北奥法律事務所

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社会全般

岩手のご家庭・子供達が「二月の勝者」を視る意義と函館へのお誘い

東京の小学生の中学受験を描いた人気漫画「二月の勝者」がドラマ化され、先週から放送がはじまりました

1年前に、函館ラ・サール中学校に子息を通学させている保護者の方の依頼で、引用の記事をブログに載せたことがあります

岩手の大半のご家庭にとって、お受験は異世界なのかもしれませんが、敢えてそこに叩き込む素養がある(と思いたい)お子さんがいらっしゃる方は、こうした世界にチャレンジなさってもよいのではと思います。

岩手の場合、大学付属中などもありますが、男児に関しては、函館ラ・サール中学も選択肢として考えていただければ幸いです。

今年も、10月30日(土)に盛岡で説明会があるそうです。

数年前この学校に進学した後、本作で描かれる(であろう)何人かのお子さん達のように、入学前は夢ですらなかったであろう栄冠を目指して、今も努力を続けている少年を知っています。

それに続いてくれる子が、岩手からも、より多く誕生してくれればと願っています。

社会に必要な小規模企業が消えゆく光景を繰り返させないために

先日の岩手日報に、紫波町の特産品である洋梨「ラ・フランス」をほぼ一手に生産する企業(紫波農園)が、人手不足や後継者難などを理由に閉園し、果樹も伐採される予定との記事が出ていました。

ラ・フランスは県内でも果物類の生産が盛んな紫波町を象徴する果物として認知されてきたと理解していますので、誰か承継できなかったのだろうかと、非常に残念に思います。

近年、小規模企業が同様の理由で廃業する例が非常に多く生じており、倒産を余儀なくされる例も少なくないようです。

反面、ここ10年ほど、裁判所に申し立てられる破産事件はごく限られた件数に止まっており、債務超過でも、銀行債務などを残したまま法的手続をせず放置する例が多数生じているのかもしれません。

昔と違って「いわゆるサラ金・商工ローンによる恫喝的な取立」をほとんど聞かなくなったことも、影響しているかもしれませんが。

後継者難については、近年、事業承継支援の動きが色々ありますが、報道や巷の光景を拝見する限り、実際に有益な対応がなされているのは膨大な需要のごく一部に止まるように見受けられます。

根本的な原因は、承継支援(マッチング支援、条件整備支援、事業維持支援など)の担い手不足もさることながら、事業承継の文化(ひらたく言えば、自分の家族以外に、企業を引き継がせる文化)そのものが根付いておらず、客観的には事業承継等の支援が必要でも、需要側(現在の経営者側)が必要性を認識・自覚したり、承継を求めて自ら動いたり第三者の支援を受けたいと考え、動き出すこと自体が、滅多になされていないことではないかと思います。

誤解を恐れずに申せば、病を患っている人が手の施しようのない状態になるまで医師の診察を受けないという話に似ているかもしれませんし、根本的には、日本人の「イエ意識」が、最大の壁になっているのかもしれません。

そのような意味では、ドラマや映画などで小規模事業の承継をテーマ・内容とする作品を取り上げるなどして第三者への承継を身近なものにすると共に承継後の「ハッピーリタイヤ」(とリスク対処)も視覚化して、「文化を変える」ような営みが、もっと盛んになればと思っています。

ともあれ、小規模従事者のための事業承継については、弁護士も本来であれば法務デューデリジェンス(法的資産査定)などの形でお役に立てる場面が多々あると思っており、制度の整備や利用の推進が、もっと盛んになればと感じています。

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ところで、県内で新聞販売店を営んでおられる経営者の方が、FBで上記の記事を紹介すると共に、我が業界も人手不足で大変だ、と嘆いておられるのを拝見し、若干の意見交換をさせていただきました。

人手不足一般に関しては、機械化云々や生産性=収益・賃金向上による就労希望者の獲得以外に対処法がないかもしれませんが、新聞配達の場合、毎朝3時~6時に就労することが必要で、機械化なども難しいことなどから、人員確保には、かなりのご苦労があるようです。

新聞も、10年か15年もすれば、ドローン配達もありうるのかもしれませんし、従事者の減少が、結果としてWeb利用での新聞購読(現在のPC・携帯での購読)を促進するのかもしれません。

ただ、個人的には、それとは別に、近未来には、新聞配達を全面的に不要とする仕組み・慣行が作られるかもしれないと思っています。

例えば「新聞紙のような形状・質感・軽量のデバイスにWeb上で新聞社が利用者に新聞データを電送し、利用者は都度、DLした新聞データ(チラシ広告を含む)を閲覧する方法」です。

これなら、PCや携帯で見るのと異なり紙面を広げて読むなど新聞本来の閲覧方法が可能で、デバイスが壊れない限り、延々と再使用できますし、データ保存も可能なので切り抜きを保存する必要もありません。データ整理も容易でしょう。

デバイスが主要紙の全部(海外含め)に対応すれば、1個のデバイスに各社の新聞データをDLして閲覧することもできます。

私は新聞は紙媒体派で、Webニュースは無料記事しか見ていませんが、上記のデバイスができたときは、利用しそうな気もします。

仮に、そのようなデバイスが作られ普及した(紙媒体に全面的に取って代わった)ときは、新聞販売店という企業(配達員という業態)自体が不要となる(貴社も業態転換を迫られる)ことになるのかもしれません。

まあ、妄想ないしミニSFの類と一蹴されるだけかもしれませんが。

また、配達員の確保困難を理由に販売店の業務継続が困難となった場合、郵便事業と何らかの形で融合させることは、解決策になるかと思います。

具体的には、朝刊の毎朝配達を諦め、郵便局が、郵便物の配達時間と一緒に(午前中などの配達時間に)対象地域を巡回して、郵便物と一緒に(その日は郵便物がない家にも)新聞を投函する、という方法です。

県内の販売店の方々も、中心部市街地のみ自社で対応し、山間地などは郵便局に対応して貰う(購読者も、やむを得ないものとして了解して貰う)形にすれば、現下の情勢でも、やりくりできるのかもしれません。

・・と思って「新聞配達 郵便」で検索したところ、すでに、かなり実施されているようです
今後は中心市街地以外は郵便などで新聞を配達するのが当たり前になるのかもしれません。

ともあれ、事業者の方々から、現在の事業経営上の問題点を伺ったり、法律問題に限らず、何か役立てることがないか調べたり考えたりするのも、色々と有意義が面があるように感じています。

