北奥法律事務所

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公益活動等

東京五輪の「違法な弁当大量廃棄」と食品ロス削減推進法などの改善を求めて

新型ウィルス禍に起因する東京オリンピックの無観客化に伴い、ボランティアへの食事の提供が不要になったことを理由に、1日数千食分の弁当が無駄に廃棄されたという記事が出ていました。

しかし、記事でも述べられているとおり、2週間(以上)前から発注(提供)不要・廃棄必至と予測できたはずで、製造中止等の措置を講じなかった五輪組織委は、食品ロス削減推進法5条(事業者の努力義務)に違反したというべきでしょう。

また、東京都や23区などは、事前に事態を把握して弁当等を引き取り「五輪食堂」などと称して貧困世帯などに提供することもできたはずで、同法19条(未利用食品の貧困者等への提供のための行政側の措置義務)にも違反するというべきだと思います。

残念ながら、食品ロス削減推進法(令和元年制定)にはロス削減の実効性を担保する強制的な制度はなく、同法上(公法上)は、組織委であれ行政云々であれ、誰かがペナルティ(行政命令、刑罰など)を課されることはありません。

しかし、弁当云々に限らず組織委ないし今回の五輪に対し指摘された様々な問題に照らせば、弁当大量廃棄を理由に組織委の誰かが何らかの責任をとる(内部で自主的にそのような措置が講じられる)など、全く期待できません。

だからこそ、組織委(担当者等)には、予防に対する意識も全く無かったのでしょう(すべての杜撰は無責任に宿る)。

これを機に、大規模または悪質な食品ロスの防止の実効性を担保する制度や固有のペナルティ制度について、議論が深まって欲しいと思います。

例えば、

担当者と役員などに、断食の刑とか農家や弁当屋さんで無償労働の刑(公開つき)

などを導入すれば、多少は抑止効果があるのでは?と思ったりもします。

もちろん、より悪質な「飲食店の無断キャンセル」についても、食品ロス削減推進法違反という形で、警察が摘発しやすいように定めた特別規定を作るべきと考えます。

併せて、この種の無駄遣いの抑止のための賠償請求訴訟制度(日弁連が昔から提言している「住民訴訟の国版制度」)も、併せて考えていただきたところですが。

食品ロス削減推進法は「廃棄物の発生と資源の無駄遣いの防止」に関する法律であるという点では、環境省が所管すべきだったのでは?と思っていますが、どういうわけか消費者庁の所管となっています。

昔、日弁連廃棄物部会で食品ロスの問題を取り上げなくていいんですかと尋ねたところ、有力な先生に「うちの仕事じゃない。人権の問題じゃないから」と一蹴されたことがあり、今も残念に感じています。

SDなんとかに言及するまでもなく、この問題は、

①資源の有効利用等の点で、本来ならその食品を利用できたはずの現在及び将来の人類の権利の問題であり、

②国内外に飢餓を抱える人がいるのに、食品を粗末に扱い平然としている者がいるという点で、法の下の平等の問題であり、

③食事を作り提供する人の心を踏みにじる行為であるという点でも、人間の尊厳の冒涜であり、

④そして、原料たる動植物や作られた食事そのものなど、人にあらざる存在の尊厳(万物の尊厳)への冒涜でもある、

と認識しています。

それらを踏みにじる東京五輪に幸あれ!などと、つまらない便乗悪口を述べるつもりはありませんが、先日も賞味期限切れのレトルトカレーを一人寂しく食べていたケチでビンボーな身としては、こうした報道を機に、実効性ある制度の導入に向けた世論の機運が高まってくれればと思っています。

 

震災無料相談制度の終了(あと1日)と「駆け込み利用」に関するお知らせ

岩手では一般の県民にも最後まで知名度がありませんでしたが、「震災当時、岩手県民など(被災三県民及び隣接被災地民)であった方」なら誰でも利用できる無料相談制度が、明日(3月31日)、終了となります。

ただ、この制度、31日までに申込を行っていただければ、来所自体は4月末まででもOKとなっています。

というわけで「実は相談したかった」という岩手県民などの方がおられれば、31日の営業時間内にお電話いただければと思いますので、一応お知らせいたします。

まあ、こんなことを書いても、当事務所に電話が殺到することは微塵もなかろうかとは思いますが。

なお、限られた資産・収入しか有しない方のための無料相談制度(扶助相談等)は今後も従前同様の内容でご利用が可能ですので、該当する方は、ご遠慮なくお申し出ください。

本来は半年以上前から泉佐野市のように?「無料相談終わっちゃうよ、今のうちにおでんせ大キャンペーン」を行いたかったのですが、昨年前半頃から首が廻らない状態が延々と続き、残念ながら、何もできずに今日を迎えてしまいました。

当事務所(に相談いただいた方々)も、導入時から現在まで長年に亘りこの制度に大変お世話になり、導入や延長にご尽力いただいた皆様には、改めて感謝申し上げるところです。

震災相談制度などについては色々と述べたいこともありますが、またの機会にということで、本日は一旦ここまでとさせていただきます。

以上、当事務所からのお知らせでした。

 

マスク散らかる街角に身近な善意をもう一度

新型ウイルス禍の勃発以来、町中で道端にマスクが落ちている光景を目にすることが非常に多くなったような気がします。

マスクに限らず整備された歩道などにゴミが落ちていると、その光景を目にすること自体が嫌で、拾ってゴミ箱に捨てたいという欲求にかられます。

が、手に持って事務所まで延々と持ち歩く気にもなれず、仕方なく悲しそうな目をしながらやり過ごすことになりますが、いじめの光景を見て見ぬふりをしているような嫌な気分になり、ますます腹立たしい思いにかられてしまいます。

