歌詞でしたが、ブログ掲載版は、その点はソフト?なものに修正しました。

まあ、公人への意見表明は相当な表現の範疇であれば問題ないので、現職のうちは大目に見て下さい、というところかとは思いますが。

貧乏暇なしクラブの歌とゲゲゲゲ弁護士

この連休期間中も、相変わらず普段どおり溜まった起案(書面作成)に追われる日々です。

ただ、深夜に大物起案が一服した後などは、次の山々をチラ見しながら何か歌いたくなる・・なんてこともあるかもしれません。

そんな貴方に捧げる2曲。

1作目は、私が物心つく前後の頃にNHKで放送されていた人形劇「プリンプリン物語」内の「世界お金持ちクラブの歌」から。

*******

じかんじかん 時間 時間
じかんじかんじかん 時間

時間さえあれば いつかは手に入る (かもね)
ドレスは要らないが仕事をこなしたい

完済 別宅 子供の教育費

プライベートジェットで
あの子と月旅行

ふるさと納税
見ず知らずのニク、サカナ

時間さえあれば 仕事も終えられる
多忙で貧乏暇なしクラブ~

******

続いて、申すまでもない「鬼太郎」より。

*****

ゲゲゲゲゲゲ
夜も朝まで起案中
楽しいな 楽しいな
田舎の町弁は 土日も何にもない ヴ~

ゲゲゲゲゲゲ
みんなで嗤おう ゲゲゲゲゲ

ゲゲゲゲゲゲ
朝も書面が未完成
楽しいな 楽しいな
今日会う裁判官 優しさ微塵もない ヴ~

ゲゲゲゲゲゲ
みんなで嗤おう ゲゲゲゲゲ

ゲゲゲゲゲゲ
昼も期日に客、電話
楽しいな 楽しいな
弁護士は死ねない 仕事が済むまでは ヴ~

ゲゲゲゲゲゲ
仕事が終わらぬ ゲゲゲゲゲ
うんてん資金も ゲゲゲゲゲ

******

というわけで、今夜もまた、優雅なお友達を尻目に、事務所に泊まり込みということになりそうです。

献帝に捧げる愛と哀の詩~三国志Secret of Three Kingdoms の感想と主題歌の真の翻訳?~

皆さんにも中学の頃、クラスに1人か2人くらいは、横山光輝氏のマンガや光栄のゲーム或いはその他の作品を通じて、三国志の群雄・武将に無駄に詳しい奴がいたという記憶があると思います。

私もその典型で、原点は物心つく前後に見たNHKの人形劇三国志ですが、中学から高校にかけて、当時、一般向けに作られていた三国志の関連作品の大半(各所が色々と熱くなる本宮作品も、忘れてはいけません)を読み漁ったほか、結婚してようやく光栄ゲーム廃人から完全卒業できた、という有様でした。

ところで、ご存知の方もおられるかとは思いますが、昨年11月から年明けにかけて、BS12チャンネルで、中国で制作された三国志のドラマ(全54話)が放送されていました。
https://www.twellv.co.jp/program/china/sangokushi-sotk/
https://bd-dvd.sonypictures.jp/sangokushi/

 

現在も、6月1日から同様のペースで放送されているようですので、知らなかった・見たかったという方は、今からでもご覧になってよいと思います。

私は普段はドラマはほぼ全く見ないのですが(例外は大河。中韓ドラマは全く見たことがありません)、なぜか、11月上旬のある日、たまたまTVの番組表をチラチラ見ていたところ(その作業も普段は数週間に1度しかやりません)、ちょうど、そのドラマの第1話が放送されており、主人公が、崩御直後の献帝の前に現れたシーンが映されていました。

それで、こんなドラマがあったのかと驚き、三国志バカのはしくれとして、見ないわけにはいかないだろうと思い、第2話から録画し、現在も深夜に少しずつ、一人さみしく拝見しています。現在、ようやく官渡の戦いが終わり、ついに登場した彼と主人公との対峙が始まったところです。

