北奥法律事務所

岩手・盛岡の弁護士 北奥法律事務所 債務整理、離婚、相続、交通事故、企業法務、各種法律相談など。

〒020-0021 岩手県盛岡市中央通3-17-7 北星ビル3F

TEL.019-621-1771

盛岡JC

JCのための憲法学ともう一つの憲法改正論~H30.11講義の雑感

1年半も前の話で恐縮ですが、平成30年11月に、以前に投稿した「岩手のJCの方々(日本JC岩手ブロック協議会)向けに憲法についてお伝えする企画」があり、1時間弱ほど、岩手の現役JCの大物の皆さんに、私なりの考えをお話させていただきました。

以前にも書いたとおり、「いわゆる護憲でも改憲でもなく、ノンポリ無党派層の立場から、党派色のある方々とは全く異なるアプローチで、憲法及び憲法改正について私の考えをお伝えする」ことは、長年、自分がなすべきと思いながら実践できずにいましたので、ささやかながらも、ようやく宿題の一つを実現できたと、お声がけいただいたことに大変感謝しています。

ただ、JCIクリードと日本国憲法の類似性に関する話に時間と労力を使いすぎ、それ以外の話をあまりできなかった点は、悔やまれるところですが・・

こんな機会は二度と無いでしょうから、後日にレジュメを公表するつもりでしたが、諸事に追われ、1年半を経過した今も、まだ着手できていません。その代わりといっては何ですが、さしあたり、今回は当日の雑感を少々述べます。

①JCの卒業時にT君達から頂戴したネクタイを着用して行ったところ、運良く?T君をお見かけしたので、冒頭に「これ、T君にいただいたネクタイなんです。私、JCに入会したとき、『弁護士なのにしゃべりイマイチだね』と言われた輩なんで、本日も上手く話せないと思いますが、T君に免じてご容赦下さい」と軽妙なトークができればと思ったのですが、口下手なので、やっぱり言えませんでした・・

②久しぶりにお会いしたN理事長さんに「この人、こんなに美人だったっけ?」とびっくり。長年、盛岡JCに多大な尽力をされた方なので、しかるべき立場についたオーラの影響もあったのかもしれません。

昔々、東北ゼミナールに出向させていただいた際、東北地区の会長さんだった「秋田の女傑」と呼ばれた方が放っていたオーラに通じるものを感じました。

で、そのことも「ツカミ」で話そうかと一瞬思いましたが、純朴な岩手の田舎者には無理な注文でした・・

③こんな機会は二度とないと思い、クライマックスの場面で、昔から一度は言ってみたかった「皆さん岩手の人間は、何度も時の中央政府と戦い続けた蝦夷の末裔、戦闘民族なんです。○イヤ人みたいなもんですよ!」と興奮気味?に話しました。

が、ネタ的にぶっとび過ぎたのか、笑いはいただけず、ポカ~ンといった感じの反応でした。

ちなみに、コレも間違いなく「憲法の話」です。たぶん。

④盛岡JC次期理事長のIさんから(私がたった一人で提唱する憲法改正案である)「万物の尊厳について、もっと熱く語って欲しい」と大変有り難い言葉をいただきました。

で、本来であれば、持ちネタである「縄文と弥生の結節点としての岩手(が有する未来への役割)」について熱いトークをしたかったのですが、あがり症なので、「私、ケチで貧乏なので食事を残すのが食べ物に申し訳なくて、いつも盛岡北RCの例会でYさんと一緒に2~3人分食べてるんです」といったレベルの話しかできませんでした・・

ともあれ、JCの方々に、司法試験受験生が学ぶようなごくオーソドックスな憲法学、憲法観をベースとしてJC活動の意義やあり方をお伝えするのは、私にとって現役時代にやり残したことの一つでしたので、今回、参加いただいた皆さんに(一部、かなりぶっとんだ話だったにもかかわらず)好意的に対応していただいたことも含め、大変ありがたく思っているところです。

お声掛けいただいたB君をはじめ、日本JC東北地区岩手ブロック協議会の皆さんに御礼申し上げると共に、個人の尊厳と国民主権をはじめとする憲法の価値を実現するためのJCの地道な活動の更なる深化を、心より祈念する次第です。

ちなみに、曲がりなりにもOBですので講演料はありませんが(交通費のみ)、代わりに?岩手のワインと日本酒を有り難く頂戴しました。

盛岡市長選に関するJCアンケートと問われるべきこと

先日、facebook上で「盛岡JC(青年会議所)が盛岡市長選の公開討論会(本年8月予定)の準備として市政に関するアンケート調査を行っている」との投稿が流れていました。

