精神科病院の強制入院者に関する退院請求の理念と現実


岩手をはじめ各地弁護士会では、精神科病院に強制的な方法(医療保護入院や措置入院など)により入院している方の要請により、出張相談を行ったり退院請求を支援する制度(精神保健当番弁護士)を設けています。

一般的には入院者の方が弁護士会に手紙を送付し、弁護士会が都度、担当弁護士を決めて(名簿登録している順番でしょうか)、病院に向かうよう連絡する運用かと思います。

私が岩手に戻ってきた20年前は、年に1、2回、市内の病院に行って欲しいとの要請を受け、自身の処遇に関する何らかの不満などを申し出る方とお会いしたことが何回かありますが、素人目にも要入院の状態だと感じたり、ご本人も強い退院要望が示したわけでもなかったという記憶で、結論として、当時は退院請求を行ったことはありません。

また、10~15年前は、制定されて間もない心神喪失者等医療観察法の対象事件(殺傷等の事件を起こした方が、事件当時、心神喪失等の状態にあったと検察官が判断した場合に裁判所に対し精神科病院への入院等の審判を求めて申立をする制度)に接することが2~3回ありました(いずれも傷害事案)。

が、私自身は記録の検討などのほか審判前に当事者と1、2回ほど面会をした程度の関わりに止まり、審判の結論(入院か通院かいずれも不要かの判断)は審判員たる精神科医の方の意見を尊重したものとなっていたとの記憶です(その点では、家裁調査官の意見が尊重される家事審判に似た面があります)。

近年は、成年後見が増えてきたため、そうした面では精神に疾患・障害をお持ちの方との接点が無くなったわけではありませんが、冒頭の「当番弁護士」はご無沙汰になっていたところ、数年前、久方ぶりに医療保護入院中の方からの出動要請があり、担当の方に病院でお会いしてきました。

その方は弁護士会への手紙でも退院を強く希望しており、私との面談時にも、相応に疾患や妄想的な様子は窺われたものの、ある程度、はっきりした態度で退院希望の姿勢も示しており、高齢で入院期間もかなり長期となっていたので、これは精神保健福祉法に基づく「退院請求」の申請をせざるを得ないのかも・・と考え、ご本人にそれを希望するかと尋ねたところ、強い申出がありましたので、その手続を取ることにしました。

15年以上前は、精神保健当番弁護士の仕事のあり方について記載された文献などが皆無に近い状態で(私が知らなかっただけかもしれませんが)一般的な制度としての退院請求などは当然知っていたものの、「素人目にも入院相当とみられるが本人が退院希望を申し出ている場合、どのように対処すべきか」は現場の判断に任される面が大きかったと思います。

これが、近年では、「入院措置自体の適法性の検証や再確認という見地から、本人の希望があれば無理筋事案でもまずは請求すべき」といった類の(見方によっては無責任な?)見解ないし指導が述べられたものが有力弁護士会から刊行されており、それを読んで相談等に赴くのが望ましいという状態になっていますので、そうしたことも背景にありました。

もちろん、医療保護入院に対する退院請求は、本人が希望すれば無条件で認められるようなものでは全くなく、医師が症状の緩和などによる退院の許容性(入院措置を講ずる必要性の低下)を認めていること、及び退院後の本人の生活の基盤や近親者の支援など退院を認めても支障のないと言えるだけの態勢が整っていることが必要と言われています。

診断に関する判断は弁護士が軽々にできるものではありませんから、医師の面会を求めることになりますが、その件では医師の面会は拒否され、担当の精神保健福祉士さんに事情を伺いカルテも拝見できましたが、「主治医は、本人の妄想癖が強いなど病状は好転しておらず入院継続相当と述べてます」とのことで、記録上も、本人の希望に沿うような記載はあまり見受けられませんでした。

ただ、本人の回復(治癒)が十分でなくとも、「施設内での処遇は最後の手段であって、より開放的な処遇ができるのなら、それがなされるべき」という精神科医療の理念がありますので、ご家族が相応の支援体制を敷いて退院を強く希望しているとか、ご家族等の協力のもとで何らかの福祉施設(グループホーム)への入居ができるなどの事情があれば、退院が認められることも相応にあります。

そのため、ご家族にも手紙を出したところ、事務所にお越しいただき、色々とお話を伺うことができましたが、退院請求は厳しいと思わざるを得ないものでした(ご本人が数十年前は相応の学校に通学しており、その頃に発症があり、それ以来、ご家族が長きに亘り大変なご苦労をなさってきたことなどを伺いました)。

また、精神保健福祉士さんからは、病院側としてもグループホームへの入所が望ましい案件と理解しているが、現時点で様々な事情からしばらくは待って貰わざるを得ない状態にあるとの話もありました。

以上を踏まえて退院請求書を県に提出し、相応の審査、手続が行われましたが、結論としては入院継続相当とのことで、ご本人にも手紙でその旨を説明して終了とさせていただきました。

ご本人に委任費用の支払ができるはずもなく(そういう事案です)、法テラスの援助制度を利用することになりますが、限られた費用しか出ませんので、大きな手間を要する事案なら大赤字仕事になります。

この種の仕事では、よほど手抜きをしない限り採算が合うはずもありませんが、本件は以上の理由から「基本的な仕事はきちんとすべきだが、それを超えて著しい負担をするのが相当とは思われない事案」でしたので、タイムチャージ的には赤字なれど大赤字とまでは言えない、という結論になりました。

ご本人の希望には添えませんでしたが、文献が述べる「適法な手続がなされたことの検証ないし再確認」は一応できたのではと思っていますし、こうした営みを通じて、ご本人として「できる限りのことは一応やった」との一応の納得感(ご本人の病状からは心許ないですが)、何より、病院側が早期のグループホームへの転居など何らかの福祉対応の改善に繋がる契機になれば、若干なりとも関わった意味はあったのでは(そうあってほしい)と思っています。

以上に述べたことのほか、精神科の医療機関とは仕事上、他の形でも関わらせていただくこともありますので、そうした意味でも、精神科医療に関わる方々との接点を持つことができたのは良い機会だったと、前向きに考えています。