北奥法律事務所

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個別の法的問題等

盛岡市議との懇談会と「弁政連のあるべき活動」に関する幻の意見書(第2回)

前回に引き続き、先日の盛岡市議さん達との懇談会のため用意した(ものの、会場でボツ扱いになり闇に葬られた)レジュメ(資料1)です。

標題のテーマ(地方で執務する弁護士が、地方における民主主義と人権保障の拡充の向上のため、何を考え何をすべきか)に関心のある方は、ご覧いただければ幸いです。

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資料1 日本弁護士政治連盟や弁政連岩手支部の「きほんのき」と実情・課題の考察

日本弁護士政治連盟は、日弁連の政策を立法等を通じ政治的に実現することを目的として昭和34年に設立され、昭和期はさしたる活動がみられなかったものの、平成期には、隣接他士業(司法書士・行政書士・税理士・弁理士など)の職域拡大に関するロビー活動に触発される形で全国の弁護士会ごとに支部設立が行われるようになり、岩手支部は平成23年(震災直前)に設立されています。

岩手支部は、発足以来、概ね年に1~2回の頻度で、県内選出の国会議員や岩手県議会議員の方々との懇談会を実施しており、基礎自治体(市町村議会など)との交流は前2者と比べて少ないものの、数年前には盛岡市議会議員の方々との懇談会を実施しています。

他方、首長(知事・市町村長)との懇談会等は、岩手では実施例がありません(他支部=他県等では実施例もあります)し、自治体行政部局との関係でも同様と思われます。

弁政連本部(日弁連会長OBなど重鎮の方々)は、定期的に主要各政党や政府(弁護士出身の政務三役、とりわけ法務省関係者など)との懇談会を行っているようです。

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冒頭のとおり、弁政連の趣旨・目的は「日弁連ないし弁護士業界が、社会正義や弁護士業務の適性確保などの見地から実現したい(すべき)政策(立法=法律・条例等の制定や行政による事業化・予算措置など)を政治部門を担う方々(議員や首長)にお伝えし実現を要請させていただく点にあります(他士業と違い?職域拡大への関心は低そうですが)。

そして、法律実務の専門家集団たる弁護士の団体である以上、単なる「陳情」に止まることなく、条例その他(政策実現のための各種文書)の起案であるとか、条例等の必要性を支える基礎事実(いわゆる立法事実)の収集・分析・報告等、政治部門(議員や首長、行政部局など)との折衝、さらには自分達の陳情だけでなく、政治部門の要請に基づく法律実務シンクタンクの受託者そしてロビー活動の従事者・補助者としての役割を果たすことが期待されていると言えます。

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が、いち末端窓際会員としての私が垣間見てきた限り、岩手支部は言うに及ばず弁政連本部や他県支部などが、その役割を現に果たしているのか判然とせず、実情としては各種議員さん達との単発的な(悪く言えば、その場限りの)懇談会等を続けているだけのように感じています。少なくとも、個別の陳情について、条例等であれ議会の決議等であれ、政策として実を結んだという話を聞いた記憶がありません。

また、岩手支部の過去の岩手県議さんとの懇談会では、関心をお持ちの議員さんが多いテーマ(震災対応、養育費など)を取り上げた際は、多くの質問等があって盛り上がったものの、その議論等が「その後に具体的な政策として生かされた」という話は存じません。

まして、多くの議員さん方に馴染みの薄いテーマ(ご自身の社会生活や議員活動で現に取り扱ったり接することが乏しい事柄。例えば、司法制度改革、刑事法制等)については、担当弁護士の資料に基づく説明を聴取等いただく以上のやりとりは無かったと思います。

所詮、相手(議員側)が強い関心を抱いているわけではない事柄の陳情(説明)ばかり繰り返しても、相手が関心のない(自分=話し手しか関心がない)話題で異性を口説こうとしているようなもので、上手くいくはずもありません。私が今回「内舘市長の政策を取り上げては」と話したのも、まずは聞き手が関心を持つテーマを懇談の対象とすべきでは(相手のニーズに適うサービスから始めるべきでは)と考えたからでした。

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また、弁政連のあるべき活動は、いわゆるロビー活動(ルール策定交渉)や「最近話題の法的論点」について政治家の方々と懇談等することに尽きるものではありません。

地方議会の主要な目的(活動原則)は、地方行政の運営者である首長及び自治体各部局に対し、適切な自治体運営がなされるよう監視や評価を行い働きかけることにありますが(盛岡市議会基本条例2条参照)、議会ないし各議員は、住民の代表者として選挙結果に基づく地域内の民意を適切に反映させる(民主主義)と共に、多数決の横暴・濫用にならぬよう、住民全員の権利擁護や福利(人権保障)も確保する(行政に確保させる)姿勢も強く求められている(それが憲法の地方自治制度に対する付託である)と言えます。

地方自治の本旨(憲法92条)は、団体自治(中央政府からの独立)と住民自治(民意反映)が強調されることが多いものの、根底には「多数決原理と人権保障の調整」という統治機構制度の全体に流れる基本思想を含んでいる=地方政治家はその担い手であることを銘じていただきたいと思います。

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そうであればこそ、地方政府の意思決定権者(首長及び地方議会議員)がご自身の職責を適切に果たすためには、人権保障の「もう一人の担い手」たる法律実務家(弁護士等)との協働(時には緊張関係)が不可欠なのであり、双方(地方政治家と地域内弁護士)は、様々な形で、「互いに関わる(刺激し合う)こと」が求められていると言えます。

米国では国会議員が議員立法などを行うため法律専門職たるスタッフを抱えることが珍しくないそうですが、それを直ちに模倣することは無理でも、例えば、市議会の委員会活動の充実化のため、弁護士会や個別弁護士に協力を求めること(そうしたものを通じて、日常的に業務上の関わりを持つこと)はあってよいはずです。

この機会を「単なる世間話と酒飲みの会」で終わらせないためにも、これを機に、皆さんの方から「よりよい市政のため、弁護士(会)にこうしたことをして(検討して)欲しい」と働きかけていただくことを、ぜひご検討下さい。

 

盛岡市議との懇談会と「弁政連のあるべき活動」に関する幻の意見書(第1回)

本日、弁政連岩手支部と、盛岡市議会の最大会派「盛友会」の議員の方々との懇談会があり、名ばかりですが支部の理事をしていることもあり、参加しました。

それに先立つ支部の会議で「内舘市長の公約や市政の課題に関し弁護士の観点から議論すべきことを取り上げることはできないか」と述べたところ、支部長の先生から、貴方が準備しなさいとの指示を受けたので、自分なりに考えたことをレジュメにまとめて用意しました。

が、当初から予定されていた他のテーマ(成年後見人の報酬助成等)のほか、直前に別のテーマが追加され、それらで時間切れだとの理由で、当方のレジュメ等には一切触れられることもなく、あたかも最初から存在しないものとして、終了が宣告されてしまいました。

私は、支部運営をされている他の同業の方々とは活動のあり方について多少異なる考え方を持っているほか、私よりも若い方々とは人間関係も希薄で疎遠になるばかりの有様で、その点も、そうした取り扱いに繋がったのかもしれません(心底嫌われているのかもしれませんが・・)。