そういうとき、すぐそばにゴミ箱があれば(衛生上の問題がある場合を除き)拾って捨てるのにと思うこともありますし、昔は街角にゴミ箱があったような気もしますが、今はそうしたものもほぼ見かけません。

そこで、通りに面した各種店舗・オフィスなどが「近所のゴミ受け入れOK宣言」を出し(ステッカーなどを入口に貼り)、例えば、店舗の半径50~100m以内の路上に落ちていた小さなゴミを拾って届けると、お店のゴミ箱に捨てさせてくれるという仕組み(慣行)があれば、そうした光景を見過ごすのが嫌な人は拾ってすぐに捨てることができ、有り難いと思いました。

お店側も労せずして?店舗付近の環境美化に繋がり、有意義だと思います。

マスクなど衛生リスク品も、お店にゴミ拾い用のトングなどがあれば、それを借り、拾って返すこともできると思います。

また、スマートフォンを通じてゴミ拾い情報を送信すれば少額のポイントが付与され、それを各種の値引きに利用できる(マイナポイントのような)仕組みがあれば、情けは人のためならずということで、普及しやすいのではと思われます(不正防止の配慮も要るのでしょうが)。

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現在、町中に落ちているマスクの大半は、いわゆる不織布マスクですが、ご承知のとおり、これは紙(木製)ではなく精巧に作られたプラスチック繊維で出来ているそうです(詳しいことはWebでどうぞ)。

ですので、(焼却されなければ)自然に還るには莫大な年月を必要とするので、町中に放置→雨水(融雪等を含む)で河川流入、又は土壌混入となれば、生物の誤嚥やマイクロプラスチック問題など万物ひいては人類に様々な刃が向けられることになります。

というか、すでに将来の人類等に深刻な事態が作出されつつあることは皆さんご承知のとおりです。

マスクに限らず、圧倒的なプラゴミ等が河川・海洋に流出していることは、春先や台風等のあとに郊外のダムを見に行けば(或いは人があまり来ない海岸に行けば)岸辺に大量のゴミを見かけることで、誰でも理解できることだと思います。

盛岡市も、「サケが戻ってくる川」などと標榜するのであれば、プラゴミ宣言を通じて淀川への流出を阻止しようと熱心に取り組んでいる京都府亀岡市などに見習って、自ら行動すべき事柄が色々とあるのではと思われます。

大上段のことを申すつもりはありませんが、とりあえず、街角に落ちているゴミを、躊躇なく拾って、すぐにゴミ箱に捨てさせてくれる社会を、我々は取り戻すことができればと願っています。

昔なら、駄菓子屋のおばちゃんに「ごめんなさい、いいですか」の一言で足りたのでしょうし、その際、ささやかな善行(偽善?)の快感やおばちゃんへの感謝から、うまい棒の一本でも買っていったのでしょうから。

 

テイクアウト支援の彼方に消えた「使い捨てプラスチック問題」のいま

新型ウイルス禍の影響で居酒屋支援も兼ねてテイクアウトが推奨され、4月から5月にかけての私のFB画面も、優雅なお友達(from妖怪ウォッチ)の皆さんの高級グルメ投稿がめっきり姿を消し、テイクアウト弁当の投稿が花盛りという印象になっています。

それ自体を批判するつもりは毛頭ないのですが、こう見えて、6月まで日弁連公害環境保全委員会の廃棄物部会長をつとめており、「プラごみの河川・海洋流出などによる環境汚染と生態系や人類への脅威に立ち向かうため、使い捨てプラ容器の使用を削減すべき」という運動にほんの少しだけ関わっていましたので、様々な美名のもと使い捨てプラ容器の使用が推奨され、やがては大量廃棄・焼却=温暖化や廃棄ルートの不整備による河川流出などに繋がるであろう光景に、どうしても抵抗感を抱かざるを得ない面があります。

また、つい最近まで「SDGSバンザ~イ、わたし環境意識高い系です!」的な花火を打ち上げていた方々が、その点で影響力のある提言、活動をしているなどというニュースが伝わってこないのも、残念に感じます(日弁連がその最たるものかもしれませんが・・)。

で、弁当だって、昔は(今だって都内で有名な玉子屋さんのように)弁当業者が用意した容器を繰り返し利用するものが当たり前だったのですから、その時代に戻すことはできないのかと残念に思います。

もちろん、飲食店側にしてみれば、やむを得ざる事情から臨時にテイクアウト弁当を手がけただけで、自前でリターナブルの(繰り返し利用できる)弁当容器を用意する=その経費を投入するのは無理があるでしょう。

そこで、例えば、商店街や複数の居酒屋店舗が連携するなどして統一の弁当箱を作り、弁当箱はデポジット制(容器代として容量などに応じ数百円とし、店舗又は元締め的な団体に返却すれば箱代が戻る。希望者は返却せず使用してもOK)とするような取組があればと思っています。

繰り返し利用したい人は、夕方(帰宅時)などに、次に発注予定のお店に弁当箱を預けて代金を払い、洗って貰った上で明日にその店の弁当を取りに行く、などのやり方ができそうに思いますし。

弁当箱はなるべくプラ以外の材料(大館曲げわっぱのような?)で軽量化を目指すべきですが、重さがあって自分で取りに行けないものはタクシー配達に限らず様々な工夫をして少額での配達を目指していただければと思います。

弁当箱の初期費用は最初は補助金などに依存せざるを得ないかもしれませんが、SDGSに熱心なカッコイイ大企業やふるさと納税が大好きな全国の資産家の皆さんなどに支援をお願いするなど、あの手この手のやり方で回収を考えていただきたいです。

また、お店と客が顔の見える者同士であれば(言い換えれば、お店側がOKと認めた者だけに限定する形などで)自前の弁当箱を預けて、その中にお店の裁量で色々と詰め合わせてもらう、というやり方もあってよいと思います。