三国志バカの皆さんはご存知のとおり、横山三国志は曹操と袁紹の戦いはほぼ描かず飛ばしており、また、前半は劉備陣営の描写が中心で曹操陣営の参謀スタッフを丁寧に描いてくれませんので、荀彧・郭嘉などがきちんとした形で登場しません(本物とは違うだろうという名無しの参謀が出てきますが)。

本作は、荀彧・郭嘉をはじめこの時期の曹軍・袁軍や漢朝の関係者を多数のマイナーなキャラも含めて丁寧に示し、「もう一人の献帝が平和のため司馬懿と共に大活躍する」という架空?の物語を基盤としつつ、正史・演義に描かれた多くの関係者の人物像も裏切ることなく、文官勢は光栄三国志の絵柄と比べても違和感が無い役者さんが起用されるなど、三国志バカの皆さんにとっては泣きたくなるほど嬉しい作品と言えます。

また、光栄ゲーム廃人の皆さんなら、司馬懿は知力98、郭嘉は97というのが常識かと思いますが、まだ若い司馬懿がギリギリのところで全盛期の郭嘉を出し抜く(追及を免れる)ように描かれている光景が、この数値にピタリとはまって、その点でも泣きそうになります(彼らに劣る若き日の楊修は、武闘派の面々を手玉に取りつつ、彼らにだけは手玉に取られる役回りです)。

ちなみに、光栄三国志や横山三国志のビジュアルの元ネタは、数十年前(戦前?)に中国で刊行され、陳舜臣氏が翻訳を担当した「劇画三国志」であることは間違いないだろうと思っており(私は中学2年生の頃に二戸市立図書館に通って全巻読了しました)、そのことが、三国志の登場人物像で日中間にさして齟齬がないことの根底にあるのではと考えます。

*************

というわけで、三国志バカの日本人にとっては拝見必須の作品なのですが、一つだけ、不満を感じる点があります。

本作の最後に流れる「少年志」という主題歌は、十分聴き応えのある曲なのですが、字幕で出てくる「日本語の歌詞」が文章としてまとまりがなく何を言いたいのかよく分からない上、あまり胸に響く内容ではなく、最初の頃はすっとばしていました。

が、主題歌に限っては中国語も字幕表示されるので、何度か見ているうちに、この翻訳は不正確では、また、本物=中国語の歌詞は本作品の主題に即した重く悲しい意味を含んでいるのでは?と思うようになりました。

例えば、歌の中盤で「唯有餘年祭天下事 悲歌 唱山河」とあり、歌手の声量も大きく、歌のメインと言って良い場所の一つです。

この歌詞、字幕では「余生は乱世から離れ 悲しき歌が響き渡る」と表示されています。が、これでは、前段は老人が余生を安らかに暮らしたいと述べているのかな、という印象は受けますが、後段は悲しい歌が云々ということで、両者のつながりがやや悪く、全体的に何を言いたいのかよく分からないように感じます。

その上で中国語を見ると「祭天下事」とあり、直訳すれば「余生はただ天下のことだけを祭りたい」ですが、この「祭」とは、日本のお祭り(現在の姿)と異なり、祭祀=亡くなった人を弔うことを指すはずです。

で、その上で作品を思い返すと、主人公は、崩御を公表できず、あるべき葬儀・埋葬などが全くできなかった献帝をきちんと弔いたい、ということを繰り返しヒロインに述べています。

中国人(とりわけ当時)が祭祀を非常に重視する文化であることも相俟って、その点は、本作ではストーリーの核となる重要な動線となっています。

よって、「唯有餘年祭天下事」とは、余生=曹操との対決を終えた後は、献帝を祭りたいという主人公の心情を表現したものでは?と読み取ることができます。

そのように考えれば、「悲歌 唱山河」も、主人公にとっての大切な人はもちろんのこと漢朝ないし世の混乱のため非業の最期を遂げた多くの人々の悲しみを歌いたい、という意味に理解できるはずです。

私はまだ最後まで本作を拝見していませんが、史実と真正面から反しないストーリーになるのであれば、終盤に深刻な悲劇が主人公を襲うはずで、この歌が主人公の晩年の心情を描いたのであれば、「祭=弔い」の対象は献帝だけに止まらないのかもしれません。

