北奥法律事務所

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大雪に伴う交通事故の解決のために

ここ最近、盛岡及び岩手県内は大雪に見舞われ、それに伴い残念な事故も幾つか発生しているものと思われますが、私がここ数年内に扱った案件でも、大雪の影響で生じた交通事故の賠償問題は何件かありました。

例えば、大雪の影響で幅員が通常より狭くなった道路での車両同士のすれ違い時に生じたミラー接触事故で、どちらが悪い(はみ出した)のか争いになり(信号対決ならぬセンターオーバー対決事案)、当方でお引き受けして色々と調べ、先方側のはみ出しと認定される可能性が高い証拠を得たところ、先方が降参して解決した事件もありました。

既に多くの方が弁護士費用特約付きの任意保険に加入されているかと思いますが、遭遇の確率の高い小規模な事故(大雪の日には生じやすいです)ほど、費用特約に加入していなければ、費用対効果の点で事実上、被害回復を断念(いわゆる泣き寝入り)せざるを得ない事態になりやすいと思います。

未だに費用特約の対応のない任意保険(共済)も存在しているようですが、安全運転もさることながら、ご家族を含む万一の備えに、任意保険と費用特約の加入を各々ぬかりなく対応いただければと思います。

近年では、弁護士費用特約の普及もあり、事故後間もない時点でご相談・ご依頼を受けることが多くなっています。

業務実績欄などに表示のとおり、当方は長期に亘り膨大な数の交通事故事案の解決実績がありますので、万一の際は、当事務所へお問い合わせいただければ幸いです。

令和5年の年頭のご挨拶

当事務所の本年の営業は、本日(5日)からとなります。
本年もよろしくお願いいたします。

6年前(平成29年)の正月には、その日、日経新聞の「私の履歴書」に登場したカルロスゴーン氏の「アイデンティティを失わずに多様性を受け入れること」という言葉を引用しつつ、

アイデンティティと多様性は、時に激しく対立する面を持つが、個人の尊厳(憲法13条)という触媒を通してこそ最もよく結びつき、輝くと言える

そうした理念を掲げた武器(法)をもって闘う存在である法律実務家の社会での役割は、ますます深化されるべきで、そのために努力していきたい

という趣旨のことを書きました。

すると、その2年弱後には、我々庶民が全く予想していなかったゴーン氏の電撃的な逮捕が発生し、海外逃亡など様々な出来事が続いたことは、今や誰もが知っているとおりです。

ゴーン氏は多様な価値観が地球規模で競争する社会で圧倒的な勝ち組として君臨しましたが、自身の利益追求に奔走するあまり、勝ち組ではない多くの人々のアイデンティティへの尊重を蔑ろにした面があったのかもしれません。

あまりに遠い世界の御仁ですので「他山の石」などと形容する気力はありませんが、異なるアイデンティティを持つ者同士が「多様性を認める」との金看板のもと広い世界で競争する結果として生じる、貧富の格差をはじめとする歪みの修正・是正もまた弁護士の重要な仕事の一つとして、真摯につとめていければと思います。

昨年は幾つかの事案で相応の成果を挙げたことなどから、なんとかやりくりできましたが、今年は北風が吹き荒れるのではと今から危惧しています。

長年に亘る様々な経験を活かしつつ、気合いを入れて新たなチャレンジにも頑張って参りますので、引き続き、ご愛顧のほどお願い申し上げます。

 

安倍首相の国葬を巡る「天皇制の終わりと権威分立社会の始まり」(第4回)

安倍首相の国葬について、前例との違いや天皇制との関係性という観点から事象の本質と課題を検討した論考の最終回であり、今回の国葬実施の背景に天皇制(現行憲法スキーム)の存続に関する国民の不安があり、それがオルタナティブな権威の渇望という形で具現化されたのでは、という仮説を述べて締めくくっています。

5 それでも今回、国葬が大過なく実施できた、もう一つの理由

今回、国葬が決定された理由は、死去直後には衝撃的な事件内容を理由に、自民党・政権中枢や支持者からの強い希望があり、その時点では統一教会を巡る一連の問題への世論の批判もさほど大きくなく、国民の支持が得られると岸田首相が判断したためとされています。

そして、その後、統一教会問題を巡る膨大な報道を通じて批判・反対の声が強くなりましたが、国民的な反対運動や倒閣運動などが生じることはなく、国葬の実施後、国民の関心も急速に萎んだと思います。

要するに、国民一般の多数派は「安倍首相への哀悼自体は当然でも、今回の件で国葬をするのは違和感あり」と感じつつ、「それは国家・国民への重大な背信とまでは言えない(政治家が行う数多の失策?の一つに過ぎない)」という感覚なのだろうと思います。

ただ、相応の反対の声が出た一方で、つつがなく国葬が行われ、批判の声が続いているわけでもない、という現象を見ると、国民の多くは、国葬に違和感を持ちつつも、敢えて、それを許容せざるを得ない理由・事情も感じているのではないか、という気もするのです。

それも、安倍政権への評価や統一協会問題などという、今回だけの、誤解を恐れずに言えば表層的な話だけではなく、国葬という儀式・制度・システムの本質に関わる問題として、天皇以外の存在への国葬を模索せざるを得ないと感じる国民が一定程度存在するのではないか、そのことが違和感を感じながらも今回の国葬を国民が受け入れたもう一つの理由なのではないか、というのが本項の主題です。

すなわち、皇室の権威力(国民統合を実現する力)が以前より弱まり、天皇家・天皇制自体の継続の危機すらも語られるようになった社会で、国民の側も、国体存続への不安から天皇に代わりうる国民統合の象徴的存在(大統領など)を無意識下?で模索する希望があるのではないか、そのことも、本来なら国葬の対象にならなかったかもしれない安倍首相を「国葬される地位」=権威的存在に押し上げた理由の一つではないか、というのが私の見解です。

***

既述のとおり、国葬には、対象者を特別な存在・みだりに批判すべきでない偉い存在として祀るための儀式・装置たる機能があります。戦前のような「軍神○○神社」が創建されるかはともかく、被葬者は一般の国民とは違う特別な存在(身分)なのだと位置づける機能があることは否定し難いはずです。

それは、本来の対象者たる天皇が、まさに特別な存在(現人神=神の依代)だと認識されていることに基づくもので、日本では、上記3=連載第2回の第2・第3類型としての国葬は、本来は天皇に対して行われる儀式(第1類型たる国葬)に連なる儀式を特別に付与するもので、いわば、天皇が独占する国家の権威を多少とも対象者に分けてあげるような性質を持つと言えます(だからこそ、国葬の濫用は、天皇に専属する国家の権威の濫用に該当することになります)。

