北奥法律事務所

岩手・盛岡の弁護士 北奥法律事務所 債務整理、離婚、相続、交通事故、企業法務、各種法律相談など。

〒020-0021 岩手県盛岡市中央通3-17-7 北星ビル3F

TEL.019-621-1771

ブログ
弁護士小保内義和のブログです。

ブログ一覧

貧乏暇なしクラブの歌とゲゲゲゲ弁護士

この連休期間中も、相変わらず普段どおり溜まった起案(書面作成)に追われる日々です。

ただ、深夜に大物起案が一服した後などは、次の山々をチラ見しながら何か歌いたくなる・・なんてこともあるかもしれません。

そんな貴方に捧げる2曲。

1作目は、私が物心つく前後の頃にNHKで放送されていた人形劇「プリンプリン物語」内の「世界お金持ちクラブの歌」から。

*******

じかんじかん 時間 時間 
じかんじかんじかん 時間

時間さえあれば いつかは手に入る (かもね)
ドレスは要らないが仕事をこなしたい

完済 別宅 子供の教育費

プライベートジェットで
あの子と月旅行

ふるさと納税 
見ず知らずのニク、サカナ

時間さえあれば 仕事も終えられる
多忙で貧乏暇なしクラブ~

******

続いて、申すまでもない「鬼太郎」より。

*****

ゲゲゲゲゲゲ 
夜も朝まで起案中 
楽しいな 楽しいな
田舎の町弁は 土日も何にもない ヴ~

ゲゲゲゲゲゲ 
みんなで嗤おう ゲゲゲゲゲ

ゲゲゲゲゲゲ
朝も書面が未完成
楽しいな 楽しいな
今日会う裁判官 優しさ微塵もない ヴ~

ゲゲゲゲゲゲ 
みんなで嗤おう ゲゲゲゲゲ

ゲゲゲゲゲゲ 
昼も期日に客、電話
楽しいな 楽しいな
弁護士は死ねない 仕事が済むまでは ヴ~

ゲゲゲゲゲゲ 
みんなで嗤おう ゲゲゲゲゲ
仕事が終わらぬ ゲゲゲゲゲ

******

というわけで、今夜もまた、優雅なお友達を尻目に、事務所に泊まり込みということになりそうです。

成都の腐海なマンションと風の谷への分かれ道

中国の成都に建築された「全戸に庭園と池を設置した、富裕層向けの高級マンション」で、蚊大発生して購入者が入居できず廃墟のような有様になっている、というニュースが話題になっています。

昨日=金曜の朝に洗濯物を干している最中、モーニングショーなのに風の谷の曲が流れてきたので、橋田壽賀子ドラマよろしく隣室で聞き耳を立てていたところ、このマンションの件を取り上げており、

蚊の大群に住民達が逃げて廃墟状態になったところで腐海の森の曲→コメントシーンへ、

となっていました。

で、そのマンションは全戸に池を設けており、蚊(ボウフラ)が繁殖しやすい環境なのに天敵(メダカ、ゲンゴロウ、カエル、ヤモリ等)が全くいない(から大発生した)、と羽鳥さんが述べていたので、私自身は、

だったら全戸(ベランダ庭園と池)にそれらの生物を標準装備すればいいじゃないか。それらの生物を狙って野鳥も来るし、それこそ生物の楽園になって子供も喜ぶでしょ。

と思ったのですが、コメンテーターの方々は誰もそのように発言せず、

「池の水を抜け、樹木を撤去せよ」

と口々に叫ぶばかりで、これでは、やむなく林を焼いて水を抜いた後の風の谷と同じじゃないか、せっかく曲が散々流れていたのに、この方々はあの映画から何も学ばなかったのだろうか、これだから都会の人達はダメだなぁ、

と、がっかりしました。

ちなみに、一茂氏だけは、ちょっとだけ「俺の海外の別荘は天敵がいるから蚊が出ない」などと自慢?していましたが、玉川さんとかが、いつもの剣幕?で、腐海を焼き払え・・ではなく、全部撤去せよと述べるのに気圧されて、一茂氏もすぐにそれに同調してしまったので、

