生活保護を巡る需給双方の「なめんな」と解決策

先日、神奈川県小田原市の生活保護の担当職員らが、「保護なめんな」などの文字をプリントしたジャンパーを着用して職務に従事していたことを取り上げたニュースが流れていました。
http://www.asahi.com/articles/ASK1K551JK1KULOB026.html

その件のことは存じませんが、10年近く前に盛岡市の広報広聴課で無料相談を担当していた際、同課に生活保護受給者と思われる興奮状態の方が押しかけて、生活保護に関する不満?を激しく述べて「ここから飛び降りて死んでやる」などと叫び、それを職員の方が宥めるという事態(所要30分程度)を垣間見たことがあります(確か、保護費を使い果たして生活できないという類の話で、毎月の金額への不満なども話していたような記憶があります。また、昔の話ですし狭義の守秘義務の問題でもありませんので、役所名の表示も許容範囲とさせて下さい)。

ちなみに、当時の相談場所は、現在のそれ(別室)と異なり職員の机と隣り合わせの遮音性の著しく低いブースでしたので、目には入りませんでしたが声は丸聞こえでした。

職員の方々と個人的な面識等がなかったこともあり、悩んだ末にしゃしゃり出るのを差し控えてお任せした方が良いと判断し、ブース内で終了まで静観した後(昼休みの出来事だったと思いますが、途中から相談時間になったかどうかは覚えていません)、あとで職員の方に「警察に通報しなくて良かったのですか」と伺ったところ、1万円前後の額?(自腹)を渡して帰って貰った、警察を呼ぶよりその方が賢明との説明があり、恐らく、そのような話は決して珍しいものではない(同一人かはさておき)との印象を受けました。

冒頭の記事の中にも受給関係者による職員の被害が発端とありますし、上記のような出来事があった盛岡市でも、何らかの問題が存在ないし発生するということもあるかもしれません。

反社会勢力による産廃の不法投棄が頻発していた時代には行政の担当者を守るために警察と連携せよといった話があったかとは思いますし、この種の問題は関係者(官民双方)の「心のケア」に関する対策も避けて通れないと思いますが、現在の「行政対象暴力に対する(岩手県内等の)実務の実情」はどうなっているのでしょう。

残念ながら、そうした事柄に関与するどころか生活保護一般に関わる機会も滅多に得られていませんので偉そうなことは言えませんが、例えば、申請に対する審査などの部門と不正調査などの部門を切り離して、前者は各種の福祉関係者と連携して「より良質な他の選択の模索」も含めた親身な対応を行うと共に、後者は警察など各種の調査機関と連携して厳格な調査や対処の充実を図るなどとするのであれば、後者(不正問題)を理由に前者が過度に拒否的な対応をとるなどという事態を防ぐことが多少はできるのでは?などと思わないでもありません。

もちろん、障害者などの「働きたくとも働けない人」にとっては、人間の尊厳の最後の砦としての相応の保護は必要でしょうし、「働こうと思えば働ける人」にとっては、尊厳の拠り所としての労働の場を、その人の実情に合わせた形で適切に提供するなどの工夫が必要でしょうから、メンタル面なども含め、そうした視野のもと各種支援組織の総合的・ワンストップ的な対応ができる仕組みの構築やそうした観点での関係者の尽力こそが、一番必要なことではないかと思います。

また、上記の盛岡市のケース(で私が聞いた話)のように、「職員が自腹を切ってその場をやり過ごす」などという話はあってよいことでなく(不当負担を強いるのは反作用として何らかの不正の温床になりかねません)、相当な理由がある場合の臨時給付の制度を設けるのか、モラルハザードを許さないため警察等を通じて次の給付日までは何らかの保護施設に収容するような制度を設けるのか、選択肢はどうあれ、現場に不当な負担を生じさせないためのきちんとした議論がなされるべきだと思います。

少なくとも、そうした工夫をすることなく現場の役人さんに過負担を強いた挙げ句、行政が自ら暴力(暴言)的になったとしても、社会の理解は得られないでしょうし。