ただ、肝心の天皇の権威(国民の統合力)そのものが低下した場合はどうか。

国家(という人民の統合装置)を存続させるために、天皇の代わりになる新たな権威(統合の象徴的存在)を求める動きが生じるはずであり、すでにそれは「現行天皇家が皇統を引き継げなくなった場合の旧皇族の皇籍復帰(養子ほか)の議論」などの形で、すでに始まっていると言えます。

今上天皇陛下の人徳や権威力(国民統合の力)に対し疑義を挟む国民はほとんどいないでしょうが、次世代の天皇家はどうなってしまうのだろう、という不安もまた、女性・女系天皇などを巡る議論の賛否に関係なく、多くの国民が感じていることは否定できないでしょう。

今上天皇の即位式の実況中継を拝見した際、天皇とは現人神(神の依代)であり、敢えて誤解を恐れずに言えば人柱でもあるのだろうと、神々しさと気の毒さを強く感じましたが、日本国民が、そのような存在としての天皇を必要としなくなる(天皇に頼らなくとも国家としてやっていける)には、まだ数百年以上の時間を必要とするのでは?と感じないでもありません。

私自身は、天皇承継などを巡る議論に関しては、現行天皇家(現皇室一門)の方々の気持ちや尊厳がなるべく尊重されるべきとのスタンスですが、ともあれ、仮に、現皇室一門で天皇制を維持することが困難となり皇籍離脱した旧皇族が養子などの方法で新たな天皇・皇族を形成する展開になった場合には、果たしてその方々が「国民統合の象徴」の認知を国民から受けることができるか等、天皇制ひいては国家体制の存続に重大な危機が生じることは間違いありません。

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仮に、天皇制が継続できないのであれば(天皇の担い手が現れず、或いは旧皇族を含めた一族全体が国家運営からの総撤退を希望する事態になれば)、大統領制などの検討もしなければならないのでしょうが、それこそ二千年も続いた国家体制の抜本的変更になり、国民的議論などという生易しいものではない、長期内乱や国家消滅(他国併呑)なども含む、凄まじいリスクが避けて通れないでしょう。

そのため、これからの数十年間の日本では、大きな変化・動きが生じるのに先立ち、天皇など権威部門(国民統合部門)に関する、幾つかの実験的な試みが生じるかもしれないと感じています。

大統領制はさておき、例えば、首相公選制に関する議論は復活するかもしれませんし、議院内閣制や国会など統治機構の主要部門も、一定の影響を受けて改革すべきとの議論も力を持ちそうな気もします。

今回の安倍首相の事件で、国葬の議論を最初に目にしたとき私が抱いた感想は「国葬って大統領に対して行うもんじゃないのか、それって天皇制をとる日本では大丈夫なのか」というものでした。

安倍首相に「国葬」という儀式が選ばれたのは、或いは、現皇室(天皇制も?)終焉の可能性を人々が感じているから、それに代わる権威を求める国家・国民の不安感や依存心が、安倍首相の国葬(国家の威光を用いた顕彰)へと人々(支持者)を駆り立てた面もあるのでは(今回の国葬は、ある種の実験だったのでは)と述べたら、それは言い過ぎでしょうか。

私は、生前の安倍首相を一部の「ネトウヨ」などが礼賛する光景は彼らの政治家への依存心のようなもので、それを引き受けていた安倍首相・自民党側にも共依存のような関係性があると感じていました。

が、国家(人民統合装置)自体への依存心は、天皇であれ五輪やW杯などの類であれ、私を含む他の人々も、さほど違いはないのかもしれません。

6 天皇制(権威・権力分立社会)の終わりの始まりか、再構築の入口か

安倍首相の「国葬」は、最高権力者であった同氏に国家による権威を付与するという意味で、あたかも大統領に祭り上げるような面があります。皇室の藩屏という役割がなくなった戦後日本では、なおのこと、国葬を通じた有力政治家の権威化は大統領制に通じる道というニュアンスを帯びそうな気がします。

権威と権力を分立する社会を望むなら、権力者の権威化は避ける(天皇の名のもとですらない国葬はしない)のでしょうし、権威と権力が一体化となる社会(戦前日本や大統領制)では、権力者の権威化(それに国民が信服し統合=団結させる)装置としての国葬は活用されやすい、と言えます。

このような「権威と権力を分立させる社会・させない社会」という視点で今回の国葬問題を語る視点・議論は、あって良いのではと思います。

ともあれ「国葬とは原則として天皇にしか許されないというのが戦後日本人の感覚ではないか」との私の見解(推論)からは、有力政治家の国葬が多用され、それを国民が支持するようになった場合、天皇に専属していたはずの国家の権威者たる地位が分散・分属されるようになり、やがて天皇制の終焉(国民が天皇を必要としない社会)にも繋がりうるのではないか、という印象を受けます。

別な観点で言えば、現行皇室の(男系?血筋)が存続できず、国民が直ちに権威を認めることが難しいかもしれない皇籍離脱者などが「新たな天皇家」になった場合、国民は、有力な首相などを天皇(国民統合の象徴)の代替として権威化しようと欲するのではと思いますし、その傾向が強くなると、やがて国家組織(国民統合装置)としての天皇制の不要論に行き着くこともありうるように思います。

そして、象徴天皇を奉じつつ有力政治家などにも国家存立・統合のシンボルとしての権威性を認めていく社会になれば、それは権威の分属・分立であり、それこそ内乱の火種になるか、そうでなくとも日本の国家制度・統治機構のあり方を大きく変える端緒になりうるような気がします。

日本国は、天皇のもと権威と権力が分立する社会を続けるのか、続けることができるのか。それとも、双方の分立(役割分担)を定めた天皇制を廃し、国家の権威と権力の双方を具有する大統領を国民の支持などにより擁立する社会に切り替えるのか。

それとも、第三の道があるのか。それは良好な道か、悲惨な道か。

今回の安倍首相の国葬は、いつの日か、そのプロローグとして歴史家に語られる日もあるかもしれません。

 

安倍首相の国葬を巡る「天皇制の終わりと権威分立社会の始まり」(第3回)

安倍首相の国葬について、各種前例との異同や天皇制との関係性という観点から事象の本質と課題を検討した論考の第3回目であり、今回は、主として戦後日本のスキーム(象徴天皇制や現行憲法に基づく「権威と権力の分立」)との関係性について述べます。

4 現代日本で国葬が行いにくい(盛り上がらない)固有の原因

ともあれ、今回の国葬は粛々と行われ、当日は故人を慕う多くの人々の参集もあったようですが、国民全体として見れば、国葬への社会的支持は乏しく、「盛り上がらない国葬」「自民党や支持者・関係者の人々だけの国葬」という面は否めなかったと思います。

ただ、吉田首相の国葬の実施状況を巡るWeb記事によれば、吉田首相の国葬もさほど盛り上がらず、尻すぼみに終わった(ので、その後、国葬が慣行として行われない状態が延々続いた)のだそうです。