ともあれ、いじめ被害だなどと嘆いても致し方ありませんし、もともと様々な方に考えていただきたいテーマでもありましたので、市議の方々にお伝えするのに代えて、こちらで掲載することとしました。

地方の弁護士と地方議会議員が関わりを持つ意味、或いは地方自治における民主主義(国民主権)と人権保障の実現・調整などという抽象的なテーマに関心のある方は、ご覧いただければ幸いです。

まあ、私にとっては日暮れて道遠しというほかなく、己の無力を嘆くばかりですが・・

今回は、レジュメ本文を載せ、第2回から第4回までは今回の末尾に資料1~資料3として表示(記載)した文章を載せることとしました。

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弁護士政治連盟・岩手支部 R05.11盛岡市議(盛友会)懇談会 担当資料
~弁護士と市議会議員との交流のあり方に関する考察と実践について~

文責 弁護士(弁政連岩手支部会員・理事) 小保内義和

はじめに(本稿の経緯及び趣旨について)

今回、盛友会(盛岡市議)の方々との懇談会を行うにあたり、どのようなテーマ(市議の皆さんへの陳情対象)を取り上げるべきか、支部理事会で協議がありました。

その際、会内で長年の課題になっている「成年後見人の無報酬事案に対する公的助成」(身寄りのない方への公的支援その他の必要性から後見申立がされ、弁護士等が後見人に選任されることになったが、被後見人が資産ゼロで僅かな年金又は生活保護費しか収入がなく、施設費や生活費等で完全に使い切ってしまうなど、後見人への報酬原資が全く無いため、後見人がタダ働きせざるを得ない=自営業者たる弁護士には本来は受任不能の事案について自治体に報酬相当額の助成を陳情したいという件)を取り上げるべきとの意見が出ました。そして、後見等に関する他の問題の説明等も含め、Y弁護士に担当いただくことになりました。

が、それ以外に、どのようなテーマを扱うべきか、さしたる意見が出ませんでしたので、当職から次のような意見を述べました。

「内舘市長の当選に伴い、新市長が従前と異なる新たな政策等を打ち出してくると見込まれるが、推進の立場であれ批判の立場であれ、掲げられた政策を実現する上で取り扱わなければならない(直面する)であろう法的課題を検討・協議することが、市議会議員と弁護士の懇談のテーマとして相応しいのではないか。

いずれの立場であれ、市長・市役所(行政側)が承認を求めてきた政策について、実現する上で直面するはずの課題を抽出し、賛同側であれば解決の道筋を立て市長・担当部局に提言したり、反対側であれば、解決困難な法的論点を確認・指摘し市長らに軌道修正を求めることが、市議会議員に求められる主要な役割の一つというべきである。

ゆえに、その前提(議員が職責を全うするための補佐)として、政策のうち法的な事柄について、課題の抽出や検討、提言(多数の住民にとって利害関心のある事柄についての法的シンクタンク機能)を担うこと(そして、それを議員側が活かすこと)が、弁政連=地元弁護士集団と地方議会議員との交流のあるべき姿ではなかろうか」

・・結論として、「だったら、お前がやれ」ということで、担当のお鉢が回ってきました(余計なことを言うんじゃなかった?)。

ただ、その後、テーマが追加(生活保護、再審)され、私の担当は「その他」=オマケ扱い(時間切れならカット)となったので、長講釈は不要であることが分かりました。

また、事前情報によれば、今回の懇談会は谷藤前市長の慰労会と重なり、議員の方々の多くが懇親会(宴会)の途中で退席なさるとのことで、他の方々の報告・懇談のあとは、むしろ、フリートーク的な場にした上で、議員の方々に弁護士(弁政連)に期待すること(自分達=市議会・市政のため汗をかいて欲しいと思っていること)などを自由に語っていただいた方が望ましい(ので、私が下らない話をベラベラ喋って時間を浪費しない方がよい)とも思われました。

また、私の知る限り、これまで「何のために我々(弁政連岩手支部)は地方議会議員の方々との交流の機会を求めているのか(地方政治家と地方の弁護士との関わりは何のためにあるのか、何を目指すべきなのか)」について、原点・本質に立ち返った協議等をしたことが無く、一度はそうしたことを整理してお伝えすべきではないかと思っていました。
 
そこで、私の担当時間(せいぜい10分程度?)は、これらに関する基本的な考えや、内舘市長の掲げた公約等について、私なり「弁護士の立場から見た感想」、或いは、この機会に議員の方々にお伝えした方が良いと考えたことなどをレポートにまとめて、手短に口頭でお伝えし、あとは、それを踏まえて、感想であれ、ご自身のお考えであれ、議員の方々に(とりわけ懇親会に不参加又は途中退席される予定の方を中心に)、自由にご発言いただくこととしました。

交流の実を結びますよう、積極的なご意見・ご発言をよろしくお願いいたします。

なお、申すまでもありませんが、今回のレポートは全て、私(小保内)個人の意見等を述べたもので、弁政連や岩手支部としての見解等では微塵もありません(内部で取り上げられることもないので、折角の機会を活用し、これまで思ってきたことを書いてみました、というのが実情ですので、関心のある方は、後ほどチラ見いただければ十分です)。

【添付資料】
1 日本弁護士政治連盟や弁政連岩手支部の「きほんのき」と実情・課題の考察
2 弁護士(ないし弁政連)と市町村議会議員の交流等のあり方に関する一考察
3 内舘市長の公約等に関するノンポリ無党派弁護士からの一考察(雑駁なもの)
4 当事務所ブログ集(今回に関わりのあるもの)
①上川あや氏(世田谷区議)の著作書評、②前回市長選の投票日直前に掲載した論考

(以下、次号)

 

現状では少額しか認容されない長期困難訴訟(セクハラその他)に関する抜本的改善策(弁護士費用保険、短期審判+費用負担命令など)について

プロスポーツ選手(ガールズ競輪)の養成指導者がセクハラ行為をしたとの理由で提訴された訴訟で、450万円の請求に対し、指導者による一定のモラハラ行為が認定され賠償が命じられたものの、認容額が11万円であったとの報道を拝見しました(無料公開された限度でのみ)。

記事の事案そのもの(認容額や認定事実の当否)については具体的なことを何も存じませんので意見を述べる考えはありません。

が、事案から離れた一般論として述べると、11万円の認容額のために膨大な苦労と精神的負担を余儀なくされる訴訟を起こしたいと思う人はいませんし、弁護士も通常は受任できません。

この事件の審理状況などは存じませんが、熾烈な主張立証の応酬と複数の尋問を含むフルコース訴訟なら、弁護士費用保険(日弁連LAC)のタイムチャージ換算で50万円でも大赤字、100万円でトントンになるかどうかというレベルだと思います(当事務所の経費換算では)。

そして、裁判所が現在決めているこの認容額。これらの事情は、この種の相談を受ける都度、すべて私が相談者に説明している事柄であり、そのせいか、私はこの種の相談は時折受けているものの、訴訟を受任したことは一度もありません。