綺麗なものを預けることが前提なので相互信頼が不可欠ですが、昔から魚屋さんに立派な皿を預けると刺身を盛り付けて貰えるそうなので、信頼関係や工夫があれば、できないことはないはずですし。

なお、弁当箱のデポジットが現在の社会で存在しているのか調べたところ、大学生協などで利用されているとの記事を見ましたので、参考にしていただければと思います。

ともあれ、テイクアウト(持ち帰り飲食物)を推奨せざるを得ないとの前提が当面動かしにくいのであれば、なるべく使い捨てプラ容器に依存しない方法で飲食店支援の花を咲かせていただければ、弁当容器を捨てるのさえ勿体ないと感じるケチでビンボーな町弁も安心して利用でき、有り難いと思っています。

まあ、先日の解除宣言により、一気に従前に逆戻りという展開もあり得るのかもしれませんが・・

環境マネジメントシステムと田舎者の違和感

半年ほど前の話になりますが、「全国弁護士会・環境マネジメントシステム・サミット」なる会合が東京で行われ、私も岩手弁護士会の担当者?として参加してきました。

これは、環境問題に熱心に取り組んでいる全国の幾つかの弁護士会が、自会の活動報告をしたり、環境省のご担当などを交えて活動のあり方などを協議することを目的とした会合で、主に、「エコアクション21」の審査を受けて正式にKES(環境マネジメントシステム)を導入している弁護士会(と日弁連)が対象となっているものです。

そのため、KESの(相応に大変らしい)手続や事務作業に耐えうる規模の弁護士会が対象ということで、日本第二位の広さなのに会員規模は全国最小クラスである岩手弁護士会は、(よほど酔狂な人や特殊なカリスマでもいない限り?)導入できるはずもなく、私の知る限り、会内で導入が議論されたこともありません(というか、私以外にKESを知っている人もいないのかもしれません)。

というわけで、私もさしたる関わりはなく、「意識高い系?の弁護士会の取組を拝見した」程度の参加に止まったというのが正直なところです。

会合では、最初に環境省の方の講義や国内でKESの普及実務などに携わっている財団法人の方の講義等がなされた後、幾つかの弁護士会の取組の報告と意見交換、という形で進みました。

その際、熱心に取り組んでいる主要な(大規模な)弁護士会の方々から、省エネなどに取り組んで相応の成果は挙げ、内部でやるべきことはそれなりに尽くした感がある反面、それを対外的な影響力としてつなげる(地域内の様々な企業・団体などとつながりを持つなど)ことができていない、という話が出ていました。

これに対し、財団法人の方から「金融機関は、割と熱心にKESに取り組んでいるようだ」とのコメントがあったのですが、それを聞いた瞬間、金融機関なら、KESを「取引先の情報収集のネタ」として活用するインセンティヴがあるのかもしれない、と思いました。

すなわち、金融機関は、多額の融資をしている(または行う予定の)貸付先企業の経営の健全性(利息収入と元本返済の見通し)に強い利害関心があり、当該企業の経営に関する様々な情報を欲しているはず(そうあるべき)です。

ただ、「貴方(貴社)との融資取引を続けて大丈夫か心配なので、調査や確認のため会社の様々な内部情報を教えて欲しい」と露骨に伝えるのが憚られる場合に、経営調査の口実?として「KESの導入支援です」と伝えて了解を得ることができれば、表向きはKESらしい?環境配慮云々の話をしつつ、それと並行して、その会社(融資先)の運営状況を調査・確認し、「この点も改善を要するのでは?」と申し入れることができるのではないかと思います。

そのような観点で見れば、弁護士もKES(導入支援或いは意見交換など)を入口(突破口)として企業法務などの業務の受注(各種法的リスク調査とその対応支援など)につなげることも可能なのでは・・と思わないではありません。

ただ、KES(エコアクション21)の登録や保持には少なからぬ事務負担があるとのことで、当事務所はもちろん岩手弁護士会のような小規模な組織では、よほどの熱意がない限り、厳しい面があるかもしれません。

現に、今回の「サミット」でも、東京の三弁護士会や京都、福岡など比較的、規模の大きい(沢山の人員を抱えた)弁護士会が主に取り組んでいるとのことでしたが、田舎者の目線で見ると、「環境保護」に関するテーマについて、「環境という利益」の消費者というべき大都市圏の方々ばかりが熱心に取り組み、地方=生産サイドの弁護士(会)がさほど関わっていないという光景そのものに、少し違和感というか残念な感じもしました。

震災(原発事故)をはじめ、全国で生じた様々な残念な光景に接するたび、日比谷公園に、原発被曝廃棄物(汚染廃棄物)や各地の不法投棄事件で埋設された廃棄物を積み上げて「私たちのせいでこうなりました」とでも書いた看板を立てればと思わずにはいられないときもありますが、都会の方々には、省エネなどに限らず、地方に「都会のエゴによる負の遺産を押しつけない」ことに強く結びつくような取り組みを、実際に生じた光景を直視した上で進めていただければと思っています。

いわゆる「放射性廃棄物」の処理の現在と悲しきウラシマ感(原発編その2)

前回に引き続き、福島第一原発の事故により原発周辺で生じている廃棄物などの問題に関する視察調査の2日目です。

今回の視察では、楢葉町(第二原発の南側にある町)の天神岬という景勝地に設けられた「しおかぜ荘」という温泉地に宿泊させていただきました。

朝は松と大海原を眺めながら露天風呂を堪能できる有り難い温泉で、周囲の雰囲気が浄土ヶ浜の近くにある休暇村陸中宮古に似ています。入口には安倍首相や小池知事の来訪写真もありましたが、双葉郡で宿泊するならここが一番かもしれません。