そのため、現在の日本社会では、国葬という儀式そのものが、国民の支持を受けることが難しいのではないかと感じる面があります。

その原因は、国葬という手続が、性質上、被葬者を何らかの形で権威化する(死後も国家・社会を支えるものとしての権威ある存在、批判を避けるべき存在として祀る)ことを目的とすることに由来しているように感じます。

そのため、そのような儀式(国葬)は、現代日本(戦後日本)では、国家を代表する者・国家が掲げる価値観などの体現者だと国家・国民が認めることができる者(存在)=国葬を通じてその者を「権威ある=一般国民とは身分が違う特別な存在」と位置づけるのが許される唯一の存在である、天皇(及びそれに準ずる皇族)にしか認められるべきではないという国民感情が、社会の底流にあるのではないか。

これが、安倍首相であれ吉田首相であれ、現代日本で国葬が盛り上がらない根本的な理由ではないか、というのが私の見解です。

言い換えれば、誰であれ天皇と特別な皇族以外の者を「国葬」という形で祭る=権威化するのを、現行憲法・社会は想定していないのかもしれません。

***

そもそも、象徴天皇制とは、天皇に一切の権力を認めない代わり国民統合のための権威としての役割・機能を徹底的に認めるものと言えます。裏を返せば、権力機関たる三権の長などには権威者(批判を許さない存在)としての役割を認めず、権威の機能は天皇に独占させることが予定されています。

権威者たる天皇は、権力を持たないからこそ国家運営(権力行使)に携わることがなく、それゆえ国家運営の失敗に責任を取ることがありません(天皇の無答責)。

国家機構の一部門という観点からは、この無答責(退位など、責任をとる制度がないこと)こそが、他の国家部門と比べた天皇の最大の特色と言ってよいと思われます(裁判官にも強力な身分保障がありますが、定年と熾烈な能力審査のほか、再任審査も一応あります)。

戦前=明治憲法でも天皇の無答責が定められていましたが、それは、天皇が神聖=無謬=誤るはずのない存在との前提に立っていたからで、前提自体はひっくり返りましたが(憲法学では、8月革命などと呼びます)、無答責という結論自体は全く変わりません。

そして、理屈(前提)のひっくり返りこそあれ、戦前も戦後も、国家運営に失敗があれば、天皇はその責任を負わず、権力機構の運営者≒政治家が負う(べきとされている)点は同じと言えます。

言い換えれば、日本の政治家には権威がないからこそ責任を迅速に取らせることが可能であり、戦前・前後問わず日本の首相の大半が短命なのは、「権威がないので地位の継続性の担保が弱く、世間の不満に伴う責任を取らされやすい=地位を追われやすい」ことが根底にあると思います。

ともあれ、戦後日本の国家体制は、天皇から一切の権力を剥奪した上で権威の頂点(拮抗する権威者がいないという点では唯一無二の権威)とし、それと対をなすように、権力を行使する国家組織(立法・行政・司法の三権=議会とお役所)は、国民に対する権威(威光・信頼)という点で、天皇に遠く及びません。

司法(裁判官)は、政治部門に比べて一定の信頼はされているでしょうが、それと同時、或いはそれ以上に、畏怖・嫌悪されている面があります。

司法には一定の権威が認められていますが、その権威は、情ではなく理屈を基盤とし、「この理屈(裁判官の判断)が通じない奴、言うこと聞かぬ奴は黙って従え」という高圧的な面(エリート支配の負の側面)も見え隠れするため、「国民との感情的な信頼関係・共感(天皇家が「国民の本家」のようなイエ意識)」を存立の基盤とする天皇の権威とは、かなり性質が異なるように思います。

もちろん、今の社会で最高裁長官その他の司法関係者を国葬したいなどと言い出す人は誰もいないでしょう。

結局、象徴天皇制を基礎とする現在の社会体制が盤石なものとして永続する限り、「この国では国葬とは天皇に行われるべきものだ。それ以外の人間の特別扱いは不要だ」という天皇のもとの平等思想が国民の総意として今後も存続し、よほどの事情がない限り、国葬をやろうとする人は出て来ないのではと思われます。

(井沢元彦氏の「逆説の日本史」でも、天皇が平等化推進体としての役割を果たしてきたとの視点が述べられており、これは日本の社会思想史ではよく語られていることだと認識しています)。

(以下、次号)

 

安倍首相の国葬を巡る「天皇制の終わりと権威分立社会の始まり」(第2回)

安倍首相の国葬について、各種前例との異同や天皇制との関係性という観点から事象の本質と課題を検討した論考の第2回目であり、今回は、主として世界における様々な国葬との比較を述べます。

3 国葬を実施してきた類型と、安倍首相の国葬理由の違和感

冒頭でも述べたとおり、現代の社会(とりわけ民主主義国家)では、国葬は元首や国家の功臣(有力政治家)に限らず、フランスなどでは「国家統合の象徴的な役割を担った」と社会内で広く認められた一般人にも行われるなどしており、その実施される類型は多様化しています。

ただ、概括的にまとめれば、国葬は、以下の3つの人物(場合)に行われてきたと言えるように思われます。

***

①国家そのものを体現すると国家・国民が広く認めた人物。

王制・帝制なら国王・皇帝(日本では天皇=神の依代)、共和制なら大統領だが、形式的には該当しても、「国家の体現者」だという認知が国家・国民から得られない場合は、国葬は否定されたり後者(大統領)では本人が辞退する例もある。

②本来は(肩書=国家組織上の地位自体は)対象者とは言えないが、国家への功績が極めて大きく、果たした役割の重大さから国家の体現者にあたると国家・国民が広く認めた人物。

国家存亡などに多大な貢献をした政治家など=チャーチル首相が典型で、吉田首相(壊滅的敗戦後の国の立て直しと憲法等を通じ戦後体制を確立した功労者としての位置づけ)もこの類型か。

③第2類型ほどの貢献は認めないが、国家の掲げる政策・価値・理念などの体現者として、顕彰が特に必要とされた人物。

この類型では、存命中の功績の軽重のほか現国民(存命者)の動員などの政策的効果が重視されやすく、大戦中の山本元帥が典型。西欧で民主主義の体現者として認められた一般人に国葬がなされるのも、この例に含まれる。

また、国家自体が形成途上にある場合には、国家形成・機構整備などに特に貢献したと認められた者(建国の功臣)にも行われ、戦前の元老の国葬や近代の各国の国葬はその典型。