さして地縁もない身で田舎のマチ弁をしていると、地元の事業者の方々から依頼等を受ける機会はさほど多くはありませんが、もっとお役に立つ機会があればと思いつつ、皆さんのご健闘を祈念しております。

三島由紀夫が問う虚無と抗いの海、そして真っ赤な僕~南伊豆編おまけ~

前回までの南伊豆編のおまけ(後日譚?)です。

1泊2日の旅行は無事に終わりましたが、前回述べたとおり、これまで全く考えたこともなかった三島由紀夫という存在が、偶然手にした本の影響で気になるようになり、帰宅後もあれこれ調べるなどしていました。

ただ、当然ながら、調べれば調べるほど、どうして彼があのような最期を選んだのか、もったいないというか訳が分からないというか、

自我に何らかの脆弱さを抱えた御仁が、自分自身の存在(肉体改造云々)を含む創作活動による一定の達成感のあとに強い虚無感に襲われ、それに抗うように命を絶った、他方で、優れた知性の持主として、どうせ命を絶つなら後世への問題提起をかねて、強い非難を浴びるのを覚悟の上で、人々が関心を持たずにはいられないような、大きな見せ場、舞台を作った

などと、一応の説明はつきそうな気がするものの、そのことに得心する気にもなれず、とりあえず深夜の「息抜き(仕事の気力切れ)時間」にネット上で気になった記事を読み漁るような日々が続きました。

相変わらず、文体の流麗さで知られた三島作品を読みたいという気はさほどに起きず(今も読んでません)、現象としての三島由紀夫の人生という面にのみ、固執していたように思います。

その理由は、自分の中では、はっきりと分かっています。

今の私には自殺願望は恐らく全くありませんが、何か本質的な部分で「もう、終わりたい(自分という存在は、もう終わってもよいのではないか、或いは、もう終わったのではないか)」という囚われのようなものがあり、早熟な華々しい成功のあと、突如、強烈かつ不可解な印象を残して45歳で人生に幕を閉じた三島の姿に、ある種の憧憬を感じたからなのだと思います。

私は大卒2年目で奇跡的?に司法試験に合格し、数年ほど東京で修行した後「自分で敷いたレール」のとおり盛岡で開業し、色々と悪戦苦闘はありましたが、十数年に亘り、どうにか事務所を維持存続させてきました。別に、有名人になったわけでもなく、人に自慢するような業績をあげたわけでもないでしょうが、本業で粛々と積み上げてきたことについては、誇りがないわけではありません。

田舎の小さな商家の次男として生まれ、運動能力には極端に恵まれず、その一方で、小さな田舎町には収まりきれない自我を抱えた自分は、幼少期から、家でも学校でも地域でも、「要らない子、皆にとって、持て余す(いない方が楽でいい)子」でしたし、そのことは、今もほとんど全く変わっていません。

だからこそ、思うのです。

先ほど、三島事件の「とりあえずの総括」として述べた、

「自我に何らかの脆弱さを抱えた御仁が、自分自身の存在を含めた知的活動による一定の達成感のあと、強い虚無感に襲われる姿」

とは、何のことはない、私自身のことではないかと。

であれば、自分も同じような結末、末路を心の中で望んでいるのか、それができないのは、単に、私が彼ほどの知的能力や人望などを欠いているだけのことに過ぎないのか、それとも、そうではないのか。

前回「自分が45歳になって、また、私的領域では相応の達成感を得た反面、これ以上、本質的な部分で、自分の人生では実現できる何事もないのではと感じるようになった中で、このような形で三島由紀夫と出会ったのは、何らかの意味があるのではないか」と感じたのは、こうしたことが、その背景にあるように思います。

そんな中、社会学者として著名な大澤真幸氏が三島由紀夫を論じた本を出版されたと知り、1年半前(旅行の半年後)の年末年始にようやく読みました。
https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0955-f/

この本(「三島由紀夫 ふたつの謎)」は、「戦後日本の最大の知性の一人である三島由紀夫は、一見すると愚行の極みにも見える割腹自殺をなぜ行ったのか」と「最期の大作であり、自決と同じ日に書き終えたと表示されている『豊穣の海』は、なぜあのような破壊的・破滅的な終わり方をしているのか」という2つの疑問への答えを述べることを主眼に、多数の三島作品を様々な哲学的見地から著者なりの論理を駆使して読み解いた内容となっています。

大澤氏の著作や文章は、司法試験受験生時代にも少しだけ読んだ記憶がありますが、思想・哲学に関して「これでもか」と言わんばかりの圧倒的なネタが登場し、少し癖のある文体も相まって、門外漢には敷居の高さを感じる面がありますが、ともあれ、今の自分が知りたいことへの相応の答えが書いてある本なのではと思い、むさぼるように読みました。

筆者が提示した問いへの答えについては実際に本書を読んでいただくとして、私なりに受けた印象としては、当初から、強い虚無感と厄介な自我を抱えて生きてきた三島由紀夫は、自我の奥に潜む光景を洗練された文章で描くことで虚無に抗っていたものの、やがて、執筆ではなく自身の行動の形で「自分が望む洗練された美しいものを描き出すことで、虚無に抗う」ことを求めるようになり、模索(迷走?)の末に一連の活動に行き着いた、しかし、最期には、それらの清算と「海」として観念された虚無への回帰(波打ち際から海へと引きずられ連れて行かれること)を願い、それを二つの形で実行した、というのが、著者が描いた三島の姿のように見受けられました。

もっとも、著者は「自決は虚無への抗いである」と述べていますので、そのような読み方は間違っているのかもしれません。私自身は、抗うのならば生き続けなければならないのと思うので、その総括に違和感を感じているのかもしれませんが。

その上で、著者は、海(それは、宮沢賢治の言葉を借りれば「世界全体」というべきものかもしれません)を不毛の海、虚無の海とみるのであれば、それに抗うために「火や血」という手段(それは、自我の発露ないし表現と見るべきかもしれません)により自決を伴う政治的主張をすることには、その行為(破壊)による幻想の出現という効果に照らし、相応の理由があると感じることはできるとしつつ、それは三島が本当に望んでいたことではない、彼は、枯渇することのない本当の『豊穣の海』を望んでいたはずであるし、その豊穣の海、それは、決して居心地のいい場所ではなく、掴み所のない、訳の分からない世界(本書の表現を借りれば、「一があるわけでも、ないわけでもない」世界)かもしれないが、それゆえに無限の可能性がある世界なのであり、我々はそれをこそ追い求めるべきではないのか、という(そのように読み取れる)趣旨のことを述べて本書を締めくくっています。