朝には皆で岬の展望台に立ち寄りましたが、海岸線の北側には北三陸(田野畑村)の鵜の巣断崖を思わせるような崖の連なりがありました。

この名も知らぬ崖を越えたすぐ先に福島第二、そして第一原発があり、可能なら、あの崖の突端まで行き原発の姿を見てみたいものだと思いました。

反対側は原発ではなく広野火力発電所と楢葉町の海岸です。外洋には洋上風力発電の実験施設も設置されており肉眼や望遠鏡で確認できます。

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前日は、双葉町一帯を「中間貯蔵施設」予定地(10万Bq超の被曝汚染廃棄物などを30年保管するための場所。第一原発を取り囲む広大な土地に予定)とされた場所を中心に拝見しましたが、この日は「8000Bq~10万Bqまでの廃棄物の埋立のために設けられた最終処分場」「除染作業時に除去した被曝土壌の再利用に関する実験施設」の2ヶ所を訪ねました。

最終処分場(特定廃棄物埋立処分施設)は南東北から東関東の6県に各県1箇所の設置が予定されていますが、現時点で稼働しているのは福島だけで(既存の管理型処分場を国有化したことで迅速な開設に至ったもの)、他は候補指定地(市町村)の強硬な反対により用地確保の目処すら立っていません。

現地は常磐道の目と鼻の先の場所にあり、車窓からも全容を確認できると思われます。処分場内では、絶え間なく次々と大型ダンプの出入りがあり、運び込まれたフレコンバッグ状の大型の格納容器(高濃度の焼却灰などが格納されているもの)を、巨大なクレーンで持ち上げては所定の場所に埋設するという作業が繰り返されていました。

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再利用実験施設は、南相馬市の最南部、津波で被災した田畑を国が買収して確保した広大な除染廃棄物の仮置場の一角に設けられており、現在は、盛土の作業が終了して、浸出水の安全性を確認するだけの状態になっていました。

この「処理土壌の実用化の実証実験」は飯舘村でも計画され、村内の園芸栽培用の土壌造成(基本的に根の届かない地下数m部分)への利用が検討されています。

私自身は、廃棄物処理やリサイクルなどを巡る技術的な問題には全く明るくありませんので(本業で携わる機会に全く恵まれません)、率直なところよく分からなかったのですが、翌日の部会の会議では「あのような簡易な方法で実用性が検証できたと言えるのか、仮に土壌の再活用を実施するなら実験の数百倍の規模で行うのだろうから、それによる放射性物質の周辺水域への影響なども検討すべきでは」などと述べる方もいました。

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私は、諸事情から最後の「双葉町役場の方々との懇談」には参加せず中座し南相馬の無人駅から一人で常磐線を北上し帰宅したのですが、7年前が閉じ込められた相双から、あまりにも普段どおりの都会的日常が広がる仙台駅の人混みに降り立つと、強烈なウラシマ感が沸き上がります。

そして、そのウラシマ感は決して心地よいものではなく「(相双という)残念な光景が今も続いているのにそのことが完全に他人事になっている大都市の大量消費・大量廃棄などの光景」、そして私自身も「そちら側の人間であること」への気持ち悪さ、居心地の悪さという形で感じるものでした。

そうした「別世界に来たような、何となく嫌な感じ」は震災直後の4月に所用で花巻から飛行機で東京に行った際も受けたことがありますが、ともあれ、それを体感できるだけでも人々が「相双のいま」を訪れる意味があるのではと思いました。

私は、平成25年頃にも廃棄物部会の視察で南相馬や飯舘に訪れたことがあり、その際に請戸漁港の浜から第一原発方面を見たことがあります。当時は浪江~小高も手つかずの状態で、海岸近くの原野などに漁船や車両などが大量に放置され被災家屋が残存している光景に愕然とした記憶があります。

そうした「取り残され感」を何年も強いられてきた地域そして人々にとって、一番必要なのは「希望」でしょうから、現在、様々な形で復旧・復興や帰還が取り上げられること自体は、今も一定の放射線被害(物質)が残存するのだとしても、前向きに見るべき面は強いのでしょうし、多様な関係者が抱えた様々な事情と現実にも配慮する必要があろうかと思います。

原発事故という事象は一つでも、それにより生じた各人の不幸の形は人の数だけあることは間違いありません。だからこそ、各人が自分の立場で何をできるか、すべきかを、この地は今も問い続けているのだと思います。

追伸 遅まきながら、大阪北部地震で被災された皆様に、お悔やみとお見舞いを申し上げます。

福島県双葉町の止まった時間と変わりゆくもの、そして責任のいま(原発編その1)

6月17日から18日にかけて、福島県双葉町など、福島第一原発の周辺地域に行ってきました。

日弁連廃棄物部会では、ここ数年、福島第一原発の事故で飛散した放射性物質汚染の被害を受けた廃棄物の処理に関する制度や実務のあり方を検討しており、現在は、原発周辺の避難区域(立入・居住の禁止区域)に膨大な面積を買収等して設置が進められている「汚染廃棄物の中間貯蔵施設」などについて、調べたり関係者の方から話を伺うなどしてきました。

そして、現地を確認すべきということになり、主に双葉町の現状を見せていただくことになったものです。

今回は17日の昼にいわき駅で集合し、施設の設置予定地や一定の施工がなされたエリアをはじめとする双葉町内の様々な場所に、町役場のご担当で頭髪に強いベッカム愛を感じるHさんに案内いただき拝見してきました。

まず、常磐富岡ICを下りてすぐの待ち合わせ場所から国道6号を北上して大熊町から双葉町に向かいました。国道は走行が自由にできますが、一帯はすでに帰還困難区域として立入が原則禁止とされ、道路に面する建物には、すべてバリケードが設けられている異様な光景が広がっています。

