弁護士会がロビー団体になる道と八割司法の実現のための努力

前回の投稿の延長線上の話です。

新人弁護士の激増と需要低迷(業界不景気)により、主に若い層の弁護士の低所得者化が進んだことで、弁護士業界や弁護士会のアイデンティティに何らかの大きな影響が生じてくると思うのですが、今のところ、具体的にどのような影響が生じるか(変革の方向性)は、見出せていません。

ありがちな流れとしては、日弁連会長選などで、「単なる業界団体として、低コストで会員への仕事供給ができる弁護士会像」を全面的に打ち出す候補者や支持基盤が現れ、そうした方向に弁護士会が変貌するということは、あり得るかもしれません。

そのような方々は、要するに、「食えるための弁護士会」を志向するでしょうから、実利に直結しやすい政策(業務拡張策)を強化し、そうでない政策は切り捨てる方向に進むでしょう。

具体的には、まず、弁護士会の会費を大幅に減額させ、現在の会費の使い道になっている大がかりな委員会活動(人権擁護大会などを含む)などへの財政支出を止めて、そうした活動(例えば、困っている人に、弁護士の関わりに関係なくお金を支給せよなどというような、単なる弱者救済・福祉給付的な政策提言など?)を希望する方は、弁護士会はカネも出さず関与もしないので、自分達(任意団体)でなさって下さいということになると思われます。

さらに、現在の「会による会員への最大の仕事供給源」というべき法律相談事業についても、弁護士会の低コスト経営や「民業圧迫(個々の弁護士が自前で行う宣伝活動との競合)の防止」という名目で、会としての運営を止め、法テラスや中小企業庁など各種団体に設営(会場やスタッフ確保)を依存し、弁護士会は原則として行政等への開催の企画・陳情のみを行うといった方向も考えられるかもしれません。

その上で、弁護士会の圧力団体化、言い換えれば、「ペイする」仕事を増やすための仕組みを作ることに、会の活動の軸足を置くのではないかと思います。

例えば、医療界が実現したように、行政を動かして強制保険(或いは補助金?)的な形で弁護士費用保険(ペイする仕事ができる経済的基盤)を強化、拡充する政策を掲げるでしょう。

ただ、そうした制度を勝ち取るためには、金主というべき行政ないし保険会社が、不正給付の防止等の理由で弁護士業務に監視、監督する流れになることが避けられませんので(現在の弁護士費用保険も、そうしたリスクを内包しているのですが、そのことにどれだけの方が気付いているのかは分かりません)、最終的には、弁護士自治の放棄(行政の監督への服属と具体的な監視・監督方法の制度化)を受け入れる方向に結びつきやすくなるでしょう。

また、カネとは別に、制度の問題として、現在の司法制度の中に「弁護士を選任しないと手続を行うことができないもの」を増やしたり(管財人選任義務などが典型。家裁・執行方面にその余地が多そうです)、弁護士を選任した方が利用者にメリットが大きい法的制度の導入の推進など、「特定の事象については、弁護士に頼んだ方が、そうでないよりも国民に良いことがある」或いは「特定の事象については、弁護士に代理業務等を頼まないと社会生活が上手く進まない」といった制度の導入(ロビー活動)に全力を注ぐことになるでしょう。

そんなわけで、「弁護士会が、人権擁護運動的な路線を捨てて(或いは軽視して)利益団体的性格を強めた場合に想定される展開」について、あれこれ考えてみました。ただ、このような弁護士像では夢がないというか、やはり、功利主義的な傭兵ではなく弱者救済等に邁進する弁護士像もあってこそ、弁護士という職業ないし業務に対する国民の支持や理解も得られることは確かでしょうから、そんなに単純化できる話でもないのでしょうね。

こうしたことを考えると、改めて、激増政策により町弁という傭兵を大量に補充した一方で、その兵隊達に対し、潜在的能力に見合った働きをさせるための武器(法制度)や戦場(受任業務)が不足しているのではないか、その結果、満足な武器も与えられずに敗北必至の無謀な戦場に駆り出されたり(弁護士が活用できる効果的な法制度等が備わっていないのに、成果の目処もないまま訴訟などを起こして精根を浪費するとか?)、軍を派遣する必要のない進駐をさせ兵站を浪費する(法律論よりメンタルケアの必要な方に関する事件性のない相談業務など?)という現象が生じているのではないかと感じます。

だからこそ、日弁連ないし業界の重鎮の方々におかれては、武器(国民に必要有益なもので、かつ弁護士には使い勝手がよい法制度)や戦場(それを活かした紛争その他の活躍の場)を増やしていくような、比喩的に言えば、兵器産業とか軍産複合体のような役割が求められているのではないか(日弁連等は、その役割を十分に果たしていないのでは)と感じるところはあります。

我が業界は、これまで二割司法と言われ、高コストなオーダーメイド産業というべき弁護士の裁判費用を担うことができる(それに相応しい)利用者層ないし事件に限って取り扱うような面は、それなりにありました。

今、交通事故の弁護士費用保険のように、そうした様相が「八割司法」へと逆転しつつあることは確かですが、兵隊の数だけ増やしても、その兵隊が活躍できるだけの武器(法制度)や厳しく適切な訓練(それに耐えられない弱兵を平穏にリタイアさせることも含め)、兵隊を食わせるだけの原資などが整備されないと、いずれ、兵隊達の軍紀が乱れ、社会に害をなすときが来るでしょうし、最近は頻繁に目にしている横領事件の報道なども、その表れと言わざるを得ないのでしょう。

今こそ、利用者サイドの意識改革に向けた取り組みも含め、二割司法(執行法をはじめ、実効性の低さや使い勝手の悪さを多く内包し、限られた案件だけ扱うことを前提とした司法制度)から八割司法に逆転させるための努力が、業界等に求められていると思われます。

これに対し、上記で述べたような「弁護士会のロビー団体化」という路線は、体制変革を正当化する論理ではなく世論の支持も得られませんので、方向性としては恐らく生じないのでしょう。だからこそ、そうした志向が垣間見える弁護士・法律事務所の勢力拡大なども、彼らが自己変革を遂げない限り、一過性のものになるのでしょう。

むしろ、八割司法のための司法制度(裁判その他の司法制度による紛争解決・予防機能の抜本的向上と弁護士の利用促進)を提唱できるかどうかが現在の司法には問われており、それができたとき、前回の投稿で触れたような、本当の司法革命が起きるのではないかと思います。

そうした意味で、弁護士会は、会員から現行制度の様々な不備、弊害=改善の必要性を支える事実(立法事実)を拾い集めて、制度の改善・整備を推進し、利用者と弁護士の双方にとってwin-winとなる制度ないし実務文化を整備することにこそ、力を注いでいただきたいものです。

現在、多くの業界では若い担い手の不足ということが叫ばれており、そうした観点からは、若い世代が凄まじい量(割合)で流入している我が業界は、大きな将来性を持った業界という見方もできると思われ、ピンチをチャンスに代える努力を、私自身も続けていきたいと思っています。