この訴訟の原告代理人がどれだけの費用をいただいているかは存じませんが、ご本人等が富裕層で認容額に関係なくタイムチャージどおり支払ってくれるなどという有り難いお話でなければ、恐らく(私も法テラス系など少なからぬ事件で経験しているように)限られた費用で大赤字に耐えて尽力されたものと思われます(事務所経費の負担があまりない低コスト弁護士さんもいますので、一概に言えないことですが)。

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もちろん、コミュニケーションのトラブルは、往々にして「どっちもどっち(お互いさま)」の要素が絡んでいることが珍しくなく、認容額が少額となっているのも、裁判所がそうした認識に立っていることの表れで、そのこと自体は多少やむを得ない面があると思います。

ただ、「自分は強い辱めを受けた、このままでは終われない、相手に一矢報いたい」という気持ちを抱えて生きることを余儀なくされた人達にとっては、こうした形で「今の社会では諦めるしかないんですよ」と扱われてしまうと、社会に希望を失い、やがて様々な形で社会に復讐することもあるのかもしれません。

そうしたリスクを抱えて人々の不満を抑圧する現在の社会を続けるか、敢えて不満と向き合い決着の場を支援する社会に切り替えるか、我々の選択が求められていると言えます。

結論として、軽微又は本人の非が大きい無理筋事案はさておき、現在の社会通念に照らして看過すべきでない、法廷に持ち込むべき価値のある事案については、弁護士費用保険などを強化して、本人の負担を大幅に軽減する形で真っ当な価格で弁護士に依頼できる仕組みを作るべきだと思います。

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例えば、モラハラ問題に限らず、解雇などを含む業務上のトラブルに関する紛争を対象とする弁護士費用保険を作り、保険料は所得に応じて年間数百円+α程度を源泉徴収しつつ、企業や自治体などが補助を出したり特約で保険料を上乗せすれば、タイムチャージの限度額を超えた対応も得られる(自己負担がなくて済む)、といった制度があれば、依頼する弁護士の費用負担は劇的に解消されるでしょう。

被保険者を同居家族とすれば、学校でのトラブルなども対象にできるかもしれませんし、自治体の援助内容次第で、住民獲得競争などにも影響するのかもしれません。

ただ、モラハラ申告などは交通事故と比べて無理筋相談が頻発せざるを得ないので、保険適用の可否を判断する事前審査が必要であり、その点も含めて保険会社や弁護士業界との協議が必要になると思います。現実には、事前審査で却下される例が多数生じるでしょうから、そこが事実上の第1審になるのかもしれませんが。

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また、弁護士費用以前の問題として、「もともと少額しか認容されない訴訟に膨大な手間や高額な経費が必要となること自体が間違っている=早期・簡易の紛争解決を可能とする仕組みを整備すべきでは、という点があります。

この点は、冒頭で述べた「フルコース訴訟」という展開になる前に、例えば、現在の労働審判のように、早ければ第1回又は第2回期日で裁判官が暫定的な心証を示して和解勧告し、なるべくその内容で和解を成立させる(尋問用陳述書や尋問など膨大な作業を当事者に強いるのを避ける)ことができれば、日弁連LACの基準(タイムチャージ30時間)の範囲内で大半の訴訟を決着できるはずです。

あくまで和解勧告ですので、形式的には双方に拒否権を与えますが、裁判所は拒否した当事者に対し、その後の判決等までの審理のために拒否された側が要した弁護士費用の実額(タイムチャージ制を前提とすれば、膨大な額になります)の全部又は大半を負担させる制度を作れば、事実上、勧告拒否に対する極めて強力な抑止力になり、大半の事件が和解勧告で終了することになります。

この種の訴訟は、被害者(請求)側だけでなく加害者(被請求)側も相応の事情があれば(不当・過大請求とか過失と評価できるなど)、弁護士費用保険が利用できるようにすべきだと思いますが、双方とも現行LACの30時間制で運用すべきで、かつ、勧告を拒否した場合は原則として以後の保険利用を不可とすれば、加害者(被請求)側の不当拒否への抑止だけでなく、被害者(請求)側の過大請求への抑止力としても十分に機能するはずです。

もちろん、相手方(敗訴者)負担に慎重な対応をとるべき事案もあるかとは思いますが、大半の事案では適切な運用が図られ、少額事件で膨大な時間と労力を当事者が強いられる(受任弁護士も大赤字を余儀なくされる)ことが大幅に減ると思われます。

その上で、裁判所や行政などが認定基準や慰謝料その他のガイドラインなどを作成・公表すれば、現在の小規模交通事故の大半のように、短期・簡明な解決が大きく促進されると思います。

十数年前、弁護士費用の敗訴者負担制度に関する議論が盛り上がった際には、環境系訴訟など「大企業相手に困難な訴訟に挑む、勝てないが社会的に意義のある訴訟」に従事する方々の猛烈な反対で頓挫したと認識しています。

が、そのような特殊事案には適用しないとの前提で「普通の少額事案を早期・簡明に終わらせるため(勧告拒否へのペナルティ=受諾のインセンティブ)としての「勧告拒否者の弁護士費用負担制度」を考えて良いのではと思っています。

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なお、「そもそも11万円では被害者が報われない」との点については、日本の裁判所が言葉の暴力への対処に冷淡な態度を続けてきたことが根底にあり、非常に根深く難しい問題です。

何より、裁判官は物理的暴力はしませんが(だからこそ、物理的暴力=事故のケガ等には高い慰謝料を命じる)、真綿でジワジワと首を締めるような言葉の暴力は大好きですので(弁護士や検察官も)、言葉の暴力にカネを払えというのは裁判官(法律家)の自己否定につながりかねず、容易に解決できることではありません。

(皆、膨大な勉強を続けて激しい知的対決を要する高ストレスの厳しい世界で生きている方々ですので、知的怠惰を感じた相手に厳しい態度を示すのは職業病としてやむを得ない面はあります。法律家に限らず医師など高学歴系職業に共通の性癖でしょうが)

結局のところ、人間の尊厳とは何か、総論と各論の議論をそれぞれ深めた上で、最終的には法律や各種GLなどで慰謝料増額要素の基準を明確化して裁判所に働きかけていくほかないのかもしれませんし、それは政治=国民に求められる役割だとも言うべきでしょう。

本当は、弁政連岩手支部などでも、地元の県議さんや市議さん達などと、こうした議論(ひいては議会決議などに繋げる)ができればよいのですが、万年窓際会員の身には、雑談や宴会の段取りばかりの光景を黙って拝聴する程度のことしかできず、非力さを嘆くばかりです。

・・・あっ、これも「言葉の暴力」ですかね・・かくて人類は不毛なりき。

 

信用生協相談と北上とのご縁の今昔

先日、信用生協(岩手弁護士会消費者委員会と協力関係にある岩手独自の特殊な金融機関)の相談事業の担当者として、北上駅前に行きました。

この相談会は、電車賃+α程度の日当が支給されるだけですので、新幹線で来ると実費だけで赤字になりますが、債務整理案件の相談を受けて受任することが多いと言われており、それ=受任報酬で「モト」をとってね(モトがとれるから担当してね)と内々では言われています。