仮に、それと多少違う展開を辿ったとしても、この歌を、若くして才能を嘱望され漢朝復興の強い願いを抱きながら、繰り返し悲劇や辛酸に見舞われ失意のうちに世を去ったのかもしれない、本物の献帝の鎮魂歌と理解することもできるのではないかと思います。

また、主題歌は最後に「風落 帰人間」と歌って終わり、この「帰人間」とは、直訳すれば「人間に戻る」となるようですが、中華皇帝とは人ではない(龍の化身たる黄帝の承継者=それが皇帝の権威の源泉である)と理解されていますので、その点からも、この主題歌が献帝(主人公)のことを歌ったものであることが窺われると思われます。

この箇所は、日本語字幕では「人の世に生きる」と表示されており、善解すれば、ストレートな翻訳をするとストーリー(史実)を知らない日本人視聴者にネタバレになるので、ぼかした翻訳をしたのかな、と感じる面はあります。

というわけで、本物の歌詞(中国語歌詞)には以上に述べたテーマが潜んでいるのに日本語訳詞がそれを適切に伝えているように見えないことが、私が本作に不満を感じた唯一といってよい点ということになります。

で、ここからが三国志バカの暴走となりますが、上記のテーマに適った翻訳が日本人に伝わるのでなければ、本作ないし献帝が浮かばれないのではないか、と感じたので、私なりに以下でオリジナルの訳詞を載せることにしました。

ただ、私は中国語は勉強したことがなく、最低限の漢字しか分かりませんので(21年前、長江三峡や武漢などで辞書を片手に筆談したことはありますが・・)、Webの翻訳サイトのお力で少しだけ悪戦苦闘し、あとは意訳超訳の塊という感じです。

本作を実際にご覧になった(これから見てみたい)方はもちろん、三国志に関心のある方は何かの参考にしていただければ幸いです。

**********
(中国語の原文)

煮酒的火 還尚溫

多情 空餘恨 
夜話的燈 還撩人
長夢 遇遊魂

欲蓋彌彰 他鄉月光
荒涼 某個 眼眶
現世彷徨 陣陣風涼
沉淪了 多少個 星霜

少年之志欲留青史
亂世百年剩無名氏
唯有餘年祭天下事
悲歌 唱山河

少年之志不渝終始
亂世百年皆如赤子
但使餘年了清平願
風落 歸人間

***************

(オリジナル訳詞)

温くなった 燗酒のように
果たせぬ思いが 空しく漂う夜

微かな灯火が 私をいざない
黄泉のあなたに 夢でまみえる

されど、異郷の月光は 私を現実に戻し
眼前の荒涼を 否応なく見せつける

今はもう この心は 風の中を彷徨うだけ
大切な時間は 遠く過ぎ去ってしまったから

私は歴史に名を残そうと欲したけれど
乱世の果てに 名も無き者として生き残った

ゆえに、残された時間は
世のために散ったあなたを弔い
悲しい物語を 山河に歌い継ぐのだ

私の志は逆境に負けはしなかったけれど

乱世では誰もが 赤子のように無力だった

ゆえに、残された時間は
ただ世の安寧のみを願う

そして、役割を終えた私は
ただの人として、閑かに生涯を終えるのだ

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絶対的な権威を持ちながらも、何の権力も実力組織も持たず、天下の平和と万民の安寧のため僅かな同志と共に知恵と勇気を尽くし、時には苦渋の決断も受け入れる献帝(主人公)の姿は、現代日本人にとって、ある人物ないし存在に非常に近接して見えることは、少なからぬ方が感じたのではと思われます。

それは、中国人のほとんどにとって馴染みがなく(或いは、何らかの誤解をしていて)、逆に、日本人なら、ある意味、とても身近に感じる存在です。

どうして、日本には、その方がいて、中国にはいないのか。

どうして、日本人はその方(の一族)の物語を描くことがないのに、中国はこのような物語を描いたのか。

今度は、そのことについて、考えたことを少し書きたいと思っています。

(8.3追記 訳詞の冒頭を差し替えました)