北奥法律事務所

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JC

万物の尊厳を掲げる憲法改正を岩手から(後編)

今回は、前回に掲載した記事(岩手日報への投稿)についての補足説明です。この話(人間の尊厳だけでなく、いのち、自然そして万物の尊厳を憲法改正のテーマとして提げること)は、数年前から考えていたことなのですが、この投稿を行った経緯は次のような事情に基づくものです。

きっかけですが、3年前に「JC(青年会議所)が掲げている理念(JCIクリード)は日本国憲法の基本原理にそっくりである」という趣旨のことを投稿したことがあります。

この投稿は今も「JC 憲法」などとネット検索すると日本JCのサイトと並んで筆頭ランクに登場しており、私自身ブログの中で最も気に入っている記事の一つです。

ただ、ツィッター上でこの投稿を好意的に取り上げていただいた方がおられるのを拝見した以外で誰かから感想などを告げられる機会もなく、このまま埋もれていくのだろうと思っていたところ、半年ほど前に盛岡JC仲間で今も現役会員であるB君から、この投稿への過分なお褒めをいただくと共に、「岩手のJCの面々にも伝えて欲しい」などと奇特?な要望を受けました。

引用記事でも述べたとおり、私は現役時代にJCの方々に憲法とJCの関係についてお話する機会に恵まれなかったこともあり(引用記事も、卒業する年に盛岡JCで「この話を例会でさせて欲しい」と関係者の方に頼んだもののボツにされた怨念?が発端になっています)、有り難くお引き受けし、今月下旬に今年の日本JC岩手ブロックの主要メンバーの方々?向けにミニ講義を行うことになりました。

折角なので、日本国憲法のオーソドックスな考え方やそれを前提とした現在の社会が取り組むべき課題などに関する私なりの考えをお伝えしたいと思いましたが、今も昔も大勢の方の前でお話をするのは全く不得手ですので、毎度ながら膨大なレジュメを作ってB君に送っており、当日は棒読みモードでご容赦いただこうと思っています。

弁護士が語る憲法といっても、いわゆる護憲派の弁護士さんが仰るようなネタではなく、もちろん右翼チックな話でもなく、引用記事をベースに、改めて憲法とJCの関係についてあれこれ考えつつ、それを踏まえて憲法とその重要な担い手としてのJCの現代のあるべき姿を考えていただくようなテーマ設定にしたつもりです。

こんな機会は二度と無いでしょうから、講義終了後のしかるべき時期にブログにレジュメを公表するつもりですが、要するに、

①JCが掲げる理念(と実践)に照らせば、世間的には右翼チックとも評されるJCは、実際には日本最大級の護憲団体と評しても過言ではないこと

②それにもかかわらず復古的な改正を日本JCが唱える根底にあるものとは

③その上で、岩手のJCに考えて欲しい憲法改正案(運動)とは何か

の三本立てになっています。

さほどの大人数でもないそうですが、現在の岩手のJCの大幹部の方々がお集まりになるようですので、君たちは護憲団体だ、などと言うと五体満足で帰れないなんてこともあるかもしれません(笑)。

このうち、①②は引用記事を掘り下げた内容に過ぎませんが、③はブログでそれとなく書いたことはあるものの明確に述べてはいなかったので、思うところあって約10年ぶりに岩手日報向けに投稿を書きたい、また、どうせなら講義の前に書いて公表してしまいたい、というのが今回の日報への奇行ならぬ寄稿のきっかけとなっています。

もとより、人間だけでなく人にあらざる存在の尊厳も憲法で定めよなどと奇特なこと?を言っている人がいるとの話は聞いたことはなく、それどころか「万物の尊厳」という言葉も、少なくとも日本語(現代の日本社会)では聞いたことがありません。

ネットで検索しても、私が過去に投稿したブログ記事しか発見できず、当然ながら、私のオリジナル(独創?)の言葉ということになるはずです。

しかし、この考え方は、要するに「社会は人間だけのものではない、自然、いのちそして万物(に通じている目に見えない力)に畏怖と感謝を抱くべき」という、日本人にとってはごく当たり前の、伝統的かつ違和感のないもので、そのことが憲法(日本人の最高法規)に掲げられていない方が間違った状態というべきではないかと思っています。

当日にお伝えする内容(レジュメ)では、そのこと及びそれを岩手の人々が率先して日本ひいては世界に呼びかけていく意義について、若干ながら触れており、いずれ本ブログにも掲載したいと考えていますので、関心をもっていただける方は、楽しみに?お待ちいただければ幸いです。