その総括を受けて、今、私が何を考えるべきか、何を書き、行動すべきか、まだ答えは出ません。結局はいつもどおりの「終わらない日常」に回帰していくだけかもしれません。

それでも、まだ人生を終えたいと思っているわけではない自分のこれからを考える上で、このタイミングで、このような思索の機会を与えられたことは、大いに意味があったのだと思います。

なお、本書では晩年の三島が天皇制や自衛隊(と憲法改正)に固執した件についてはほとんど触れていませんが、現在の天皇家が、国民の強い支持を得る一方で「男系男子による承継」という点では厳しい状況を迎えている(女系天皇も旧宮家も現時点で国民の支持が得られるのか不透明で、そのような意味では日本は国体維持の危機を迎えたと言って過言ではない)光景は、三島の戦後天皇制批判と微妙な連関があるように感じ、そのような観点から「三島による天皇論」を再検討する論考などに接することができればと思ったりもしました。

余談ながら、三島由紀夫の作品群のあらすじなどをWeb上で読んでいたところ、代表作(人気作品)の一つである「潮騒」の内容が、その雰囲気も含めて、前年に読んだ司馬遼太郎の「菜の花の沖」の冒頭部分(高田屋嘉兵衛と妻おふさとのなれそめの下り)とそっくりだと感じました。

菜の花の沖は1979年から執筆された作品ですので、ひょっとしたら司馬氏は潮騒から強い影響を受けて、二人の馴れ初めを書いたのかもしれません。

ともあれ、大澤氏が分析する「厄介で難解な三島由紀夫」も噛み応えがありますが、前回ご紹介した横山郁代氏が描いた「颯爽とした暖かい三島由紀夫」、言い換えれば、潮騒(≒菜の花の沖の第1巻?)のような瑞々しい青春小説を描くことができる三島由紀夫もまた、我々には、かけがえのない価値があるように思います。

そうした意味で、この二つの著作をワンセットで読むことも、大いに意義があるのではと思いました。

最後に、南伊豆から帰宅した直後に日焼けに苦しみながら作った替え歌を載せ、一連の投稿を締めくくることとします。

【真っ赤な僕】

真っ赤だな 真っ赤だな
日焼けのし過ぎで 真っ赤だな
全身痛いよ バッカだな
伊豆の日射しを 侮って
真っ赤に成り果てた 白い肌
バッカな僕を 自嘲している

真っ赤だな 真っ赤だな
クリーム塗らずに 真っ赤だな
風呂にも入れず バッカだな
焼け付く砂に 寝そべって
真っ赤な上半身 赤鬼さん
痛みは業の 深さぞと知る

真っ赤だな 真っ赤だな
きれいごとって 真っ赤だな
戦後の平和も 真っ赤だな
三島由紀夫が そう言って
真っ赤になり問うた この世界
真っ赤な嘘は まだそこにある

マスク散らかる街角に身近な善意をもう一度

新型ウイルス禍の勃発以来、町中で道端にマスクが落ちている光景を目にすることが非常に多くなったような気がします。

マスクに限らず整備された歩道などにゴミが落ちていると、その光景を目にすること自体が嫌で、拾ってゴミ箱に捨てたいという欲求にかられます。

が、手に持って事務所まで延々と持ち歩く気にもなれず、仕方なく悲しそうな目をしながらやり過ごすことになりますが、いじめの光景を見て見ぬふりをしているような嫌な気分になり、ますます腹立たしい思いにかられてしまいます。

そういうとき、すぐそばにゴミ箱があれば(衛生上の問題がある場合を除き)拾って捨てるのにと思うこともありますし、昔は街角にゴミ箱があったような気もしますが、今はそうしたものもほぼ見かけません。

そこで、通りに面した各種店舗・オフィスなどが「近所のゴミ受け入れOK宣言」を出し(ステッカーなどを入口に貼り)、例えば、店舗の半径50~100m以内の路上に落ちていた小さなゴミを拾って届けると、お店のゴミ箱に捨てさせてくれるという仕組み(慣行)があれば、そうした光景を見過ごすのが嫌な人は拾ってすぐに捨てることができ、有り難いと思いました。

お店側も労せずして?店舗付近の環境美化に繋がり、有意義だと思います。

マスクなど衛生リスク品も、お店にゴミ拾い用のトングなどがあれば、それを借り、拾って返すこともできると思います。

また、スマートフォンを通じてゴミ拾い情報を送信すれば少額のポイントが付与され、それを各種の値引きに利用できる(マイナポイントのような)仕組みがあれば、情けは人のためならずということで、普及しやすいのではと思われます(不正防止の配慮も要るのでしょうが)。

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現在、町中に落ちているマスクの大半は、いわゆる不織布マスクですが、ご承知のとおり、これは紙(木製)ではなく精巧に作られたプラスチック繊維で出来ているそうです(詳しいことはWebでどうぞ)。

ですので、(焼却されなければ)自然に還るには莫大な年月を必要とするので、町中に放置→雨水(融雪等を含む)で河川流入、又は土壌混入となれば、生物の誤嚥やマイクロプラスチック問題など万物ひいては人類に様々な刃が向けられることになります。

というか、すでに将来の人類等に深刻な事態が作出されつつあることは皆さんご承知のとおりです。

マスクに限らず、圧倒的なプラゴミ等が河川・海洋に流出していることは、春先や台風等のあとに郊外のダムを見に行けば(或いは人があまり来ない海岸に行けば)岸辺に大量のゴミを見かけることで、誰でも理解できることだと思います。

盛岡市も、「サケが戻ってくる川」などと標榜するのであれば、プラゴミ宣言を通じて淀川への流出を阻止しようと熱心に取り組んでいる京都府亀岡市などに見習って、自ら行動すべき事柄が色々とあるのではと思われます。

大上段のことを申すつもりはありませんが、とりあえず、街角に落ちているゴミを、躊躇なく拾って、すぐにゴミ箱に捨てさせてくれる社会を、我々は取り戻すことができればと願っています。

昔なら、駄菓子屋のおばちゃんに「ごめんなさい、いいですか」の一言で足りたのでしょうし、その際、ささやかな善行(偽善?)の快感やおばちゃんへの感謝から、うまい棒の一本でも買っていったのでしょうから。

 