私の場合、かつての弁護士過疎+債務整理特需の時代の後遺症?で、一人で稼がなければならない事務所の経費が若い同業の皆さんよりもかなり高額となっており(盛岡も、今や私のようなボチ弁は少数で、経費を分担する複数事務所が多い)、事務所の存続のためにも、こうした機会に少しでも債務整理事案の受任ができれば今月もどうにか事務所が存続できる・・との思いで、恥ずかしながら参加させていただいています。

が。

今回、北上地区を担当する弁護士は2名で、配点表を拝見したところ、債務整理系の相談は隣のブースで相談を受ける某先生に集中的に配点され、私の担当案件は、家族が残念サイトに手を出したとか、相続放棄したいとか、○○書にハンコ押しちゃったのよとか、相談のみで終了する(せざるを得ない)案件ばかり・・・

さすがに意図的というわけではない(偶然そうなった)のでしょうが、弁護士会の消費者委員会でも、ほぼ幽霊部員と化しているので、そうした人間には「日頃の行いが」の見えざる力が働いてしまうのでしょうね・・・

(と思っていたら、最後、早く終わった方に配点すると言われた1件だけ無事に受任見込みとなりましたが)

幸い、お昼は弁当を出していただき、実費ベースでもモトをとることができました。

が、数年ぶりの参加ということもあり、弁当を頂戴できるのを当日まで失念しており、昨日は北上のラーメン店情報を検索し、駅のすぐ北にあるオサレラーメン店の食べログ情報を眺めて脳内唾液を流しまくっていたのです。

というわけで、弁当をいただいた後、散歩がてらお店の目の前まで赴き、いつの日か必ず来るぞと脳内ヨダレ由来の涙を休憩時間が終わるまで落としはべりぬでした。

北上には、当番などで出動していた昔々と異なり、今はあまり行ける機会がないのですが、数年前に悪を打ち砕いたとしか言いようがないほど完勝させていただいた大事件があったほか、現在も電話やメール相談などで顧問料のモトをとっていただいている顧問先が複数あり、もっとご縁ができればと思っています。

ただ、いつ来ても、活気のある四号線エリアなどに比べて、駅西の寂れ具合はどうにかならないか、脱クルマ社会等のためにも?ぜひ、駅前の活性化やオサレ再開発に着手いただければと願っています。

あと、行きの新幹線は全席指定で立席ボタンもなく3360円も取られたのに対し、帰りの新幹線は自由席で1740円で済みました。この落差、何とかしてよJR。

 

盛岡市長選の勝敗を決した分岐点と、夢が叶えられていく光景の役割

前回も投稿した盛岡市長選は、3度目の挑戦となった内舘茂氏が谷藤市長を破って悲願の初当選を果たしましたが、今回の件は、ウイルス禍の最中に内舘さんが大通の居酒屋救済の弁当祭りを企画し盛り上がったことが節目になったと思っています。

当時、谷藤市長が住民や地元企業などのため何か特別な尽力をしているという報道等はなされておらず、盛岡市は全国でもワクチン接種が非常に遅れているとのニュースと相俟って、

住民等が困っているときに、助けようと汗をかいているのはどちらなのか

という点で明暗が分かれたことが、勝敗を分けた最大の要因ではというのが、さしあたっての感想です。

少なくとも、あの光景がなければ、この結果は絶対になかったと思います。

ただ、それだけで勝敗が決まるとは私も思ってはおらず、むしろ、最近はあまり市長選が盛り上がっていない(住民の関心が高くない)ように感じたので(事実、投票率は低かった)、多数の市議さんや伝統勢力の支持を擁する谷藤市長が優位なのではとの印象もあり、私自身は最後まで結果が予測できず、大きな票差が付いたことにも驚かされました。

1年ほど前、若い世代の同業者の方から

「内舘さんは(かつて市長選に何度も立候補して落選を繰り返し、得票率等から泡沫候補扱いとなっていた)Aさんのようなものでしょ」

と言われたことがあり、その認識は絶対に間違いだ、次はいい勝負になると思う、と少し気色ばんで反論したことがありました。

彼は谷藤市長の支持者だったのかもしれませんが、改めて、弁護士には選挙のことは分からないものだと痛感しました。

市議選も、当然に当選されると思っていた方(色々考えた末、結論として、私はその方に投票しています)が当選できなかったこともあり、選挙とは、実に恐ろしいものだと改めて思いました。

私は祖父が岩手県議を1期つとめたものの、2期目で落選し、関係者の落武者狩りと実家存続の危機がオマケで付いてきたので、「政治に関わるな」が亡父の家訓ですが、反面、少し離れた距離から政治に関わる方々を拝見等するのが好きで、政治学を勉強したくて政治学科に進み、才能さえあれば、大学の政治学の先生になりたかったという気持ちも少しだけありました。

谷藤陣営の支援者の方々の中にも、この方が出ていれば内舘市長は誕生できなかったのでは?と感じている方もおり、次回の選挙がどうなるのか分かりませんが、まずは、今回、内舘さんが行動で示されたように、現に困っている住民や地元企業などを支援するような地道な活動とPRにつとめていただければと思います。

ともあれ、県政最大の大物である谷藤市長と闘い続け艱難辛苦の末に当選された内舘新市長の偉業は、多くの市民・県民にとって、

「自分も(各自の夢について)やればできるかも」

という形で非常に分かりやすい希望を示したことは間違いありませんし、それは政治に携わるリーダーに最も求められていることの一つである(とりわけ、現在の日本社会では)ことは議論の余地がないと思います。

恥ずかしながら、18年前のJCご卒業時には

内舘さんは、将来、市長選に出たいのだろうと思うけど、かなり難しいのでは?

と感じていた「その他大勢」のJC関係者の1人として、不明を恥じ、内舘さんに心より祝意を申し上げ、新市政へのご尽力をお願いすると共に、当落に関係なく、恐ろしい世界に身を投じて民主政治を支えておられる全ての方に、改めて敬意と感謝を示したいと思います。

 

どっちつかずの私達は、明日の盛岡市長に何を求めて誰を選ぶか~無党派層のための羅針盤を目指して~

日曜に実施される盛岡市長選ですが、金曜の岩手日報に、谷藤・内舘両陣営とも支持が拮抗しており(日報の表現は「競っている」)で、有権者の4割が態度未定との記事が出ていました。

盛岡タイムズのWeb記事も概ね同旨と思われ、他の情報筋からの実感としても、かなりギリギリの?相当な激戦ではと思われます。

日報調査では、50代は内舘氏・20~30代は谷藤氏が優勢と述べられていました。

若い世代が現職優勢というのは、安倍首相と同じ現象(幼少時から在任していたので、見知らぬ新人より親近感を持つ)ではと感じましたが、ともあれ、記事からは40代の無党派層(私も?)の動向で決着すると言わんばかりですので、なおのこと一票の重みを感じて投票に行きたいと思います。

私自身は下記のとおり各陣営のご本人又は有力支援者の方と面識はあるものの、それ以上の関わりを持っていない完全無党派層(蚊帳の外とも言いますが)であり、そのような意味で「投票直前まで悩みたい人」の一人です。