「靖国合祀」は狭義の国葬ではないが、広義にはこの一種と言える(アーリントン墓地なども同様か)。

***

こう整理すると、各類型には次の特徴・傾向があるように思われます。

①は国家それ自体の権威の補強のため行われ、③は国家が掲げる特定の政策・価値観の権威化を目的とした面が強く、②は双方の性質(中間的性格)を持つ。

②は、国家存立の大きな事態が生じて特に貢献した政治家を輩出した場合に行われ、格式は①に劣らないものとなることが多い。

形成途上の国家(特に戦時中の国家)では③が行われやすい。建国の功臣の顕彰(国葬)はその典型。③類型は、国家(元首)・国民総意が「与える」ものとして、格式は①や②に劣るとされるのが通常。

国家(国民統合)の維持に何らかの不安要素を抱えた国家でも、国民統合の儀式(象徴的存在を新たな権威に追加する儀式)として③が行われやすい。

逆に言えば、国家組織・社会が成熟・安定すれば(特定人の葬儀を通じた国家・国民の統合の必要性が乏しい又は葬儀という装置が現在の社会的課題の解決策として役に立つわけではないとの認識が広まれば)、①以外の国葬は、行われなく(行われにくく)なりやすい。

ウクライナ戦争が適切に終結し復興が進めば、ゼレンスキー大統領は救国の英雄ないし象徴として没後に国葬に付される可能性が濃厚だが、今後の業績次第で、②③のいずれになるかは現時点で予測不能。

***

このように国葬を整理した場合、安倍首相は、①に該当しないことは議論の余地がありません。

長期の在任や外交での活躍を理由に安倍首相が②に該当すると主張する論者もいますが、「世界大戦の勝利の牽引」「無条件降伏からの奇跡的復興の土台作り」に匹敵するとの評価は無理でしょ、というのが一般の感覚だと思います。

では、③はどうか。長期在任それ自体は国家による顕彰の対象とは言えないでしょうし、外交云々も、国家による特別の顕彰に値するほどの功績かと言えば、少なくとも現時点でそのような評価が確立したとは言えないでしょう。

安倍首相の在任中に政治的権力闘争による社会の混乱があまり見られず社会が安定し経済が相応に繁栄したことは確かですが、それ自体、歴史の評価が定まっていません(成長戦略や痛みを伴う改革が実践されず、日銀を利用しツケを先送りしただけでは、との批判が根強くあると思います)。

また、③類型は、既述のとおり特定の政策や理念の推進のため行われるのが通例ですが、安倍首相を顕彰することで特定の政策や理念を牽引したい、というメッセージ性は実施前後はもちろん現在までほとんど見えてきません。

首相を長期歴任し現在も政界に強い影響力を持つ現役の有力政治家が凶弾に斃れたというショッキングな事件のため、「テロに負けない」とのメッセージも当初は掲げられました。

しかし、加害者の凶行の原因となった統一教会による凄まじい被害と、岸・安倍家三代の長年に亘る統一教会との蜜月関係、それに起因するとみられる清和会・自民党を中心とする多数の議員が統一教会に選挙運動などで依存していた光景などから、「凶行は是認しないが、背景となった統一教会による社会悪を放置することは許されない」という世論の方が遙かに強くなり、「テロに負けない」というメッセージは萎みました。

敢えて言えば、統一教会に関する現在の政府の対応(質問権行使など解散命令請求を視野に入れた行政権行使と、異常献金等に対する予防や救済に関する特別立法など)に見られるように、事件後の社会には、「現代を代表する大物政治家たる安倍首相を暗殺に追いやる原因となった統一教会には、相応の落とし前を付けさせるべき」という国民合意が相応に形成されていると思います。

そして、その合意形成の方法の一つとして国葬という儀式が活用されたという見方はできると思います(岸田首相にとっては、それ自体が目的というだけでなく、それを掲げることで自身の政権存続の糧にしたいのかもしれませんが)。

少なくとも、支持率が低下し続ける岸田内閣ですが、法律案の中身や実行力の問題はさておき、「統一教会に落とし前をつけさせるべき(そのための権力行使をすべき)」という政策の方向性自体は、今も広く支持されていると思います。

ただ、それ(統一教会をぶっ潰す、アベ政治ならぬ統一教会による社会悪を許さない)は、他ならぬ被葬者の殺害犯人が求めてきたことであり、ある意味、「テロを許さない」という表層的な言葉からは、真逆の話でもあります。

ですので、被葬者自身が生前に現在の光景を求めていたのかという点も含め、そうした「ねじれ感」が、この国葬は特定の政策の推進のためのものなのか?という違和感或いはヘンテコ感(居心地の悪さ)を感じさせるような気がします。

それこそ、大戦回避や早期収束を望んでいたとされる山本元帥の戦死による国葬が、国民総動員という真逆の政策目的のため用いられたとされることと似ている面があるのかもしれません。

或いは、色々とややこしいことを考えるよりは、「存命なら令和の妖怪として政界に隠然たる力を行使したであろう安倍首相の無念の斃死に起因する現実世界への祟り(怨霊化)を恐れた人々による鎮魂」と考えた方が、分かりやすいのかもしれませんが。

(以下、次号)

安倍首相の国葬を巡る「天皇制の終わりと権威分立社会の始まり」(第1回)

安倍首相の国葬に関し、主に天皇制との関係で感じたことを幾つか述べます。長文になりましたので、全4回に分けて掲載しますが、骨子は

Ⅰ 今回は過去に国葬の対象とされた典型・類型に当てはまらないやや特殊な例であり、前例や国葬の趣旨・目的という点からは違和感を持つものである。

Ⅱ それにもかかわらず、国葬という形式で葬儀が行われたのは、岸田首相らの思惑もさることながら、国葬の本来の対象者(元首など)の社会的影響力の低下が影響しているのではないか。

Ⅲ さらに言えば、現皇室(ひいては天皇制も?)の終焉の可能性を人々が感じているから、それに代わる権威を求める国家・国民の不安感や依存心が、安倍首相の国葬(国家の威光を用いた顕彰)へと人々・支持者を駆り立てた面もあるのではないか

Ⅳ 今後も、国家統合の象徴としての天皇制の存続への不安・懸念から、有力な首相などを天皇(国民統合の象徴)の代替として権威化しようとする試み(大統領制の議論など?)が生じるかもしれない。

というものです。以下、次の項立てにより詳細を述べます。

1 安倍首相の国葬を巡る論点の整理(第1回)
2 国葬とは何か、何のために行われてきたのか(第1回)
3 国葬を実施してきた類型と、安倍首相の国葬理由の違和感(第2回)
4 現代日本で国葬が行いにくい(盛り上がらない)固有の原因(第3回)
5 それでも今回、国葬が大過なく実施できた、もう一つの理由(第4回)
6 天皇制(権威・権力分立社会)の終わりの始まりか、再構築の入口か(第4回)