森会長の舌禍騒動に関する分かれ道と男社会の喫煙店で生きる女性達に思うこと

現在(木曜午後)、東京五輪の森会長(元首相)の辞任のニュースが流れていますが、私は火曜(2日前)の時点で、この件では発覚とバッシング開始の直後に組織委が

功績や今後の責任を踏まえて罪一等を減じ、女性選手や女性ボランティアの参加環境の向上と女性役員の参画促進のため懸命に奉仕する無期刑に処すことにしました

などと声明し、その実践となる具体策を直ちに提示すると共に、世間一般にも、いい知恵あれば出して下さいと募集していれば、世界中が大喜利状態になり、早期収拾もあり得たのでは、と思っていました。

具体策は、例えば、会長特別補佐として、田村亮子氏とか高橋尚子氏のような?世界的知名度のある著名業界人を選任して、役員修行をさせつつ顔役の仕事をして貰うとか、女性選手などの環境向上のための特別部会?を作り、論客女性を揃えて森会長は出席必須とする、などと発表すれば、災い転じて福となすことができたのかもしれません。

森会長の舌禍問題の本質は男女差別というより身内意識のあるファミリー的同胞のみで組織を運営し利権などを独占しようとする姿勢だと指摘する意見を拝見し、或いは、これが辞任要求まで燃えさかった根底にあるのかもしれないとも感じました。
https://bunshun.jp/articles/-/43398

ただ、そうであればこそ、ご本人の首を獲ること(で、一部の方々が快哉を挙げる一方、消極視する方々との社会的分断を深めていく)よりも、そうしたファミリー至上主義(マフィア的)体質の是正を自ら実践させる機会を付与する方が、今後の双方の立場の和解という点などに照らしてお互いにとって望ましいのではとも感じ、単なる「首のすげ替え」的な辞任の光景は残念なもののように思いました(以前、岡村隆史氏の舌禍事件が起きた際も、似たような投稿をしたことがあります)。

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ところで、火曜の昼に、2~3年ご無沙汰になっていた近所の定食屋さんに赴いたところ、ドアを開けた瞬間に、中年~熟年男性の愛煙家グループ客が数組陣取る光景が目と鼻を覆い、その瞬間「ああ、これのせいで、このお店に来なくなっていたのか」と思い出しました。

近年、禁煙のお店が増えた結果として、喫煙可のお店は喫煙者ばかりが集まる傾向があるように思われます。

提供物(食事)には何の不満もないだけに、できれば(夜はまだしも)昼食は法令で全面禁煙にして欲しいと思っているのですが、それが無理なら「喫煙可」のシールを入口に貼っていただければ、ドアを開けた直後に後悔しなくとも済むのに・・と残念に感じたりもします。

冒頭の話に続けてこの話を書いたのは次の理由によるものです。

それら喫煙可のお店は、私の事務所の近所では熟年のご夫婦が二人三脚でなさっているものが多く、旦那さんは調理場に籠もっているのでさほど問題ないでしょうが、ホール担当の奥さんは毎日のように受動喫煙の被害に曝されているはずです。

飲食店の禁煙問題は、利用客の受動喫煙被害についてはよく聞いたことがあるように思いますが、店員側の被害とりわけ上記のようなお店の「恐らくご自身は喫煙をしないのであろう熟年のおばさん達」への負の影響の有無、程度などに論及があったか思い出せません。

この件に限らず、「喫煙男性ばかりの飲食店のような(男女差別を声高に叫ぶことができる場所で生きている女性達と異なり)スブズブの男社会の中に身を置かざるを得ず、そこで生じる負の側面を否応なしに引き受けている女性」の被害や環境向上に目を向けるなどという視点が、もっと社会内で大切にされてくれればよいのではと感じています。

ウイルス禍云々でストレスのはけ口を探している?方々が自身とあまり関係のないバッシングに精を出すのも結構ですが、女性の地位向上を本気で願うなら、そのような事柄にも何らかの尽力をしていただければいいのに、などと余計なことばかり思ったりもします。

ちょうど店内のTVで冒頭のワイドショー番組をやっていたので、そうした戯言が頭をよぎり、自身の無力を感じつつ、お店をあとにした次第です。

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なお、健康増進法の関係で、現在は飲食店は原則禁煙となっているはずで、岩手県の該当サイトを見る限り、全席喫煙OKとする小規模店は店頭に表示をするなどしなければダメと書いてあります。

上記のお店が掲示していなかったのか、それとも小さくて見落としたのか、すぐには分かりませんが、いずれにせよ、その点は行政や業界などによる更なる周知啓発が望ましいと思われます。

ともあれ、今回、強調したホールスタッフ(おばちゃん)の受動喫煙対策という点からは、全面喫煙OKとするためにはスタッフの同意書を必要とするとか肺癌などの検診を通常以上に義務づけるなど?の配慮があるべきかと思っています。

アイヌとイスラムの異同を踏まえて日本と人類の未来を論ぜよ~函館北方民族資料館の呼ぶ声~

先月の函館旅行の最終投稿です。今回、函館北方民族資料館にはじめて行きましたが、そこで不思議な発見(気づき)がありました。

ここは、アイヌ民族(アイヌ人)をはじめとする北方の諸民族に関する文化の紹介(大半はアイヌですが)を目的とする施設です。

と書くと「俺はアイヌじゃないし興味もないね」と仰る方も多いのかもしれませんが、日本人は弥生7~8:縄文2~3の割合の混血民族であり、アイヌは縄文の末裔の典型である上、とりわけ岩手(北東北)は本土では縄文の血を濃く残す地域でもありますので、岩手人はアイヌ(や琉球など)に対し関心や親近感を持つべきではと思っています。

館内には、著名俳優でありアイヌの末裔である宇梶剛士氏の司会によるアイヌ文化の紹介ビデオも放映されており、私は全部視聴したかったのですが、引率し甲斐のない同行者らの要求で、やむなく駆け足の観覧となりました。

で、展示品を見ているうちに、アイヌ民族の衣装は線状の紋様が非常に多く(というか、大半が線状の紋様・装飾になっていて)、これまで考えたことがありませんでしたが、どことなく、イスラムの幾何学模様(アラベスク)に似ているのでは、と感じました。

その上、アイヌ文化には肖像(絵)を書く文化がなく、「絵を描くと描かれた者が悪さをする」と考え、絵を描くこと自体を忌避する思想があるのだそうで、これも、偶像崇拝(人の絵を描き、礼賛すること)を禁ずる(忌避する)イスラムに通じるものがあります。

