マチ弁が鎌倉来たりてエセ歌人(前編)

昨年末の話で恐縮ですが、大河ドラマで注目された鎌倉に帰省先から日帰りで行ってきました。

9時半頃に稲村ヶ崎の駐車場でパークアンドライドを利用し、最初に長谷駅で下車→鎌倉大仏と長谷寺(鎌倉長谷寺)に行きました。

私は司法修習生だった平成10年の夏に鎌倉に日帰り観光をしたことがあり、それ以来、24年ぶりに鎌倉大仏に来ましたが、街の雰囲気も含め、当時とあまり変化がなく古い街並みが保全されている様子に感心しました。

長谷寺は初めて来ましたが、多数の立派な仏像などを拝見しながら、仏教とキリスト教の異同などをあれこれ考えたので、この点は次回のブログに載せます。

その後、鎌倉駅に移動し、同行者の強い希望で西側の銭洗弁天に向かいました。駅から歩いて行ける距離ですが、相応に長い上り坂となっているため、運動不足で根性のない同行者は「タクシーで行きたかった」と不満顔を浮かべていました。

銭洗う前に銭取る弁財天
急坂で銭より手汗を洗う人
この道が嫌なら麓で芋洗え

その後、坂を上って源氏山公園に向かいました。

鎌倉の頂点たる源氏山公園の山頂には、鎌倉の創設者というべき源頼朝像が鎮座しています。

多くの武士達の力添えで偉業を成し遂げたにもかかわらず、ここには彼一人の銅像しかなく、その上、当時を偲ばせる構造物は何一つないため、かえって寒々しく、頼朝の悲哀を強調するような空間になっています。

引き替えに たったひとりの玉座かな
上に立つ者の孤独はドス黒く

源氏山の頼朝像は何年も前から一度は来てみたい場所でしたが、実際に来てみると、その空間ならではのものを感じることができるような気がします。

昨年の大河は北条家のホームドラマ(家族の物語)とも称されますが、その一方で、身内同士で疑い、憎み、殺し合い、そして血族が誰もいなくなった、頼朝すなわち河内源氏宗家の悲惨な家族の物語であることにも目を向けるべきかもしれません。

その後、源氏山を下山して鶴岡八幡宮に向かいました。

途中、実朝と政子が眠る、源氏山の麓の寿福寺に立ち寄り、修善寺の頼家にも思いを馳せつつ一首。

さむらいの魂喰らいて実る世に 寄る辺なき身の家いずこにか

以下、次回の後編に続きます。