国道から中心部に向かう道路には柵が設けられてガードマンが立ち、住民や事前に許可を受けた者のみが立入可能となっており、我々も身分証明(免許証)を提示して立入が認められました。

そして、車内でHさんの説明を色々と伺いつつ最初に町役場に到着し、5階建の役場の屋上に行きました。

役場の周辺は灌木の生い茂る原野が広がっていますが、Hさんによればこれらはすべて田圃であり、震災後、一切人の手が入らない状態が続いたため、7年の間に田畑の中に灌木が次々に育ったのだそうです。

刮目せよ、ニッポン!忘れるな、大東京!
これが、あなた方、そして私たちが奪った、誰もいない双葉町の今だ。

人の姿も車の通行も人間の活動がすべて停止した状態にある光景を見ていると、そのように叫びたいものが込み上げてきたように思います。

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そして、引き続いて役場内や町内の名勝・双葉海岸(日本の海岸百選)の「海の家」の施設なども案内いただきました。

役場の時計は地震の発生時を、海の家の時計も津波の到達時を指していました。彼らの時間は、今も、あのときから止まったままです。

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役場には、震災直後に第一原発から役場に提供された様々な情報を掲示板に貼っていたときの状況が、そのまま残されていました(視察の際に、当時の状態を伝えるため、保存しているのだそうです)。

Hさんは「念のため(制御不能の危険がある旨を東電から役場に伝える)」という連絡は、原発の維持管理上はあり得ない、非常に異常な伝達なのだと強く述べていました。

当時の役場の方々にしてみれば、自分達に到底対処困難で誰も予測・準備していなかった極限状況を突如として突きつけられても困惑・狼狽するほかなく、そうした気持ちが、その言葉へのこだわりとなって表れているのではないかと感じました。

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双葉海岸に海の家として設置された施設は、三角の形状が、どことなく陸前高田の道の駅に似ているように感じますが、立入OK(自己責任で?)とのことで、中も案内していただきました。こちらの津波は十数mとのことで、屋上の展望台までは大丈夫だったようです。

また、建物の周囲を見渡すと、陸前高田と異なり松林が若干ながら存在しています。この施設の背後の林は建物のお陰かもしれませんが、Hさんによれば、南側に岬状の崖地があり、津波が南側から来たので崖地に守られたのではないかとのことでした。

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双葉町の中心部にも案内いただきましたが、こちらも倒壊した家屋群が手つかずの状態のまま残っていました。

役場の方針では、双葉駅周辺は、数年内の常磐線の再開に合わせて(すでに線量はかなり低下しているので)町有地化して再開発するが、このエリアは民間の自主努力に委ねるそうです。そのため、多くの人が「今は被災を理由に固定資産税が免除されているが、建物を解体すると、街の再生の構想も描かれていない中で土地の利活用もできないのに固定資産税ばかりが再課税されるのではないか」などの不安があるため、解体・再開発などに尻込みしているとのことでした。

翌日に垣間見た浪江や小高(南相馬南部)などは曲がりなりにも街の再始動が始まっていましたが、この街の「止まった時」が動き出すのはいつの日になるのか、まだまだ難しい状況が続くのかもしれません。

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Hさんは、自宅も実家も中間貯蔵施設の予定地となったとのことで、その周辺を案内していただきました。ご実家の周辺は昔からの居住者が多い小さな集落(里山エリア)で、神社には、先人が心の拠り所として崇めたこの鎮守神を末代まで受け継ぐと書かれた平成28年建立の碑がありました。

ご自宅は、町内で近年に開発された振興住宅地で、Hさんも多額の住宅ローンを抱えた状態で被災しており、中には入居から2週間しか経っていないという方もいたのだそうです。岩手でも、完成後で鍵の引渡未了の状態で自宅建物が被災したケースについて相談を受けたことが震災直後にあったことを思い出しました。

自宅内部も案内していただいたのですが、震災当日の新聞がそのまま置かれており、双葉は6強ということで、割れた食器類なども散乱していました。

突然の避難の後、長期を経て一時帰宅が認められた際もごく僅かな貴重品(一人あたり一袋だけ)しか持ち出すことが認められなかったとのことで、自宅内には当時まだ幼児だったお子さんのオモチャが散乱していました。

一時帰宅の際は、自宅内に放射性物質が浸潤しオモチャ自体が被曝しているため持ち出しは断念したのだそうで、私のように「万物に魂が宿る」の感覚の人間が見ると、悲惨な運命を強いられた動物達と同様、オモチャ達も悲鳴を上げているのではないかと思わずにはいられませんでした。

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説明をすっ飛ばしていましたが、中間貯蔵施設とは、10万ベクレル超のため処分場に埋立できない(と特措法で定められた)汚染廃棄物などを30年保管するための場所であり、第一原発が立地している双葉町・大熊町内の原発を取り囲む広大なエリアに設置が予定されています。

Hさんの実家周辺は第一原発から北西3~4㎞程度の距離にあるため周囲にはすでに買収等された土地も多く、高濃度廃棄物の保管や除染土壌の分別・減容などを目的とする施設の整備が進んでいました(地上権設定による賃貸をしている方もいますが大半は売却したとのこと。もちろん頑強に拒否している方もかなりの数に上るようです)。

もちろん「あのとき」まで、そこには過疎なりとはいえのどかな人々、田畑、里山の光景があったわけで、相応の補償がなされたのだとしても、ダムに沈められた村を見ているような印象は否めませんでした。

「ナウシカ」の冒頭で旅の賢者が握った幼女を象った人形が掌で崩れていくシーンがあったと記憶していますが、或いは、この地域(一つの小さな村)は今、人が作り出した腐海に沈もうとしているのかもしれません。