この「盛岡JCが行う政治絡みのアンケート調査」は、私の認識違いでなければ、平成19年に盛岡JC(JC岩手ブロック)が増田寛也知事の要請に応えて「マニフェスト検証大会」を行った際、担当委員長さんの発案で始まったものですが、私も委員会の下っ端としてアンケートの作成に関わっており、後年には分析レポートまで作成したこともありました。

今回のアンケートは、回答者の属性に関する質問のほか、「重要だと思う政策課題を多数の選択肢から選ぶ」質問と自身の見解を問う個別の質問が2つという構成になっていますが、平成19年のアンケートの形式もほぼ同様であり、色々と懐かしさを禁じ得ません。

というわけで、折角なので、アンケート調査に回答することにしました。で、最後まで書いたところで、当時は無かった「1万円ギフトカードプレゼント」という告知を見つけたので、「ひょっとして俺もあたるかも、いや、こんなに立派なこと(自称)を書いたんだから、きっと当たるに違いない」とネジの外れた感覚に浸りつつ住所氏名も書いて送信ボタンを送りました。

が、そのあと、アンケート案内のページを見たところ・・

「アンケート調査期間 4月1日~4月30日」

と書いてあるではありませんか。

まさか、5月以後に送信した奴はギフトカードの(集計も)対象外??

がーん(?)

というわけで、悔しまぎれに、設問4、5で書いたことを載せましたので、候補者の方々とお話しする機会のある方は、ぜひ、質問等の参考にしていただければ幸いです。

【盛岡の魅力とは】

古代から近世まで、時には中央政権の広域支配の拠点、時には衝突の舞台となり、近代は政府要人を輩出するなど、北日本固有の精神(続縄文文化)と中央政権の国策(弥生)が交わる最前線ないし結節点としての色合い(二面性)とそれに起因する成果を生じさせた歴史を持っていること

【盛岡市長立候予定者に聞きたいことは】

明治期から戦前頃まで、原敬や新渡戸稲造、旧制盛岡中学関係者をはじめ盛岡出身又は縁のある多くの人材が政・官・財・学・文の各界で活躍し勇名を轟かせましたが、戦後から現在まで、そのような話を聞くことは少なくなり、文化・スポーツ等では一定の著名人を輩出しているものの、とりわけ政官財の世界では盛岡出身者の際だった活躍を聞くことがあまりありません。

そのことに対して、時代の違いと理解するほかないのか、市長として、日本や世界で活躍できる人材の育成や支援について特に検討されていることがあるか、現に活躍されている方々と現在の市民(とりわけ若年世代)との架橋や市民への還元のあり方なども含め、ご自身のお考えをお知らせ下さい。

***********

と書いて送信・投稿した後になって「こうした、何とでも言える主尋問型の質問よりも、意地の悪い反対尋問型の質問を考えた方がよかったのかも」と少し思ったりもしましたが、どうなんでしょうね・・

 

街もりおかと「わが町を愛する壮年経済人」たちのモノローグ

10月13日のブログで、2年ほど前にタウン誌「街もりおか」に投稿させていただいた文章などを掲載しました。
街もりおかへの投稿(ドラマ「火怨」考)と「記事のバラ売り」

その件で、先日、同誌の「盛岡JC投稿グループ」の元締めであるSさんに、他の面々の投稿をデジタルで見ることができないのかと頼んだところ、気前よく?これまでのJC執筆陣(約25名)の投稿をPDFファイルで頂戴したので、さきほど、一気に拝読しました。

執筆陣の皆さんは、私と同じく「テーマは盛岡、あとは自由」とSさんから指示を受けてお書きになったと思いますが、本当に多種多様で、皆さんの個性や人柄がよく表現されており、大変興味深く拝見できました。

個人的には、和菓子職人のNさんの投稿に掲載されていた、亡くなられたお父さんの言葉(技術は年月をかけて積み重ねるもの、焦らなくともよい、それより志が大切だ、どんな和菓子を作りたいか目標を持って続けることだ)が、同じ職人同士として心に残りました。

それは恐らく、私もNさんと同じく、先達から手取り足取りの指導を受けておらず、現場で足掻きながら、職業人(法律実務家)としての志を心の拠り所にして研鑽をしてきた面が強いので、JC在籍時のNさんの姿勢をよく知っていることも相俟って、特にそのように感じたのだろうと思います。

