北奥法律事務所

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芥川賞受賞作「影裏」の映画試写会の感想と、現代に甦る三島文学の世界?(改)

昨日、芥川賞受賞作を原作とする大友啓史監督の映画「影裏」の完成披露試写会が盛岡市内で行われ、とある事情により招待券をいただいたので、拝見してきました。司会の方によれば、一般向けの試写会はこれが初めてとのことです。
https://eiri-movie.com/

冒頭に主演のお二人と監督のご挨拶もあり、ご本人達のオーラもさることながら、職人気質の優等生的な綾野氏と不思議ちゃんキャラの龍平氏が対照的というか、作品とも通じる面があり、興味深く感じました。

作品の説明は省略しますが、純文学そのものという印象の原作を忠実に映画化した作品という感があり、(見たことがありませんので何となくですが)昔でいうところの小津映画のような作品なのだろうと思います。

言い換えれば、ブンガクの世界に浸ることができる人には見応えがあり、そうでない人にはとっつきにくい面はあるかもしれません。

ただ、(ネタバレは避けますが)冒頭の主人公の自宅の描写(映像)にやや面食らうところがあり(作品のテーマを暗示しているわけですが)、綾野氏ファンの方や「筋肉体操の方々よりも細身の男の生々しいカラダが見たい」という方(おばちゃんとか?)にとっては、必見の作品ということになるかもしれません。

全くそうではない私のような者には冒頭は少ししんどいですが、目のやり場に困ったときは、カルバンクラインの文字だけご覧ください。

この作品では主人公が抱えた特殊な事情が重要なテーマになっていますが(原作を読む前からWEB上で散々見ていたせいか、初稿では自明の話と思ってストレートに書きましたが、同行者から「それこそネタバレだ」とクレームを受けましたので、一応伏せることとしました)、小説よりもその点が生々しく描かれているというか、主人公のキャラクターや振る舞いは、流行りのアルファベットよりも、その点について日本で昔から使われている言葉に馴染むような気がしました。

と同時に、もう一つの軸は、震災というより、相方である龍平氏演じる男性の特異なキャラと生き様であり、それを一言で表現すれば、「虚無(又は滅びへの憧憬ないし回帰)」ということになるかと思われます(この点も書きたいことは山ほどありますが、一旦差し控えます)。

で、それらのテーマからは、かの三島由紀夫が思い浮かぶわけで、小説版ではその点を意識しませんでしたが(そもそも、私は三島作品を読んだことがほとんどありません)、映画の方が「三島文学ちっく」なものを感じました。

とりわけ、本作が「主人公たちが無邪気に楽しむ岩手の自然や街並みの風景」を美しく描くことにこだわっているだけに、「文学的な美」という観点も含めて、この映画は、意図的かそうでないか存じませんが、「生きにくさを抱えた美しいものたちと、それらが交錯する中で生まれる何か」といった?三島文学的な世界観を表現しようとしているのではないかと思う面はありました。

もちろん、「若者は、本当に好きな人とは結ばれず、折り合いがつく相手と一緒になるだけ」というオーソドックスな(ありふれた?)恋愛映画との見方も成り立つでしょうから、そうした感覚で気軽に楽しんでもよいのではと思います。

私は昨年に原作を読みましたので、原作との細かい異同を垣間見ながら拝見しましたが、同行者は全く原作を読んでおらず、「一回で理解しようとすると疲れる映画」と評していました。この御仁が「ここはカットしても(した方が)よい」と述べたシーンが幾つかあり、それが悉く原作にはない映画オリジナルのシーンでしたので、その点は、同行者の感性を含めて興味をそそられました。

個人的に1点だけ不満を感じた点を述べるとすれば、龍平氏(日浅)にとってのクライマックスシーンで、「あれ」を全面的に描かないのは、ストーリーの性質上やむを得ないとは思うのですが、できれば、直前ギリギリまで、言い換えれば、引き波が姿を現す光景までは、主人公の想像という形で構わないので、描いて欲しかったと思いました。

原作には、主人公が、日浅の根底にあるメンタリティ(倒木の場面で交わされた言葉と思索)を根拠に、日浅は「その瞬間を自らの目で見たいと思うはずだ」と語り、その瞬間を目にした(直に接したのかもしれない)日浅が浮かべたであろう恍惚の表情を想像したシーンがあったと記憶しています。

私は、巨大な虚無を抱えた日浅が圧倒的な光景の前で恍惚の表情を浮かべる光景(そこには虚無の救済という三島文学論で語られていたテーマが潜んでいるはずです)こそが本作のクライマックスではないかと思っていましたので、その点が映画の中でストレートに描かれていないように感じたことには、映像化に難しい面があるのだとしても、少し残念に思いました(日浅の思想自体は、映画のオリジナルシーンで、ある人物が代弁しています)。