全国の良い子のみんなは、きっと悲しんでいるに違いない

と、余計なことばかり思いました。

そんな光景を横目に、

もし、日本でメダカや昆虫などを飼育等する事業者が、「これらを使って蚊を減らしながら水と緑に囲まれた生活を取り戻して」と、天敵(人に危害のない生物)達を提供しそのマンションに安定供給する役割を担っていただければ、そして、ぜひ、その社長さんが、青い衣装で黄金色に染まった秋の高層湿原(八幡平とか四川なので九寨溝とか)から登場してくれれば、

このコーナーに、風の谷のクライマックスの曲が流れて、どんとはれ

という展開になったのになと、風の谷・・ではなく、八幡平の遙か麓で今も起案に追われる身としては、思わずにはいられませんでした。

ところで、この話をFBに投稿したところ、同業の某先生から

地震時などに各戸の庭園に持ち込まれた土の重さで倒壊するのではないか

と、ジョーク?が飛んできたのですが、その光景を思い浮かべたとき、いかにも「中国あるある」な話で想像するだに恐ろしいと感じつつも、

建物の奥から、大地の想いを集めた青い結晶が出現し、崩落する建物を尻目に、木々と鳥たちだけを連れて、大空に上っていく・・

という展開もありうるかもなどと、夢想せずにはいられませんでした。

河野太郎行革相は「鈴木善幸内閣の中曽根康弘行革相」の再現となるか?

虚報新報北奥支部特派員?(現地採用)の小保内です。

前回投稿した山下外相待望論はサクッと外れましたが「菅政権の誕生の姿は鈴木善幸内閣によく似ている」という件に関しては、興味深い事象が生じました。

高齢者?と留任ばかりの内閣(新任の方も平沢復興相を除き知名度が低い)の「ほとんど唯一の目玉」と見られているのが河野行革相かと思いますが、鈴木内閣では、中曽根次期首相が行革相に相当する行政管理庁長官になっているのですよね。

ですので、仮に、菅内閣が短命に終わり、河野行革相が実績と名声をあげて次期首相に躍り出ることがあれば、見事に歴史が繰り返したことになりますので、今後の展開を興味深く見守ってよいのではと考えます。

さきほど、河野行革相が「閣議でナンバー2の席に座った」というニュースを拝見しましたので、ますます、その色合いが強くなったとも言えそうです。

もちろん、私は菅内閣が短命に終わることを願っているわけではありませんので、鈴木首相がなさりたかったであろう「自分に取って代わるかもしれない敏腕行革相を使いこなして名宰相を目指す」という路線で頑張っていただければと思います。

なお、前回ピックアップした「鈴木内閣との共通点」については、自民党が権力抗争に明け暮れた三角大福の各政権をまとめて一個の時代と捉えれば(「中」は世代が違い安定期に転換されたのでカット)、菅政権は「一つの大きな時代のあとに就いた首相」という点でも鈴木内閣と共通することになります。

まあ、鈴木内閣は「三角大福時代の終わり=中曽根長期政権への転換点」ですので、菅首相にとっては、そうした意味では全くもって似て欲しい話ではなく、余計な一言というほかありませんが。

また、三角大福混乱期→ひと呼吸の鈴木内閣→中曽根安定期という流れに照らせば「安倍安定期→ひと呼吸の菅内閣→政界大混乱へ」との展開もありうるかもですし、小沢氏などはそれを狙って今も策動なさっている?のかもしれません。

このネタ(河野=中曽根再来かも説)は必ずマスコミが取り上げるネタと思われ、もしかするとワイドショー等でも誰かが言ったかもしれませんが、私はまだ見ていませんので「誰かが言う(聞く)前に言ってやる!」との思いで、大慌てで書きました(初出は前日のFB投稿です)。