盛岡の奇習・歳祝いと「正義を実践する世代」

1ヶ月半も前の話で恐縮ですが、3月上旬頃に、盛岡JCの関係で行われた「歳祝い」に参加してきました。

この行事(歳祝い)は、いわゆる男の厄年に関連するものですが、盛岡では、白菜や大根、亀の子タワシやカラタチの枝などを集めて、対象者(年男)が上半身裸になり、参加者がそれらを手にとっては、年男の裸身を擦ったり叩いたりするというものになっています。

私も詳しい由来は存じないのですが、もとは地域に伝わる歴とした伝統行事(飾るものの裸身に云々は無し)であるものが、いつ頃からか、宴会形式で沢山の人が集まり、年男の上半身を真っ赤にするための?行事として圏内に普及したようです。

ケンミンショーで取り上げられたこともあるので、他県の方もご存知かもしれませんが、ご存知でない方は、「歳祝い(年祝い) 盛岡」で検索いただいたり、こちらのブログホテルのサイトなどをご覧になればよいと思います。

かくいう私も、平成26年の3月には、その前年(25年12月)に盛岡JCを一緒に卒業した方々と共に、「合同歳祝いの会」を行っていただいています。まあ、私はJCで活躍したメインの方々の末席にオマケ的に加えていただいたというのがお恥ずかしい実情のせいか、皆さん遠慮がちで強烈な一撃を下さる方はあまりおらず、もっと派手にゴシゴシやっていただきたかったなぁと思わないこともありませんでしたが。

ともあれ、合同歳祝いの会を主催されたJCの先輩方のお言葉を借りれば、JCの歳祝いは単なる厄払いや地域行事の類ではなく、JCの卒業式(40歳)と相俟って、「地域社会のため尽くす志を持った同い年の面々が、卒業と同時に共通の通過儀礼を持つことで、各人が志を実践して社会に奉仕するための結束や相互扶助の基盤とする」という独自の意義があります。

盛岡JCの合同歳祝いは、諸事情により一旦中断(一部の方だけの個別実施型)し、3、4年前に復活したと伺っていますが、卒業生の大半が歳祝いに参加した我々の期は、リーダーのIさんのもと、現在も非常によい関係が続いており(恥ずかしながら、私は現在も半端な参加しかできていませんが)、今後、盛岡JCを卒業される方々も、ぜひ合同歳祝いを続けると共に、なるべく卒業生の全員が参加できる方向で取り計らっていただければと思っています。

ところで、最近、半年分以上溜まった日経新聞を斜め読みで処理しているのですが、昨年8月の「私の履歴書」を担当された東大寺長老の方(森本公誠氏。宗教家であると共に高名なイスラム研究者だそうです)が連載を終える際に、アフガニスタンの古代遺跡で発見されたデルフォイ(古代ギリシャ)の哲学者の碑文を紹介していました。

いわく「少年のときには良き態度を学び、青年のときには感情を制御することを学び、中年には正義を学び、老年になっては良き助言者になることを学ぶ。そして、悔いなく死ぬ。」

この碑文のうち、「少年」を成人する(又は社会に出る)までの時代、「青年」をJC世代(20歳~40歳)、「中年」を40歳から一般的な職業人としての熟練期(個人差はあるにせよ概ね60~65歳)まで、それ以後を「老年」と解釈し、かつ、「学ぶ」とは習得だけでなく実践を含むのだと理解すれば、この碑文を違和感なく受け止めることができそうです。

そうした意味では、盛岡に生きる方々には「歳祝い」を正義を実践する責任を再認識するための通過儀礼として大切にしていただければと思っています。

また、盛岡では女性について「歳祝い」に相当する行事があるのか存じませんので、40歳かどうか、ゴシゴシ系とする否かはさておき、女性についても、責任世代として心機一転する意識を醸成できるような通過儀礼的な行事を考えても良いのではと思います。

上記の森本氏の連載は、「世界は美しいもので、人の生命(いのち)は甘美なものだ」というブッダの最晩年の言葉で締めくくられていましたが、そうした実践を通じて、個々人が美しい生き方をし、世界全体を美しいものにしていくことができればと思っています。

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R03.03.22追記

先週のケンミンショーでも、この件が再び取り上げられており、昭和40年代に盛岡の酒造関係者の組合の青年部が、酒類販売が落ち込む2月のテコ入れのため、伝統行事の「おまけ」として発案し広めたのが、この奇習の始まりだ(要は、バレンタインチョコのようなもの)、という解説がなされていました(この投稿を載せた際にも、そのようなコメントをいただいた記憶があります)。番組(映像記録)内に、存じ上げている方の姿も拝見でき、驚きました。

衆院選・岩手1区の公開討論会と前回に垣間見た「保元の乱」

突然に決まった衆院選ですが、週明け(12月1日)に盛岡市内で岩手1区の候補者による公開討論会が、JC(青年会議所)の主催で行われます。
http://www.moriokajc.org/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=444

