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アイヌ

菅田義経に与えられるべき「アイヌ王」の物語と、八重と清衡を巡る圧倒的なまでの共通点

話題の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」も中盤となり、先日は義経の最期が描かれていました(後述のとおり、私はまだ見れてません)。

今回の義経は、性格に難があるものの天才的な軍略家として描かれていたので、どうせなら北行伝説を仄めかすシーンがあればよかったのに、と思っているところです。

この点については、以前にブログで

この時代の北方世界(北海道からサハリン広域)では、当時のアイヌ民族(擦文人)が勃興して大陸まで暴れ回っており、北の元寇と呼ばれる大戦争もあった。いっそ、義経はその指導者になって暴れ回っていたという物語を作った方がよいのでは

と書いたことがあり、今回の菅田義経には、その物語を与えてあげたかったように感じています。
岩手県PR動画「都会のオラオラ、岩手のおらおら」そして北方世界を制覇したアイヌ王・源義経の物語 | 北奥法律事務所 (hokuolaw.com)

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ところで、主人公・北条義時の妻として登場するガッキーこと八重は、史実では不明な点が多い御仁ですが、ドラマでは、最初の夫(頼朝)との間の子を実父(伊藤祐親)に殺され、実父や実兄も夫に殺された後、義時と結ばれ、嫡子・北条泰時を授かっています。

この八重の人生を見ていると、平泉の創始者こと藤原清衡に似ているのでは?という印象を強く受けます。

ご承知のとおり、清衡は幼少期に父(藤原経清)を殺され、母は父を殺した勢力(清原氏)に再嫁を強いられ、やがて、父違いの弟(清原家衡)との対決を余儀なくされ、その弟に本拠地を衝かれて妻子を殺され、最終的には弟(家衡)を倒し、東北に平和をもたらしました。

父・経清や父が属した勢力(安倍氏)を滅ぼしたのが源氏の棟梁・源頼義であり、当初は安倍氏の方が源氏(頼義)を圧倒していたのに、現地勢力たる清原氏(いわば北条氏ら反平家の板東武者)の力で逆転した点も、共通しています。

今作で描かれる頼朝の非情・非道さは、経清が頼義に残虐な方法で殺されたこととも通じるものがあるように見えます。

他にも、

・自分の身内の大半を殺されただけでなく、殺した側が源氏の棟梁又はその協力者であること、

・その後、源氏と入れ替わる大勢力(清原氏=北条氏)の主(の妻・母)となったこと、

・その大勢力は、源氏と正面から喧嘩せず、源氏と協力しながら現地を乗っ取ったような面があること、

・そして、後継者は相当の長期に亘り、平和な時代を築いた(が、遙か後年になって、新たな天下の主に滅ぼされた)こと

など、八重と清衡(或いはその母)を巡る物語に、あまりにも共通点が多いことに驚かされます。

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ただ、ここまで考えると、この二人(八重・清衡)とよく似た人生を余儀なくされた超大物が、もう一人いることに気づきます。

他ならぬ、源頼朝です。

言うまでもなく、頼朝こそ、幼くして父(源義朝)や兄など身内勢力を仇敵(清盛)に殺され(滅ぼされ)、若くして授かった我が子(八重との子)を、敵勢力(伊東祐親)に殺され、長じては身内(義経ら)と不和になり、いわば殺し合いを余儀なくされています。

また、親の敵を討つと共に、(その地域では)新たな時代の主となったという点も、三者共通すると言えるでしょう。

(清衡は源氏を倒したわけではないものの、直接の仇敵たる清原氏を倒すと共に、朝廷との政治交渉を通じて源氏を東北から追い出していますし、八重の家族としての北条氏が源氏を事実上滅ぼしたことは言うまでもありません)。

他方、清衡が築いた楽土(藤原四代)は、頼朝に滅ぼされるまで100年ほど続き、八重?の子孫たる鎌倉北条氏は、(同じく源氏の傍流たる)足利氏らに滅ぼされるまで、150年続いたのに対し、「頼朝の天下」は、事実上、彼一代(それも、ほんの数年)か、せいぜい二代(殺された2名の子)までしか続きませんでした。

