県庁食堂で「いないいないばぁ」する達増知事のピンチとチャンス

最近、岩手県庁の地下食堂でお昼をいただくことが多いのですが、かなり以前から、レジ付近に、達増知事が頭部から上半身全部まで布で覆われた等身大パネルが延々と放置されています。

いないいないばぁというか、お化けごっこしているように見えなくもありません。

数年前に来たときは、お店の外の入口近くで「地産地消しよう!」と掲げたパネルを持って(コレは今も変わらず)来場者にPRしていたのを垣間見た記憶があり、

どこぞの市長のように不祥事で辞任等したわけでもないのに、どうして現職知事=社長に、社員食堂がこんな酷い扱いをしているのだろう、ここは反知事派の巣窟か?

と、訳あって達増知事があまり好きではない私から見ても、さすがによろしくないしお気の毒なのでは、と感じてしまいます。

このままでは、へずまナントカとかいう類の連中が、パネルの両脇に立って

達増知事を○○罪で連行しました!イェ~イ

といったアホンダレ腐れ投稿に及んで、またしても岩手の政治家がっかりニュースか、との下らない話のネタになりかねません。

ご本人がこの光景を見ると、さすがに傷つくのでは(放置しないのでは)と思うのですが、達増知事は地下食堂は利用されないのでしょうか?(盛岡市役所の相談担当日に、市役所食堂で内舘市長をお見かけしたことはあります)

というわけで、親知事派の方々は言うに及ばず、反知事派の方々も、さすがにアレは何とかすべきじゃないかと声を上げていただければ幸いです。

ただ、敢えて達増知事には、単に撤去してどんと晴れではなく、転んでもタダでは起きないというか、災い転じて福となすの策を考えていただきたいものです。

いっそ、このパネルを県庁1階の県民室のど真ん中にド~ンと置いた上で、

知事の大ピンチずかん!
布をかぶった達増知事が大ピンチ!

いったい、何の大ピンチなんだろう?
よいこのみんな、知事と一緒にかんがえよう!

のコーナーを作り、子供達が自分なりの「付け足し」をして達増知事の様々なピンチの姿(立ち向かうのを含めて)を作り、専用コーナーに絵とか写真とかを貼り付けてゲラゲラ楽しむ・・・もとい、知育学習するというのはどうでしょう。

自民党政権のつまらない悪口などより遙かに国民に好感をもって迎えられ、増田前知事を上回るブランド力を手に入れられること請け合いかもしれません(笑?)。

余談ながら、同行者はコレを見た瞬間「いくらなんでも知事なわけがない、大谷翔平(を無断でパネル利用しようとしてクレームが入ってお蔵入りになった)じゃないか」と仰っていました。

大ピンチずかんをご存知でない方は、コチラ。存在は少しだけ知っていましたが、先般、テレ東の新・美の巨人で「大ピンチ展」ごと取り上げられていたのを視聴したのが、投稿(後半)の元ネタでした。
大ピンチずかん | 小学館
鈴木のりたけ「大ピンチ展!プラス」|PLAY! MUSEUMとPARK

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ところで、この投稿を月曜(県庁から事務所に戻ったあと)にFB上で行ったところ、どういうわけか、「FB友達」以外の方の食いつきが非常によく、インサイト画面で物凄い閲覧数(ブログ投稿時点で1万2000人)を叩き出すという予想外の展開になりました。

いつもの戯言投稿という体で載せただけなので、正直仰天すると共に、この投稿の影響で多くのケンミンが見物に行ったりするのだろうかと思ったり(県庁食堂さん、宣伝料代わりに筋のいいお客さんを紹介して下さい・・)、県庁の役人さんが話題化を嫌がりさっさと撤去してしまうのだろうか?と思ったりもしました。

というわけで、ボクも巡礼してみたい、という方はお早めにどうぞ。

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追伸。(R8.01.24)

1.23の金曜日に久しぶりに県庁食堂に伺ったところ、「今日は地産地消の日で特別メニューです」の表示があり、達増知事パネルが沿岸のサーモン定食を掲げておられました。(飲食店に行けるカネも暇もないビンボー人なので)この間、何度も県庁食堂に伺ったものの、この日まで知事パネルは布を被った状態でしたので、どうやら、特別メニューのときだけ、この達増知事パネルの出番が来るという仕組みのようです。

で、改めて調べてみたところ、毎月の第4金・土・日の3日間だけ、県庁食堂で特別メニューが提供されているそうで、恐らく、そのときだけ、この達増知事パネルが用いられている(他の日は布を被って入口に放置)という構図のようです。

でも、せっかく作った知事パネルを1ヶ月に3日?だけしか使用せず、あとは、(よりによって)食堂入口に犯罪者よろしく布を被せて放置、というのも、何だかなぁと思ってしまいます。

本文のような戯言?はともかく、食堂であれ県庁入口等であれ、知事パネルをもっと有効活用しないと税金の無駄なのでは?という印象は否めませんでした(それもまた、一種の象徴なのかもしれませんが)。