汚染拡散被害には避けて通れない話かもしれませんが、Hさんからも、道路などを挟んで中間処理施設(買収等)の対象になるか否かが分かれたので、隣同士で「お金が払われる人、そうでない人」がいて、人間関係に影を落としたり、土地の買収等に関しても、速やかに手放して県外で生きていく人もいれば、地元には十数代続く家も珍しくなく、先祖代々の土地を自分の代で手放すことはできないとして頑なに拒否する人もおり、そうした個々人の置かれた状況の違いに十分な配慮がなされていないのは残念だ、といった説明がありました。

そして、一番言いたいこととして「このような状況は自分達が望んだことではない、でも、自分達が(中間貯蔵施設などを)引き受けないと他の人々に迷惑がかかると思って、自分達が犠牲を引き受けている、そのことは全国の人々に知って欲しい」と強く述べていました。

私は平成15年から日弁連の廃棄物部会に所属していますが、部会の当時からの一貫したテーマは「大量消費・大量廃棄社会の脱却・克服によるゴミゼロ社会(ゼロエミッション)の実現」でした。

原発は敗戦国ニッポンが米国(GE社)から購入を強要されたものだ、などと言う人もいるようですが、基本的には、大量生産・消費そして廃棄の社会を作った大東京(首都圏)が、その基盤としての電力供給のため作ったものであり、膨大な電力の生産と浪費は「大量廃棄社会の震源地」と言えないこともありません。

そうであればこそ、当時(一時期、日弁連の地球温暖化PTにも所属していました)から、「脱電力社会こそが掲げられるべきでは(とりあえず、日弁連もクーラー付けすぎを止めることから始めよ)」と思っていたのですが、そうした気運が盛り上がることもないまま、震災=原発事故に至り、その後も多少の改善はあったにせよ「再生エネルギー(代替電力)推進」などに比べれば「脱電力」という声はごく僅かなものに止まっています。

出口(廃棄)を減らすには、循環利用もさることながら、自分達が使い切れないものは最初から作らない、作るからには責任をもって(作られたものに感謝して)「モノ」としての命を使い切るべきではないかと思います。

そのような意味で、電力という「命」を無駄遣いし続けたからこそ電力が自然の力を借りて人に復讐をしたのではないか、と思わないでもありません(復讐すべき相手を間違えているのではないかという点はさておき)。

ともあれ、結果としてこの地は今、キジやシカ、イノシシの楽園となっているようです(シカとイノシシは一頭ずつしか見つけることができませんでしたが、キジは町鳥だそうであちこちにいました)。

そんな、生き物たちの手に取り戻されたと言えないこともない光景を、海は静かに見守り続けています。

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加除式書籍の追録執筆は続くよどこまでも

平成18年に、新日本法規出版社から日弁連廃棄物部会(のメインの先生)に「廃棄物処理法の各条文に関する網羅的解説を掲載した加除式書籍を出版したい」とのお話があり、平成15年に加入した私も執筆陣に加えていただき、措置命令の条文などの解説を担当したことがあります。
http://www.sn-hoki.co.jp/shop/product/book/detail_0572_8_0.html?hb=1

加除式書籍は改訂が必要になれば追録を作成しなければならないのですが、廃棄物処理法の性質上、法改正などが頻繁にあり、私が担当した箇所も、2年に1回くらいの頻度で作業の指示がなされています。

で、昨年12月に平成29年改正の追録の要請があり、年末が提出期限だったのですが、今年の年末年始は本業等に加えて私事で厄介事が勃発したこともあり、正月明けになってようやく、一晩で仕上げて提出しました。

今回の追録は重要な新設条文がある一方、それに対する解説書の類は手元に何もありませんので、開き直って、ネットであれこれ調べて大胆な仮説?を交えつつ、無理矢理仕上げたというのが正直なところです。

代表の先生方と出版社との協定で、最初に気持ち程度の報酬を頂戴したあとは、追録の原稿料は一切無しという日々を送らせていただいておりますが、そんなことにもめげずに、本年最初の一首。

新年の最初の徹夜はタダ仕事 今年の計も推して知るべし

と愚痴半分の戯言をFBにも投稿したところ、日弁連の医療観察法の解説書籍などを刊行されているO先生から「委員会活動で執筆したものは、印税=原稿料も含めて全て日弁連の収入になり、執筆者には(実費支給を別とすれば)一円も来ないので、最初の原稿料が入るだけ恵まれているよ」とのコメントをいただきました。

そのようにせざるを得ない合理的な事情(活動費や大勢の合宿など実費類が多いとか、出版元の経費リスクなど)があるのでしょうが、それだけ伺うと、日弁連から「中村修二教授もびっくりのブラック弁連」に改称した方がよいのではというか、いつか裁判する人が出てくるかもなどと、余計なことを考えてしまいます。

まあ、我々の書籍もそうですが、法律書籍の出版は自身の勉強を兼ねてという色合いが非常に強く、研鑽と発表の機会が与えられただけで感謝すべきというほかないという感じはあります。

追録の作業も直近の重要な改正を否応なくフォローできるというメリットは大きく、そうした意味では有り難いお話なのですが、困ったことに私自身が住民・業者・行政いずれの立場でも、未だに本格的な廃棄物紛争の訴訟等を受任したことがなく、せっかく勉強したことを仕事で活かす機会に恵まれていません(自宅建設用に購入した土地から廃棄物の不法埋設が発覚し関係者に責任追及した事案があり、その際は相応に役立ちましたが・・)。

まあ、東京から遠く離れた岩手で「何でも屋のしがない田舎の町弁」として仕事しているせいか、それとも岩手は廃棄物を巡る民事紛争などがほとんどない恵まれた土地柄だからなのか?、その辺は分かりませんが、まだ勉強が足りないから「そうした仕事」にも巡り会わない(選ばれない)のかもしれないと謙虚に受け止め、今後も廃棄物部会の活動を含めて精進していければと思います。