頼朝が身内(同族)を次々と殺した(殺さざるを得なかった?)報いだからなのか、それに止まらない「業の深さ」が本人や源氏一門などにあったのか、軽々に申せませんが、この陰陽の鮮やかさもまた、色々と考えさせられる面があります。

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余談ながら、当家では、当初、歴史学習の意欲のカケラもないガッカリ同居家族が珍しく一緒に視聴していたものの、「上総介がかわいそうだ、もうイヤだ」などと、子供みたいなことを言い出して放棄したため深夜視聴が後回しになり、まだ屋島で録画が溜まっています。

急を要する書類仕事に一区切りがついたので、そろそろ深夜に消化をと思っているのですが、大物起案が一つ控えているほか、既存の仕事も益少なくして労多しの追加仕事が次々見えてきて、ため息の日々が続くばかりです。

アイヌとイスラムの異同を踏まえて日本と人類の未来を論ぜよ~函館北方民族資料館の呼ぶ声~

先月の函館旅行の最終投稿です。今回、函館北方民族資料館にはじめて行きましたが、そこで不思議な発見(気づき)がありました。

ここは、アイヌ民族(アイヌ人)をはじめとする北方の諸民族に関する文化の紹介(大半はアイヌですが)を目的とする施設です。

と書くと「俺はアイヌじゃないし興味もないね」と仰る方も多いのかもしれませんが、日本人は弥生7~8:縄文2~3の割合の混血民族であり、アイヌは縄文の末裔の典型である上、とりわけ岩手(北東北)は本土では縄文の血を濃く残す地域でもありますので、岩手人はアイヌ(や琉球など)に対し関心や親近感を持つべきではと思っています。

館内には、著名俳優でありアイヌの末裔である宇梶剛士氏の司会によるアイヌ文化の紹介ビデオも放映されており、私は全部視聴したかったのですが、引率し甲斐のない同行者らの要求で、やむなく駆け足の観覧となりました。

で、展示品を見ているうちに、アイヌ民族の衣装は線状の紋様が非常に多く(というか、大半が線状の紋様・装飾になっていて)、これまで考えたことがありませんでしたが、どことなく、イスラムの幾何学模様(アラベスク)に似ているのでは、と感じました。

その上、アイヌ文化には肖像(絵)を書く文化がなく、「絵を描くと描かれた者が悪さをする」と考え、絵を描くこと自体を忌避する思想があるのだそうで、これも、偶像崇拝(人の絵を描き、礼賛すること)を禁ずる(忌避する)イスラムに通じるものがあります。

そのため、双方の文化を比較した研究・考察などが世に出ていないのかと思い、「アイヌ、イスラム、比較」などと検索してみましたが、それらしい文章などは全く見つかりませんでした。

もしかすると「まだ世の光が当てられていない埋もれたテーマ」なのかもしれず、ぜひ、これに取り組む研究者の方が登場することを願わずにはいられません。

それこそ、(現在はさておき)昨年までの函館は「中国・台湾・韓国の旅行者のカネで経済が成り立っていた社会」と評しても過言ではないでしょうが、もし、イスラム圏の人々に「ここに、イスラムに似たもう一つの文化がある」との認識を育ませることができれば、全世界で数十億に達し、これからの百年で、キリスト教圏(欧米人)に取って代わるのかもしれない、巨大なイスラム圏の人々が「新たな潜在的観光客層」として登場することになります。

ですので、函館ひいては北海道全体にとって、「アイヌとイスラムの異同という視点(それを研究しPRすること)」は、アジア人観光以上に、新たな巨大な金脈になりうるとすら言えるのかもしれません(別に、函館市アドバイザーに就任なさった某さんに向けて書いているわけではありませんが・・)。

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それはさておき、その上で、素人なりに「アイヌとイスラムとの異同」に関し思ったことを、1点だけ述べておきます。

私はイスラムに知見のある人間ではありませんが、イスラムが肖像画(なかんずく預言者の肖像画や銅像その他の造形物)を禁忌とするのは、詰まるところ、唯一神の絶対性(と唯一神との唯一の接続者である預言者)を守るためであると理解しています。