とはいえ、「性的な面が意識的に描かれる主人公と、全く性の臭いを感じない日浅」という点も含め、作品全体を通じて不穏・不調和な雰囲気が漂う本作は、通常の社会内では品行方正に生きているのであろう主人公が抱えた「本当はこの社会が自分には居心地の悪い世界だということ」、そして、主人公にとっての平穏ないし救いもまた、社会の側(映画を見る側の多数派)にとって、どこか居心地が悪く感じるものなのだろうということを、主人公のコインの裏側のような存在であるもう一人の人物(本当は社会と不調和を起こしている主人公の代弁者のような役割を担っているように見えます)にとってのそれも含めて映像として描いている作品であることは間違いなく、大人向けの純文学の映画としては、十分に見応えがあるのではないかと思います。

ちなみに、この映画は、とある理由で、中央大学法学部のご出身の方には、ぜひご覧いただきたいと思っています。そして、この大学(学部)のカラーが「やるべきことを地味に地道に積み上げて、あるべき場所に辿り着く職人」だということを知っている人には、この映画のあるシーンを見たとき、敢えてウチの看板が使われたことの記号的意味に想像を巡らせながら、苦笑せざるを得ないものを感じるのではと思います。

原作では、大学名が出ず法学部政治学科とだけ書かれていましたが(映画では学科の表示があったか覚えていません)、それだけに、中央大学法学部政治学科卒で、しかも心に何らかの虚無を抱えて生きるのを余儀なくされている?ホンモノの岩手人としては、余計なことをあれこれ考えさせられる面があったように思います。

あと、せっかくなので、ご覧になる際は、エンドロールを最後の方まで目を凝らしてご覧くださいね、というのが当事務所からのお願いです。

余談ながら、試写会なるものに参加したのは初めてですが、終了時に関係者の方から「これで終了です。ご来場ありがとうございました」のアナウンスがあった方がよいのでは?と思いました(終了後も何かあるのか、そうでないのか分からず、帰って良いかそうでないのか判別しかねますし、試写会なので、最後に関係者の一言で皆で拍手する?といったやりとりもあった方がよいでしょうから)。

最後に、私の密かな野望である「大戦の戦渦からシンガポール植物園等を救った田中舘秀三教授の物語」の映画化は、いつになったら実現できるのやらという有様ですが、大きな代償と引き換えに?、某プロデューサーさんによれば、企画案自体は監督にも伝わったとのことです。願わくば、「男達の熱い物語」の作り手として現代日本に並ぶ者がないであろう大友監督の作品として、いつか世に出る日が来ればと、今も岩手の片隅で願っています。

WHAM! とSMAPが示した時代の節目と平成日本の未来

先日(12月25日)、80年代のポップ・ミュージックの巨星というべきワム(WHAM! )のジョージ・マイケル氏が死去したとの報道がありました。

私は兄の影響で小中学生の頃にWHAM! の曲を何度も聴いたことがあり、司法試験受験生時代にもCDを借りてカセットやMDに編集してよく聴いていました。

WHAM! は、日本では「ラスト・クリスマス」が最もポピュラーかと思いますが、個人的には「The Edge of Heaven」という作品が一番好きです。

そんなわけで、制作者ご本人が天に召されたこともあり、追悼?として、歌詞の一部を意訳してみました。

You take me to the edge of heaven
 Tell me that my soul’s forgiven
 Hide you baby’s eyes and we can,
 You take me to the edge of heaven
 One last time might be forever
 When the passion dies,
 It’s just a matter of time before my heart is
 Looking for a home
・・・
And don’t you think that I know it , know it , know it , know it !

天国の端にある雲海を見下ろす断崖に連れて行き
僕が赦されるに値するか、突き落とされるのが相応しいか、
答を示してくれないか

貴方の目は閉じられてしまったけれど
僕たちにはまだ、できることがある

あの素晴らしい時間は永遠の彼方に過ぎ去り
情熱も二度と戻ることはないけれど
満たされることのない僕の心は
今も安住の地を求めて彷徨っている

(中略)
考えるまでもない、それは分かりきったことなのだから。

私には洋楽の歌詞を翻訳できるような語学力など微塵もありませんが、大学時代などに週に1度のペースでCDレンタル→編集という日々を送っていた頃、それなりに気に入った曲を聴いていた際は、説明書に付された翻訳歌詞に納得ができず、自分なりの意訳文を妄想することが時折ありました。