***

1 安倍首相の国葬を巡る論点の整理

今回の国葬に関する論点は、大まかに言えば、次のように理解しています。

①安倍首相への評価(国葬に値するか。政権一般の評価のほか統一教会との関係性を含む)や規模(カネ)の相当性

②法的な正当性や根拠があるか(閣議決定だけで可能か等。人権云々を含む)

③国体=天皇制との関係を含む、現代日本で国葬という儀式を行うこと自体の意味・当否・あり方

開催前は、①の議論は盛んにあり、②も訴訟を起こす方がいるなどしたため一定の議論がありましたが(各地の弁護士会で表明された国葬への反対声明も、これを理由としています)、最も肝心というべきはずの③は、当時も今もあまり語られていません。

①は、詰まるところ価値観と多数決の問題でしょうし、それに対する評価は岸田内閣の存続や次回の総選挙の結果などの形で問われるでしょう。

②は、一般的な法律家の感覚からは、内閣府設置法は根拠にならないというべきだと思いますが、国民世論を動かす論点にはなりませんでした(所詮、議院内閣制ですし)。

③に関して、7月頃、反対派の学者さんが国葬自体が民主主義に反するなどと述べるものを見たことがあります。そこでは批判の理由として、山本元帥の国葬のように、戦前の皇族以外の著名人(権力者など)の国葬が政府の世論形成に活用(濫用?)されたことが挙げられていました。

しかし、米国など大統領制の国々では大統領=国家元首が亡くなると国葬が行われているほか、西洋諸国の中には、ごく普通の一般人でも、国の歴史の中で重大又は象徴的な役割を果たしたと認めれ国葬がなされる例もありますので、中身の検討もせずに、儀式としての国葬それ自体が民主主義に反するなどと言えるはずもありません。

そのように思っているうちに色々と考えが浮かんできたのが本稿のきっかけであり、以下では、その「中身」をテーマとして検討していきます。

2 国葬とは何か、何のために行われてきたのか

国葬とは、

国家を代表する者や国家が掲げる価値観などを体現する人物と国家・国民が認めた人間が亡くなった場合に、その者を追悼・顕彰することで、その者が存命中に体現した価値観を承継するよう国民に促し、ひいては国民統合や国家継続の糧としようとする儀式

だと認識しています。

先般のエリザベス女王は言うに及ばず、天皇の葬儀(大喪の礼)もいわゆる国葬にあたることは異論がないと思います。

そもそも、現代日本(戦後憲法下の社会)では、天皇は国家・国民の統合の象徴という価値を体現した存在とされています。

これ=統合の象徴としての機能は、戦後になって始まったものというより、古代から天皇が担っていた役割の核心部分であり、千数百年もの長きに亘り国家・国民に支持されてきた、強固な基盤を持った役割と言えるでしょう。

大喪の礼は、亡くなった天皇への厳粛な追悼を通じて、「象徴としての価値・役割に敬意を表し、各人に色々と意見や事情はあっても最後は天皇のもとで国民がまとまることができる社会(象徴天皇制)を後世の日本人も継承して欲しい」というメッセージが込められていると理解しています。

象徴天皇制が圧倒的に支持されている現行日本で大喪の礼(という形式で行われる国葬)に異論を唱える人はほとんどいないでしょうし、そのことは、大喪の礼が担う意味が以上のようなものであり、それを大多数の日本人が得心していることに基づくものと思われます。

他方、大日本帝国下の山本元帥や元老などについては、国家中枢が「陛下の股肱の臣であり国家運営の礎」と認定した御仁を臣下の鏡=国家目標の体現者として顕彰することを通じて、その御仁が推進し、又は否応なく担わされた政策(富国強兵であれ対米英戦争であれ)を今後も推奨する目的で、国葬が行われたように見受けられます。

国民=臣下全体がこれを範とし追従・実践させることが目的であり、だからこそ、敗色濃厚の戦時下で、山本元帥の死が、戦争継続のため利用されたと言えます(元老らに関しては、政策推進よりも単純に国家の功労への顕彰の意味合いが強いでしょうが)。

言い換えれば、国家体制の如何にかかわらず、国葬は、国家が掲げる価値観の体現者(求道者)であり代表者として国家・国民に広く認められ、かつ、その者の追悼を通じ、その者が掲げていた(であろう)価値観を、後世の国民も範として実践して欲しいと国家中枢・国民多数が感じる者に対してなされるべきものです。

そうでなければ、国家組織や国民の支持・共感が得られず、儀式として失敗に終わるはずです。

(以下、次号)

精神科病院の強制入院者に関する退院請求の理念と現実

岩手をはじめ各地弁護士会では、精神科病院に強制的な方法(医療保護入院や措置入院など)により入院している方の要請により、出張相談を行ったり退院請求を支援する制度(精神保健当番弁護士)を設けています。

一般的には入院者の方が弁護士会に手紙を送付し、弁護士会が都度、担当弁護士を決めて(名簿登録している順番でしょうか)、病院に向かうよう連絡する運用かと思います。

私が岩手に戻ってきた20年前は、年に1、2回、市内の病院に行って欲しいとの要請を受け、自身の処遇に関する何らかの不満などを申し出る方とお会いしたことが何回かありますが、素人目にも要入院の状態だと感じたり、ご本人も強い退院要望が示したわけでもなかったという記憶で、結論として、当時は退院請求を行ったことはありません。

また、10~15年前は、制定されて間もない心神喪失者等医療観察法の対象事件(殺傷等の事件を起こした方が、事件当時、心神喪失等の状態にあったと検察官が判断した場合に裁判所に対し精神科病院への入院等の審判を求めて申立をする制度)に接することが2~3回ありました(いずれも傷害事案)。

が、私自身は記録の検討などのほか審判前に当事者と1、2回ほど面会をした程度の関わりに止まり、審判の結論(入院か通院かいずれも不要かの判断)は審判員たる精神科医の方の意見を尊重したものとなっていたとの記憶です(その点では、家裁調査官の意見が尊重される家事審判に似た面があります)。

近年は、成年後見が増えてきたため、そうした面では精神に疾患・障害をお持ちの方との接点が無くなったわけではありませんが、冒頭の「当番弁護士」はご無沙汰になっていたところ、数年前、久方ぶりに医療保護入院中の方からの出動要請があり、担当の方に病院でお会いしてきました。

その方は弁護士会への手紙でも退院を強く希望しており、私との面談時にも、相応に疾患や妄想的な様子は窺われたものの、ある程度、はっきりした態度で退院希望の姿勢も示しており、高齢で入院期間もかなり長期となっていたので、これは精神保健福祉法に基づく「退院請求」の申請をせざるを得ないのかも・・と考え、ご本人にそれを希望するかと尋ねたところ、強い申出がありましたので、その手続を取ることにしました。

