北奥法律事務所

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民事執行

養育費などの未収問題の天引(給与分割)による解決と、憲法改正の前にやるべきこと(上)

以下は、平成25年に、養育費などの回収に関する法制度について憲法改正のことも考えつつ書いた投稿を再掲したものです。

前編が養育費問題で、後編で、そこから飛躍?して憲法改正について触れています。

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昔は、給与所得者たる夫に長年連れ添った専業主婦の方が離婚を余儀なくされた際に、年金の大半が夫に支給され、その形成に尽力したはずの妻がほとんど受給できないので、社会的に不公平だと言われていました。

当時の裁判所は「扶養的財産分与」などの理屈で多少の修正(改善)を図っていたものの、離婚を余儀なくされた妻の保護が不十分だということで、平成19年から年金分割制度が導入(施行)され、離婚した妻が年金の半分に見合う額を公的機関(支払元)から直接に受領できることになりました。

これにより、年金に関しては、分配の不公平はおろか、回収リスクという問題も完全に克服されることになったと思われます(夫に支給された年金を夫の口座に差押する場合には、手間と費用もさることながら、払戻による回収不能リスクが不可避です)。

これに対し、離婚等に伴い回収リスクが生じる同種の論点として、①養育費、②退職金(の財産分与)の2点があり、いずれも現状では回収不能のリスクが強く存在しており、引用のような記事がたびたび掲載されますが、一向に改善の兆しが見えません。

この点、養育費等に限らず、我が国の民事執行制度は、非常に欠陥が多い(高額な財産を有することが判明している者に対しては問題ないが、財産の所在が不明であったりその時点で財産を有していない者などに対する関係では無力に近い)とされてきました。

そのため、長年に亘り民事執行制度の強化が叫ばれており、最近の法律雑誌に発表された論考では、強制回収の実効性を高めたり任意の支払を促すための制度として、金融機関への照会制度の強化(債務者に関する財産情報の開示の徹底)や不払債務者の目録制度(信用情報登録)などが立法論として紹介されていました(判例タイムズ1384号)。

その論考では養育費等には特に触れていなかったとの記憶ですが、少なくとも「民事執行制度に頼らずに最初から天引することこそが、最良の債権回収制度」という観点に立てば、養育費等については、年金分割のように天引払い(給与分割)を実現する法改正が、必要かつ妥当というべきだと思います。

要するに、養育費を支払う義務がある親(非監護親)については、差押等の手続を要することなく職場が養育費相当額を天引して監護親に支払うものとし、退職金についても、離婚した配偶者が寄与した範囲の額については、支給時に対象額を分割し、配偶者に通知して直接に支払うことにするという方法です(いずれも、当然分割を前提に、勤務先が受給権者に対して直接に支払義務を負うという考え方をとります)。

大概の職場であれば、社会保険に加入するはずなので、社会保険を通じて勤務先等の情報を管理し受給権者に提供する形をとれば、制度の構築や運用にさほどの手間を要するとは思われません。

引用記事には養育費不払について国の立替制度なども紹介されていますが、税金一般も含めて真面目に払っている人にとっては肩代わり制度の安易な導入は納得し難い面があります。

まずは、上記のように、支払可能であるはずの債務者の履行を徹底させる方法をとった上で、就業困難などの事情により養育費の形成そのものが困難なケースなどについて、公的給付や金銭以外を含む支援を拡大させるというのが本筋ではないかと考えます。

(以下、次号)

 

民事執行制度の強化を巡る議論と展望

交通事故などの事故・事件の被害者や知人に頼まれ大金を貸して返済を受けられないままの方など(債権者)が、支払義務を負う者(債務者)に対して裁判を起こし、苦心して支払を命じる判決を受けたものの、債務者の財産がまったく分からず、ちっとも債権を回収できないというケースは、我が国では珍しくありません。

債務者に関して言えば、次のようなパターン(類型)があるかと思います。

①相当額の財産を有している可能性が十分あるものの、債務者の所在が不明or広域で活動しているなど、どこに財産を持っているかの手がかりを掴むのが難しいもの。

②債務者の所在等は分かっているが、居住地等に不動産を所有しておらず、居住地付近の金融機関に預金の差押をしても奏功せず(口座がないか、あっても残高がほとんどない)、他に財産の所在等が分からないもの。