今回は、現役の理事長の方が司会を務める予定と伺っていますので、選挙の意義を理解されている盛岡圏の方々はもちろん、「理事長に恥をかかせない」という見地から、少なくとも盛岡JCの関係者には積極的に参加いただければと思っています。

私は昨年にJCを卒業していますが、前回=平成24年12月の衆院選や昨年の参院選の公開討論会などを担当する委員会に所属していた上、設営のあり方などを巡って何人かの方と議論をしていたこともあり、私にとっては思い入れのあるイベントです(結局、私の希望は今も反映されていませんが)。

以下に引用する文章は、前回総選挙の公開討論会について書いたもの(旧HPの日記欄に掲載したもの)です。今回は、こうした意味での面白さは無いのかもしれませんが、当時ご覧になっていない方は、ご一読いただき、国民主権意識の涵養のきっかけにしていただければ幸いです。

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平成24年12月3日、JCの主催で岩手1区の公開討論会があり、参加してきました。私も末端のスタッフになっていたのですが、事前準備をサボっていたため、「タイムキーパーの補佐の補佐」という名ばかり役職があてがわれつつ、最前列のど真ん中で他のスタッフの方と肩を寄せながら拝見していました。

6年前に知事選の討論会のお手伝いをした際には、「何もしなくてよいから、終了後に機関誌用のレポートを書け」と命じられ、物議を醸さない程度に言いたいことを書いた記憶があり、今回も悲しい性か色々とメモをとったので、書きたいことが無いわけではありません。

が、ここでは1点に絞って書きたいと思います。もちろん、申すまでもありませんが、私個人のお気楽な私見を綴っているもので、JCとは何の関係もありません。

今回の討論会の最大の目玉は、直前に立候補を表明した、生活党改め未来党の達増知事夫人こと達増陽子氏が、初めて?の公衆向けの場で、どのような振る舞いが見られるかという点であったと思います。そこで、同氏(以下、達増知事との混同を避ける趣旨で、「陽子氏」といいます。)の様子に着目していたのですが、開始早々、非常に興味深い光景を目の当たりにしました。

すなわち、冒頭、司会者(岩手大の政治学の先生)から、各候補者に自己紹介が促され、陽子氏が2番手でスピーチをした後、隣に着席した3番手の階猛氏(民主党現職)がスピーチを始めたのですが、その際の陽子氏の階氏への眼差しが、とても対立候補に向けるとは思えない、慈愛溢れる母が我が子を見つめるようなものであったのです。

この点、報道等に基づく一般的な理解として、階氏(議員)は、小沢氏らが民主党を離党した際、悩み抜いた末に苦渋の選択として民主党に残留したため、今回の選挙では、未来党(当県では「岩手小沢党」とでも表現するのが相当とも感じますが)から対立候補を擁立されることになり、陽子氏に白羽の矢が立てられました。

階氏は、達増知事が6年前に衆院議員から知事に転身した際、後釜として達増知事に抜擢され、達増氏後援会の全面支援のもと対立候補に圧勝し当選を続けており、今回の階氏の選択は傍目には生みの親たる達増知事への重大な裏切り行為にも見え、未来党=小沢氏・達増氏陣営がどのような方を「刺客」として送り込むのか、大いに注目されてきました。

そのような中で、未来党が陽子氏を擁立した趣旨は、①階氏の殲滅を目的に必勝の構えをとったのか、②それを企図しつつも他の適材が得られず仕方なくということなのか、③他の意図があるのか、私のような県内の一般庶民レベルで確立した見解は未だ生じていないと思います。

しかし、少なくとも、冒頭の陽子氏の様子からは、①や②の意図、換言すれば階氏への憎悪的なものは微塵も感じられず、ここ数ヶ月間の達増知事が盛んに再合流の期待を述べていた光景と合致する、階氏への愛着(未練?)を強く印象づけるものでした。

ところで、陽子氏自身については、知事夫人が急遽、出馬となったこと自体を批判する言論も散見されるところですが、私自身は、少なくともスピーチの姿勢(口ぶり或いは未来党のスポークスマンとしての振るまい)等に関しては、堂々とした、見事なものだと感じずにはいられませんでした。

少し考えれば、陽子氏は、元議員であり現職知事である達増氏の妻として、何年間も後援会を取り纏め、ご夫君の代わりに様々な演説等もこなしておられたであろうことは容易に思いつきますので(地元報道でも、関係者の説明としてそのように称されています)、そのこと自体は驚くにはあたらないのだと思います。