また、JCで仲良くなったものの、お仕事に関するお話を伺う機会に恵まれなかった方が、各人の本業に関する専門知識を上手に披瀝しつつ盛岡の風土や文化などを論じている文章も、非常に読み応えがありましたし、お名前等は存じているものの、ほとんどご挨拶する機会に恵まれなかった方に関するエピソードなども、その方の顔立ちや若干ながらも在籍時に接した足跡などを思い起こし、そういうことだったのか的なささやかな感動を得ることができたと思います。

申すまでもないことなのでしょうけど、やはり、顔や人となりを存じている方の書いた文章は、書き手に対する一定の知識があればこそ、行間の光景が色々と見えてきて、味わい深く楽しめる面があります。

また、書き手が、執筆時に概ね盛岡JCを卒業して間もない40歳前半の方という共通項があるせいか、全員が同じテーマを与えられつつ、各人の辿った道や過去の人生でこだわりを持って取り組んできたこと、職業等を通じて積み重ねた矜持などといったものを踏まえた個性と才知あふれる投稿が満載で、個々の話題は全く異なる内容ばかりなのに、「盛岡」という地理的な概念を超えた、共通するメンタリティが投稿群から浮かび上がっているという点でも、印象に残りました。

旧司法試験時代の格言?で「優秀な答案は、問題文を読まなくとも答案から適切に再現できる」というものを聞いたことがありますが、今回拝見したエッセイ群は、「盛岡というテーマで、各人の前半生を振り返り、地域人又は職業人としての矜持やこだわりについて述べて下さい」という設問に対する論文集という面もあるように思われ、こうした営みが今後も続くと共に、JCの後輩方をはじめ、他の方々にまとまった形で知っていただく機会があってよいのではと感じました。

また、盛岡育ちの方と他の県内出身者の方、東京等の出身の方とでは、投稿の傾向が異なる(三者の内部=同じ共通項を持つ方同士では、割と書きぶりが似る傾向がある)点なども、興味深く感じました。

ところで、10月13日の投稿では、「街もりおか」(のようなタウン誌)に掲載された各文章を、「これだけは読みたい」という層のため、ネット上でバラ売りしていただければという趣旨のことを書きましたが、面識等のある方々のこうしたエッセイ集を読むと、改めてその意を強くせずにはいられません。

過去のものは筆者の個別承諾が課題になるかもしれませんが(ネット上の再掲・配信等に関する権利もタウン誌側に帰属するか云々の法律上の論点はさておき)、今どき、昔の知り合いなどを氏名でネット検索することは珍しくないと思われ(反対尋問のネタ目的で相手方当事者の検索をする弁護士も珍しくありませんが)、そうしたときに、タイトルなどが表示されたページを発見して、「あの人が、こんな投稿を出してるのか」と驚き、少額の閲覧料を支払ってでも見てみたいというニーズは、相応にあるのではないかと思っています(反面、黒歴史だから後に残すなという執筆者も中にはいるかもしれませんけど)。

また、「街もりおか」は郷土の偉人や埋もれた各種文芸・文化資産などを取り上げた投稿など、学術的価値のある投稿も多く含まれていると思います。可能なら、記事群を体系化するなど「アーカイブス化」して閲覧できるようになれば、なお良いのではと思っています。

ともあれ、そうした作業はすぐにできるものではないそうですので、また1、2年後にでも、JC陣の原稿を同じような形で拝見できればと思いますし、それこそ、少額でも課金して、「地元の茶菓子が報酬」の執筆陣はさておき、将来のアーカイブス構築の原資にでもしていただければと感じています。

衆院選岩手1区の公開討論会

1ヶ月以上も前のネタで恐縮ですが、昨年12月に行われた総選挙に先立ち、12月1日に盛岡市でもJC主催の公開討論会があり、以前にも投稿したとおり、現役会員時代、この行事に関わっていたことなどから、参加して拝見してきました。

ただ、今回は急な解散であることのほか、少なくとも岩手1区では選挙戦としての盛り上がりも希薄で、それに付随する政策論争なども低調という印象だったせいか(復活当選を含め、現職が再選されたという選挙前と同じ結果になりましたし)、これまで以上に参加者が少ない(ざっと見た限りでは50人もいなかったように感じました)、残念な設営となっていました。

今回は、これまでと異なり、学者さん(岩手大の政治学の先生)ではなく、JCの理事長らが司会(コーディネーター)を務めていましたが、私の見た限りでは、これまでの学者さんの司会の進行ぶりを堅実に踏襲したものとなっていました。