というわけで、今回は、事実上の決定権を持つ無党派層の参考になるよう(投票率が少しでも上がるよう)、この件について少し書くこととします。

どちらかの応援演説の類ではなく、無党派=どっちつかず(どっちもつけず)の立場から、無党派層のための参考になればという形で書きます。

以下、候補者お二人を「谷藤市長」「内舘さん」と書きますが、現職には肩書を付して記載したいのと、内舘さんはJC在籍中にお世話になり面識があることが理由であり、それ以上の他意はありません。

***

前置きとして、敢えて私自身と候補のお二人との接点(の有無)を書きます。

内舘さんは、私が盛岡JCに入会した平成17年に卒業された方(当時の肩書は、元理事長を指す「顧問」というものでした)で、当時、会員の1人として相応に親しくさせていただきましたが、その後は、JCやRC関係の行事でお会いする機会があればご挨拶する程度の関わりしかありません。

谷藤市長は、遠くから拝見した程度なら何度かありますが、面識はなくご挨拶できる機会にも恵まれず、相対して会話等した経験もありません。

いきさつは存じませんが、私が盛岡北RCに入会する以前からクラブの名誉会員となっているものの、私の入会後はクラブの例会等にいらしたことはないと思われ、その意味では内舘さんよりも遠い存在です。

反面、上記の理由から、私がRCで親しくさせていただいている方々は谷藤市長の支援者の方が多いと思われ、その点は、RCに限らずJC関係者でも、谷藤市長の支援者の方が多いのではとの印象を受けています。

内舘さんがこれまで出馬された過去の市長選の際、JCで同時代を過ごした「仲間」の方々は、ほとんど関わらなかったのではと思われますし、そのことと、従前、谷藤市長が自民系、内舘さんが野党系の候補者と目されてきたこととは、先後は分かりませんが、無関係ではないのだろうと思います。

ちなみに、お二人のどちらからも仕事をお世話(紹介等)いただいた経験は全くありません。

以下、本論です。

***

今回の市長選ですが、報道等されている候補者お二人の言動から感じる限りでの対立構図は、敢えて失礼?な表現も一部用いれば、次のようなものと理解しています。

①谷藤市長に飽きたか(交代を求めるか)、継続を求めるか。長年の重鎮にお任せする安定の市政と、半素人の挑戦者による混乱リスクも覚悟する市政のどちらを求めるか。

②有産階級が推戴する市長と無産階級が推戴する市長のどちらを求めるか。今の暮らしに概ね満足・幸せか、閉塞感・生きづらさ等を感じるか

③税金の使い道はインフラ整備重視か、個人(ヒト)への給付・補助重視か

wikiなどを見れば、谷藤市長が平成15年の就任時に「それまで危機に瀕していた盛岡市の財政に大鉈を振るい(緊縮財政や市庁舎移転凍結など支出削減)、財政状況を改善させた」ことが詳述されており、恐らく、それは大筋として正しいのだろうと思います。

少なくとも、この十数年、盛岡で巨額の市費を投じた(が維持費で火の車になっている)残念施設ができたとか、バラマキ行政をしているという類の話は聞いたことがありません。

私は、行政(政治家)が無駄な公共事業や利権絡みのバラマキ政策で巨額の債務を作って将来の世代にツケを強いる類の話が大嫌いで、カネの無駄遣いをせず役所の財政を健全にする政治家は、そうでない方より遙かに良いと思っていますので、その意味では谷藤市政に不満はなく、大筋で良い仕事をしていただいたのだろうと思っています。

ただ、私は平成16年10月に盛岡に戻ってきましたが、当時から現在まで、

谷藤市長が財政を大幅改善させ、市民を危機から救った

などという報道を見た記憶が全くありません。ですので、谷藤陣営がこの点を強調されているのをFBなどで拝見しても、ピンと来ないというのが実感としてはあります。

それが、善政の報道・宣伝を怠った地元メディア等のせいなのか、それとも上記の「谷藤市政の説明」自体に不正確な部分があるのか、私には分かりません。

ともあれ、市長ご就任間もない頃から現在まで盛岡に在住してきたフツーの住民の立場からは、谷藤市政に対しては

殊更、悪政だとは思わないが、善政なのかもよく分からない。この間、盛南開発は進んだと思うが、その当否も一概に判断しにくい。他の地区はあまり代わり映えを感じない(それが無為無策か税金節約なのかもよく分からない)、市長はあまり身近に感じないし、市民への血の通ったメッセージ発信を感じたこともほとんどない(が、それが問題なのか否かもよく分からない)、そのような意味で、市長がどのようなリーダーシップを市政に発揮されているのかも、よくわからない(市政は安定しているので、まとめ上手なのだろうけれど、それを発揮している姿が見えない・伝わらず、善し悪しも判断できない)

というのが正直なところで、そういう意味で、谷藤市政を殊更否定したいとは思わないものの、何らかの飽き(退屈さ、或いは距離の遠さ)を感じていないといったら嘘になると思っています(それは、市長だけでなく市議会・市役所を含む市政全般に言えることなのでしょうが)。

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他方、内舘さんは(パンフ等に書かれているとおり)JC卒業直後(40歳頃)に一旦、家業を離れ?建設会社を起業し(具体的な事情は何も存じません)、相応の成功を収めた後、市長選の挑戦を続けてこられた方ですが、この間、市議など市政運営に従事された経験はないと思われ、そのような意味では、

政治的にはほとんど素人

と言って良いのではと思われますし、市役所のような大組織の運営に関与された経験もさほど無いのだろうと思います。

市議選がどうなるかは分かりませんが、概ね従前どおりの勢力図になるのであれば、谷藤市長支持派が多数になるのでしょうから、内舘市長誕生となれば、議会との対立や混乱という展開が生じる可能性は相応に高いのではと予測されます。

少なくとも、今回の市長選で内舘さんと連動する「内舘派市議候補」なるものはほとんど聞いたことがなく、市長選後に相応の会派がありうるのだとしても、まずは「ねじれ」になる可能性が濃厚と考えます。

当然、市民のカネを使う政策の多くは議会の承認がない限り無理ですから、議会で多数派を形成できない限り、目玉公約の幾つかは実現できないことになるでしょうし、多数派形成のための寝技的なことに内舘さんが長けているとは、失礼ながらあまり思えません(それは内舘さんの魅力でもあるというべきでしょうが)。

ですので、市政の混乱や停滞を望まない(現路線を粛々と続けて欲しい)方は、谷藤市長に投票するのでしょうし、多少の混乱が生じたとしても市政に新たな風を吹かせたい(或いは、多少の混乱自体を期待したい)という方は、内舘さんに投票するのだと思います。

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また、今回の市長選が接戦となった(そのように報道された)のは、谷藤市長の多選・高齢批判(仕事自体への批判はあまり聞きません)や膨大な辻立ちと大通弁当企画で内舘さんが知名度を上げたことなどもさることながら