15年以上前は、精神保健当番弁護士の仕事のあり方について記載された文献などが皆無に近い状態で(私が知らなかっただけかもしれませんが)一般的な制度としての退院請求などは当然知っていたものの、「素人目にも入院相当とみられるが本人が退院希望を申し出ている場合、どのように対処すべきか」は現場の判断に任される面が大きかったと思います。

これが、近年では、「入院措置自体の適法性の検証や再確認という見地から、本人の希望があれば無理筋事案でもまずは請求すべき」といった類の(見方によっては無責任な?)見解ないし指導が述べられたものが有力弁護士会から刊行されており、それを読んで相談等に赴くのが望ましいという状態になっていますので、そうしたことも背景にありました。

もちろん、医療保護入院に対する退院請求は、本人が希望すれば無条件で認められるようなものでは全くなく、医師が症状の緩和などによる退院の許容性(入院措置を講ずる必要性の低下)を認めていること、及び退院後の本人の生活の基盤や近親者の支援など退院を認めても支障のないと言えるだけの態勢が整っていることが必要と言われています。

診断に関する判断は弁護士が軽々にできるものではありませんから、医師の面会を求めることになりますが、その件では医師の面会は拒否され、担当の精神保健福祉士さんに事情を伺いカルテも拝見できましたが、「主治医は、本人の妄想癖が強いなど病状は好転しておらず入院継続相当と述べてます」とのことで、記録上も、本人の希望に沿うような記載はあまり見受けられませんでした。

ただ、本人の回復(治癒)が十分でなくとも、「施設内での処遇は最後の手段であって、より開放的な処遇ができるのなら、それがなされるべき」という精神科医療の理念がありますので、ご家族が相応の支援体制を敷いて退院を強く希望しているとか、ご家族等の協力のもとで何らかの福祉施設(グループホーム)への入居ができるなどの事情があれば、退院が認められることも相応にあります。

そのため、ご家族にも手紙を出したところ、事務所にお越しいただき、色々とお話を伺うことができましたが、退院請求は厳しいと思わざるを得ないものでした(ご本人が数十年前は相応の学校に通学しており、その頃に発症があり、それ以来、ご家族が長きに亘り大変なご苦労をなさってきたことなどを伺いました)。

また、精神保健福祉士さんからは、病院側としてもグループホームへの入所が望ましい案件と理解しているが、現時点で様々な事情からしばらくは待って貰わざるを得ない状態にあるとの話もありました。

以上を踏まえて退院請求書を県に提出し、相応の審査、手続が行われましたが、結論としては入院継続相当とのことで、ご本人にも手紙でその旨を説明して終了とさせていただきました。

ご本人に委任費用の支払ができるはずもなく(そういう事案です)、法テラスの援助制度を利用することになりますが、限られた費用しか出ませんので、大きな手間を要する事案なら大赤字仕事になります。

この種の仕事では、よほど手抜きをしない限り採算が合うはずもありませんが、本件は以上の理由から「基本的な仕事はきちんとすべきだが、それを超えて著しい負担をするのが相当とは思われない事案」でしたので、タイムチャージ的には赤字なれど大赤字とまでは言えない、という結論になりました。

ご本人の希望には添えませんでしたが、文献が述べる「適法な手続がなされたことの検証ないし再確認」は一応できたのではと思っていますし、こうした営みを通じて、ご本人として「できる限りのことは一応やった」との一応の納得感(ご本人の病状からは心許ないですが)、何より、病院側が早期のグループホームへの転居など何らかの福祉対応の改善に繋がる契機になれば、若干なりとも関わった意味はあったのでは(そうあってほしい)と思っています。

以上に述べたことのほか、精神科の医療機関とは仕事上、他の形でも関わらせていただくこともありますので、そうした意味でも、精神科医療に関わる方々との接点を持つことができたのは良い機会だったと、前向きに考えています。

岩手県知事マニフェスト検証大会のレクイエム

旧ブログ投稿の再掲シリーズの最後に、平成25年に、岩手県知事マニフェスト検証大会について掲載した記事を微修正の上、再掲しました。

来年は岩手県知事選挙とのことで、恐らくは、すでに報道された有力県議さんと達増知事の一騎打ちになり、事実上「小沢氏勢力vs自民系」の最終?決戦としての意味合いも持つように思われます。

震災後、公約の検証(を通じた県政への民意の適切な反映や緊張感確保)という理想論を掲げる(旗を振る)方が全くいなくなり、数年に亘り「小沢氏勢力に飽きたか否か」だけが県政の実質的な争点になっているようにも見える光景に、大変残念に感じています。

当時は盛岡JCに親分肌の方がいて「俺は(主権者意識向上の活動を目的とした)任意団体を作りたい」と仰っていたので、できれば私も参画し、兵隊として汗をかきたいと思っていましたが、残念ながら、そうした話が結実することはなく、その方との接点も全く無くなってしまいました。

あまりにも多くのことが過ぎゆき、私も無残な老骨の一人に成り果ててしまったのかもしれませんが、かつて若者だった人々が曲がりなりにも掲げていた夢を、今どきなりの方法で次の世代にも引き継いでいただければと願っています。

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今回は、主として岩手県民の方、かつては一世を風靡した「マニフェスト選挙」に関心がある(あった)方、並びに盛岡JCの会員の方に向けて書いた投稿です。

皆さんは、10年以上前、「岩手県知事マニフェスト検証大会」というイベントが行われていたことをご存知でしょうか。

これは、平成19年に始まったイベントなのですが、当時、知事として三期目であった増田寛也氏が退任するにあたり、4年前の選挙の際に発表し県民の信を問うたマニフェスト(政権公約)について、その達成度を自己検証して県民に報告する場を設けたいとの意向が知事から盛岡JC側に伝えられて始まったものだそうです。

増田氏はマニフェスト選挙の先駆者とされており、知事人生の集大成として、このイベントを行うべくJCに動員をかけたというのが一つの実情なのかもしれません。

が、少なくとも当時の私は、小林正啓先生も引用の講演で指摘されるように、「地域住民の主権者意識の向上(国民主権原理の実質化)につながる地道な活動に寄与するのが、田舎のしがない弁護士の責任ではないか」と感じて、末端のスタッフとして、後記のアンケート調査など、若干のお手伝いをしてきました(なお、実働の大半は盛岡JCですが、公式の主催者はJCの岩手ブロック協議会=岩手のJCの連合体です)。

このイベントは、後任の達増知事の1期目の半ばである平成21年にも実施され、23年にも実施予定で準備を終えていたのですが、開催日直前に震災に見舞われ、中止の憂き目に遭っています。

2年おきに行っているのは、知事の任期は4年ですので、任期満了時である4年後に実施して達成度を県民に明らかにすることで、次の選挙での投票の判断材料とするというのが4年ごとの検証の目的であり、さらに、任期半ばの2年目にも中間検証を行い、残り半分の任期における県政向上に資することを目的としています。