そのため、双方の文化を比較した研究・考察などが世に出ていないのかと思い、「アイヌ、イスラム、比較」などと検索してみましたが、それらしい文章などは全く見つかりませんでした。

もしかすると「まだ世の光が当てられていない埋もれたテーマ」なのかもしれず、ぜひ、これに取り組む研究者の方が登場することを願わずにはいられません。

それこそ、(現在はさておき)昨年までの函館は「中国・台湾・韓国の旅行者のカネで経済が成り立っていた社会」と評しても過言ではないでしょうが、もし、イスラム圏の人々に「ここに、イスラムに似たもう一つの文化がある」との認識を育ませることができれば、全世界で数十億に達し、これからの百年で、キリスト教圏(欧米人)に取って代わるのかもしれない、巨大なイスラム圏の人々が「新たな潜在的観光客層」として登場することになります。

ですので、函館ひいては北海道全体にとって、「アイヌとイスラムの異同という視点(それを研究しPRすること)」は、アジア人観光以上に、新たな巨大な金脈になりうるとすら言えるのかもしれません(別に、函館市アドバイザーに就任なさった某さんに向けて書いているわけではありませんが・・)。

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それはさておき、その上で、素人なりに「アイヌとイスラムとの異同」に関し思ったことを、1点だけ述べておきます。

私はイスラムに知見のある人間ではありませんが、イスラムが肖像画(なかんずく預言者の肖像画や銅像その他の造形物)を禁忌とするのは、詰まるところ、唯一神の絶対性(と唯一神との唯一の接続者である預言者)を守るためであると理解しています。

いわば、絵であれ他の造詣物であれ「これが神だよ」と説明される物が作られると、それが「新たな神」などとして一人歩きしたり、やがて多神教への回帰になるなど、唯一神への信仰が揺らぐ事態になるのを忌避したのではないかという理解です。

これに対し、私の知る限り、アイヌには「唯一神への信仰」なるものは存在せず、むしろ「万物に神宿る」の汎神論を徹底した思想(信仰)と理解しています。

アイヌは、上記の理由(描かれたものが魂を持ち亡者のような行動に及ぶとの思想)から、人物だけでなく、あらゆる物に対し写実画を禁じ、絵画の概念すら存在しない(抽象化した表現しか認めない)と聞いています(木彫りがあるので「人物像」を全否定しているわけではないのでしょうが、一定の抽象表現は施されているように思われます)。

いわば「徹底した一神教」がイスラムで「徹底した汎神論」がアイヌという点で、双方は両極にあると共に、「徹底」という点では類似しているのかもしれません。

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ところで、もう一つの「人類を代表する一神教」であるキリスト教は「神のもとの平等」という観念を通じて人類の本質的平等を案出し、科学技術の発展を通じて、近代人権思想(人間中心主義)に辿り着きました。

イスラムも、(西洋で中世は王権や教会権力との闘争や妥協、せめぎ合いがあったように)カリフなどの世俗的権力がかつては存在しましたが、本質的には「神のもとの(イスラム信者の)平等」という観念に立つことは間違いないと思います。

これに対し、汎神論に立つアイヌ(古代人の末裔)は、人間中心主義(人間の本質的平等を掲げる反面、人間の福利さえ実現できれば、他の存在に相応の被害・負担・抑圧が生じても構わないとの思想)を排し、「万物(自然)を尊び、万物と共に歩む」という思想に立っていることは間違いありません。

そして、現代社会が、強大になりすぎた人間の活動により世界の存続自体が脅かされており、その修正が求められている状況にあることは、流行り物のSDなんとかに論及するまでもなく、申すまでもない話です。

近年、突如としてアイヌ文化が注目されウポポイのような名所(新施設)ができたのも、根本的には「万物に神宿る」というアイヌの思想が、人間中心主義の行き詰まりを打開する可能性があるのではと感じる人が増えてきたことを示すものと言えます。

話が「イスラムとの比較」から逸れてしまいましたが、そうした「アイヌの思想の中核」とイスラムの思想の中核になることを比較すると、双方にとって新たに見えてくるものもあるかもしれません。

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ところで、私は数年前に突如、「日本国憲法には、人間の尊厳(13条)だけでなく、人に非ざるあらゆる存在(万物)の尊厳(13条の2)を掲げるべきだ」と感じるようになり、ささやかながら、ブログなどで、それ(憲法改正=新設)を提唱しています。

残念ながら、現時点ではネットの片隅で埋もれる日々ですが、願わくば、これを提唱する書籍を出版し、この思想を世に問いたいと思っていますし、その際には、その思想を共有している方々、とりわけアイヌ、琉球、そして蝦夷の末裔を自認するであろう方々には、賛同を呼びかけることができればと思っています。

冒頭にも書きましたが、日本人には、弥生人(人間中心主義=天皇のもとの平等)だけでなく、縄文人(万物の尊厳)の血も流れています。

汎神論(あらゆる物に神性や魂が宿るとの思想)は日本人の固有の精神だと述べる人も珍しくありません。

そのことを再確認し、世界にむけてご自身が何をできるか、すべきかを考えるためにも、ぜひ、皆さんも北方民族資料館に訪ねていただければ幸いです。

余談ながら、1階に掲示されたアイヌ絵(和人がアイヌの人々を描いた絵)を見ると、アイヌには眉毛が凄まじく太い(また、彫りも深い)人が多いと感じます。

そのような「眉の極太で彫りも深い人」で私がすぐ思い浮かぶのは西郷隆盛ですが、西郷さん=薩摩人も縄文の血を多く受け継ぐ人々と言われています(ただ、大久保利通は、典型的な弥生顔のように見えますが・・)。

西郷さん=薩摩人が維新期に大活躍したように、縄文の血も、活かし方次第では、維新のように日本人ひいては人類が新たな時代を切り開く原動力になるのかもしれません。

そうしたことも含め、縄文の血を引く人々が、根底にある思想を活かしつつ活躍する社会が開かれることを、願っているところです。

 

成都の腐海なマンションと風の谷への分かれ道

中国の成都に建築された「全戸に庭園と池を設置した、富裕層向けの高級マンション」で、蚊大発生して購入者が入居できず廃墟のような有様になっている、というニュースが話題になっています。

昨日=金曜の朝に洗濯物を干している最中、モーニングショーなのに風の谷の曲が流れてきたので、橋田壽賀子ドラマよろしく隣室で聞き耳を立てていたところ、このマンションの件を取り上げており、