いわば、絵であれ他の造詣物であれ「これが神だよ」と説明される物が作られると、それが「新たな神」などとして一人歩きしたり、やがて多神教への回帰になるなど、唯一神への信仰が揺らぐ事態になるのを忌避したのではないかという理解です。

これに対し、私の知る限り、アイヌには「唯一神への信仰」なるものは存在せず、むしろ「万物に神宿る」の汎神論を徹底した思想(信仰)と理解しています。

アイヌは、上記の理由(描かれたものが魂を持ち亡者のような行動に及ぶとの思想)から、人物だけでなく、あらゆる物に対し写実画を禁じ、絵画の概念すら存在しない(抽象化した表現しか認めない)と聞いています(木彫りがあるので「人物像」を全否定しているわけではないのでしょうが、一定の抽象表現は施されているように思われます)。

いわば「徹底した一神教」がイスラムで「徹底した汎神論」がアイヌという点で、双方は両極にあると共に、「徹底」という点では類似しているのかもしれません。

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ところで、もう一つの「人類を代表する一神教」であるキリスト教は「神のもとの平等」という観念を通じて人類の本質的平等を案出し、科学技術の発展を通じて、近代人権思想(人間中心主義)に辿り着きました。

イスラムも、(西洋で中世は王権や教会権力との闘争や妥協、せめぎ合いがあったように)カリフなどの世俗的権力がかつては存在しましたが、本質的には「神のもとの(イスラム信者の)平等」という観念に立つことは間違いないと思います。

これに対し、汎神論に立つアイヌ(古代人の末裔)は、人間中心主義(人間の本質的平等を掲げる反面、人間の福利さえ実現できれば、他の存在に相応の被害・負担・抑圧が生じても構わないとの思想)を排し、「万物(自然)を尊び、万物と共に歩む」という思想に立っていることは間違いありません。

そして、現代社会が、強大になりすぎた人間の活動により世界の存続自体が脅かされており、その修正が求められている状況にあることは、流行り物のSDなんとかに論及するまでもなく、申すまでもない話です。

近年、突如としてアイヌ文化が注目されウポポイのような名所(新施設)ができたのも、根本的には「万物に神宿る」というアイヌの思想が、人間中心主義の行き詰まりを打開する可能性があるのではと感じる人が増えてきたことを示すものと言えます。

話が「イスラムとの比較」から逸れてしまいましたが、そうした「アイヌの思想の中核」とイスラムの思想の中核になることを比較すると、双方にとって新たに見えてくるものもあるかもしれません。

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ところで、私は数年前に突如、「日本国憲法には、人間の尊厳(13条)だけでなく、人に非ざるあらゆる存在(万物)の尊厳(13条の2)を掲げるべきだ」と感じるようになり、ささやかながら、ブログなどで、それ(憲法改正=新設)を提唱しています。

残念ながら、現時点ではネットの片隅で埋もれる日々ですが、願わくば、これを提唱する書籍を出版し、この思想を世に問いたいと思っていますし、その際には、その思想を共有している方々、とりわけアイヌ、琉球、そして蝦夷の末裔を自認するであろう方々には、賛同を呼びかけることができればと思っています。

冒頭にも書きましたが、日本人には、弥生人(人間中心主義=天皇のもとの平等)だけでなく、縄文人(万物の尊厳)の血も流れています。

汎神論(あらゆる物に神性や魂が宿るとの思想)は日本人の固有の精神だと述べる人も珍しくありません。

そのことを再確認し、世界にむけてご自身が何をできるか、すべきかを考えるためにも、ぜひ、皆さんも北方民族資料館に訪ねていただければ幸いです。

余談ながら、1階に掲示されたアイヌ絵(和人がアイヌの人々を描いた絵)を見ると、アイヌには眉毛が凄まじく太い(また、彫りも深い)人が多いと感じます。

そのような「眉の極太で彫りも深い人」で私がすぐ思い浮かぶのは西郷隆盛ですが、西郷さん=薩摩人も縄文の血を多く受け継ぐ人々と言われています(ただ、大久保利通は、典型的な弥生顔のように見えますが・・)。