英語の解釈や想像力の問題かもしれませんが、洋楽の歌詞には日本の楽曲に見られない思想の深さを感じる言葉が多く、心に染みる曲を収録したCDの解説文に付された歌詞の翻訳が安っぽいものになっていると、憤慨して自分なりにその曲や歌詞(作者の意図)に相応しい日本語を探さずにはいられないと感じることがあります。

個人的には、ブログ等を通じてそうした「意訳」を発表して良質な作品の再評価を求めるような試みが、もっと盛んになればよいのではと願わないでもありません。

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ところで、その翌日(12月26日)には平成日本を代表するアイドルグループであるSMAPが、看板番組の最終回と共に大晦日を待たずして事実上の解散を迎えました。

私も最後の場面(代表曲「世界に一つだけの花」の歌唱シーン)などは拝見していましたが、改めて、SMAPが平成日本を象徴する何かを体現していたということと、SMAPの解散は今年の夏から議論が開始された今上天皇の生前退位問題と共に、「平成の終わりの始まり」を示す出来事だということを強く感じました。

とりわけ、SMAPが全員で番組の最後に震災向けの募金を呼びかけるコメントを行い締めくくったことは、普段この番組を見ない(SMAPのファンでもない)私でも、このコメントが毎回行われていたことやSMAPの被災地への熱心な支援活動などを知らないわけではありませんので、感慨を持たずにはいられない面はありました。

誤解を恐れずに言えば、そうした積み重ねは両陛下が被災地と共に歩む姿勢を示し続けていることと通じるものがあるようにも思われ、「被災地をはじめ社会に明るくエールを送り続けた存在」という意味で、SMAPは平成日本の社会で発揮した存在感(象徴としての役割)という点で、今上天皇に匹敵すると評しても過言ではないと感じます。

とりわけ、彼らが昭和63年(平成の前年)に結成されたという時的な側面もさることながら、「前任者」たる「光GENJI」が「昔(昭和)のアイドル」の最後というべき「ファン層にとって手の届かないスーパースター」として君臨していたのに対し、SMAPが独自の努力で「親しみやすいアイドル像」を構築し受け入れられてきたという点も、昭和・今上の両天皇と重なる面があるように感じます。

すなわち、昭和天皇が「もと現人神」としての圧倒的な権威を最後まで身に纏い続けたのに対し、今上天皇は、各地の訪問や国民との交流などを通じて「親しみやすい信頼される天皇像」を構築し、昭和天皇以上に国民から地に足のついた敬愛の念を集めてきたと評して良いのではと思われ、そうした今上天皇の歩みと最も類似する道を辿った社会的存在がSMAP以外にいるかと考えると、なかなか思いつかないように思います。

それだけに、今上陛下のご高齢に伴い平成が終わらんとしている現在、それと軌を一にするようにSMAPが終焉を迎えたことには、時代の転換期というものを強く感じざるを得ません。

そのような視点を踏まえつつ、SMAPの代表曲となり締めくくりの曲として選ばれたのが槇原敬之氏が制作した「世界に一つだけの花」となった光景を見ると、平成という時代は「個人の多様性と尊厳(に対する社会の包容力)」という日本国憲法の最高規範(根源的価値)がようやく日本社会に浸透していく過程を描いた時代だったのかもしれないと感じるところがあります。

その点は、今上天皇の歩みが「国民主権の憲法下において、国民と共にあゆむ天皇制のあり方を確立させる」というものであったことと重なるのではないかとも思います。

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ここで冒頭のジョージ・マイケル氏に戻りますが、同氏と槇原氏には共通点が多く見られるように感じているのは、私だけではないと思います。

申すまでもなくポップ・ミュージックの世界で多くの人の心を揺さぶった偉大なシンガーソングライターであることが主たる共通点ですが、お二人とも薬物犯罪での摘発歴があること、公言しているジョージ氏はもちろん、槇原氏もネット情報などからLGBT(性的少数者)の方とされていることなども共通点として挙げられるでしょう。

単純化するのは適切ではないでしょうが、お二人ともLGBTであることを含め様々な生きにくさを抱えていたことが、創作活動や薬物依存などの背景にあったのかもしれないとの一般的な推測はできるかと思います。

WHAM!の解散は1986年(昭和61年)であり、いわば「昭和の終わりの始まり」の時期に解散したと言うこともできます(誤解を恐れずに言えば、SMAPの解散と重なる面があるのかもしれません)。

解散後、ソロとして大きな栄光と挫折の双方を経験したジョージ氏のような歩みを今後のSMAPの面々が辿るのかどうかはともかく、ここ数年、LGBTなど様々な少数者の尊厳の擁護が強調されはじめたように、社会全体としては、次の十数年に「個人の多様性と尊厳」という平成日本が示したテーマをより深める動きが進むことは間違いないだろうと思います。