龍が棲む町の宿命と「相続放置」に関する過疎地の現実

先日、岩泉町の社会福祉協議会が実施する法律相談事業に弁護士会から派遣されて担当してきました。

平成28年8月の「異常な進路を辿った挙げ句に岩手県の一部と北海道の十勝地方を襲った台風10号」によって岩泉町は甚大な被害を受けましたが、私自身は数年ほど岩泉方面に行く機会がなく、台風以来はじめての訪問となりました。

10時から12時まで3件のご相談があり、テーマは賃貸借や成年後見など様々でしたが、いずれの事案も相続が絡んでいる一方、相談者の方も高齢のため、ご自身での対処が難しいと見られるものもありました。

高齢者から込み入った事案の相談を受けた場合、残念ながら、様々な論点や幾つかの作業を必要とする旨を繰り返し説明しても、聞き手=相談者が高齢のため自身で作業をこなせないことはもちろん、当方の説明を理解できているかすら心許ないのが通例で、お一人で相談せず、ご家族や支援者と一緒にいらして下さいと説明するほかありません。

医療であれば、(例外があるにせよ)ご自身が当を得た説明ができなくとも、目視であれ諸検査であれ身体を診て病気を確認し、それに対し手術や投薬などの対処ができる=ご本人はそれを受け入れていればよいということが多い(と思われる)のに対し、弁護士への相談事項は、より高度で内実のあるコミュニケーションが構築できないと話を進めることができないものが通例です。

相談の対象が「問題の解決」という性質上、「依頼するか、説明された内容をもとに自分で対処するか」の選択から始まり(もちろん、相談内容や当事者の置かれた状況によりどちらが相応しいかは異なります)、受任業務の多くも、僅かな例外(過払裁判の一部など)を除き、弁護士と依頼者が様々な作業や意思疎通を重ねなければ解決できない事案が少なくありません。

とりわけ初動段階では、弁護士が「これこれの準備をして下さい(それを済ませていただけないと私=法律家が従事する前提を欠きます)」と幾つかの作業をお願いせざるを得ないことが多くあります。

主に、事実関係の説明やご自身の手持ち資料の整理、関係者の内部協議などになりますが、そうしたものについて高齢者の方がお一人で対処することは困難ですので、込み入った事案では、ご家族や相当な支援者のご協力が得られないと、先に進めるのが難しいと言わざるを得ません。

率直なところ、岩手に戻って十数年、高齢の方がお一人で込み入ったご相談を持ち込んできて、そうした残念なやりとりを余儀なくされることが非常に多いというのが実情です。

で、今回のご相談では、例えば、「不動産の貸主が借主の賃料不払等を理由に不動産の明渡を求めたいが、借主は既に亡くなっており、借主側の相続関係も不明である」といったものがあり、その場合には、前提として契約関係の明確化(内容確認)や所有関係など(不動産登記事項証明書)を行いつつ、本題というべき借主側の相続人調査などを行わなければならず、それらの一つ一つをとっても、様々な事務作業が必要となります。

土地の賃貸借であれば、そうした前提をクリアできた上で、最後に建物撤去という悩ましい問題があり、事案に応じたリスクやコストに関し依頼者との間で見通しや覚悟などの共通認識を得た上でなければ、弁護士としては軽々に依頼を受けられない面があります。

残念ながら「借主たる80代くらいの高齢者ご本人」お一人のみでは、そうした面倒な話に対処いただくことは困難で、一通り説明しても「何となくわかったけど、自分一人では何もできない、しない、それでおしまい」という、茶飲み話レベルの展開にしかならず、互いの時間の無駄と言わざるを得ません。

その件でも、同種の説明をして、町内で同様の企画(無料相談会)があれば、お子さんなどに同行していただくか、私への相談を希望されるなら、ご一緒に盛岡にいらして下さいと伝えるのが精一杯でしたが、お子さんは遠方に勤務しているので同行は難しいなどと言われてしまうと、私も何と言葉をかけてよいのやらという感じになってしまいます。

最近は、この種の「本題(賃貸借など)に加えて、前提として相続が絡み、かなり面倒な作業が必要になる可能性が高い(ので、誰もが嫌がって放置し先送りされ、次の世代が結局は迷惑する可能性が高い)事案」が非常に増えているとの印象は否めません。

そのため、建物登記の義務化(放置への不利益処分)、相続時に一定の期間内に遺産分割などがなされなければ暫定的に法定相続分登記の義務づけ(又は職権での実施)、それらの履行が困難な方のための支援などが必要だと感じています。

現状では、相続物件に絡んで利害関係のある第三者に面倒な負担が強いられる一方、その解決に対処した者に報いる面が薄く、放置した場合のペナルティもほとんどないため、とりわけ高齢者が権利義務の主体となっている事案では、先送りばかりが常態化しており、何らかの制度的な手当が急務だと思います。

そうした意味では、今回の相談は社会福祉協議会を通じて行われたものでしたから、相談者が拒否するのでない限り、担当職員が立ち会うなどして、今後の動線を支援する取組をすべきでは(それが、職員自身の今後のためでもあるのでは)と思わざるを得ませんでした。

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相談会が終わった後、帰路につく前に、大川地区の名所である「大川七滝」を見ていくことにしました。

大川七滝は、大川が階段状に傾斜している場所であり、メジャーな知名度はありませんが、それなりに見応えがあり周辺の雰囲気も良いので、一度は訪れる価値のある場所と言ってよいでしょう。