で、その延長線上で考えれば、陽子氏が階氏に暖かい眼差しを向けている理由も、よく理解できます。

恐らくは、達増氏後援会の全面支援により政治家の世界に飛び込んだ階氏にとって、後援会を取り纏めてきた陽子氏は、政治の世界での母も同然で、陽子氏にとっても、階氏は我が子も同然という関係にあるのではないかと思われます(もちろん、私は内部事情は何も存じませんので、あくまで報道と討論会の光景のみに基づく推測です)。

であるがゆえに、色々と込み入ったご事情があるのだとしても、階氏が小沢氏や達増夫妻の庇護を離れ、「独り立ち」を始めた姿は、陽子氏にとっては、我が子の巣立ちを見るような感慨があり、それが、上記の光景となって現れたのではないかと感じた次第です。

さすがに、その自己紹介シーンの後は、陽子氏が慈母の如き眼差しで階氏を見つめるような光景は見られず、基本的にはキリッと前を見据えてご自身の主張を述べておられたように思います。

階氏に関しては、お二人がマイクを交わす際に笑顔が見られた程度で、基本的にはいつも?の厳しい面持ちを続けていましたが、陽子氏に含むところがあるというのではなく、真っ当な緊張感を保っていたに過ぎないと理解しています。

公式見解で語ることはできないのでしょうが、階氏にとっても、恩義ある方々に弓を引くことに心苦しい思いを重ねておられると推察されます(階氏に関しては、一応は同業ということもあり何度かご挨拶したことがありますが、非常に誠実な方と理解しているつもりです)。

もちろん、お二人とも馴れ合いの選挙戦をしているわけではなく、公式(対外的?)には真剣勝負をなさっているのでしょうから、このような思いを抱きながら親子同然の関係にある者同士が戦を余儀なくされるというのは、保元の乱における源為義らvs源義朝の姿に重なるところがあるのではないかと思わずにはいられませんでした。

周辺の構図という点で考えても、以前ほどの勢いがなく、凋落が噂される本来の主君(小沢氏)への忠節を全うせんとする達増夫妻と、それと袂を分かち天下の権を掌握した者(小沢氏の失速後に政権を担った現・民主党)のもとで生きる道を選んだ階氏という構図は、小沢氏を摂関家の氏の長者たる藤原忠実・頼長に、現・民主党を後白河天皇や信西に置き換えれば、あながち強引とも言えないように思います。

そのように考えていくと、未来党が陽子氏を抜擢したのも、人材難だとか階氏と信頼関係のある人(陽子氏)の方が後腐れがなく将来の再合流がし易いなどといった面白味のない理由(だけ)ではなく、親子対決であることを承知の上で、「どちらかが斃れても、片方が生き残れば、我が一族(階氏を含む広義の達増ファミリー)は残る。だから、敵同士に分かれても悔いなく戦おう」といった悲壮なメッセージを含むものかもしれないなどと、妄想を膨らませることができそうな気もします。

少なくとも、討論会で「小沢首相を期待していたのに民主党に裏切られた」などと、小沢氏への忠誠を熱く語る陽子氏と、小沢氏について何も語らない階氏(時間の制約も大きいとは思いますが)を見ていると、以前、弁護士会の会合などで、階氏が司法系の話題以上に小沢氏への支持を熱く語っていた姿を垣間見ていた私には、時の流れというか、大河ドラマ的な光景を感じずにはいられませんでした。

まあ、自民党その他の勢力を(その後に他の勢力を一掃して天下を掌握した)平氏などに見立てたり、関係者の選挙後の姿を保元・平治の乱に近づけて考えるのは無理があるでしょうから、これをネタに「カノッサの屈辱」のシナリオ作りを目論むことはできないでしょうが、少なくとも、権力闘争に身を投ずる方々の大変さと、その方々が現に血を流さずに済む現代の有り難さを実感せずにはいられない面もあり、それらを感じただけでも意義があったと思われます。

公開討論会自体は、候補者に互いの見解への批判を避けよなどと「討論会」の看板とはおよそかけ離れたルールを設営側が定めているため、政見発表会の域をほとんど出ておらず、「政策論争」なるものがどこまで期待できるかという問題はありますが、上記のような光景を目の当たりにし、候補者の方々にある種の畏敬を感じたり、民主政治なるものへの参加意識を涵養する機会になるとは言えるのだと思います。

ということで、今回はパスした方も、次の機会にはご来場いただければ幸いです。

余談ながら、可能なら、今回、司会をなさった岩手大の丸山先生のような方には、学生さんに命じて、岩手の政治家の方々の後援会組織などを社会学的・政治学的見地から実地研究してレポートを公表していただければ、今回のような出来事が生じた場合に、それをもとに深みのある考察ができるのではないかと思ったりもしました。