町弁と精神科医の類似性

昨年12月上旬頃から幸いなことに多数の案件処理に追われ首が廻らず、その上、12月は狭義の仕事以外の所用(忘年会や家族行事など)が公私に亘り多い月でもあり、ブログの更新ができず、判例学習も滞る日々が続きました。

ただ、正月など身動きが取れない時間に読書をしていたため、久しぶりに、最近読んだ本の読後の感想などを書いてみたいと思います。

今回は、春日武彦「精神科医は腹の底で何を考えているか」を取り上げます。

本書は、精神科医として多数の患者と関わってきた際の出来事を交えて医師として感じたことなどを書き綴ったエッセイ的な本で、新書らしく気軽に読むことができますが、本書で描かれている医師と患者の光景を、弁護士と顧客その他の関係者とのやりとりに置き換えると、実に収まりがよいというか、そっくりだと感じるものが多くあります。

本書の特徴として、精神科医の姿勢や思考などを、具体例を交えながら括弧書きで本文に添える方法で「○○な医師」と戯画的に類型化して表示しており、例えば、「倫理や哲学の領域に属する問題と現場で向き合いつつ、それに答えを出せぬまま診療に忙殺される医師」という項目では、統合失調症に対する医療の実情に触れながら、精神科医療のあり方、ひいては幸福という概念の二律背反的な面について語られています。

若干中身に触れると、統合失調症の治療では、投薬等により患者の静穏を確保できる(すべき)としつつ、回復させることができない問題(発症前に有していた思考やセンス、周囲との共通認識などに欠落が生じ、競争社会で勝ち抜くような生き方を断念させられること)が生じるのだそうです。その上で、患者に対し、そのことを受け入れて静穏に生活することに幸せを見出すよう説得するのが正しいのか、医師自身がそれと異なる感性(患者の病という異常事態に直面し解決するカタルシスへの傾倒)を抱いているから、そのような説得は不誠実だと考えるのかといったことについての葛藤が述べられています。

紛争の処理・解決という弁護士の仕事も、当事者が欲していること、望ましいと言えることに関し、できることとできないことが色々とあり、どのようなアドバイスをすべきかという作業(言葉の取捨選択も含め)を通じて、根源的には、当事者にとって「生きることの意味・生きることの価値」という問題も視野に入れた思索や仕事が求められていると感じることは、しばしばあります。

その上で、力の限界と形容するか謙抑的と形容するかはさておき、実際には当事者のそうした深い問題まで触れることはできず目先の仕事をこなすことで良しとする(せざるを得ない)のが通例であることも、他言を要しないと思われます。

私には「町弁は腹の底で何を考えているか」を書き上げる力はありませんが、本書は、精神科医だけではなく、「心の状態が一杯一杯になっている人を対象に、特殊な知見、技能を用いて、一杯一杯の状態の解消などを目的として接する仕事の従事者」一般に通じる話が色々と書いているように思われます。

従事者側(弁護士その他)にとってはもちろん、利用者側の目線で見ても、従事者側の考えていることを理解して、よりよい利用につなげていくという意味で、参考になる本ではないかと思いました。