菅義偉新総裁と鈴木善幸首相の「あまりにも多い共通点」と、山下貴司外相待望論

大至急の起案が一段落し、久々の政治談義です。

秋田県人初の首相となる菅総裁の誕生については、北東北という括りで見れば、鈴木善幸首相(1980年)から40年ぶりの朗報ということになります。

当時、鈴木首相の「お国入り」があり、理由は分かりませんが二戸にもいらしたため、小学2年生?だった私も、沿道で旗振りをした記憶があります。

菅総裁は、地方出身の割に(横浜の人のせいか)都会的な合理性や効率性を重視する(結果として、高所得が得られる能力の高い人を優遇する政策になりやすい)傾向があると言われたりもしますが、その点を別とすれば、鈴木首相と色々と共通点が多いと言えます。

少し考えただけで、次の10点を指摘できると思われます。

①北東北の出身。

②相応に苦学し学歴もトップ校(東大等)ではない、二世等でもない。

③(菅氏も地方議員出身のため)政治家としては党人派。

④少し前まで首相になる人とは思われていなかったが、自民党の多数派グループに、調整能力を買われて擁立された。

⑤大物たる前任者(鈴木首相の場合は大平首相)との関係で、忠臣かつ重臣とみられている。

⑥前任者には強い存在感を放つ政敵(鈴木首相の場合は福田首相。今回は当然ながら石破氏)がいて、多数派グループ(田中派・宏池会など)は、政敵に権力を渡すまいとの思いで結束した面がある。

⑦外交関係に経験が乏しいと目され、その点を不安視されている。

⑧行政改革に意欲を示している(鈴木内閣では中曽根次期首相を担当大臣に充て、土光臨調を発足させた)。

⑨政界のフィクサーと呼ばれる御仁(田中首相・二階幹事長)の強いバックアップがあると言われている。

⑩おでこが広い(余計な一言?)。

ちなみに、鈴木内閣で自治相(今で言えば、総務相)をつとめたのが石破氏の父君(石破二朗氏)ということで、大河ドラマちっくなものを感じたりもします。

そんなわけで、菅内閣が鈴木内閣のように「外交でミソを付けて(日米安保発言)米国からB級扱いされて失速し後任者が本格政権」という展開になるのか、それとも「化けて」大物宰相の道を歩むことができるのか、隣県人として興味深く拝見しています。

ところで、菅内閣の人事で、国民一般が現時点で最初に注目しているのは、上記⑦=外交対応への不安という点から、外相人事ではないかと思います。

失礼ながら、安倍首相に比べ「華がない」と見られている菅首相にとって、ご自身を補完できる華のある御仁を登用したいのではと思われますが、河野防衛相は経験済みで、進次郎環境相は、たぶん他のポスト又は一休みになりそうですので、他に菅首相が安心して任せられる「華があり力量もある現役世代の議員さん」がおられるのか、少し思い当たりません。

が、たった一人、菅首相にとっても意中なのでは?と個人的に想像するのが、元外交官であり実務能力の高さに定評のある山下貴司もと法務大臣(平成10年頃には盛岡地検三席検事)です。

私も、修習生として当時の盛岡地検の片隅で若干ながらお世話になりましたので(主に、冬の「連れスキー」の末席ですが)、法相1期で終わらないであろう山下議員のさらなるご活躍を期待している一人です。

ご経験と能力など(また、当時も今も非常に華のあるキャラクター)からすれば、少なくともあと5~10年以内には、確実に外相をなさるのではと思っていますので、実務能力が高い人を好む菅首相からすれば、意中の人なのではと推測しても、あながち間違いとは言えません。

ただ、山下議員は今回の総裁選で石破氏陣営の番頭役をつとめており、彼を外相に抜擢するのは菅首相を担いだ方々から猛反発を受ける可能性もあるので、さすがに無理があるのかもしれません。

いっそ「麻生首相が総選挙までの期限付きで副総理兼外相に横滑りし、山下議員が副大臣→総選挙で勝てば、大臣昇格」というパターンもありうるのでは・・と、勝手に期待しています(基本はノンポリ無党派層なので、殊更に総選挙で自民党に勝って欲しいわけではありませんが・・)。

まあ、今朝(14日)のモーニングショーで田崎氏が「記者が大臣の予想をしても絶対外れて恥をかくから言わない」と仰ってましたので、私も田舎者の戯言でおしまい、ということになるかもですが。