蚊の大群に住民達が逃げて廃墟状態になったところで腐海の森の曲→コメントシーンへ、

となっていました。

で、そのマンションは全戸に池を設けており、蚊(ボウフラ)が繁殖しやすい環境なのに天敵(メダカ、ゲンゴロウ、カエル、ヤモリ等)が全くいない(から大発生した)、と羽鳥さんが述べていたので、私自身は、

だったら全戸(ベランダ庭園と池)にそれらの生物を標準装備すればいいじゃないか。それらの生物を狙って野鳥も来るし、それこそ生物の楽園になって子供も喜ぶでしょ。

と思ったのですが、コメンテーターの方々は誰もそのように発言せず、

「池の水を抜け、樹木を撤去せよ」

と口々に叫ぶばかりで、これでは、やむなく林を焼いて水を抜いた後の風の谷と同じじゃないか、せっかく曲が散々流れていたのに、この方々はあの映画から何も学ばなかったのだろうか、これだから都会の人達はダメだなぁ、

と、がっかりしました。

ちなみに、一茂氏だけは、ちょっとだけ「俺の海外の別荘は天敵がいるから蚊が出ない」などと自慢?していましたが、玉川さんとかが、いつもの剣幕?で、腐海を焼き払え・・ではなく、全部撤去せよと述べるのに気圧されて、一茂氏もすぐにそれに同調してしまったので、

全国の良い子のみんなは、きっと悲しんでいるに違いない

と、余計なことばかり思いました。

そんな光景を横目に、

もし、日本でメダカや昆虫などを飼育等する事業者が、「これらを使って蚊を減らしながら水と緑に囲まれた生活を取り戻して」と、天敵(人に危害のない生物)達を提供しそのマンションに安定供給する役割を担っていただければ、そして、ぜひ、その社長さんが、青い衣装で黄金色に染まった秋の高層湿原(八幡平とか四川なので九寨溝とか)から登場してくれれば、

このコーナーに、風の谷のクライマックスの曲が流れて、どんとはれ

という展開になったのになと、風の谷・・ではなく、八幡平の遙か麓で今も起案に追われる身としては、思わずにはいられませんでした。

ところで、この話をFBに投稿したところ、同業の某先生から

地震時などに各戸の庭園に持ち込まれた土の重さで倒壊するのではないか

と、ジョーク?が飛んできたのですが、その光景を思い浮かべたとき、いかにも「中国あるある」な話で想像するだに恐ろしいと感じつつも、

建物の奥から、大地の想いを集めた青い結晶が出現し、崩落する建物を尻目に、木々と鳥たちだけを連れて、大空に上っていく・・

という展開もありうるかもなどと、夢想せずにはいられませんでした。

新天皇陛下のご即位と万歳三唱の現在

先日皇居で行われた即位礼正殿の儀は、私もTV中継を拝見していましたが、ある方が「万歳三唱に少し違和感がある。それよりは君が代を歌った方がまだよいのでは」と仰ったのを機に、あれこれ考えが頭をよぎりました。

私の場合、儀式内容そのものに特段意見があるというわけではないのですが、TVのコメント等で「高御座は古代から用いられていた」とか「平安絵巻云々の装束等」の説明ばかりが繰り返されているのを見ると、「おことばも総理の寿詩も万歳三唱も、幾ら何でも当時は無いでしょ(明治以前に太政大臣が祝辞を述べたなんて話があるのでしょうか?)、そちらの方(大日本帝国が始めたことや個々の行為の由来や意義など)や平安朝~明治までの話には、どうして触れないんですか(TVで扱えない理由でもあるんですか)」と、その点ばかり気になって、後で少し調べていました。

恥ずかしながら、万歳三唱の由来も存じなかったのですが、wikiによれば、もともと中華皇帝の寿命を「万歳(1万年)」と称したのが言葉の発祥で、日本では大日本帝国の草創期に練兵場で軍人が明治天皇に向かって歓呼したのがきっかけとなり、それまで天皇に対し群衆が歓呼する言葉(様式)がなかったため、明治政府の検討を経て定着したのだそうです。

で、万歳(三唱の歓呼)とは「天皇陛下の健康と長寿を(臣下が)祈念すること」とのことですので、括弧内の部分はさておき、(本質的には古代から中世、現代に至るまで)日本国統合の象徴的権威であり続けた天皇の役割に照らし、国民が万歳三唱をする(弥栄を言祝ぐ)こと自体が、直ちに間違っているという印象はありません(但し、天皇と中華皇帝は役割・本質が全く異なるため、その点はどうかとは思いますが)。

ただ、それでも「天皇陛下を人民(の代表たる総理)が仰いで万歳三唱する光景」に一定の違和感が生じざるを得ない(複雑な気持ちを抱く人がいる)のは、やはり15年戦争(大東亜戦争=日中・太平洋戦争)の出征風景やバンザイ突撃に象徴される、全体主義的な(「みんなの都合」で個人や他者に理不尽な犠牲を強いた挙げ句に敗亡した)悲惨で暗い時代の記憶が、今も国民に共有されているからなのだと思います。

言い換えれば、万歳三唱という言葉・儀式ないし意味自体に罪はないものの、あまりにも残念な使われ方をされてしまったため、「ケチがついた」と言わざるを得ない面があるのではと感じています。

万歳三唱は、平成(上皇)の即位式でも行われましたが、昭和は戦前も戦後も(たぶん右も左も)、良くも悪くも集団主義(悪く言えば全体主義)の時代ですから、その総括がなされていない状況で、海部首相が万歳三唱をすることに違和感を呈する人は、(反政府ないし反自民など、一定の立場のある方を別とすれば)あまりいなかった(そのような声は、戦争の記憶がまだ色濃く残っていた割に、ほとんど出なかった)のではと思います。

これに対し、平成は(個人主義とまで言うかは別として)良くも悪くも集団主義が解体されていった時代なので、それなのにまだ万歳三唱なのか(今もそれしかないのか)、と違和感(時代遅れ感?)を感じた国民は、少なくとも平成元年よりは多くいたのではないか、というのが私の印象でした。

私は万歳三唱の間の今上陛下の表情をずっと拝見していましたが、その際の表情は、TV解説者がしきりに強調していた「自然体」というよりは、ある種のぎこちなさというか、硬いものであった(少なくとも、万歳三唱されて喜んでいるという様子ではなかった)ように感じましたし、それが「重責を担う緊張感によるものだ(に過ぎない)」という理解だけで良いのか、「国民一人一人の喜怒哀楽に寄り添う」ことを象徴のつとめとして掲げた平成・令和の両天皇の姿勢などを踏まえて色々と考えさせられる面があったように思います。