私としては、自前で進行をするなら、良い意味で素人ならではの進行(大胆な質問とか)を試みるべきではと思っており、これまでどおり「論点ごとの政見発表会」型の運営に終始して候補者の議論を喚起させないような「上品(無難)な進行」に止まっているのは、視る側にとっては退屈なもので、残念に感じています。

ちょうど同じ頃、多くの大物芸能人が行っている年末のディナーショーについて、「その場でしか味わうことができない主宰芸能人との一体感を持てるような得難い経験(イベント)」を様々盛り込むことで、高額な参加費を徴収してもすぐに満員御礼になるというニュースが流れていました。

そのため、公開討論会の設営者(JC)は、芸能人の爪の垢を煎じて飲んでと言ったら怒られるでしょうが、少なくとも、こうした記事に学んで、討論会の趣旨に合致するとの前提を守りつつ、聴衆がお金を払ってでも来たくなるような「ここでしか味わえない得難い政治的経験のできる討論会」の設営を目指すべきではないかと感じました。

例えば、トークショーと言ったら語弊があるかもしれませんが、候補者同士が、ワークショップの類のように司会者の仕切のもとで壇上で一つの目的に向かって互いに何かの作業をする光景を作出し、その中で、「典型論点の公式見解」では出てこないような本音トークを交えた候補者間の議論を演出できれば、壇上があたかも即興の寸劇のような様相を呈し、聴衆にとっても見応えのある姿になるのではなどと思ったりもします。

ともあれ、何度も書いてきたことで、繰り返し書くのも馬鹿馬鹿しいですが、新聞に掲載される各人の政見表明の棒読みと大差ないような議論のない設営しか出来ないのであれば、遅かれ早かれ、人口減少社会ならぬ「そして誰も来なくなった討論会」にしかならず、外ならぬ出席いただく候補者に対して失礼になるのではないかと思います。

私自身は、過去に討論会の設営にも携わり何度か壇上の方々を拝見してきた身として、立場や熟度の差はあれ、選挙という厄介な場に身を投じている候補者の方々にはある種の敬意を感じているつもりです(少なくとも、私は色々な意味で、そうした場に立てる人間ではありませんので)。

ですので、公開討論会における議論というのは、優劣が強く出て誰かに恥をかかせるようなものではなく、互いの主張の不明瞭或いは検討不足と見られるところ(具体策や弊害防止の措置が不十分だといったもの)を指摘し、即興でどこまで具体的なことが言えるか見定め、足らざるところがあれば緊張感を与えてスキルアップを促すような営みとするのが、討論の望ましい姿ではないかと思います。

私がJC内部で一部の方に延々言い続けてきた、「議論のある討論会の設営」というのはそうしたものですが、担い手(設営サイド)の実力不足か胆力不足か盛岡の民度の問題かはさておき、本格的な賛同者がついに現れてくれなかったのが残念なところです。

今回は、これまで以上に集客が芳しくなかったように見えたので、そうした意味でも、「魅せる討論会」を真剣に考えないと、JCには候補者の方々に来ていただく資格がなくなるのではと感じたというのが、過去の分も含めて、JCの討論会に対する一番の印象です。

ともあれ、今年は盛岡市長選や岩手県知事選があり、盛岡市内での公開討論会の開催は必ずあるのでしょうから、真面目に設営に勤しむ現場の若い会員諸君のためにも、私と違って「公開討論会のやり方」について決定権を持つことができる方々は、智恵と蛮勇を発揮していただきたいところです。

もちろん、根本的には、国民一般(公開討論会が想定している聴衆一般)の実質的な政治参加(政治的意思決定や予算など政策資源の配分、政策実施過程への参画など)が進んだり、既存の決定権者の地位が揺らいで権力の交替(広義の革命)が生じるような事態にでもならない限り、政治(権力闘争)自体が盛り上がらないので、その延長線上に存するに過ぎない公開討論会が公衆を惹きつけることなどできるはずがありません。

