龍が棲む町の宿命と「相続放置」に関する過疎地の現実

先日、岩泉町の社会福祉協議会が実施する法律相談事業に弁護士会から派遣されて担当してきました。

平成28年8月の「異常な進路を辿った挙げ句に岩手県の一部と北海道の十勝地方を襲った台風10号」によって岩泉町は甚大な被害を受けましたが、私自身は数年ほど岩泉方面に行く機会がなく、台風以来はじめての訪問となりました。

10時から12時まで3件のご相談があり、テーマは賃貸借や成年後見など様々でしたが、いずれの事案も相続が絡んでいる一方、相談者の方も高齢のため、ご自身での対処が難しいと見られるものもありました。

高齢者から込み入った事案の相談を受けた場合、残念ながら、様々な論点や幾つかの作業を必要とする旨を繰り返し説明しても、聞き手=相談者が高齢のため自身で作業をこなせないことはもちろん、当方の説明を理解できているかすら心許ないのが通例で、お一人で相談せず、ご家族や支援者と一緒にいらして下さいと説明するほかありません。

医療であれば、(例外があるにせよ)ご自身が当を得た説明ができなくとも、目視であれ諸検査であれ身体を診て病気を確認し、それに対し手術や投薬などの対処ができる=ご本人はそれを受け入れていればよいということが多い(と思われる)のに対し、弁護士への相談事項は、より高度で内実のあるコミュニケーションが構築できないと話を進めることができないものが通例です。

相談の対象が「問題の解決」という性質上、「依頼するか、説明された内容をもとに自分で対処するか」の選択から始まり(もちろん、相談内容や当事者の置かれた状況によりどちらが相応しいかは異なります)、受任業務の多くも、僅かな例外(過払裁判の一部など)を除き、弁護士と依頼者が様々な作業や意思疎通を重ねなければ解決できない事案が少なくありません。

とりわけ初動段階では、弁護士が「これこれの準備をして下さい(それを済ませていただけないと私=法律家が従事する前提を欠きます)」と幾つかの作業をお願いせざるを得ないことが多くあります。

主に、事実関係の説明やご自身の手持ち資料の整理、関係者の内部協議などになりますが、そうしたものについて高齢者の方がお一人で対処することは困難ですので、込み入った事案では、ご家族や相当な支援者のご協力が得られないと、先に進めるのが難しいと言わざるを得ません。

率直なところ、岩手に戻って十数年、高齢の方がお一人で込み入ったご相談を持ち込んできて、そうした残念なやりとりを余儀なくされることが非常に多いというのが実情です。

で、今回のご相談では、例えば、「不動産の貸主が借主の賃料不払等を理由に不動産の明渡を求めたいが、借主は既に亡くなっており、借主側の相続関係も不明である」といったものがあり、その場合には、前提として契約関係の明確化(内容確認)や所有関係など(不動産登記事項証明書)を行いつつ、本題というべき借主側の相続人調査などを行わなければならず、それらの一つ一つをとっても、様々な事務作業が必要となります。

土地の賃貸借であれば、そうした前提をクリアできた上で、最後に建物撤去という悩ましい問題があり、事案に応じたリスクやコストに関し依頼者との間で見通しや覚悟などの共通認識を得た上でなければ、弁護士としては軽々に依頼を受けられない面があります。

残念ながら「借主たる80代くらいの高齢者ご本人」お一人のみでは、そうした面倒な話に対処いただくことは困難で、一通り説明しても「何となくわかったけど、自分一人では何もできない、しない、それでおしまい」という、茶飲み話レベルの展開にしかならず、互いの時間の無駄と言わざるを得ません。

その件でも、同種の説明をして、町内で同様の企画(無料相談会)があれば、お子さんなどに同行していただくか、私への相談を希望されるなら、ご一緒に盛岡にいらして下さいと伝えるのが精一杯でしたが、お子さんは遠方に勤務しているので同行は難しいなどと言われてしまうと、私も何と言葉をかけてよいのやらという感じになってしまいます。

最近は、この種の「本題(賃貸借など)に加えて、前提として相続が絡み、かなり面倒な作業が必要になる可能性が高い(ので、誰もが嫌がって放置し先送りされ、次の世代が結局は迷惑する可能性が高い)事案」が非常に増えているとの印象は否めません。

そのため、建物登記の義務化(放置への不利益処分)、相続時に一定の期間内に遺産分割などがなされなければ暫定的に法定相続分登記の義務づけ(又は職権での実施)、それらの履行が困難な方のための支援などが必要だと感じています。

現状では、相続物件に絡んで利害関係のある第三者に面倒な負担が強いられる一方、その解決に対処した者に報いる面が薄く、放置した場合のペナルティもほとんどないため、とりわけ高齢者が権利義務の主体となっている事案では、先送りばかりが常態化しており、何らかの制度的な手当が急務だと思います。

そうした意味では、今回の相談は社会福祉協議会を通じて行われたものでしたから、相談者が拒否するのでない限り、担当職員が立ち会うなどして、今後の動線を支援する取組をすべきでは(それが、職員自身の今後のためでもあるのでは)と思わざるを得ませんでした。

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相談会が終わった後、帰路につく前に、大川地区の名所である「大川七滝」を見ていくことにしました。

大川七滝は、大川が階段状に傾斜している場所であり、メジャーな知名度はありませんが、それなりに見応えがあり周辺の雰囲気も良いので、一度は訪れる価値のある場所と言ってよいでしょう。

私自身は、4~5年ほど前に龍泉洞を訪れた帰りに大川七滝に立ち寄り、さらに奥の山深い道を進んで「北上高地の秘境」と言われる櫃取湿原の入口を通過して(日没のため湿原には行けませんでした)、区界高原から盛岡に戻るという休日を過ごしたことがあり、今回も七滝だけでもチラ見していこうと思い、会場となった複合福祉施設を北進しました。

すると、なんということでしょう。

ちょうど七滝のすぐ手前で道路が台風禍の土砂崩れでズタズタに寸断され、現在も復旧未了のままになっていたのです。

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そこで、仕方なく少し戻って小さな橋を渡り迂回路を進み、どうにか七滝自体には辿り着くことができました。

私が今回に通った道路で寸断されていたのはこの場所だけでしたが、周辺の細い道にも寸断されたままの状態になっている箇所が多くみられ、1年近くを経た今も台風禍の復旧は十分でないこと、また、川から10m以上の橋に瓦礫が散乱している光景から、当日の岩泉町内にどれほど激しい濁流が押し寄せたのかということが、多少なりとも感じる面はありました。

とりわけ、七滝の手前の道が寸断されたというのは、蛇行する川や七滝の姿が竜の化身のようなものだと考えると、「特別な場所に気軽に来ることができると思うな」と天に告げられているような印象も受けました。

そんなわけで台風禍に翻弄される「龍のまち」岩泉を思って一首。

大川におおかぜ来たりて龍となり 人の非力を現代(いま)に知らしむ

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岩泉の台風禍は、小本川沿いの福祉施設の被害があったとはいえ震災に比べれば人的被害が多くなかったせいか、人々の記憶から風化しつつある面は否めないのかもしれませんが、それだけに、土木工事だけでなく上記のような住民が必要としている人的サポートの拡充も含め、過疎地の復興へのご尽力を願ってやみません。