現在の物価高などによる生活苦や格差拡大

が、どうしても現職にはマイナスになりやすく、とりわけ、市内でも有数の名門資産家(一族)と理解されている谷藤市長は、そのような状況下では投票面で不利になる(対立候補が批判票の受皿になる)面は否めない思います。

私の仕事の関係でも、例えば、かつて膨大に受任していた債務整理の依頼者の方々の多くは、月収20万円以上(世帯で30万円以上)の方が多かったのですが、ここ5~10年ほどは、依頼者のかなりの割合が、生活保護受給者や低所得者の方ばかりとなり(当然、自己破産であり、中には50万円未満の債務しかないものの、返済の目処がなく破産するほかない方も珍しくありません)、また、メンタル面に何らかの問題を抱えている(ので、それに起因し低所得化等せざるを得なくなる)方の割合も増えている印象が否めません。

もちろん、それ(貧困や格差の拡大等)が谷藤市長のせいでないことは議論の余地がありませんが、そうした方にとっては(米国の貧困層がよく言われるように投票に行かない方も多いのでしょうが)、投票に赴くのであれば、投票行動が谷藤市長のような方への批判票(嫉妬票?)になりやすい面は否めないと思います。

他方、まがりなりにも現在の生活に相応の満足や希望を持って暮らしている方にとっては、谷藤市長は地方の成功者の鑑(目指すべき目標)といってよい存在であり、続投を希望される限りは支持する(引きずり下ろしたいとは思わない、対立候補は快く思わない)方向になりやすいと思います。

冒頭の日報記事には、太田・本宮・玉山地区が谷藤市長、松園・上田・中野地区は内舘さんを支持する住民が多い、と述べられていました。

太田・本宮は盛南開発の中心部であり、開発で潤った方もいるのかもしれませんが、新たに住宅を建てるなどして転居した方も多く、その方々は、新しく切り拓かれた街と共にご自身の明るい未来を感じているはずで、盛南開発の推進者でもある谷藤市長に支持が集まりやすいのだと思います。

他方、松園は、ニュータウン住民の高齢化等による課題先進地などと言われることが多く、中野も(内舘さんの膝元でもありますが)松園に似た昔々に開発された郊外で、課題状況は松園に似ているように思われ、お叱りを恐れずに言えば、

ラストベルト的な色合いを帯びている地域が、現職批判票として内舘さんに廻っているのでは、

という印象を受けます。

その意味で、今回の市長選は現在の盛岡が「(経済的に)豊かなまちか、そうでないか」を推し量るリトマス紙という面も持ちうるのかもしれません。

盛南地区や玉山は「合併の対価」として様々な公共事業が行われたと聞いたこともありますので、より多くの税金が投じられた地域とそうでない地域で支持が分かれただけの話かもしれませんが。

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内舘さんは(JC理事長などを歴任されていますので相応の資産等をお持ちなのでしょうが)谷藤市長に比べれば、色々な意味で「大物」とは言い難く、言い換えれば、名実ともに挑戦者と呼ぶに相応しいと言えます。

ですので「ジャイアント・キリングの物語を見たい」という住民からは支持を受けやすいことは確かだと思います。

18年前=JC卒業時の内舘さんは、JCに集まってくる、将来の地域のリーダー候補生達の1人という印象で、失礼ながら、同世代の仲間内の方々から、自分達を代表する傑出したリーダーだと目されていたわけでもないと感じています。

他方、配布物や各種メディア等で拝見する現在の内舘さんの顔立ちは、当時と比べて全然違う、僭越ながら、とても精悍な顔立ちになったと思います。

もちろん、政治は顔(だけ)でするものではありませんし、現時点での政治家としての力量(市政への全般的な視野云々)では、谷藤市長の方に遙かに軍配があがると見るべきでしょうが、それでも、政治に物語性を求める方にとっては、今回の選挙は、内舘さんに入れてみたいと感じる面はあるかもしれません。

反面、谷藤陣営の方々からは

政治はおとぎ話じゃない、地域で様々な役割を受け持った人達の地道な努力で築かれているもので、谷藤市政(支援者である自分達)はそれを長年積み重ねてきたのだ、それを軽々しく考えるな

ということになるのでしょうし、それもまた大きな重みがあることは間違いありません。

ともあれ、FBなどで、両陣営の方々がご本人を取り巻いて撮影している写真を拝見していますが、谷藤市長を取り巻く方々は、それこそ数世代に亘り盛岡の街を支えてきた「まちの重鎮」や、現在、市内の社会経済を様々な形で支えている経営者の方などが多く含まれているように感じました。

他方、内舘さんを取り巻く方々は(著名映画監督さんと、盛岡市民ではない某さんだけは一目で分かりましたが)JC関係者もあまりお見かけせず、私は全く存じない(JCやRCなどで拝見したことがない)方が多いように感じました。

それ自体の当否を論じたいわけではありませんが、そうしたものを見ても、

谷藤市長の続投なら、長年まちを支えてきた人々が、引き続きその役割を担って安定した(悪く言えば、変わらない)まちづくりがなされるのであろうし、内舘さんの勝利なら、そうした方々の協力が得られない(得られにくい)という意味でも、色々と混乱や頓挫・停滞などが生じるのかもしれない、反面、もし内舘さん達がその苦難を乗り越えることができれば、全く新しいまちの可能性が見えてくることもあるのかもしれない、とも思います。

その意味でも、谷藤市長と内舘さんの対決は、ご本人が望むと望まざるとに関わらず、

プロが運営する安定の盛岡か、素人が挑む盛岡の変革か

という面があることは確かなのだろうと思います。

そのため、内舘さん陣営に「変革の実現を現実に支える政策や実務のプロ集団」がいれば良いのではと思いますが、そうした方がいるのか選挙運動を拝見した限りではよく分かりません。悪く言えば、辻立ち等の運動を皆で頑張りましたねと励まし合っているだけのようにも見えます。

その点は、政治や政策はきちんとしたプロが行うべきものだと思っている方から見れば、怖くて投票できないと感じさせる面はあると思いますし、仮に、内舘さんが勝利するのであれば、この点を重大な課題として取り組んでいただきたいと思います。

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ところで、ここまで、公約の比較検討などを何も行ってきませんでした。

この点は、細かい話をする意味はあまりないのではと思っていますが(本稿をご覧になるエネルギーのある方なら、多少はご自身で比較検討されているでしょうし、市政の細かい様々な課題に関しては谷藤市長のサイト等の方が現実的かつ詳細で、内舘さんの公約等には実現可能性や実施する意義に疑問を感じるものも幾つかあると思っていますが、現職と新人の対決は、往々にしてそのようなものでしょう)、全体として、

谷藤市長は、割とインフラ整備を重視するのに対し、内舘さんは、割と個人(ヒト)への給付・補助を重視している

と思います。

例えば、前者が新興住宅地たる郊外地域への鉄道新駅整備を強調しているのに対し、後者が奨学金や高齢者・小規模事業者・起業者向けの各種支援を強調しているのが、その例ではと思います。

そのこと(インフラ重視かヒト重視か)は、往年の自民対民主の対決を見ているようであり、それこそ「民主党嫌い」の方にとっては、華々しい公約を多数掲げてほとんど実行できず短期間で混乱・失墜した鳩山由紀夫政権の影を、内舘さんに感じる面はあると思います。