ともあれ、法相経験者で後日に首相に上り詰めたのは、明治の草創期を別とすれば、戦前検察の体現者として悪名高い?平沼騏一郎首相ただひとりですので、山下議員には、ぜひ、平沼首相以来の「検事出身の首相」になっていただくと共に、平沼首相の轍を踏むことなく、我が国の社会と未来のためご活躍いただければと願っています。

西谷巌先生のご逝去に寄せて

先日、盛岡北RCの会員である西谷巌先生が急逝されたとのことで、通夜に伺いました。

西谷先生は苫小牧のご出身で(ご本人から聞きました)、北大医学部に進学し北大などで活躍された後、岩手医大の産婦人科の教授を長くお務めになり、定年後も盛岡の主要病院の院長などを歴任され、御年88歳となった現在も、滝沢市内の中規模病院で診療等に従事なさるなど、年齢を感じさせない若さで精力的に活動されていました。

亡くなられる10日ほど前も、いつもどおり当クラブ(盛岡北RC)の夜例会に参加され、その際も色々と話をさせていただきましたので、急なご病気によるものと聞いていますが、ただただ残念でなりません。

私にとって、西谷先生は、当クラブで最も親しくさせていただいた方の一人なのですが、それには2つの理由があると思っています。

私は函館ラ・サールの出身ですので、同級生には北大医学部に進学した方もおり(しかも、1年間、4人部屋で過ごした仲間でした)、そこに入学できる人というのが、どれほど凄まじい才覚を持ち圧倒的な努力を重ねているか、若干ながら体感として知っているつもりです。

私も、学力や業績などの程度は遙かに及びませんが、学問で身を立てた人間のはしくれであり、また、盛岡の出身ではない点でも共通点があることから、「先祖の代から盛岡で暮らし、代々或いは何十年もこの街で重責を担ったご一家の当主」の方が珍しくない当クラブでは、西谷先生にとっても地元出身ではない私に対し他の会員の方々とは違った親しみを感じていただいた面はあったかもしれません。

また、私は幼少期に大人に囲まれて育ち、同世代の面々より両親の周囲にいた大人の人達と一緒に過ごす方が居心地がよかったせいか、今もその感覚をひきずっており、同世代よりも親子ほども年の離れた方々の方が、なぜか親しくなりやすい傾向があります。

恐らく、私にとって父が人生のロールモデルではなかった(実家を出ていくほかない身であり、幼少期の父との人間関係も希薄だった)ため、その役割を担って下さる様々な大人との関わりに飢えがあったからだと思っており、私が西谷先生と親しくさせていただいたのも、何某かの「父性」を西谷先生に求めた面があったからなのかもしれないと感じています。

ともあれ「つい先日まで一緒に酒杯を交わして盛り上がった方」が急逝してしまう経験自体、私にとってほとんど初めてではないかとも思われ、まだ現実を受け入れることができないというのが正直なところです。

ところで、以前は、どこの小社会にも「組織のあるべき姿や理念を大所高所から論ずるご意見番的な御大」がおられましたが(岩手弁護士会なら、故・菅原瞳先生でしょうか)、西谷先生は、当クラブでは、その代表格のお一人だと認識しています。

西谷先生と重鎮論客の双璧をなし、私にとってはもう一人の「当クラブでの父親代わり」と言うべきSさんも、ご病気を理由に先般、RCを引退されてしまうなど、盛岡北RCにとっては「一つの時代が終わった」と評さざるを得ない状態が、ここ半年~1年ほど続いているように感じます。

そうした「父親世代のご意見番」の喪失(ひいてはRC全体の退潮)の中、当クラブがどうなってしまうのか(単なる親睦団体の類としてしか存続できないのか、それとも世界とつながる・世界に通じる高邁な理念なるものを自分達の不可欠な要素として保持・実践できるのか)、今の私には全く分かりません。

ただ、折り返し地点を過ぎてかなり経過しながら、相変わらず社会全体との関係では無為の日々を送る私に「それでいいのか?」と何らかの問いかけがなされているのかもしれないと、そのことには絶えず向き合っていきたいと感じています。

西谷先生のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。