そうであればこそ、昭和の時代はまだしも、平成の30年間(或いはこの1年間)に「次も万歳のままでいいのか、天皇制を言祝ぐ、ケチのつかない別な言葉(儀式)を考えるべきでは」という議論があって良かったのかもしれません。

それこそ、現在の即位式のあり方に批判的な左派勢力などから即位式のスタイルに関する新たな提案があっても(そうした形で議論の先鞭を付けても)良かったと思いますが、政治関係者がこのテーマで世論喚起するのは難しいでしょうから、いっそ社会派志向のあるお笑い芸人とか文化人の方々などが、万歳三唱に代わる現代の=新天皇に相応しい別な言葉(儀式)を考える試みなどがあってよいのではと思ったりもしました。

また、本当は、こうしたこともTVでは議論されるべきでしょうから、一局くらいは、せめて儀式の直後にでもそうした朝生的な討論番組を行ってもよいのでは、とも思ったりしました。

ともあれ、こうした儀式を拝見すると、改めて、天皇は現在もなお神の依代としての役割を期待されている(国家・国民により担わされている)のだろうと、その重責に対し、ある意味、気の毒に感じます。

見方によっては、天皇もまた、万歳のかけ声と共に、理不尽な役割を強いられている存在なのかもしれませんし、陛下の表情は「今も(社会統合のため)現人神(依代)を必要とし続けることに、皆さんは本当にいいのですか?」と語っていると解釈する余地もあるのかもしれません。

そして、そうした感想と共に、この制度(いわゆる国体)の数十年、数百年後の姿について色々と考えさせられたという点で、TV特番を拝見したこと自体は大いに意義があったと思います。

殺傷事件から考える、ひきこもり問題の解決のあり方

川崎市の無差別殺傷事件で、犯行中に自殺したとみられる被疑者(犯人)が長期のひきこもり状態だったとのニュースが取り上げられていますが、私も以前、長期間のひきこもり問題を抱えていた方に関する傷害事件に携わったことがあります。

詳細は差し控えますが(無差別系の事件ではありません)、他者と社会生活上の関係を築くことができない状態が長く続くと、家族など周囲の方を含め、残念な悪循環が様々な形で生まれる一方、破局的な事件が生じるまで第三者が解決に関与しない展開になりがちであることは確かだと思われます。

それだけに、早い段階で本人を「陽の当たる場所、暖かいと感じることができる場所」に連れ出し、その人なりの居場所や生きがいを社会内に見出すことができる程度に心を温める営みが、公的機関など第三者の関与のもとで行われるのが望ましいでしょうが、私の知る限り、そのような制度や営みなどというのは、ほぼ聞いたことがありません。

私が関与した事件でも、行政その他が自宅訪問その他の関与を行ったという話は全くなく、私が関わった後も、第三者の関与・支援という話は、限定的なものに止まりました。

また、私の関与(の原因となった件)を機にご本人を心療内科などの医師に診て貰った方がよいのではとご家族にお願いしましたが、医師からは治療対象ではなく来る必要はないと言われたとのことで、ひきこもり問題には、医療以外のアプローチが必要となる方も多いのかもしれません。

少なくとも私が関与した事件では、就労や人間関係の構築のトレーニングができる通所施設(サービス)のようなものを本人が早期に利用できれば、その後に深刻な対人トラブルを生じさせることもなかったのでは(簡単ではないにせよ、ご本人は、社会適応が全くできないタイプの人ではない)と感じる面はありました。

いわゆる池田小事件を契機に心神喪失者等医療観察法が制定された(と言われる)ように、あまりにも犠牲の大きい今回の件を機に「支援法」に止まらない一定の強制措置も伴う「ひきこもり対策法」制定の動きが生じるかもしれないと感じていますが、幾つかのネット記事などで言及されているように、当事者にとって北風ではなく太陽となりうる施策を図っていただければと思っています。

この仕事の性質上、「その後」に全く関わっていませんので、あの方々は、今、どうなっているのか、どのような思いでこのニュースを眺めているのか、ふと思ったりしました。

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と、FBに書いて投稿したところ、他の方から、秋田県藤里町の取組みをご紹介いただきました。
http://fujisato-shakyo.jp/hikikomori

今回の事件のように暴力性向が進んでしまったように見受けられる方だと、若い頃に適切なフォローができないと現時点での対処に難しい面が伴うとは思いますが、ご本人に社会復帰の意思が十分あるケース(大半はそうだと思いますが)なら、藤里町が行っているような取組で、一定の成果を上げることができそうな気がします。

藤里町の現在も含め、健全な方向で議論や取組が深められることを願っています。

また、問題を抱えた方とのコミュニケーションに奮闘した経験をお持ちの方から、厳しいご意見もいただきましたが、すでに社会現象化して久しい状態を放置してよいのかという問題はあり、とりあえず、ちょっとだけでも太陽のもとに多少無理にでも引っ張り出してくる制度(担い手)は、あってよいのではと思っています。

少なくとも、限られた人間との不自然なコミュニケーションだけが続くのは望ましいことではなく、子供についてしばしば言われるように「家族以外の良識ある多くの他者と接触する機会」を持たせることが望ましいと思います。

言動が不安定で暴力リスクを感じる方をどこかに長期隔離するようなものは、昔に保安処分制度という形で散々議論されたように賛成できるものではありませんが、通所的なものなら、精神科の保護入院制度のように、親族などの希望に応じて、ある程度の(緩やかな?)義務づけはあってもよいのではと思ったりもします。

もちろん、そのためには、なるべく平穏に家から連れ出す必要があり、暴力リスクのある方だと最後は警察云々の出番になるかもしれませんが、可能であれば、民間(地元)の屈強かつ良識ある有志による説得、といったような営みがあれば有り難いのでは、と感じています。

ひきこもり支援(就労対策など)を民間の「善意」に丸投げするようなことになってしまうと、良心的な支援者が本人の職場放棄や社内トラブルなどを抱えて疲弊したり、中には搾取などの問題が生じることもあるでしょうから、担い手支援や公的関与など透明性の確保を図る工夫が必要かとは思いますが、そうしたことも視野に入れて、取り組みや制度が深化するのを願っています。

