独り立ちできぬ勝者なき岩手の政治と県民の課題

夏休みの関係で投稿が少し遅れましたが、先日、平野達男参院議員が岩手県知事選の出馬断念を表明するというニュースがありました。ご自身は、復興のあり方を争点としたかったのに、安保法案への賛否が投票動向を左右する事態になっていることが不本意だと表明する一方、報道によれば、自民党本部から、知事選と参院補選の双方の敗戦が危惧され政権に影響を及ぼす事態になるのを避けたいとの理由で、強い撤退要請があったとされています。

私は、平野氏が出馬表明した本年4月の時点で、「平野議員と達増知事の基礎票は拮抗しており、無党派層の動向で勝敗が決するのではないか」とブログで投稿したことがあり、無党派層の一人として、両候補の健全な政策論争を期待していただけに、残念でなりません。
→ 次の知事選(いわて夏の陣)と無党派層の決定的な影響力。

ただ、この4ヶ月弱の期間を見ると、平野氏が、挑戦者であり現職の達増知事よりも無党派層へのアピールを強く求められる立場のはずなのに、県内世論に伝播する方法で広く政策や政見を表明するような行動が全く見られない(要するに、存在感のない)状態が続いていたと思います。そのため、安保法案問題も相俟って、現状なら達増知事の勝利ではとの印象は私も受けていました。

とはいえ、岩手は沖縄と異なり、安保法案に関する国内世論が有権者の投票動向に決定的な影響力を及ぼすわけではありませんし、平野氏自身、安保法案や議論には関与していなかったのですから、県知事選を戦い抜きたいのであれば、県内世論の関心を喚起する論点、議論を次々に打ち出して、安保法案の動向に関係なく平野氏個人に投票したいという無党派・浮動層の開拓に努力すべきだったということに尽きると思います。

仮に、平野氏が、2年前の参院選の頃から、沿岸・内陸を問わず岩手の活性化のための様々な施策を独自に掲げ、無党派県民を巻き込み達増知事に議論を挑むような営みを地道に続けて、「平野党」を形成することができていれば、自民党本部から撤退要請がなされることもなく、あったとしても跳ね返すことができたのでしょう。

そうした観点からは、平野氏の知事選表明も、風だのみ、自民系の支援頼みという程度のものとの誹りや、政治家としての求心力、メッセージ性、或いはそれらの前提としての、千万人といえども我行かんという強い意志、知事として、岩手のため特定の事柄(政策その他の権力作用)を誰が何と言おうと実行したいという「政治家としての意地・執念」の不足という批判を免れないということになるのかもしれません。

選挙自体は、他に対抗馬も時間もないということで、達増知事の無投票再選が確実視されていますが、岩手の将来に関する色々な論点・実現のプランを、候補者等が多様な角度・立場から議論し、競い合い、それを県民が選択する機会が失われたという点では、民主主義(住民自治)の後退というほかなく、残念です。

達増知事にしても、無投票より選挙で民意の承認を得た方が、ご自身の政治的基盤の強化という点で遥かに価値があったはずで、現時点で勝利が有力視されていたという面から見ても、必ずしも今回の撤退劇の「勝者」と評することは出来ないと思います。

今回の撤退劇では、平野氏は政治家としての権威が地に落ちたと言わざるを得ないのでしょうし、自民党本部も、「撤退のごり押し」の印象を残し、岩手県民が中央政権への反感のDNAを有することに照らしても、選挙で負けるのに劣らないほど「敗者」のイメージを生じさせたと言ってよいと思います。

他方、達増知事も、小沢一郎氏の政治判断の追従者ないし信奉者というイメージの強い方ですし、県知事としても、特定の政治理念、政策を掲げて実現に邁進しているという印象が乏しく、震災絡みであれそれ以外であれ、県民世論や県当局が課題として取り上げた論点、政策を淡々と取り組んでいる方という感じがします。