そのリスクを忌避するか、敢えてリスクを求めるか、全て有権者次第ですが。

あまりにも長文になったので、そろそろ止めますが、前任の桑島市長のwikiを拝見したところ、谷藤市長の初当選時=平成15年のご年齢が53歳で、桑島市長が71歳であり、これは、現在の谷藤市長・内舘さんの年齢と酷似していることが分かりました。

だから同じ結果になるとは全く言えません(思いません)が、個人的には興味深い現象だと感じました。

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また、今回の選挙を通じて改めて残念に感じたことは、

地方には、中央政治(国)におけるマスメディアのような、地元行政・地域政治の様々な論点(公約検証などを含む)を掘り起こして発信し住民の議論等を呼びかける地域メディアがなく、Web等を通じて、そのような試みをしようとする人もほとんどいない

という点です。

私がJCで真面目に活動していた時期は、首長の公約検証という話が流行しており、私もお手伝いしたこともありますが、そうした話が根付くことはなく、何年も前に潰えてしまいました。

私も、膨大な時間を投じて作成したレポートが、マニフェスト検証大会にお越しいただいた某知事に「ご苦労さん」の一言で片付けられ、残念な思いをしたこともありますので、他人に無理に勧めたいとは思いません。

が、例えば、谷藤市政に関しても、ウイルス禍の最中に

盛岡は全国の自治体でも、ワクチン接種の連絡(導入)が非常に遅れた

ことがあったはずで、そうしたことについて、検証等があっても良かったのではと残念に感じています。

ともあれ、色々なことを書きましたが、地方自治こそ民主政治(国民主権)の礎だと大学の憲法学で学んだ身としては、こうしたことも参考にしていただき、明日の投票に限らず、各人がそれぞれの持ち場で担っておられる地域社会の運営に活かしていただければ幸いです。

 

 

さんさ踊りを楽しむ人々と、里から消えてゆく者の今昔

盛岡市は1日から4日まで「さんさ踊り」が絶賛開催中ですが、当家は、地域に背を向けて生きる残念家族のせいか?何年も前から単なる平日と化しています。

ただ、10年以上前、盛岡青年会議所の会員(さんさ担当委員会のヒラ委員)として、一日だけパレードに参加したことがあります。

といっても、踊りも太鼓もできませんので、JCの山車の曳き手の一人として加わっただけですが、それでも雰囲気に圧倒され、大変楽しかったことを覚えています。

JC入会直後には(修習生のときは参加したくてもできなかったので)

これで今日から俺も、さんさメンバーだ!

といきり立って専用のオレンジ色の浴衣セットを購入したのですが、その年の7月に重大事件の受任でかかりきりになったのをはじめ、練習に参加する余裕もチラ見で習得するセンスもなく、9年も在籍したのに上記のたった1回だけ、袖を通すに止まりました。

それでもゼロ回よりは遙かにマシで、おかげさまで、ささやかながら心残りせずに卒業できましたが。

この浴衣セット、恥ずかしながら、現在も当事務所のロッカーの片隅に埋もれています。

卒業するとき、もったいないので欲しい後輩がいれば、売却・・・もとい贈与したいと思ったのですが、そうした話ができる方もなく、残念ながら上記の有様が続いており、どうしたものやらというのが正直なところです。

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ところで、先日、市内中心部で長年に亘りデザイナーズブランド衣料の販売に従事されていた方(盛岡市民の多くが、あれか!と分かるファッションビルの経営者だった方)から、刀折れ矢尽きたとして後始末のご依頼を受け、先般、一苦労の末に法的手続を行いました。

経営者の方に倒産に至る経緯の概略を伺いましたが、震災やウイルス禍などもさることながら、某地銀の勧めで多額の借入をしてビルを建てた矢先にイオンの進出で大ダメージを受け、それが命取りになったとのことでした。

私は市内中心部の著名物販店の破産申立をお引き受けしたこともありますが、このような話は、震災前に倒産事件や破産管財人を多数お引き受けしていた頃によく聞いた話です。

さんさのパレードの中で、沢山の人員を擁し、ひときわ大きな存在感をもって参加している団体としてイオンチームがありますが、上記のような話に多く接してきた身としては、イオンに限らず地元の大企業の方や学生さん達が参加者の中心になっている(反面、地元の小規模事業者などの参加は多くない?)さんさの光景に、複雑な印象を受けてしまう面もあります。

上記の社長さんは「儲かっていたときは借りてくれと頼んできたのに経営が傾いた途端に貸し剥がしのような対応や罵声を延々浴びせてきた地元銀行の担当者に、非常に悔しい思いをさせられた」と仰っていましたが、その銀行さんもパレードの主力団体の一つとして参加・活躍されています。

三ツ石神社の鬼の姿は見えなくなったかもしれませんが、今も街の片隅には様々な悲しみや怨嗟の声がどこかに吸い込まれ、やがて、パレードを楽しむ皆さんに復讐するかのように、幽鬼を呼び寄せることもあるのかもしれません。

・・・などという不穏な話はさておき、皆さんは、今のうちに祭りにいらして楽しんでいただければと思います。

***

私は、さんさ踊りの由来とされる「三ツ石神社の鬼の物語」とは、弥生人がこの地に進出した際、先住民たる縄文人(蝦夷の祖先たる山の民)と衝突した物語が原型なのでは?と想像しています。

そのように考えれば、現在のさんさを取り巻く光景も、ある意味、先住民が人里から排除され移住者に取って代わられていった残念な歴史の繰り返しが含まれているのかもしれません。

などとFBで書いたところ、地元の方から、時代が違う、三ツ石神社の手形はサイズが大きすぎるから、薬品を塗ったものか、昔々この地に辿り着いたロシア=北方大陸系住民じゃないかとのコメントを頂戴しました。

Webでチラ見した限りでも、この点はきちんとした調査等がなされていないようでもあり、ぜひ本格的な識者による調査研究を期待したいものです。

求人に関する「えせ無料広告」勧誘被害と業者側による逸脱行為

5年以上前から、小規模企業に対し、インターネットで求人広告を掲載する勧誘を行い、あたかも無料掲載(成功報酬制)であるかのように装いつつ、

無料掲載は最初の短期間だけで、その期間を経過すると、高額な有料掲載に自動更新する契約であり、お宅はハンコを押した。よって数十万円払え。

という請求を全国規模で行う悪徳業者が多数出現し、安易に応じてしまった多くの事業主が泣かされるという事態が膨大に生じていました。

当方も、2~3件ほどのご依頼を受け、いずれも

「悪徳商法だから一切払わない」

などと抗戦したところ、運良く?ゼロ和解できたり、膠着状態でそのままとなったり、当方が了解可能な少額な解決金で決着するなどの経験をしたことがあります。

私の経験は何年も前になりますが、この問題は今も全国で続いているのだそうで、私も名前だけ参加している同業者の情報交換MLでは、今も活発な意見交換がされています。

2~3年前だと思いますが、悪徳業者と名指しされた業者が、(恐らくは対決姿勢を示して支払っていないのであろう)歯科医院に対し、「虫歯などの酷い画像を付けた負の広告」を出してくるという挙に及んでいるとの投稿が、そのMLで送信されたことがあります。