③そもそも、その債務者の所有資産が皆無に等しいと考えざるを得ないもの。

この点、我が国では、判決を有する債権者などの照会に応じて債務者のあらゆる金融機関の口座情報などを一括して回答する仕組みは現時点で存在していません(生命保険の契約情報については一括照会制度はあるものの、債務者の同意がない限り保険会社が回答を拒否する例もあります)。

そのため、債権者が少なくない経費と手間をかけて、債務者の居住地を管轄する幾つかの金融機関(支店)に債権額を割り付けて差押申立を行うことがありますが、大概は、前記②のように「預金がないか、あっても僅少」との回答を受けておしまいというケースが少なくありません。

債権者によっては、深刻な事故の被害者でご自身に過失がほとんどない場合のように、非常にお気の毒な方もおられますので、そのようなケースに直面すると、法の不備があると思わずにはいられない面があります。

反面、本当に財産のない(かつ、形成できる能力も乏しい)人について強制収容所のようなものを作って収容し強制労働の賃金で返済させるなどという法制度が我が国で採用されるはずもなく、「救済(支払確保)の必要が高いのに回収が困難な債権者」の方にお会いすると、ただただ残念な気持ちばかりが募ってしまいます。

せめて、強制執行等の対象となりうる債務者の財産の有無を簡易かつ確実に把握できる制度があれば、「財産がない」と判明する場合も含め、債権者にとっては気持ちの整理ができる面がありますが、それとて、上記のとおり金融機関の照会制度の不備や回答拒否など、我が国では必ずしも機能しているとは言い難い面があります。

この点に関し、現在の民事執行法には、「財産開示手続」という債務者に自己の財産状況を開示するよう命ずる制度があるのですが、この制度も、債務者が期日に出頭せず流会で終わることが多く、十分に機能を果たしていないとして、「債務不履行者名簿」を作って閲覧等できるようにしたり信用情報登録制度とリンクさせるなど(不払者にとっては強いプレッシャーになり得ます)、制度をより強化すべきだと主張されることも少なくありません。

ちなみに、昨年に判例タイムズに掲載された論文(1382号等)は、そうした立場をとっており、韓国の制度がそのようなものになっているということで、それを取り入れることを提案する内容になっていたはずです。

これに対し、今年の2月に奈良地裁の今井輝幸裁判官が公表した論文「韓国の財産開示制度の現状」という論文(判例時報2207号)は、執行制度の基礎をなしている様々な法文化や制度に違いがあるとして、慎重な立場をとっています。

思いつきレベルですが、双方の立場の違いは、「司法積極主義と司法消極主義」という我が国の司法に関する大きな路線対立の問題(いわば、理念重視派と国情重視派の対立といってよいのかもしれません)とも繋がりがあるように感じられ、そうした視野からこの論点を考えてみるのも興味深いのではと感じたりもします。

それはさておき、15年も実務の世界で生きていると、我が国では、「払えない人」を強く追いつめるような制度ないし実務はなじまないと考える方がほとんどで、その種のケースで取立を強化する法制はあまり期待できないと思われます。

そうした点では、交通事故における人身傷害保険のように、相手方が無資力の場合に不良債権の填補を受けられるような自己防衛的な保険等の制度を、様々な形で普及させていく方が現実的なのかもしれませんし、人身傷害保険や弁護士費用保険が普及しているように、実損填補型の保険等に関する潜在需要は我が国には十分あると言ってもよいのではと感じています。

また、財産開示制度の改正の要否はさておき、少なくとも、一定の条件を備えた債権者については、弁護士法23条に基づく照会制度ないし照会先の受け皿の強化(情報集約システムの整備)など、債務者の資産などに関する情報収集の制度をより強化していただきたいと思っています。

余談ながら、今井裁判官は私が修習生時代にお世話になった方で、数年前から韓国法の専門家として刑事法などでお名前をお聞きすることがありましたが、当時から大変勉強家の方で、今回の論文も韓国の法制や法文化などに対する造詣の深さを強く感じさせられました。

私は、平成22年に日弁連の行事(人権擁護大会)の企画で数日だけ訪韓し、韓国の廃棄物法制(不法投棄対策など)や実務に関するお話を伺うなどしたものの、恥ずかしながら「チラ見」レベルで終わってしまったということがあり、外国法に限らず、今井さんを見習って、もっと努力を積み重ねなければと恥じ入るばかりです。