例えば、初当選時に掲げた「いわて4分の計」は、当時の民主党が地方自治の単位(市町村)を大きくする政策を掲げていたことと関わりがあるのだと思いますが、震災後は聞くことがなくなりました。その後は、震災における「なりわいの再生」の強調に見られるように(漁業に関し、外資導入を指向して地元漁協と対立した宮城県と異なり、小規模漁協や零細漁業者の再興を重視しているのが典型ではないかと思われます)、小規模な地域・単位向けの政策へのウェイトが高くなっているように感じます。

そのため、達増知事にとって今回の選挙は、ご自身の政見や政策を再検討し、ポスト小沢氏時代に県政界をリードする政治家として、独自の政治理念、政策を県民にアピールし、求心力(権威性)を得る絶好の機会であったというべきで、ライバルを倒すというプロセスを経ない無投票再選が、その機会を奪ってしまう面は否めないと思います。

また、階氏などの民主党(岩手県連)勢力も、「平野氏を引きずり下ろした」などと言えるだけの役割を果たしたとは言えないでしょうし、ポスト小沢氏時代に向けて、選挙という達増知事側との分かりやすい関係修復の機会を失ったという点でも、勝者とは言い難いと思います。

敢えて言えば、平野氏が県知事選に出馬した場合に生じた参院補選について、階氏らが、もと生活党の畑氏(久慈出身)を強く推しており、他方で、小沢氏が、県南出身者を立てるべきと主張していた関係で、再度の対立劇を回避したという点では得るところはあったかもしれません。

しかし、平野氏撤退の原因とされる自民党の選挙予測からすれば、小沢氏勢力との軋轢を覚悟の上で、畑氏を担いで当選を実現させていた可能性も相当にあるように思われます。その場合、小沢氏の県内での影響力は、決定的と言ってよいほど低下する(それに代わって階氏らが県内政界の第一人者としての認知を受けた)のでしょうから、そうした機会を失ったという点でも、階氏らも勝者とは言い難いというべきでしょう。

このように、今回の平野議員の撤退劇は、勝者なき結末というに止まらず、平野議員は自民党本部から、達増知事や民主党は小沢氏から、独り立ちして闘う力があることを示すことができなかった、又はその機会を失ったという点で、「いわての政治」の未熟さを感じさせた面があるように思われます。

もとより、その根底には、県民が、広く県政のあり方を議論し、適切な指導者を押し立てて地域の新たな姿を切り開こうとする政治文化の不足があるというべきで、一部の政治指導者の方だけを非難するのが誤りであることは、申すまでもありません。その点では、自らの投票動向で知事を選び新たな政治潮流を作り出す機会を失った県内の無党派層こそ、己の力不足の必然的な帰結とはいえ、一番の敗者というべきなのだろうと思います。

裏を返せば、左右などの立場を問わず、従来の政治的、利権的な枠組みの維持(変革の拒否)=政治の沈滞を希望する守旧的な勢力こそが、今回の撤退劇の一番の勝者というべきなのかもしれません。

実際、撤退劇に伴う「無党派層のしらけムード」により、県議選や盛岡市長選などは投票率が大幅に低下すると予測され、そのこともまた、投票率の増加(無党派層の政治的プレゼンスの増大)を希望しない勢力にとっては、歓迎する事態ということになるのでしょう。

それらとの対比では、「琉球人の意地」を背負って闘っているように見える翁長知事を擁する沖縄県や、保守層出身でありながら地域のアイデンティティを強力に主張し国と闘うリーダーを出現させている沖縄県の政治文化(その根底にある経済力)を、羨ましく感じる面があります(もちろん、その背景に沖縄の苦難があることも看過すべきではありませんが)。

岩手ないし北東北でも、琉球人ならぬ「蝦夷の末裔」としてのアイデンティティを掲げて「政府からの自立と興隆」を打ち出そうとする指導者の登場や県民個々の尽力をはじめとする政治文化の醸成を願うばかりです。

その意味では、「補助金に頼らず商業施設の地道な利潤による公的施設の運営コストの捻出」を旗印にしているオガール紫波は、その萌芽と言えるのかもしれませんし、これと同じように、中央の政治力や資金力、権威ある大物に依存せず、自身の信念と用意周到な努力により新たな価値を創出する営みが、広く求められているのだろうと思います。