そのため、そんな馬鹿なことをする奴もいるのかと思って見てみたところ、本当にそのような表示が出ていました。

以前、闇金が

(刑罰金利を前提とした悪徳融資の)返済をしなかった女性について、事前に送信させた裸の写真をネット上で掲載している

との報道を見たこともありますが、それに類するような、なんとも酷い話だと思いました(当然、名誉毀損等として対処されるべきと言えます)。

ここ2~3年は、その種のご相談を受けることがなくなったので、沈静化に向かっているのかもしれませんが、現在の方が人手不足は深刻化していると言われていますので、形を変えて再燃するかもしれません。

根本的には、消費者契約法などの改正(小規模事業者向けの悪徳勧誘行為に対するクーリングオフなどの大幅拡大)が必要であり、かつての通信機器リース商法やホームページ詐欺などをはじめ、何年も前から必要性が叫ばれてきた問題ですが、誰も積極的な立法に動いているように見えず、その点は残念です。

それこそ、近年急増している弁護士出身の国会議員の方々などには、こうした問題にこそ率先して取り組んでいただきたいものです(弁政連岩手支部とかも、県議さんとかと宴会している場合じゃないと思うのですが、何をしているのでしょうね・・まあ、名ばかり理事ですが)。

こうした事案一つとっても、事業者の皆さんには安易なWebや電話等の勧誘に応じないようご注意いただきたいと思いますし、弁護士には「手遅れ」になる前に、「こんな話が来てるんだけど、ハンコ押して大丈夫か」などという形で、迅速な相談を心がけていただきたいです。

 

ウイルス禍で生じていたDV等の問題と駆け込みホテルなどの解決策

ウイルス禍の真っ最中であった3年ほど前の話ですが、学校の休校と企業の自宅待機(リモート)が長期化した結果、自宅内にストレスを抱えた家族内で虐待問題が生じたとの報道が時折とりあげられていました。
「子どもに手をあげた」親からの相談相次ぐ 名古屋のNPO | NHKニュース

家族全員を自宅に長時間、閉じ込めることで、家庭内の感染リスクのほか、以前から家庭が抱えていた問題が子供など家庭内弱者への各種DV被害の形で発現することは、世界中の報道で予測されていたことですが、それに関する実効性のある予防策などのニュースを目にすることがないまま終わったように思われ、残念に感じます。

数年前、盛岡市内の某著名ビジネスホテルが、所在する地域の小学4年生を対象に宿泊体験の企画(参加する子供が夜にホテルに来て宿泊し、そのまま朝に登校するというもの)を行ったことがあります。

例えば、ウイルス禍が再発しホテル等が再び閑古鳥などという事態が生じたときは、いっそ「駆け込みホテル宣言」でもしていただき、自宅で過ごすことに支障のある方を受け入れてもよいのでは(内容に応じて一定の利用費は公的補助)と思いました。

また、休業居酒屋なども、そのような方を対象に食事を提供等するサービス(同上)を行うなどという形で、関係者を救済すると共に仕事や金の流れをつくる努力があれば良かったのではと思います。

そのような形で、公的ニーズと民営サービスを繋ぎ合わせる工夫が、現在の状況下でも色々と求められているのではないかと思われ、関係者のご尽力を期待したいものです。

相続財産管理をめぐる様々な不動産登記と負動産処理の実情

今回は、相続財産管理人の登記業務などに関する宣伝・・・というより愚痴です。

ここ1~2年、相続財産管理人で、通常の弁護士業務では馴染みの無い様々な登記と、登記申請の必要書類の取得のための交渉などを色々としなければならない事案が幾つかありました。

先日終わったⅠ事件では、山間部の別荘地帯にある買い手のつきにくい土地で、ウチならなんとかなるかもと仰る不動産屋さんにお願いして5年以上実を結ばず、受任から10年も経て、ようやく国庫帰属手続で完了したのですが、国への移転登記に先立ち、相続財産法人への名義変更のほか、

α 当該土地に付された根抵当権の抹消登記(休眠権利者企業への訴訟)
β 当該土地に付された買戻特約の抹消登記(登記原因証書の作成その他)

が必要となり、国庫帰属の条件(お約束)で、構図で隣接地所有者らを沢山調べて「引き取っていただけますか」のアンケート調査(当然、拒否か無視)をしなければならず、1円にもならぬ仕事(国庫帰属は対価ありませんので)のため膨大な作業に追われ、他に相続財産の全く無い事案(限られた予納金のみ)ということもあり、タイムチャージ換算で予想どおりの大赤字事案となりました。

また、Ⅱ事件では、被相続人Aの自宅が、いずれも故人である両親BやCの別々の名義の土地や未登記建物などで構成されており、まとめて売却するには、売買契約の許可申立の前に

①解体済みの旧自宅建物・甲1の建物滅失登記(業者滅失証明書は当然無し)
②現自宅建物・乙1の所有権保存登記登記
③現自宅土地・乙2の所有権移転=相続登記(A→C)
④旧自宅敷地・甲1の相続登記その1:B→A・C共同相続
⑤旧自宅敷地・甲2の相続登記その2:A持分のC相続
⑥自宅土地建物と旧自宅敷地の相続財産法人への表示変更登記

を行わなければならず、いずれも、弁護士が通常取り扱う仕事ではないため、法務局のサイトや文献などを色々調べて自分なりに登記申請書案を作成して法務局に相談→あれこれ言われて修正等→再相談→あれこれ、という作業を余儀なくされました。

これまで名義変更登記(や清算人選任など)以外はほとんど行ったことがなく、経験値がかなり上がりましたが、所詮、弁護士は登記の専門家ではありませんので、「俺は登記も分かる弁護士だ」などと叫んで司法書士さんと競争しようなどという発想・能力は微塵もなく、他の多くのレア事件(一生に一度くらいしか出逢わない類型)と同様、資格取得マニアの人のように、他に活かす機会もなく終わってしまいそうな気もします。

他にも、田園地帯の廃屋敷地等しか財産がない(ので相続放棄された)Ⅲ事件で、解体費用超過などを理由に不動産業屋さんに匙を投げられ、ダメもとで多数の近隣所有者を調査し照会したところ、運良く「タダ同然なら引取可」との回答を一人の方からいただき、譲渡に向けた準備を行っているものの、農地(実情は原野)が含まれているので、非農地証明による地目変更登記が必要になり、諸々の交渉の末、先日、地目変更を終えてこれから譲渡の作業に入るところです。

こうした事案に限らず、近時は、膨大な作業をこなさなければならないのに報酬(受任費用)は限られた金額しかいただけない大赤字事案が多く、株高云々で繁栄を謳歌する方々などは遠い世界のように感じるほかありません。

Ⅱ事件だけは、諸般の事情で珍しく黒字の期待が持てるものの、報酬審判は1年以上先なので、それまで滅んでなるものかと、某所で撮影した花火写真で自身を慰めつつ、ぢっと手を見る日々です。