欲を言えば、JCなどには、国民主権の質の向上という見地から、そうした政治参加の基盤作りも視野に入れた幅広い活動をしていただければと願っています。

盛岡青年会議所の卒業に寄せて

1 JC(青年会議所)は入会資格を40歳までとしているため、盛岡JCの12月の例会は、必ず年限に達した会員の卒業式として行われています。

平成17年入会の私もついに年限に達し、7日の例会にて卒業させていただくことになりました。

私は、主として仕事と家庭の都合により3年目(平成19年)頃から本格的な参加が困難になり、一部の行事だけに顔を出す程度の関わりしかできませんでした。

例外として、平成19年に出会った岩手県知事マニフェスト検証大会だけは、私らしさを発揮でき、JCも私を求めていると思うことができる唯一の機会だと思って、平成21年、23年の際にも相当にエネルギーを投入して関与しましたが、そんな身を嘲笑うかのように、23年は開催目前に震災が発生して中止となり、その後、マニフェスト現象の廃れに伴い、行事自体が立ち消えとなってしまいました。

入会時に一番お世話になった方は、その年の終わりに信じられない話で退会を余儀なくされ、その後も、同期で特に親しくなった方に限って入会早々に継続困難な事情が生じ退会や休眠をしてしまったり、大いにお世話になった方にありえないはずの不幸が生じたこともありました。

今も、どうしてこんな出来事ばかり起きたのか、参加環境の問題に限らず、どうして自分とJCとの間には引力ではなく引き離す力ばかりが働くのか、不思議でしょうがないと思わずにはいられません。

まあ、引き離す力ばかり働くという面では、弁護士会も似たようなものと感じており(こちらは親しくなった方に不幸が起きたわけではありませんが)、恐らく、そのような星を持って生まれてきた人間なのでしょう(高校入試のときの呪いなのだろうかと思わないでもありませんが)。

ともあれ、今さら愚痴を言っても仕方のない話で、すべて自分の責任として受け止めるほかありません。

卒業式では、僭越ながら私も卒業生の一人としてスピーチをさせていただきましたが、緊張等で言えなかったことが4点あり、そのうち3点について、他に述べる機会もありませんので、勝手ながらここで述べたいと思います。

ここからは、盛岡JC関係者向けの内容になりますので、他の関係の方は、基本的にスルーしていただければと思います。

2 一つは、現役会員の方にお伝えしたかった、清水先輩(元盛岡JC理事長)の言葉です。

私が、まだ幽霊会員にはほど遠かった平成18年当時、私は、新入会員の勧誘等を担当する委員会(拡大委員会)の幹事をしていましたが、担当副理事長が清水さんで、同窓の先輩ということもあり、色々とお話を伺う機会がありました。

そのとき、清水さんがよく話していた言葉で、頭から離れずに覚えているのが、「JCに沢山参加できる者は、参加したくても参加できずにいる人の気持ちをよく考えて欲しい」というものでした。

当時の私は、幽霊化するつもりなど毛頭なく、「私のような余所者が、その土地の人間になるのに3代かかるのを、1代で達成できるのがJC」などと嘯き、休眠して全然参加しようとしない同じ委員会の方に、自分達がこんなに時間を犠牲にして頑張っているのにと不満すら持っていました。

しかし、それから1年も経たずに幽霊化に陥り、一部の行事等だけ辛うじて申し訳なさそうに出てくる身になり果てると、上記の言葉が肌身に浸みてきます。

JCは、参加できる人を中心に動かしている組織なので、諸行事の戦力として参加できず、かつ、行事の設営に直接役立つ特殊技能も持ち合わせていなければ、JC以外の場(生い立ちや仕事等)で中心戦力の方々と人間関係を築いていることもない私のような身では、どうしても、次第に居場所がなくなってしまうことは避けられません。

それだけに、たまに参加した行事で何人かの方から暖かく声をかけていただけると、とても救われた気持ちになり、またいずれ復活したいとの気持ちを持ち続けることができたのではないかと思います(といっても、結局は一部の行事だけ辛うじて出てくる中途半端な状態を解消することはできませんでしたが)。

私の知る限り、参加環境に恵まれない人間に暖かい態度で接する文化がある団体は、JC以外には存じません。

そうした意味でも、この文化は絶やさずに大切にしていただきたいと思っています。

3 第2点は、私から1期あと(平成18年)に入会した方々への感謝です。

もともと、平成16年に東京を引き払う以前から同業の先達にJCを勧められていたこともあり、JC関係者に誰一人として知人等のないまま、強い意欲を持って入会し、当時は強い期待をかけていただいた私でしたが、結局は、その期待に応えることができませんでした。

JCでの責任を果たせなくなった私に代わり、本来なら私がその責任を果たすべき時期に、その役割を担う一番の中心となったのは、私が拡大委員会の不肖の幹事としてお会いした、本年度の浦田理事長をはじめとする平成18年に入会した方々でした。