私自身は、4~5年ほど前に龍泉洞を訪れた帰りに大川七滝に立ち寄り、さらに奥の山深い道を進んで「北上高地の秘境」と言われる櫃取湿原の入口を通過して(日没のため湿原には行けませんでした)、区界高原から盛岡に戻るという休日を過ごしたことがあり、今回も七滝だけでもチラ見していこうと思い、会場となった複合福祉施設を北進しました。

すると、なんということでしょう。

ちょうど七滝のすぐ手前で道路が台風禍の土砂崩れでズタズタに寸断され、現在も復旧未了のままになっていたのです。

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そこで、仕方なく少し戻って小さな橋を渡り迂回路を進み、どうにか七滝自体には辿り着くことができました。

私が今回に通った道路で寸断されていたのはこの場所だけでしたが、周辺の細い道にも寸断されたままの状態になっている箇所が多くみられ、1年近くを経た今も台風禍の復旧は十分でないこと、また、川から10m以上の橋に瓦礫が散乱している光景から、当日の岩泉町内にどれほど激しい濁流が押し寄せたのかということが、多少なりとも感じる面はありました。

とりわけ、七滝の手前の道が寸断されたというのは、蛇行する川や七滝の姿が竜の化身のようなものだと考えると、「特別な場所に気軽に来ることができると思うな」と天に告げられているような印象も受けました。

そんなわけで台風禍に翻弄される「龍のまち」岩泉を思って一首。

大川におおかぜ来たりて龍となり 人の非力を現代(いま)に知らしむ

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岩泉の台風禍は、小本川沿いの福祉施設の被害があったとはいえ震災に比べれば人的被害が多くなかったせいか、人々の記憶から風化しつつある面は否めないのかもしれませんが、それだけに、土木工事だけでなく上記のような住民が必要としている人的サポートの拡充も含め、過疎地の復興へのご尽力を願ってやみません。

人からコンクリートへ、被災地から刑務所へ?

すでに報道などで目にした方も多いでしょうが、現在、沿岸被災地の各地では防潮堤建設が大きく進んでおり、海岸線に沿って長大な壁に囲まれた状態になっている街も珍しくありません。

1月の法テラス気仙の担当日に大船渡で撮影した写真を末尾に貼り付けますが、率直に言って刑務所の壁を想起せざるを得ず、収容所群島などとマイナスな言葉ばかり浮かんでしまいます。

せめて、人目につくところは都会の打ちっ放しのコンクリート建物のようにデザイン性を意識した作りにしようなどと提言する方はおられなかったのでしょうか?

さすがに近年ではこうした防潮堤のあり方に批判の声が多く上がっていますが、今さら撤去しても誰が喜ぶのか、何が失われるのかを考えると、そのようなお気持ちがあるなら着工前にもっと声を上げていただきたかったと思わないでもありません。

言うなれば、

震災直後→人命を守るため防潮堤を作れ!→景観・自然破壊の懸念は少数派のため相手にされず

着工決定=大手建設業者ワー→財政悪化?福祉カット?

数年後、防潮堤の完成に目処が立つ=大手建設業者の仕事がなくなりそう・・

与党サイドの有力者「やっぱり防潮堤は景観破壊で良くない!」(今ココ?)

できて間もなく撤去工事=大手建設業者ワー→財政悪化?福祉カット?

作れと言った人の責任は問われないの?→たぶん・・(原資は国税だし政権交代の見込もないし着工決めたの民主党政権だし?住民訴訟ならぬ国民訴訟もないし)

なんて展開になったりするんでしょうかね・・・せめて、これを教訓に沿岸の自然景観などや政策決定過程や税金の使用に関する責任のあり方について議論が深まればと思いますが。

ちょうど、何かと話題の安倍首相夫人が防潮堤反対の発言をされている記事を拝見しましたが、昭恵夫人ご自身のお気持ちは真っ当なものだろうと思う反面(今に始まったことではなく以前からそうした発言はなさっていたようですし)、上記の理由から利権的なものに利用されてしまうのではないかなどと残念な印象を感じてしまう面もあります。
http://jp.reuters.com/article/idJP2017031201001189

この記事の昭恵夫人の写真は、例の件で心労が溜まっておられるのか、とても疲れ気味に感じられ、講演先が西和賀町というのも総選挙対策で関係者に頼まれてということなのかもしれませんが、ご自身の健康を第一にしていただければと思います。

ともあれ、今後、防潮堤問題については、撤去等を掲げる声が高まることが予測される反面、本日の岩手日報でも「防潮堤の整備が終われば建設業者の仕事は減るだろう」との国交省幹部の発言なるものが掲載されており、誰がどのような立場・動機から撤去等を求めているのか、見定める必要があるのではと思われます。

防潮堤を単純に悪者視するつもりはありませんが、人(特に若者)が海を見るとき、遠く離れた先に自分の可能性が広がっているように感じるのでは無いかと思いますが、壁に囲まれた暮らしをしていると、自分が閉じ込められ、限られた人生の選択肢しか与えられていないような閉塞感に囚われるのではないかと思います。

景観や自然破壊云々もさることながら、そうした形で「被災地はろくでもないところ(だからさっさと離れた方がよい)」というメッセージをこの光景が地域の若者や全世界に発信することにならないか危惧しますし、それだけに「地域住民が秀でたものとして愛し、世界の人が見に来たくなるような防潮堤のあり方」について、災害先進国?に相応しい叡智を結集していただきたいと思わずにはいられません。

ちなみに、岩手弁護士会・公害対策環境保全委員会は、防潮堤問題について何かせねばとは思いつつ諸般の理由から何もやっていないと言わざるを得ない状態ですが、仙台弁護士会では視察調査などを行っているそうです。

先般それに関する記事を頂戴したので、その種の問題に取り組んでいる県内の方などがご覧になりたいとのことでしたら、ご遠慮なくお申し出下さい。

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