公的団体の内部不祥事と公表の議論を巡る内部の光景


先日、JR東日本が社員の着服事件を外部公表していなかったことを取り上げる記事が出ていました。

以前、私も所属する某団体で、この報道(従業員の横領事件)と似たような問題が生じたことがあります。

役員の方々が大変尽力され、団体の被害は完全回復されたそうなのですが、その事案を対外的に公表するか、団体内で議論がありました。

私は会場に赴かずにズーム参加したのですが、過去に団体の役員をつとめた有力会員の方からは、内部の問題であり公表不要との意見があり、会場内では異論がなされていないようでした。

私は、その団体が強い公的性格を持つ(と世間一般が感じている)以上、不公表は適切ではない、お役所や金融機関などで同種の不祥事が起きていれば必ず公表するだろうから、当事者等を特定する情報を全て伏せた上で、このような事件自体はありました、と公表すべきではないかと意見しました。

すると、会場内の他の有力な会員の方から「役所などとは全然違う」などと、それに強く反発する反論を受けました。

明言はされていませんでしたが、不祥事を起こした方は、長年その団体のため多大な尽力をされ、多くの会員が自分達の身内だと感じてきたような方であり、「どうしてお前は(本人が事実を全て認めて被害回復も実現したのに)自分達の仲間を苦しめようとしているのか」と非難するニュアンスを強く感じました。

その後、大ベテランの方から、私の意見に理解を示すコメントがあり、それ以上、他に意見もありませんでしたので、あとは役員の方々に一任することになりました(誰も意見は言いたくなかったでしょうし、私自身、公表を主張する方が他にいたなら、好んで意見をすることはなかったでしょう)。

それから少しして、結局、私の意見どおり、その団体が、当事者等の特定情報を全て伏せた上で、その事案について公表している報道を拝見しました。もともと外部への被害がなく内部では解決済みということもあり、それ以上、世間でその件が取り上げられることはなかったと思います。

そのことを、この話を伝えても許されるであろう、ある方に話したところ、「仮に、公表せず伏せていれば、週刊誌などで批判的なニュアンスを交えて取り上げられ、団体や業界の信用を傷つけることもありえたのではないか。上記のやり方が正解というほかない。誰かが、そうすべきだとの意見を言わなければならなかったのだ」とのコメントをいただきました。

ただ、自分達の仲間を守りたい、内部で責任を取ったのだから、それ以上は苦しめたくないという方々の心情も、何一つ間違っていないと思います。

確実に言えることは、私はその団体では昔も今も末端ヒラ会員であり、残念ながら、団体内の多くの方々と、あまり親しい関係を築けず疎遠なまま終わりそうだ、ということだけでしょうか。

或いは、その方が、司法の世界に身を置く者らしいのかもしれませんが。