ですので、この方々には、今も頭が上がらないという気持ちを強く持っています。と同時に、その方々に限らず、その後にJCで活躍された皆さんには、羨望や嫉妬ではなく、感謝とお詫びの気持ちしかありません。

反面、そのような気持ちのまま、卒業することを余儀なくされましたので、本当は、卒業式に登壇する資格もないのですが、卒業式を迎えることができなかった大恩ある先輩へのけじめとして、恥を忍んで参加させていただいたというのが、正直なところです。

ただ、拡大委員会で親しくなれた新入会員の方々がJCの中心メンバーとなり、その活躍ぶりを嬉しく感じることができる面があったからこそ、辛うじて卒業式まで心が折れずに済んだのではと思われ、その意味で、あのとき、幹事を拝命できて本当に良かったと思っています。

ところで、私にとって、「後から来たのに追い越され」という経験をしたのは、このときが初めてではありません。

平成9年に司法試験に合格した際の体験記でも書いたことですが、卒業2年目という、当時の中央大生としては比較的早い時期に合格できた大きな理由の一つが、その前の年(私にとっては卒業1年目)に、同じ受験サークルに加入していた2人の後輩が在学4年で合格したことでした。

もちろん、薫陶という意味でなら、多くの先輩方に多大な薫陶を受けましたが、運悪く合格が遅れた方も含め、自分にとっては雲の上の方々でしたので、何を聞いても自分には縁遠い人の話という実感がありました。

2人の後輩は、私よりも才能に恵まれた人達だということはよく知っており、現役合格そのものには全く驚きませんでしたが、一番、心に刻まれたのは、自分は彼らがまだ法律のことを何も知らないときの姿を知っている、その彼らが、私よりも物凄い質量の勉強をして先に合格していく姿を間近で見て、自分は彼らよりも遥かに才能が劣るのに、彼らがこなした勉強量すらこなしていない、それでは嘆く資格すらないではないか、ということでした。

そして、それ以来、1年間、本当に死に物狂いで勉強したところ、不思議な運と勢いが生じ、十分な学力も備わっていなかったのに合格してしまいました(反面、分不相応な合格者として苦労と心労を背負う羽目になりましたが)。

翻ってJCですが、残念ながら、今回は、私も1期下の方々の勇姿に背中を学んでJC運動に邁進する、という流れには進めませんでしたが、地域社会に生きる右でも左でもないノンポリ的な法律実務家として、JC的な理念のもと、地域のためにできること、すべきことは幾らでもあるとは思っており、その際、この方々の姿が、自分にとっては大きな指標、目標になると思っています。

4 3点目は、企業人という立場からのものです。

先日、同じく元理事長である金子先輩から、「小保内は青年経済人として頑張ったのだから、JCの事業への関わりに悔いが残ったとしても、恥じることはない」とのお言葉をいただきました。

実際、「弁護士として盛岡に事務所を構え、岩手(ひいては北東北)の人々の役に立つこと」が、私の前半生の目的ないし存在意義そのものでしたので、この10年間、様々な方が困難を解決していくためのお手伝いを地道に続け、曲がりなりにも大過なく事務所を維持できたことは、今も心からホッとしています。

また、当事務所は弁護士1人で支えている雇用の数も岩手では最も多い部類に属しており、その点は、5年程前までの岩手に厳然と存在した弁護士過疎や債務整理特需による受注過多という特殊事情があったとはいえ、ささやかながら誇りとするところです。

現在、数年前とは町弁業界を取り巻く状況が大きく変動し、この体制を来年も維持できるか正念場を迎えていますが、JCに十分な関与できなかった分、せめて弁護士そして企業人としては、多少の悪あがきも含め、自分を支えて下さる方々に恥じることのない生き方をしなければと思っています。

5 最後に

卒業式の懇親会で、卒業生の面々が、JCの思い出を川柳にして詠むという一幕がありました。

残念ながら、私にはあの場で詠むに相応しい言葉が思いつかず、他の方のお力を借りてお茶を濁すような対応をしてしまいましたが、色々と言葉が湧き上がってくることも抑えられませんでした。

そんなわけで、洒落の類かどうかはさておき、幾つか思い浮かんだ言葉を紡いで、私なりの卒業のご挨拶とさせていただきます。

卒業の前日もまた事務所泊
月明かり悔い残してか光る頬
閑かなる骨身に浸み入る皆の声
寒空に逝く兵は道半ば
果たされぬ夢が脳裏をかけ廻る