検証大会の内容ですが、従前は、県知事による自己検証と行政分野をご専門とする県立大の先生による第三者検証の各講演のほか、知事やその年の盛岡JCの理事長さんを含めた識者によるパネルディスカッション、さらには、JCが県民に行った岩手県政に関するアンケート結果の発表も行ったことがあります。

アンケートについては、過去3回とも私が原案を作成しており、平成21年と23年には、長大な分析レポートも作成してJCのサイトで発表しています。

といっても、誰の注目も集めることなく、ケジメないし自己満足の類で終わっていますが。

アンケートは、盛岡JCだけでなく県内のJC全部の協力を得て、最盛期には1600通強の回答を集めました。

これは、県内紙や行政のアンケートにも引けをとらない回答数ですので、その集計結果等は、岩手県政を考える上で、大いに参考になるものだということは、特に強く述べておきたいと今も思っています。

ちなみに、ある年の大会で、私がアンケート分析の発表をした直後にパネルディスカッションになったのですが、冒頭で感想を聞かれた某知事が、ご自身の癇に障る内容でも含まれていたのか、アンケート結果について冷淡な感じのコメントをなさったことがありました(私の見る限り、集計結果も分析内容もそのような内容ではなかったのですが)。

その際は、パネリストである理事長さんから知事に「多くのJC会員が苦心して集めたアンケート結果に敬意を表しないとは何事だ」などと気概を見せていただければなぁと思ったりしたのも、懐かしい思い出です。

ところで、さきほどから書いているように、私は平成19年、21年、23年の3回に亘り、マニフェスト検証大会を担当する委員会に所属して、設営やアンケート調査に関わってきました。

最終年である今年も、2期目の達増県政の中間年として、平成21年と同様に検証大会が行われなければならない年であり、私自身はそれを最後の置き土産として卒業するつもりでいたのですが、どういうわけか、今年はこのイベントを行わないことになったそうです。

その原因が奈辺にあるのか、達増知事からクレームでも来たのか(たぶん違うでしょう)、もはやマニフェスト選挙が流行らないということで、JCの上層部の方々がやる気をなくしたのか、単に、当時を知る人が私を除き誰もいなくなってしまったというオチか、はたまた何らかの特殊事情でも生じたのか、万年下っ端会員の私には、真相は分かりません。

が、少なくとも、2年後の知事の任期満了の際には、公約の検証に関する何らかの事業を行っていただきたいことを、私を含むこの事業に携わってきた少なからぬ方々からの遺言として、JC関係者の方々に述べておきたいと思っています。

(2013年2月22日)

養育費などの未収問題の天引による解決と憲法改正の前にやるべきこと(下)

表記のテーマで平成25年に旧ブログに掲載した投稿の続きです。憲法改正論議の現状などは2年ほど前に加筆しており、掲載にあたり少し修正しています。

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養育費をテーマとした前編とは話は大きく変わりますが、平成30年頃には、憲法改正を悲願とする安倍政権(自民党)のもと、あと1~2年で「自衛権(自衛隊?)の明文化」を目的とした発議をするのではないかとも目されていました。

(現在=令和4年末は、この議論は退潮しましたが、ロシア・ウクライナ戦争の長期化や台湾海峡の緊迫化・北朝鮮の活発化などに伴い、先の見通せない状況が続いています)。

と同時に、同業者のうち左派色の強い方を中心に、そうした傾向に強く反発する投稿も、FBなどではお見かけするところです。

私自身は、現在検討されている憲法改正について、直ちに賛否を明確にできる状況にありませんが、少なくとも、左右どちらにせよ、一方の価値観が勝ちすぎている(左右双方の価値観が混在することによる悩みを感じさせない)タイプの主張には、どんなに論理力が駆使されていても、なかなか得心することができません。

私の日本国憲法に対する印象を一言で表せば、「とても良い子だが、出自がいささか不幸な子」です。

戦後70年近くを経てもなお、憲法が掲げている価値、理想を社会の様々な具体的場面で実現しようとする行動(前編=養育費の支払強化の問題も、その一つだと思います)が広がりを持たないのも、憲法の価値、理想が相応に認知されている反面、出自の不幸さから、憲法が社会の中で腫れ物のように扱われてきたことの証だと思っています。

だからこそ、日本国憲法には出自の不幸さに挫けることなく、出自に関してハンデがある(自分の存在が社会内で物議を醸したり、レーゾンテートルにつき正しい理解を得るのに苦労している面がある)という現実に即しながらも、自身が背負った理想を実現する途を地道に貫いて欲しいと感じています。

その上で、仮に、現在の社会状況などに即して憲法自身に新たな生き方が求められていると言えるなら、不磨の大典の如く扱い生き方を縛り付けることはせず、適切な生き方をさせてあげたいと思います(もちろん、現在そのような状態が生じていると言えるかどうかはさておき)。

このような理由から、戦前回帰色を感じさせる強硬な改正論者に対しては、亡国の敗戦に対する反省が感じられないという点もさることながら、憲法が理想主義を高らかに謳っている面を軽視する(そうした理想を追求したり、そのような観点から社会の様々な問題点を直視することから目を背けている)ように見えてしまい、良い印象を持ちません。

言うなれば、とても良いものを持っているのに出自に気の毒な面がある子について、その良さを見ようとせずに出自の不幸さにばかり目を向けてその子の価値を否定しようとしているような、偏狭さを感じずにはいられないものがあります。

同様に、いわゆる護憲派の人達にも、無条件降伏により敵国(戦勝国)の主導で生まれたという現実(その点が国民や国家に与えているであろうトラウマ)から目を背けて、憲法典の綺麗な面ばかりを見ようとしているように感じて、どうにも好きになれません。

そのせいかは分かりませんが、この方々が、戦後数十年を通じて、さほど「憲法の価値」を社会内で実現してきたとも見えないと感じたり、トラウマに起因するであろう国や社会(公的なもの)への不信を助長するようにも見える言動が多いと感じることも好きになれない理由の一つです。

さきほどの例で言えば、いわゆる護憲派の方々が「養育費等に関する上記の天引制度を通じて、両性の実質的平等や子供の福祉を実現しよう」などと立法運動を展開しているなどという話を、私は存じません(勉強不足かもしれませんが)。

むしろ、「給与分割や情報管理を通じて市民生活に国が干渉するのに反対!」と元気よく仰るのが通例(典型的なイメージ)ではないかと理解しています。

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私自身は、いずれか一方のみの価値観に染まりたくはないものの、左右それぞれが掲げる理念自体を否定する気持ちはないため、必然的に左右どちらとも接触を持ちたがるコウモリ的なスタンスになってしまいます。