反面、トランプ氏の台頭(や安倍政権?)のような「古き良きナントカを取り戻す」とのスローガンで、多様化(による社会のバラバラ感)に抵抗する人も多く出るでしょうから、「90年代・00年代の世界」で「80年代の世界」と異なり民族運動など(米ソ冷戦の終焉)に起因する幾つかの武力紛争が生じたように、今後の日本国内でも「多様性(個人主義)vs反多様性(集団主義・復古主義)」、「寛容だがバラバラな社会vs偏狭だが身内と認定した者だけは守ろうとする社会」などという形で、何らかの軋轢・社会内対立などが生じてくる(抑圧されていた火種が勃発・先鋭化し何らかの対決を余儀なくされる「ギスギスした社会」になる)のかもしれません。

もちろん、その先には破滅ではなく新たな調和の模索がなされるものと願っていますが。

米国大統領が、戦争回避・調和志向型のリーダー(オバマ氏)から実力行使と「身内のための成果獲得」の意欲を旺盛に見せる闘争指向型のリーダー(トランプ氏)に交代したという事態も、その象徴的な現れのように感じないこともありません。

ともあれ、現在が時代の転換期であることは疑いようもなく、社会の行く末に思いを巡らせつつ、身近な方々が社会の奔流に呑み込まれることなく平穏な生活と尊厳を確保できるよう、「戦争(武力解決)放棄をした(すべき)社会における紛争解決手段としてのフェアな闘争の担い手」たる弁護士(法律実務家)の末端として、地道な努力を続けながらも先を見通す目を養うことができればと思っています。

最後に、当事務所の開設時に尊敬する親族の方からいただき今も私の机の前に掲げている油絵の画像を載せますが、これもまた「世界に一つだけの花」なのかもしれません。

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マイノリティとして生きていくということ

ここ1年ほど、LGBT(各種の性的マイノリティ)がメディアに取り上げられる機会が非常に増えたように思います。

3年ほど前、性的マイノリティの方に関する事件を取り扱ったことがあり、その際、依頼主の背景に関する理解を深めるべきと考えて、以下の本を読んだことがあります。併せて、次の投稿をしており。再掲することにしました。

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先日、上川あや「変えてゆく勇気」という岩波新書の本を読みました。

筆者は性同一性障害(MtF)の方であり、まだ、この障害がほとんど社会に認知されていなかった時代に生まれ育ち、様々な辛酸をくぐり抜けた後、区議会議員に立候補して当選し(現在も現職)、性同一性障害性別取扱特例法(特定の条件を満たせば、戸籍上の性別を変更=人格に適合させることができる法律)の制定運動にも携わった方です。

性同一性障害については、人格の一種であって障害と位置づけるのは適切ではないとの見方もあると思われ、本書でも、トランスジェンダーなどの言葉が紹介されており、この障害(人格)について勉強する上で、入門書として大いに参考になります。

ところで、私自身は、性に関しては典型的なマジョリティですが、ささやかな障害(左耳の聴力が皆無で左側からの会話が困難)があるほか、人格に関しては衆と交わることができない変わり者の典型という面があり、様々な場面で、自分がマイノリティだなぁと感じて生きているように思います。

本書は、性同一性障害のような重い問題を背負っていなくとも、何らかの生きにくさを抱えマイノリティ意識を感じて生活している方にとっても大いに共感できる本であり、多くの方にご一読をお勧めしたいと思いました。

また、本書は、性同一性障害性別取扱特例法の制定に関するロビー活動(立法支援運動)を詳しく取り上げているため、何らかの法(法律、条例等)を作るための運動をしたいという方にとっても、大いに参考になるように思われます。

本書では、立法を支援したキーマンとなる政治家として南野千恵子議員(元法務大臣)の尽力が紹介されているほか、議会での折衝などが紹介されており、当時の国会で強い影響力を持っていた、青木幹雄・自民党参院会長との面談のシーンは、その象徴的なものと思われます。

また、大前提として、どうしてその法を作りたいのか、そのことによって誰を(或いは自分を)、どのように救いたいのかといったことについて、切実な必要性や深い思索、それを実現しようとする強固な意思がなければ、これまでの社会通念を変えていくような法の創造などというものは到底できないし、できたとしても様々な苦闘や紆余曲折が必要になるのだということも、当事者ならではの言葉として伝わってくるものがあります。

JCなどに絡んで、「まちづくり」的なことに関わっている方から条例などについて尋ねられることもあったのですが、曲がりなりにも法の運用に携わる身としては、様々な方に、社会を活性化させる正しい法の創造に積極果敢に取り組んでいただきたいと思う反面、上記のような重みにも、よく思いを致していただければと思ったりもします。