西郷さん=薩摩人が維新期に大活躍したように、縄文の血も、活かし方次第では、維新のように日本人ひいては人類が新たな時代を切り開く原動力になるのかもしれません。

そうしたことも含め、縄文の血を引く人々が、根底にある思想を活かしつつ活躍する社会が開かれることを、願っているところです。

 

岩手県PR動画「都会のオラオラ、岩手のおらおら」そして北方世界を制覇したアイヌ王・源義経の物語

岩手出身の60代の(もと)専業主婦の女性が、「おらおらでひとりいぐも」という作品で新人作家の登竜門とされる河出書房新社の文藝賞を受賞されたとのことで、市内の書店の正面にも山積みされています。
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309026374/

私は小説を読む習慣がないので山積みの光景をチラ見して通り過ぎただけなのですが、岩手でも、こんなCM(PR動画)を作れば、石原軍団や壇蜜氏で話題を集めた宮城県CMに対抗できるのでは?と思いました。

(第1幕~都会のオラオラ~)
半グレ風、或いはジョジョ風の荒くれ者どもが、何かに取り憑かれたように「オラオラオラオラー」と叫び、拳を突き上げ修羅の国よろしく闘いまくる。

(第2幕~岩手のオラオラ~)
のどかな農村風景。野良着姿のお婆さん(又はお母さん)を座敷童風の子供達が取り囲んで「おらもおらも~」と何かじゃれあっている。そんな里の姿を遠くから宮沢賢治が一人静かに見守っている。

最後に「あなたは、どっちのオラオラが好きですか?~喧噪に疲れたときは、おでんせ岩手。」のメッセージで終了。

と、ここまで書いて私自身が岩手県のPR動画を一度も見たことがないことに気づいたので先ほどチラ見しましたが、せっかく村上弘明氏を擁して色々なテーマを素材にしているのに、面白味がないというか、視聴者の心に突き刺さるような「グッとくる何か」が欠けているように感じました。

いっそ、村上氏こと清衡公が他の登場人物らと共に途中から北野監督の座頭市のように全員でタップダンスを始めるとか、「岩手もしもシリーズ」と題し、義経と泰衡らが蝦夷地に渡り北の琉球王国こと「アイヌ王国」を建国し、北方世界の要としてロシアからアラスカまでを勢力圏とする一大貿易国家を構築する・・といった話を作った方が話題性があるように思うのですが、いかがでしょう。

ちなみに「アイヌと縄文」という本によれば、平安期に北海道に住んでいたアイヌ(擦文人)は、鎌倉期までにはサハリンから渡来したオホーツク人を圧倒し、ロシア本土にも進出して現地人(ニヴフ=ギリヤーク)と抗争し、最終的には現地人が助けを求めた元朝(モンゴル帝国)との数十年の抗争を経て(北の元寇と呼ばれています)、北海道に撤退するという壮大な展開を辿ったそうです。
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480068736/

そして、擦文人(アイヌ)の成立にあたっては、古代(平城・平安期?)に北東北の太平洋側から多くの地元民(蝦夷)が移住してアイヌの原型たる続縄文人と同化し、これにより北海道の擦文人=アイヌ民族が形成・成立されたのだそうです。

であれば、その「短期間ながら北方世界を一度は制覇した大アイヌ国」の成立や勃興に、実は義経や平泉が関係していた・・などという物語は、想像の世界として十分にあり得るというか、歴史小説のネタとしてはもってこいではないか、と思わないこともありません。

ということで、ぜひ、冒頭の作家さん(若竹千佐子氏)をはじめ岩手在住又は岩手にゆかりのある作家の方々は、このテーマでの渾身の大作をご執筆くださるよう、強くお願い申し上げる次第です。

まあ、こんな戯言を書いても「無駄無駄無駄無駄~」と言われるだけかもしれませんが・・

(H30.1.16追記)
先ほどのニュースで、若竹氏が芥川賞を受賞されたとのことで、誠におめでとうございます。