そのため、日本国憲法の価値を明確に認識しつつ、出自の不幸さ・活かしにくさとも向き合い、憲法の理想を社会の現実の中で具体的に実現とする観点から憲法ひいては社会のあり方を説得的に論じる方がいれば、9条であれ96条であれ、殊更に反対しようとまでは思いません。

ただ、少なくとも、野党時代の自民党の憲法草案などを見る限り、そうしたものを感じることはできず、憲法学者の知識などという話を申すつもりはありませんが、憲法学をもっと勉強してから物事を論じていただきたいなぁと残念に感じてしまいます。

憲法絡みの投稿をFBその他で拝見すると、左右どちらの投稿にせよ、内容や論理の当否はさておき、どうしても自派の匂いがきつすぎるというか、反対側の感覚の人からは共感を得られないだろうなぁと感じる対話性のないものが多く、その点は、どうしても残念に感じてしまいます。

何度も書いていることですが、このような状況だからこそ、立場や理念の異なる者同士が対話や生産的な喧嘩を交わすような憲法談義が、もっと盛んになればよいと感じています。

私は司法試験の勉強を初めて間もない頃、相対立する正しい理念同士が衝突する場面で、いかに落としどころ(調和点や弁証法的止揚)を探すかこそが法律学なかんずく憲法学の醍醐味である(そのような対立と調和に溢れているのが日本国憲法の最大の魅力である)と教わりましたので、具体的な論点・場面を前提に左右など対立する複数の価値観の狭間で悩み抜く言説こそが、本当の意味で憲法の理念に沿うと信じています。

また、それと同様に、左右の立場を問わずに問題意識が共有され、国論を二分しなくて済むような問題に優先的に取り組むこともまた、日本国憲法の穏健的な性格(漸進主義)に見合っているように思います。

養育費についても、かつては家庭の問題に社会(国)は干渉しないという考え方が強く、離婚給付や養育費に関する我が国の制度の貧弱さは、そうしたことが底流にありました(右側ないし保守系の色合いの強い価値観と言ってよいのだと思います)。

が、現在では、社会構造の変化等に伴いそうした考え方は相当に廃れており、冒頭の主張(養育費等の実効性確保の制度の強化)は以前なら相当に反対論もあったかもしれませんが、現在では、憲法観の違い(左右)に関係なく、社会の賛意を得られるのではないかと思います。

そんなわけで、憲法改正に反対する方々も、叫び声のボリュームばかりを上げることが無党派層のシラケ感を招き、結果的に安倍首相を利するというリスクも危惧していただき、それよりは、「憲法改正よりも先に実現すべき立法問題が多々あるぞ」といったように、改正論議を世間の話題から吹き飛ばすような、もっと実需に適合する、かつ現在の日本国憲法の理念に即した立法問題を、テーマに取り上げてもよいのではないかなぁと感じているところです。

もちろん、賛成派の方々も、単なるムード先行の改憲論などという気味の悪い(胡散臭い目で見られやすい)展開に止めることなく、どのような憲法を制定したいのか、それが現在の国家や国民にとって本当に必要、適正なものであるか(現在の日本国憲法で真にその価値観が実現できないと言えるのかも含め)を真剣に考えるなど、大多数の国民を得心させるだけの努力を示していただきたいところです。

養育費と債権回収の話だけを書くつもりが発作的な大長文になってしまいましたが、「扶養義務者が負うべき債務の不払を阻止するため、事前に給付を分割して受給権者に直接交付する制度」については、平成28年にも「給与分割提唱の辞」として載せたことがありますので、そちらもご覧いただければ幸いです。

養育費などの未収問題の天引(給与分割)による解決と、憲法改正の前にやるべきこと(上)

以下は、平成25年に、養育費などの回収に関する法制度について憲法改正のことも考えつつ書いた投稿を再掲したものです。

前編が養育費問題で、後編で、そこから飛躍?して憲法改正について触れています。

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昔は、給与所得者たる夫に長年連れ添った専業主婦の方が離婚を余儀なくされた際に、年金の大半が夫に支給され、その形成に尽力したはずの妻がほとんど受給できないので、社会的に不公平だと言われていました。

当時の裁判所は「扶養的財産分与」などの理屈で多少の修正(改善)を図っていたものの、離婚を余儀なくされた妻の保護が不十分だということで、平成19年から年金分割制度が導入(施行)され、離婚した妻が年金の半分に見合う額を公的機関(支払元)から直接に受領できることになりました。

これにより、年金に関しては、分配の不公平はおろか、回収リスクという問題も完全に克服されることになったと思われます(夫に支給された年金を夫の口座に差押する場合には、手間と費用もさることながら、払戻による回収不能リスクが不可避です)。

これに対し、離婚等に伴い回収リスクが生じる同種の論点として、①養育費、②退職金(の財産分与)の2点があり、いずれも現状では回収不能のリスクが強く存在しており、引用のような記事がたびたび掲載されますが、一向に改善の兆しが見えません。

この点、養育費等に限らず、我が国の民事執行制度は、非常に欠陥が多い(高額な財産を有することが判明している者に対しては問題ないが、財産の所在が不明であったりその時点で財産を有していない者などに対する関係では無力に近い)とされてきました。

そのため、長年に亘り民事執行制度の強化が叫ばれており、最近の法律雑誌に発表された論考では、強制回収の実効性を高めたり任意の支払を促すための制度として、金融機関への照会制度の強化(債務者に関する財産情報の開示の徹底)や不払債務者の目録制度(信用情報登録)などが立法論として紹介されていました(判例タイムズ1384号)。

その論考では養育費等には特に触れていなかったとの記憶ですが、少なくとも「民事執行制度に頼らずに最初から天引することこそが、最良の債権回収制度」という観点に立てば、養育費等については、年金分割のように天引払い(給与分割)を実現する法改正が、必要かつ妥当というべきだと思います。

要するに、養育費を支払う義務がある親(非監護親)については、差押等の手続を要することなく職場が養育費相当額を天引して監護親に支払うものとし、退職金についても、離婚した配偶者が寄与した範囲の額については、支給時に対象額を分割し、配偶者に通知して直接に支払うことにするという方法です(いずれも、当然分割を前提に、勤務先が受給権者に対して直接に支払義務を負うという考え方をとります)。

大概の職場であれば、社会保険に加入するはずなので、社会保険を通じて勤務先等の情報を管理し受給権者に提供する形をとれば、制度の構築や運用にさほどの手間を要するとは思われません。

引用記事には養育費不払について国の立替制度なども紹介されていますが、税金一般も含めて真面目に払っている人にとっては肩代わり制度の安易な導入は納得し難い面があります。

まずは、上記のように、支払可能であるはずの債務者の履行を徹底させる方法をとった上で、就業困難などの事情により養育費の形成そのものが困難なケースなどについて、公的給付や金銭以外を含む支援を拡大させるというのが本筋ではないかと考えます。

(以下、次号)