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余談ながら、川崎市の事件では、被疑者が家庭環境に恵まれず養育先となった家庭で自身が公立小学校、養育先の同世代のお子さんが標的となった小学校に進学したとのことで、そのことが犯行動機に影響している(要は、不遇な少年時代の代償を求める趣旨で、その小学校の通学児童を標的に選んだ)のではないかと推測されるものとなっています。

この仕事をしていると、犯罪行為に及ぶ人の中には、長期に亘り不遇な日々を余儀なくされた方が、まるでその日常ないし人生の代償(いわば、その人にとっての「ハレの日」)を求めるような形で、たまたま社会の隙を見つけたときに犯罪に流されてしまうという光景を垣間見ることがあります(私が刑事弁護人として関わったのは、主として、凶悪な殺傷ではなく窃盗絡みの事件ですが)。

ですので、社会が許容・容認或いは(可能なら)歓迎できる形で、不遇感を余儀なくされる日々を過ごした(過ごしている)方に、人々に迷惑を掛けないまっとうな形での「ハレの日」(一部の成人式のように、人によっては多少の違和感や見苦しさなどがあったとしても、そうしたものへの寛容さを含めて)を提供できるように、社会側に様々な工夫や努力が求められるのではと思っています。

新宿のシン・ゴジラと「リアル脱出ゲーム~僕のまちの破産からの脱出~」

今年の夏休みは「群馬の保渡田古墳群と埼玉の忍城と吉見百穴に行きたい」との私の提案が無慈悲に却下され、家族の専断的決定により新宿で行われている「東京ミステリーサーカス」の「シン・ゴジラからの脱出」に行くことになりました。
https://mysterycircus.jp/shin-godzilla/

私は「脱出ゲーム」が取り上げられたTV番組は見たことがないためよく分かりませんが、要するに、特定のテーマを素材にして2~4人で一組となり会場内で主催者から様々な課題(謎解き)を与えられ、答えを出して最終問題の解答に辿り着けばゴール、という仕組み(ルール)になっているもののようです。

で、家族が「シン・ゴジラ」を観て過剰に気に入ったため、これをテーマとした脱出ゲームをやってみたいとのことで、私も同行を余儀なくされたものです。

「ネタバレ禁止」なので込み入ったことは書けませんが、要するに、参加者は「巨災対」の一員となってゴジラを停止させる方策を立案するための謎解きゲームを60分の制限時間の中で繰り返し(計6~7個)行うというもので、映画をご覧になった方であれば、概ね問題なく楽しむことができ、大人でも相応に難しいと感じるように思われます(私がその種のものが不得手なだけかもしれませんが)。

そして、進行役となるスタッフの方々は「局長」役の方をはじめ相応に話芸などの訓練をして臨んでおり、終盤のシナリオを含め最後まで飽きさせずに拝見できたように思います(値段も相応のようですが)。

ところで、「何人かが集まって紙を広げてああでもない、こうでもないなどと話をしながら何某かの成果物を作って伝達する」という作業は、JC在籍時に、いわゆる「ワークショップ」で何度か経験しています。

ただ、私が経験した「ワークショップ」なるものは、各人が好き勝手に発言した内容を付箋にペタペタ貼り担当者が何となく内容をまとめて発表して、主催者が「皆さん頑張りましたね~」などと予定調和的にお褒めの言葉を述べるものの、それを起点として社会が何か実際に変わるわけでもなく、私にとっては面白くもなく、あまり有意義とも思えない営みだったというのが正直なところでした。

ですので、どうせ「ごっこ」の類に過ぎないのなら「夢中になって取り組むことができ、最後まで飽きさせない創意工夫が散りばめられている」こちらの脱出ゲームの方が遥かにマシではないか(だからこそ、安くない料金を払ってでも満席盛況の日々となっているのではないか)、言い換えれば、巷に溢れる「ワークショップ」なるものも脱出ゲームを参考にして参加者に様々な共同作業をさせたり謎解きのような娯楽性を備えた手法を開発した方が、結果として参加者にテーマに対し関心をもって取り組む動機付けを持たせることができるのではないか、などと思ったりもしました。

というわけで、「リアル脱出ゲーム~僕のまちの破産からの脱出~」の企画案(導入部)を考えてみました。

それこそ、山崎亮氏や木下斉氏などが脱出ゲームのライターの方と組んで、参加者を熱狂させる「あっと驚く、問題解決のシナリオ案」を擁して、全国の人々に「まちの様々な問題に取り組むマインド」を伝道していただければと思っています。

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君が住むA県B市は、20年前に当時の市長が推進した大規模リゾート構想の失敗などで巨額の債務を抱え、破綻の危機に瀕している。

役所内に飛び交う噂では、今日にもデフォルト(支払不能)宣言をして市内で行われているライフラインの供給や各種行政機能が停止し、多くの市民や企業がこのまちの未来を諦め遠方の大都市に転居・移転することになるかもしれない。

そんな中、若い市長の呼びかけにより、優秀だが地元では有数のはぐれ者、一匹狼、変わり者、オタク、問題児・・(以下略)の面々が秘密裏に集められた。

破綻必至の巨額累積債務対策本部。通称「巨債対」。

君達は、副市長から委嘱された特別チームとして、巨額負債の原因となった市内の様々な問題に解決し、行政、議会、経済そして人々の意識を改革する作業を通じて、市内の社会経済全体の機能停止と破綻を防げ。

制限時間は60分。間に合わなければ、この街は倒産する。」

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余談ながら、新宿では、牡蠣狂いでありながら数年ほど生牡蠣がご無沙汰になっていた同行家族の恫喝と強要により、いわゆるオイスターバーで食事をとりました。

すると、店内入口のガラスケースに「赤崎」などと書いてあったので、大船渡の赤崎かと思ってメニューを見ると、大槌産、米崎産、釜石産などと岩手のオンパレードになっていましたが、それ以上に、夏なのに岩手の牡蠣=真牡蠣が生で食べられる(そうした技術が創出されている)ことに大いに驚かされました。

メニューには岩牡蠣と真牡蠣が数個ずつ掲載され、岩牡蠣は九州などのもの、真牡蠣が岩手と宮城のものと表示されていましたが、真牡蠣も岩牡蠣に負けず十分に美味しくいただくことができたように思います。なお、店内で提供している日本酒も岩手のものでした。

ともあれ、久しぶりに贅沢な食事をしたせいか、お店を出る頃には、

牡蠣喰えばカネが無くなり放心し

というのが正直なところで、幸い当家は現在のところ「巨額債務で破綻必至」にならずに済んでいますが、収益力に見合わない出費が続くことのないよう、財政健全化に努めたいものです。